第4話:葬儀当日
____________その事を知った時はとても驚いた
誘拐事件については私が起こしたものだが、その当時はそれとは別のある事実にとても驚いた。
事件から数日後、ニュースではその誘拐事件を大きく取り上げた。
だが私は、結局警察に捕まることが無く普段通りに生活を送ることができている。
しかし、問題はその事ではなかった。
いつしかニュースには誘拐された赤ん坊の母親が生中継でテレビに映し出された。
そして、全てが繋がった。
その女の名前は星野深雪。旧姓、坂東深雪。
最初の頃のニュースでは彼女という事に気付かなかった。何しろ彼女は結婚していて苗字が変わっていたのだったからだ。
テレビに映し出された彼女を見た時、私は目を疑った。
テレビの中で『娘を返して』と泣きながら懇願している女性。それは、この世にただ一人存在する私の実の姉であったのだ。
18歳の頃あたりから一度も会っていない姉。まさかこんな形で彼女を見るなどとは夢にも思わなかった。
この家ほどではないが、意外にも世界は狭いのだなと実感した。
今日は本当に久しぶりに姉と再会することになる。
・・・今のこの状況と、あの忌々しい過去とこの誘拐さえなければ仲の良い普通の兄妹だというのに。
とにかく今日の葬式では出来るだけ会話を避ける予定だが、姉の事だからそれは無理なのだろう。
いくら私が異常といっても普通の人に対しては感情や表情を偽るなんてことは簡単なのだが、親族となるとそうはいかなくなる。
どんなにうまくやっても、親族という安心感から緊張がほぐれて小さなミスが生じるかもしれない。
これは気を引き締めていかなければいけない。
じゃあ、行ってくるよ白雪。お前の本当の親に会いに。
実家で行われた告別式には、生前母と仲が良かった人やいろいろな親戚が集まった。
そして告別式に集まった人たちは、「あんなにいい家庭を持っていたのに、可哀想に」、
「とても優しい人だったのになんで」、「一人の不注意が為に」等の事を口をそろえて言っていた。
そして親族である私と姉と父と叔母が集まった人に挨拶を交わした。私の叔父はだいぶ前に肺がんで亡くなった。
原因は毎日欠かさず吸っていた煙草だったらしい、結局死ぬまで吸ってったんだから仕方がない。たしか銘柄は『セブンスター』だったけな。
私が高校の時に叔父に煙草を勧められて勢いでで吸ったところ、慣れていないためか思いきり咽て、それ以来ずっと吸っていない。
告別式では母の写真が入った額縁を持ちながら、叔母は俯き泣いていた。
たしかに気持ちは分かる、年齢からすれば自分の方が早く死んでもおかしくないというのに、
子供の方が早く死んでしまうなんて考えもしないからその分辛いんだという事が。
やはり同様に父もとても悲しんでいた、きっと事故を起こしたトラック運転手の事を憎んでいるに違いない。
普段は穏和な父もさすがにこればかりは許せないだろう。なにせこの世で一番愛しているものを一瞬のうちに奪われたのだから。
そんな二人と比べて姉はあまり落ち込んでいる様子ではなかった。
普段通りな表情を浮かべており、何事もなかったように取り繕っていた。
告別式は一般同様に進行していき、そして葬儀となった。
母は火葬場で火葬されることになった。
慣れない手つきで太めの箸を使い、火葬され骨となった母の遺骨を骨壷に納骨した。
骨を取る叔母の手は震えており、その場で立つことがままならないようにも見えた。
そして、事故で亡くなった母の葬儀が終わった。
「久し振り・・・まさかこんな形で再会するとはね・・・」
一段落ついて実家から自宅に帰ろうとした私に向って姉が呟いた。
「あ、あぁ・・・たしかにな」
「何年振りかしら、私達が会うのは」
冷めた目で同じく呟いた。
「さぁ・・・何年だったかな、たしか高校のときだったかな」
「・・・そういえばそうだったわね、将ちゃん」
久しぶりに呼ばれた昔の呼び名に懐かしみを覚えた。
「ゆきねぇ、その呼び方はやめろよ。もういい大人だろ。
「そうかしら、そっちも『ゆきねぇ』って呼んでるけど?」
私はたしかにそうだというような表情を浮かべた。
「ごめん、けど深雪とか深雪さんとか呼ばれるのも変に感じないか?」
私はさっきまで持っていたブラックコーヒーの蓋を開けた。
「いや別にそれでもいいわよ、なんかどうでもよくなってきたしさ」
「そうなんだ・・・」
姉の性格が少し変わったことに一種のもやもやを感じ、手に持ったブラックコーヒーをグイッと飲んだ。
「へぇ、あんたもそういうの飲むようになったのね。ちょっと前まではオレンジジュースだったような気がしたんだけど」
前言撤回すべきだろうか、実際の所姉の性格はあまり変わっていなかった。
「オレンジジュースっていつ頃の話だよ。・・・というかさあ・・・死んじまったな母さん・・・」
その言葉によりその場の空気がやや濁った気がした。
「そうね・・・本当に・・・事故を起こした運転手を殺してやりたい気持ちだわ」
姉の目には鬼気迫る殺気がこもっていた。それに圧倒されたか、私は黙り込んだ。
「けどさすがに殺しはしないわよ、そんな事したら私まで警察に連れてかれちゃうからね。でも・・・」
「静奈を誘拐した犯人だけは本当に殺してしまいそう・・・」
その犯人が私といったら彼女はどんな表情を見せるのだろう、なんの躊躇いもなく私を殺すのだろうか。
それとも警察に連れ出すのだろうか。兄妹という理由から見過ごしてくれるだろうか。
様々な思考が私の頭の中で溢れかえっていた。
「そうなんだ・・・そういえばまだ静奈ちゃんは見つかってないんだよね」
我ながらなんと白々しい事を言っているのだろうと思った。
「そう、本当に死んでいてもいいから帰ってきてほしいと今でも思っているわ。けどやっぱり生きていてほしい」
誘拐犯が誘拐した子供の母にその事について質問するなんてことは、どこを見渡しても私だけなのではないだろうか。
「・・・静奈ちゃん、生きて帰ってくるといいね」
「ありがとう、でも警察はもうほとんど動いてくれない・・・だから私が犯人を見つけようと思っているの」
姉は右の拳をギュッと握りしめてそう言った。
「一人でかい?それは結構大変なんじゃないかな」
「たしかにね、じゃああんたも手伝ってよ」
ここにきて予想外の事態が起きた。誘拐された子供の母が誘拐犯に向かって助けを求めたのだ。
「犯人探しか・・・大変かもしれないけど出来る限りの事は手伝おうかな。なんたってゆきねぇの命令だからね」
姉はフフと笑顔を見せた。
「ありがとうね、頼りにしてるわよ」
「けど、今から犯人探しをやって果たして犯人は見つかるのかな」
私は飲み干したブラックコーヒーを片手で軽々潰した。
こう見えても力には自信があり、少なくとも並の社会人と比べれば力がある方である。
「そうね、けど私は今からでも遅くないと思うの」
「たしかにね、少なくともまだ静奈ちゃんが生きてる可能性はあるわけだし、犯人自体は悠々と暮らしてるだろうしね」
私の言ったことは嘘ではない、全て事実なのだから。
「出来れば明日から協力してくれないかしら、休日だから空いてるでしょう」
「うん、協力するつもりだよ。けど、大の大人に休日暇でしょうって決めつけるのも失礼な気が・・・」
私は軽く苦笑した。
「だってそうでしょう、結婚してないわけだし、誰かと一緒にいるわけでもないんだから」
結婚してないという事には否定はできないが、少なくとも二人では暮らしている。
「はぁ・・・ゆきねぇはズバズバ言いすぎだよ、そんなことしてると男が逃げるよ」
その直後私はしまったという顔をし、口を手で覆った。
「男が逃げて悪かったわね、どうせ私は毒舌女ですよ」
姉は私から視線を外して言い放った。
「ごめん、悪気はなかったんだよ。許してくれよ」
少し笑いを含みながら姉に頭を下げた。
「しょうがないな、じゃあとりあえず明日から頑張ってね」
姉はそう言い終えると私とメールアドレスの交換をしてスタスタと帰って行った。
嵐のような姉との会話を終えた私はそのまま家に帰宅しようとしたが、玄関近くに立っていた父に止められた。
「将太、出来るだけ深雪の力になってやれよ。あぁ見えて深雪はな、本当はすごく弱いんだ」
父の表情がいつにもましてさらに寂しげに見えた。
「分かってるよ父さん、出来るだけ頑張るよ」
「頼んだぞ」
父は絞り出したような声で言った。
「父さんもあんまり無理しないでくれよ、もしなんかあったらすぐこっち来てやるから」
「あぁ・・・」
父は呻いたのか分からないような低い声で応えた。
「じゃあ、さよなら」
私は出来るだけ笑顔で振る舞い実家を出た。
閉めたドアの向こう側では父はきっと泣いているんだろうなと思った。
____________そして私は電車を乗り継ぎ自宅に到着した。
「白雪、ただいま」
そう言って玄関の扉を開けると白雪はすぐさま部屋から飛び出してきた。
「パパ、ただ・・・おかえり」
「えらいえらい、よく言えたぞ」
そう言って靴を脱ぎながら白雪の頭を撫でる。
「ねぇ、パパ、ふう君直して」
白雪は所々千切れたライオンのぬいぐるみを私に突き出してきた。
少し前にもこういったことがあったのでその事態にそれほど驚きはしない。
「こら、またやったのか、この子が可哀想だからこんなことしちゃだめだよ」
「だってふう君が、ふう君が」
どうやら何かあったらしいがそれは置いておくことにしよう。
「じゃあパパが直してあげるね」
「うん」
途端に白雪は上機嫌になった。
私は、裁縫は得意というわけではないが、そんなに苦手というわけでもないのでこういったことは何とかできる。
「じゃあご飯でも食べようか、白雪」
私はキッチンに料理を作りに行った。
「ねぇ、パパ」
白雪が下っ足らずの声で私に囀る。
「どうした、白雪」
特に何もないが白雪の頭をなでてやる。
「パパ、何でも直せる?」
白雪が珍しく、唐突に不思議な事を言い出した。
「そうだな・・・白雪の物なら全部直せるかな」
微笑みながら白雪の髪をくしゃくしゃする。
「パパ、すごい。何でも出来ちゃう」
白雪は魔法使いを見るような眼で私を見た。
「ハハ、そんなすごくないよ。白雪もいつかそうなるよ」
「ホント?白雪もなんでも出来るの?」
私の手を振り切った白雪の目はとてもキラキラしていた。
「きっと出来るよ」
「うん」
私は白雪を抱きかかえて、何年と二人で寄り添いながら寝ている寝室に向かうのであった。
なんか不思議な感じで4話が終了しました。
未だに文章的におかしな部分があると思いますが、これから頑張って改善したいとおもいます。
第5話も頑張るので、出来れば次回も見ていってください。
そして、明日は高校の試験日なので頑張ってきます。
では、また今度。




