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借金魔王と魔神導書  作者: 明石 遼太郎
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第8話 迷宮に行くんだけど……

 俺が入学して、1ヶ月が経った。どうもこの世界にも年月日があることを、学院に通い始めて初めて知った。


 今は王国暦98年11月17日。日本じゃ、もう秋の寒い季節に入っている頃だろう時期である。こっちの世界のハーバルヒト王国も寒くなり始めて、もうすぐ冬になりそうだ。


 そんな日でも俺は学院に登校していた。午前はいつもとなんら変わらず授業を受け、みんなで昼食を食べていた。


 そしてその日の午後、魔導士の演習の時間、俺はネビル先生と剣を交えている。


 ネビル先生は訓練用の大剣を、対する俺は訓練用の片手剣だ。俺はネビル先生が振るってくる大剣を受けては流していく。


 ネビル先生はもともと筋肉質で筋力もあるから、振るわれてくる大剣を真正面から受けるものなら俺の剣が折れかねない。


 大剣と片手剣ではリーチの差でどうしても大剣の方が有利になってしまう。俺はただ隙ができるまで捌いていくが、このままでは押し切られる。


 俺は横に振るわれる大剣をしゃがんで躱し、前へと踏み込む。前に踏み出した俺に素早く返した大剣で振り下ろしてくる。だが、俺は冷静に大剣を見定め、手に持つ片手剣を大剣の腹目掛けてぶつけた。


 すると、俺を斬るはずだった剣筋が逸れ地面を穿いた。俺はさらに踏み込み、ぶつけた剣を返してネビル先生の胴を袈裟に斬った。


「うっ!」


 斬ったといっても刃は潰されているので、斬るというより打つといった感じだ。その胴を打たれたネビル先生は短い声をあげてよろめく。


 そこにさらに踏み込んだ俺は剣をさらに返して、斜め上に振り上げる。2撃目がヒットし、ただでさえよろめいていたネビル先生が尻餅をついて倒れる。


「勝負ありですね」


 俺は倒れたネビル先生の首筋に剣先を突き付けて言った。それにネビル先生は悔しそうに顔な顔をして言った。


「……そのようだ。今回も俺の負けだな」


 そう言ったネビル先生に俺は手を差し伸べ、起こしてあげる。


 もう察しているかもしれないが、これは今回が初めてではない。1ヶ月弱前にどこかのデブと決闘(デュエル)して以降、こうして演習がある度に模擬戦をしているのだ。


「今回は危なかったですよ。完全に後手に回されていたら負けていたかもしれません」


「そう言って、俺の渾身の一撃を躱したり弾いたりしてくるのだから、本当にキラサカは面白い」


 どうもネビル先生は謙遜が多いようだ。確かにネビル先生には連撃の所々に間が存在するが、おそらくその間は術式を発動させるための間なのだろう。実戦であればもっと危なかったかもしれない。


「まぁ、実戦になれば多少強い相手と戦うことになっても大丈夫でしょう」


「うむ、そうか。それならば、少しは自信がついてきたな」


 俺がそう言うと、ようやくわかってくれたのか何度も頷いている。そこで学院内にチャイムが鳴り響いた。


「お、もうそんな時間か。みんなー、集合してくれ!」


「「「「「「はい!」」」」」」


 ネビル先生の掛け声でSクラスの女子5人が集まってくる。それから生徒に伝えなければならないことをパッと伝えて解散となる。


「なお、明日は迷宮(ダンジョン)探索だ。みんな、完全装備で学院の前に来るように。以上、解散!」


 ネビル先生はそれだけ言って、さっさと演習場を後にしてしまった。


 そう、俺たちSクラスは明日、初級迷宮(ダンジョン)に行くのである。目的は実戦を経験させることと魔物になれること。いくら初級とはいえ、迷宮(ダンジョン)には何が起こるかわからない。


 そのため、ネビル先生も引率するし護衛に魔導士を雇ったりと大変なのである。だが、それは主役である俺たちも同様で明日に向けて準備しなければならない。


「私たちも早く帰りましょ。明日の準備をして、今日は身体を休めましょ」


「うん、そうだね」


「はい……」


「わかりました」


「わかったよ」


「あぁ」


 ちなみに明日の迷宮(ダンジョン)でのリーダーはナーデだ。1番リーダーシップがある者として、ナーデが適任であるとクラスで満場一致したからである。


 そのリーダーの言葉で、今日はみんなすぐに帰ってしまった。俺もマリアちゃんと一緒に屋敷へと帰る。


 屋敷に帰ったマリアちゃんは明日の用意をして来るとさっさと自分の部屋へと行ってしまった。手伝おうかとも思ったが、やはり見られたくない物もあるのではという思考のもと、申し出るのを辞めた。


 俺も部屋に戻って明日の準備に入った。といっても、特に準備することはない。


 俺は魔法具を仕舞ってある引き出しを開ける。そこから数々の武器を取り、万全の状態であるか確認する。


 何も問題がないことを確認すると、俺の右小指に嵌めてある指輪に組み込まれている《異空間収納(ストレージ)》の術式を起動させる。そこで生み出した異空間に選んだ魔法具を次々と詰めていく。


 これはナーデに杖を作ってあげた日に一緒に作った物で、最初見せたときはだいぶ驚かれた。こっちなら、みんな知っているので気軽に使うことができる。


『随分と楽しみにてるのね、明日の迷宮(ダンジョン)探索』


『あははは、舞い上がりすぎてヘマするんじゃねぇぞ、カイト』


『眠い』


 とそこで、ヤチオの《異空間収納(ストレージ)》に入っているシェルたちが話しかけてきた。どうも、シェルたちが言うには俺は相当楽しみしているらしい。


『はんっ、私たちを使わないカイトに何ができるってのよ⁉︎』


『ゼクトの《武功の加護》で作った武器を使うので、初級迷宮(ダンジョン)ぐらいならなんとかなるだろう』


『あれ⁉︎そこは『それもそうだな』でしょうが、ヤチオ‼︎』


『私はただ本当のことを言ったまでなんだが?』


 どうもヤチオとヌーの会話が噛み合っていない。ヌーはただ俺をディスったのだろうが、ヤチオはただ事実を口にしただけっぽい。まさか、ヌーの上から目線発言がこんな風に潰されるとは……


『確かにヤチオの言う通り、魔法具があれば問題ないだろうが、それでも気だけは抜くなよ、カイト』


『……』


 キラの言う通りだな。俺は魔力も抑えられて、昔のようにはできない。魔神導書(アルカナム)の術式に頼ることもできないし、本当に警戒しておかないと死んでしまう可能性だってある。


『ま〜、わたしがいる限りはカイトちゃんが死ぬなんてことないんだけどね〜』


「俺が死ななくても、クラスの子たちが死んでしまう可能性だってあるだ。気を引き締めることに無駄なことはないよ」


 そうだ。命懸けである以上、気を抜くわけにはいかない。俺はもう一度、武器に不具合がないか確認すると明日に備えて、さらなる準備をするのであった。



 **********************



 日付が変わり、11月18日の朝。俺たちSクラスの生徒は、学院の前に集合する。そこで馬車に乗って、今日挑む迷宮(ダンジョン)に移動するのだそうだ。


 もう学院の前にはSクラス全員がいるので、みんなで会話をしていた。内容はこれからこれから行く迷宮(ダンジョン)のことだ。


 やはり、今日行く迷宮(ダンジョン)は難易度が低く今まで何回も学院の演習で行ったことがあるが、特に問題は起きていないようだ。場所も王都から1時間弱で着くそうだ。


 そんなことを話していると、学院の校舎の方からネビル先生が来た。俺は自然とネビル先生の後ろを歩いて来ている2人に視線を向けた。彼らはフード付きのローブに顔をフードで隠れていてよく見えなかった。


 だが、1人の方から歩くたびにガシャンガシャンという音から鎧を着ていることともう1人の方は長杖を持っていることから、彼らが今回護衛をしてくれる魔導士だろう。


 それを証明するようにネビル先生が俺たちにローブの男女を紹介する。


「みんな、今日の迷宮(ダンジョン)探索に同行してくれる魔導士の人たちを紹介する。まず、こちらの鎧を着ている男性が、ベールさん。そしてこちらの杖を持った女性が、ミカさんだ」


 ネビル先生がそう言うと、ベールさんとミカさんは無言で頭を下げた。それに対して、俺たちSクラスも頭を下げ返す。


 それにしても、これが魔導士か。黒いローブはまだそれっぽいけど、フードを被る必要があるのか?


 マリアちゃんたちは普通にしてるけど、俺からしてみれば顔を隠しているようにしか思えないんだが。


 俺がそんなことを思っていると、ふと視線を感じて発生源へと目を向ける。その視線はミカさんのものだったらしく、俺のことをずっと見ている。


 俺がミカさんを見ると、それに気付いたミカさんが俺にふっと笑いかけてきた。


「ーーーッ‼︎」


 普通ならここでドキリとするところだろうが、そうはならなかった。それとは別に俺はーーー背筋にゾッとした寒気を感じた。


 な、なんだ……この感覚は……!殺気とも、敵意とも違う感情は⁉︎2年前を思い出されるような感情……そう、まるで今から始まることを楽しみにしているかのような感情だ……


 俺はミカさんから目を離すことができなくなった。ミカさんーーーいや、こいつはヤバい奴だ。俺の本能がそう警告を鳴らしている。


「カイトくん、どうしたの?」


 マリアちゃんに声を掛けられて、俺は現実に引き戻される。周りを見渡すと、もうみんな移動用の馬車に移動している。


「え?あ、あぁ、なんでもないよ」


「そう?体調が悪かったら言うんだよ?」


「うん、ありがとう」


 マリアちゃんにそう言って馬車へと歩き出す。俺とマリアちゃんの後ろを付いてくるように歩き始める、あいつ。


 俺は警戒心を上げ、迷宮(ダンジョン)へと挑むのであった。



 **********************



 俺たちは馬車に揺られること1時間、迷宮(ダンジョン)から1キロ離れた地点で降りることになった。


 迷宮(ダンジョン)には魔物といった危険な物が存在し、その付近にも広がっていることもある。だから、馬車を少し離して止めたのである。


 これからは徒歩で迷宮(ダンジョン)に向かうことになる。歩く道は道無き森の中で、その間魔物じゃなくとも危険な生き物と鉢合わせることもあるが、それも演習の一環である。


 みんな、周りを警戒しながら道無き道を歩く。俺も危険があればすぐに動けるように準備しつつ、何よりも危険なあいつに気を配らせる。


 あいつは隊列を組んで進んでいるSクラスの後ろをネビル先生とベールさんと並んで付いてきている。


 あいつは馬車に乗っているときからずっと俺のことを見ている。俺があいつに視線を向けるとまたさっきみたいに笑みを浮かべるのだ。ベールさんもグルかもしれないが、今はあいつだけでも警戒しないと……


「ちょっと」


「……え?」


 俺があいつに気を取られていると同じく隊の1番前を歩いているサテラが声を掛けてきた。あまりに急なことだったので反応が少し遅れてしまった。


「ど、どうした?」


「どうしたはこっちのセリフだよ。そんなに険しい顔をしてどうしたの、カイトくん?」


「え、俺そんな顔してた?」


「うん、馬車に乗ってるときからずっと。なにか気になることでもあるの?」


 俺はこのとき、迷ってしまった。彼女たちはこれから迷宮(ダンジョン)に行くのだ。ここで俺があいつのことを言えば、少なからずの不安を与えるだろう。


 初めての迷宮(ダンジョン)で不安になっているところに不安要素を追加させると、連携に支障を来す可能性だってある。ここは俺が警戒して、みんなには迷宮(ダンジョン)だけに集中してもらおう。


「いや、そんなのないよ。本当に大丈夫だから、サテラはみんなのことを頼む」


「んー、なんか言い方が引っかかるけど……わかったよ。だけど、絶対に無理はしちゃダメだからね?」


「あぁ、わかってる」


 俺はそう言って、あいつの警戒に入る。少なくともあいつは何かを企んでる。いつ仕掛けてくるかわからない以上、疲れるがずっと警戒しておかないと不意を突かれる。


 そうやって、道無き森を歩くこと30分、何事もなく目的地である初級迷宮(ダンジョン)に到着した。


「ここがあのーーー」


「はい、これが『タージ・マハル遺跡』です」


 目の前にしたそれは壮大で、芸術を感がさせられる。出入り口のような大きな門があり、その奥には『タージ・マハル遺跡』の象徴とも言えるものが広がっていた。


 中に入ると庭のように緑と泉があり、その奥には薄汚れた美しい建物が建っていた。こっちも門よりも酷くはないが、風化が始まっているようだ。


 もとが白かったのか、汚れている中の白い壁が所々に見られる。なぜ門と建物の風化の進みが違うかというと、この迷宮(ダンジョン)の主に関係している。


 迷宮(ダンジョン)には魔導書が埋まっていて、迷宮(ダンジョン)に1冊ずつ配置されているのが魔神導書(アルカナム)である。


 魔神導書(アルカナム)の役割は迷宮(ダンジョン)を維持することである。迷宮(ダンジョン)に来た者に試練を与え、それを乗り越えた者と魔神導書(アルカナム)は契約するとされている。


 つまり、魔神導書(アルカナム)がいる迷宮(ダンジョン)は今だ綺麗な状態で存続し、魔神導書(アルカナム)がいなくなった迷宮(ダンジョン)は風化が始まってしまうのである。


 それから言えば、この『タージ・マハル遺跡』にはもう魔神導書(アルカナム)は存在しないと考えてもいい。いや、断言して、いない。


 断言できる理由は第一の魔王が契約していた魔神導書(アルカナム)がこの迷宮(ダンジョン)に眠るものだったからである。


 魔導書の名前は『ムーガルの軍記録』といって、召喚魔法を極めたものだった。2年前に魔物の軍勢と戦ったことを憶えている。


 今はどこにいるのかも不明で探す手掛かりも存在しない。また、魔王が生まれて争いが始まるのはごめんだから、誰かと契約してくれなきゃいいけど……


 そんなこんなで、俺たちSクラスは迷宮(ダンジョン)の深くに潜るために奥の薄汚れた建物に向かって歩き出す。


「へぇ、門を(くぐ)ったところから見ると左右対称になるように造られてるんだねー」


「そうなの?」


 サテラがそう言うので、俺もサテラが言った位置から景色を見てみると置かれている物や建物の形が左右対称になっている。これはすごいなぁ……あれ?


 なんか、昔見たことある?俺は最初こそすごいと思ったが、頭の中から急にこれに似た画像が浮かび上がる。けれど、それも一瞬のことで次の瞬間には思い出すこともできない。


「デジャブか……?」


 1番可能性があるものを挙げてみたが、もうわからない。俺はそれ以上深く考えることはせず、迷宮(ダンジョン)に挑む。


「ここで連携の確認をしましょ」


 薄汚れた建物の前まで来るとナーデがみんなに向かってそう言った。これから先は魔物が出て来る領域をなるから、今のうちに確認をしておこうっということだろう。


「まず、前衛で戦うのがカイトとサテラ。2人はできるだけ魔物を引きつけて、抜かれないようにして」


「あぁ」


「わかったよ」


「それでメディはもし抜かれてしまった場合の壁役と2人がピンチになったときに前に出てタンクになって」


「了解しました」


「そしてアリアは遠いところから攻めてくる魔物と飛行系の魔物を弓で攻撃。もし背後に魔物が現れたときは応戦して時間を稼ぐ」


「わ、わかりました……」


「マリアは前衛と盾の補助を。必要になったら浄化魔法も使って」


「それで私はみんなが時間を稼いでくれている間に術式を発動させて一気に蹴散らす」


 ナーデの確認にみんなが頷く。ナーデも含めてみんな真剣な顔である。


「みんな、これは演習だけど1つ間違えれば死んでしまうことだってある」


 ナーデの言葉にみんな俯いてしまう。みんな意識しないようにしていたようだけど、頭の中じゃ理解しているようだ。


「けど、私たちなら大丈夫。これまでの演習の成果で行けば、誰一人死なない」


 ナーデがみんなに語りかけるように言う。さすがはナーデだ。みんなの不安も理解できてるし、それを取り除く(すべ)も知ってる。やっぱり、ナーデにはリーダーのカリスマがある。


 ナーデの言葉をみんなは噛み締めるようにして頷いた。それを確認したナーデが指示を出す。


「それじゃ、行こう!」


「おぉー!」


「はい……」


「えぇ」


「うん!」


「あぁ」


 そうだ、みんなはそれでいい。迷宮(ダンジョン)のことだけ考えて、一生懸命になってくれれば。


 そして俺はみんなの敵を始末するだけだ。


 俺はSクラスの後ろに佇んでいるあいつに視線を向ける。あいつは、また俺にあのなんとも言えない感情が籠った笑みを向けてくる。


 彼女たちは俺が守るっ。お前に邪魔はさせない‼︎


 俺は新たな覚悟とともに『タージ・マハル遺跡』へと足を踏み入れた。



 **********************



 タージ・マハル遺跡に入って約20分、俺たちSクラスは下級の魔物であるゴブリンと戦闘を交えていた。


 ゴブリンは魔物の中では下の下で、生徒でもそれなりの訓練を受けていれば倒せる相手である。ただ、生殖力が強いうえに知性が高いので連携して襲ってくるので、気を抜けばやられてしまう。


 そんなゴブリンの群勢の中で俺とサテラは剣を舞う。サテラは両手に持つ双剣を自在に操り、俺は右手に持つ片手剣を振るい、確実にゴブリンの数を減らしていく。


 今俺が使っているのは刀の千賀鶴(ちかづる)ではない。ゼクトの《武功の加護》で作った術式を組み込んだミスリルの片手剣だ。


 名は『ドラグソード』。ミスリルの青白と柄の黒から取った名前で、術式も名前負けしないものを組み込んである。


 千賀鶴は魔導士と戦うときを有利だが、魔物ような術式を使わない者には意味がない。ドラグソードなら、災害級の魔物ドラゴンにも傷を負わすことができるのだ。


 襲ってくるゴブリンが持っている得物(えもの)は剣や槍、棍、弓などいろいろで数も数だからマジ面倒くさい。


 俺は棍を振り上げて襲ってくるゴブリンの首を瞬きの内に刎ね、槍を突いてくるようなら片手剣で軌道を逸らしては他のゴブリンに命中させる。


 誤って刺してしまったゴブリンが硬直している内にその首を刎ね、刺されたゴブリンは横に真っ二つにした。


 時々、群勢の後ろの方から弓を持つゴブリンたちが後衛に向かって矢を放つがーーー


「《剛城の壁(ファランクス)》!」


 メディが発動した魔力の壁を展開する上級魔法に阻まれ、ナーデたちに届くことはなかった。


 それでも、ずっと矢を撃たれ続けられても厄介なので左手で抜いたスペルマグナムを放って始末する。が、間近で迫ってくるゴブリンたちが邪魔でなかなか弓使いの数を減らさない。


「《駆けよ黒鳥・傲慢な翼をはためかせ・暴風を仰げ》」


 すると、後衛の方で魔力の高まりを感じた。襲ってくるゴブリンに気をつけながら後衛を見ると、ナーデが術式を発動させるべく呪文を唱えていた。


 ナーデが呪文を唱え終えるとゴブリンの群勢の後ろの方で竜巻が発生し、その近くにいたゴブリンたちが次々と飛ばされていく。


 あれは風の上級魔法《魔風の荒嵐(エクス・ストーム)》だな。風の魔法が得意とはいえ、この歳で上級魔法を使えるとは……やっぱり、ナーデは魔導士としての才能があるみたいだ。


 舞い上がったゴブリンは空中にいる間に突然飛んできた矢によって射抜かれた。それはナーデより少し後ろにいるアリアさんが放った物だ。


 アリアさんは背に背負ってある矢を取り出しては放ち、次々とゴブリンを屠っていく。そうやって、ゴブリンが地面に落ちるまでに4体を倒した。


 演習のときも思ったが、アリアさんの弓矢の適確さがすごい。知覚魔法を使っていることもあるだろうけど、もともとアリアさんの遠近感覚が優れているからなんだろうなぁ。


 俺なんて、空間把握能力はあるものの遠近感覚がイマイチだからなぁ。スペルマグナムを撃つときだって、目を魔力で強化しないと難しいし……


 なんて考えている間も近接武器を持ったゴブリンが襲ってくるが、それを軽くあしらっては屠っていく。


「《以心強化(コンタクト・ブースト)》!」


 マリアちゃんから魔力が高まるとその矛先をサテラに向ける。その魔力を受けたサテラの動きが速くなる。


 さっきのはマリアちゃんの固有術式で視認した人物の身体能力を倍増させる補助魔法だ。身体能力強化の術式は自分を対象にしたものがほとんどであるが、マリアちゃんは他の人に身体能力強化をかけることができるのだ。


「ありがとう、マリア!それじゃ、一気に行くよ‼︎」


 マリアちゃんに身体強化してもらったサテラはやる気に満ちて、双剣を構える。それを見た俺は巻き込まれないようにゴブリンの数を減らしながら、サテラから少し距離を取る。


 サテラは魔力が高まったのを感じると瞬時に術式を発動させる。術式を発動させた直後、サテラの周りに何十という剣閃が煌めき近くにいたゴブリンたちが鮮血を散らしながら飛ばされていく。


 あれは確か《乱閃(らんせん)》だったか。周囲に無数の斬撃を放つ対包囲魔剣技。術式のサポートがあっても20閃ぐらいが限界らしいけど、今はマリアちゃんの《以心強化(コンタクト・ブースト)》のおかげで振るえる数が増したようだ。


 だけど、あれはダメだな。勢いで術式を使うのはよろしくない。現に今、サテラの術式の途切れを見計らって背後から迫ってくるゴブリンがある。


 俺は一踏ん張りで間合いを詰め、サテラに襲いかかったゴブリンの首をチョンパした。


「え?あ、ありがとう、カイトくん」


「術式は無闇に使っちゃダメって言っただろ?術式による攻撃は確かに有効だけど、その分隙に繋がるんだから」


「えへへ、ごめん……」


「わかればいいよ」


 俺はそれだけ言ってゴブリンの群勢へと目を向ける。だいぶ数は減ったが、それでも30はいる。もともと個々の力が弱いゴブリンだけど、こうして束になって来られると厄介だな。


「これくらいなら、あれでも使うか」


 俺はそう決め、指輪の《異空間収納(ストレージ)》を起動させて異空間を開く。そこに手を突っ込んで取り出した物は銃だ。ただし、スペルマグナムではない。


 グリップは変わらないが、銃口とその穴がさらに大きくシリンダーは付けていない。


 こいつはスペルマグナムの強化版『スペルブラスター』。決闘(デュエル)をしたときに初級魔法だと心持たなかったことで作った魔法具だ。


 この銃はスペルマグナムのように6発装填じゃなく、たったの1発装填。だが、その分魔弾の大きさを限界まで大きくした。そうすることで、込められる魔力量も増え、上級魔法を組み込めるようになったのだ。


 俺はスペルブラスターの銃口をゴブリンの群勢へと向け、引き金を引いた。すると、スペルマグナムとは比較にならないような衝撃が手に伝わってくる。


 スペルブラスターの魔弾の術式起動は発射して、1秒後にしてある。魔弾を発射してすぐに術式が起動し、竜の姿をした炎が出現しては30体のゴブリンを呑み込んだ。呑み込まれたゴブリンが一瞬にして塵と化す。


 今のは《天空を焦がす竜ボルカニック・サラマンドラ》だったらしい。らしいというのは、いちいち魔弾に組み込まれている術式を確認して装填するのが面倒なので、自分でも何を撃つのかわかっていない。


「ふぅ、終わったなぁ」


「多かったねー、ゴブリン」


 戦闘が終わると、前衛を務めていた俺とサテラはお疲れ状態である。やっぱり、ゴブリンみたいな集団は厄介だな。


「お疲れ様。ケガしてるところはない?」


 そこにマリアちゃんが俺たちの元にやってくる。マリアちゃんはこのSクラスの中で唯一治癒魔法が使えるので、ヒーラーもしてくれている。


「ケガは僕たち2人ともないよ」


「そっか、よかった。少しでもケガしたらすぐに言ってね」


「あぁ、そのときは頼むよ」


「うん!」


「3人ともそろそろ進みましょ」


 ケガがないのを確認すると、すぐに移動を開始しようとする。だが、その歩は進めることはできなかった。


「あなたたち、とっても強いのね」


 隊列を組んで歩き出そうとした俺たちにあいつがそう言ってきた。あのときみたいな笑みではないが、それでも目元がフードで見えないせいで、不気味さが消えたわけではない。


「そ、それはどうも……」


 その不気味さを感じ取ったのか、リーダーとして応答したナーデが引き攣った笑みで言った。


「あなたたちなら、ここで1番強い魔物が出るところでも渡り合えると思うわよ?」


 あいつは突然そんなことを言い出してきた。その瞬間、俺の警戒レベルは最大限に引き上がる。


 あいつは何かを企んでる。それがわかっている以上、こんな申し出が罠であることなんてすぐにわかる。ここは強く拒否したいところだけど、そうすれば何かあるとみんなに悟られるかもしれない。


 それにこの隊のリーダーはナーデだ。俺が決めることじゃないのは理解しているつもりだ。


「わ、わかりました。それじゃ、そこに案内してくれませんか?」


 ナーデが社交辞令のように言った。おそらく、本当に社交辞令だったのだろう。ナーデの笑顔がぎこちない。


「えぇ。付いてきて。それほど歩かないから」


 そう言って、俺たちの前を歩き始めるあいつ。それを見ると突然ナーデが謝ってきた。


「みんな、ごめん」


「?なぜ謝るんですか?」


「なんか、私が勝手に決めちゃったし……」


「そ、そんなこと……私たちは気にしてませんから……」


「うん。ナーデはリーダーなんだから、リーダーに付いて行くだけだよ」


「……ありがとう、みんな」


 そう言って吹っ切れたような顔をするナーデ。


「それじゃ、みんな。行きましょ」


 ナーデの指示で俺たちは先々と行くあいつの後を歩き出す。ぶっちゃけ言えば、あいつの誘いを断ってくれると俺は安心できる。


 この先に危険が待っていることはわかり切っている。そんなところに自分から突っ込んで行くほど、俺はチャレンジャーじゃない。


 でも、逆にこれから向かうところで仕掛けてくることがわかっているのなら対応はしやすい。もし、あいつが妙な動いた瞬間、俺があいつを殺せばいい。……あれ?


 今俺は何を思った?殺す?俺が?俺は自然に行った思考に疑問を持った。確かにこの世界での命は軽い。でも、日本人である俺に命の重みがわからない訳がない。


 そんな俺が自然とあいつを殺す選択をした。俺は2年前の魔王たちとの戦いで狂ってしまったのか?そう思うと、急に自分が怖くなった。


「付いたわ」


 そう言う、あいつの声で俺は現実に引き戻された。前を見るとそこには、大きな扉があった。高さは3メートルほどだろうか。相当でかい。


 ここまでの通路も豪華な素材で作られたのだろうが、風化していてボロボロであった。それはこの扉も同じで、作られた当初は美しかっただろう。


 こいつはみんなが付いてきているのを確認すると、扉を開けた。すると、そこには風化してしまった神々しい部屋である。広場のように広く、奥には横たわっている棺と絵が飾られてあった。


「あれは⁉︎」


「どうした?」


 俺は急に声を挙げたナーデに問いかけた。


「あの棺の中にいるのは、きっと女神ムムターズ・マハルよ」


「女神?なんで、女神がこんなところに?」


「……カイト、本気で言ってるの?」


 いきなりガチトーンにならないでよ、ナーデさん。マジ怖いから……


「はぁ……このタージ・マハル遺跡を作ったとされてる神はわかる?」


「……ごめん、わかんない」


「だろうと思ったわよ」


 俺がそう答えると、まるでわかっていたかのような反応をしてくる。それってちょっと酷くね?


「神話ではここタージ・マハル遺跡を作ったのは、神シャー・ジャハーンといわれています」


 そこで俺たちの話を聞いていたであろうメディが説明してくれる。


「女神ムムターズ・マハルはその神シャー・ジャーハンの愛妃だったそうです。ここは愛妃である女神ムムターズ・マハルを亡くした神シャー・ジャーハンが愛妃のお墓として建てたのが、このタージ・マハル遺跡です」


 色々と固有名詞が多くてよく理解できなかったが、要するに夫が妻のために建てたのがこの迷宮(ダンジョン)って訳か。神様も凄いことしたんだなぁ。


「つまり、あそこに眠ってるのがその愛妃ってことか」


「そういうことです」


「ここに来ることはわかってるんだから、事前に調べておきなさいよ」


「うっ、すいません……」


 それを言われるとぐうの音も出ねぇ……


 さて。みんなは周囲の警戒に入ったし、俺はあいつを警戒する。やはりというか、俺があいつを見るとあいつは絶対にあの笑みを見せる。もう狂気としか言えない。


 部屋の中が静寂に包まれたとき、突然音が鳴り響いた。その音の方に目を向けると、ベールさんが腰に帯剣してたであろう剣を抜いていた。


 それは特に不思議なことじゃない。ここは迷宮(ダンジョン)だ。魔物も出てくるし、いつでも戦える準備をしていてもおかしくない。


 だけど、俺はそれを見て違和感を覚えた。何に違和感を覚えたのかわからず、ベールさんをじっと見る。


 そうすると、何に引っかかっているのかがわかった。ベールさんが今抜いた剣だ。あの剣、どっかで見たような……


 俺がその疑問にたどり着いた瞬間、突然ベールさんが抜いた剣を地面に突き付け始めた。一瞬、何をやっているのかわからなかったが次の瞬間に何をしているのかわかった。


 ベールさんから魔力が高まる。これは術式を発動するためのモーション‼︎しまった!あいつばかりに気を取られ過ぎた‼︎‼︎


 俺は一瞬で判断し、ベールに向かって一直線に駆け出した。だが、遅かった。


「なっ⁉︎」


 ベールの術式が発動し、地面が大きく揺れ始める。俺はその揺れに足を取られ、駆け出した足を止めてしまった。この術式⁉︎まさか‼︎


 すると次の瞬間、俺が立っている地面が崩れた。一瞬、浮遊感に襲われるが次の瞬間には重力に引きつけられて落下する。


「「カイト‼︎」」


「「カイトくん‼︎」」


「カイトさん‼︎」


 みんなの叫びが聞こえてくるが、俺は成す術もなく暗い穴へと落ちていく。


 どこまで続いているかわからない穴を落下する中、ベールも穴へと飛び込んでくる。そして、空中で身動きが取れない俺に向かって剣を振るってくる。


 俺は瞬時に右手を動かして、背中のドラグソードを抜いて応戦する。縦に振り下ろされた剣をドラグソードで防ぎ、受けた衝撃で間合いを開ける。


 そこで右脇に仕舞ってあるスペルマグナムを抜いて、ベールに向かって放った。着弾すると術式が起動して、強い光が照らし出された。


 さっきの《閃光球(ライト)》の魔弾か。運がよかった。《閃光球(ライト)》で生み出された光で地面を確認した俺は、身体強化を全身に巡らせて着地する。


 ベールは俺が撃った魔弾の衝撃でバランスを崩し、背中から地面に落ちた。その光景に俺は呆れてため息しかでない。


「はぁ……相変わらず何も考えずに飛び込んでくるだな、ベールーーーいや、デブ」


「ふん、なんとでも言え小僧(こぞう)が」


 そう言って立ち上がり、フードを取った。その顔は案の定、1ヶ月前に決闘(デュエル)をしたデブ本人である。


「……何を企んでいる?」


「もちろん、貴様に罰を与えるために決まっている」


「……罰だと?」


 突然、身に覚えのないことを言われ怪訝な顔になる。


「貴様との決闘(デュエル)以来、俺の評判はだだ下がりだ!無能の貴様に負けたせいでな‼︎」


「はぁー……」


 デブの言葉を聞いた瞬間、俺はため息を堪えられずに吐き出した。俺が決闘(デュエル)した意味がないな……


「あのときは決闘(デュエル)のルールに従って本気を出せなかったが、今は違う‼︎ここで貴様を殺し、俺はまた最強になる!はははははは‼︎‼︎」


 こいつは何を言ってるだ?俺を殺しても、殺人で捕まるのが落ちだ。もう評判どころじゃない。


 もうこのデブは完全に狂ってる。もう人じゃない。


「はははははは‼︎‼︎絶望して言葉も出ないか!小僧‼︎だが、そんなにゆっくりとしてられるか?」


「……どいうことだ?」


『……主、マズイことになってる』


 その声、まさかマナか⁉︎お前が普通に喋るのなんて2年ぶりじゃないか‼︎そう言いたいが、どうもそうは言っていられないらしい。


 滅多に喋らないマナが喋っていることと人前で俺に話しかけてくることから、マナのマズイことは相当マズイことということだ。


「何があった」


 デブが俺に何か言っているが、俺はそれを無視して独り言のボリュームでマナに聞いた。


『主がさっきまでいた場所で強力な魔法が行使された。それと同時に新たな生命体が出現したことから召喚魔法だと思う』


「召喚魔法?」


 少なくともSクラスのみんなやネビル先生が使えない魔法だ。てことは、使ったのはあの女か……


『新たに出現した生命体の魔力の波長からドラゴンだと推測させる。少なくとも残ったメンバーでの……ふぁ〜……討伐は不可能』


「ドラゴンだと⁉︎」


 マナの報告に俺は驚愕した。召喚魔法でドラゴンを呼び寄せるなんて、相当高位の魔導書でしか扱えない。あの女、一体何者なんだ。


「マナ、あの女はまだそこにいるか?」


『……わからない。魔力阻害を使ってると思う。力を解放してない私じゃ、その女を探すのは不可能』


「……そうか、わかった。ありがとう」


 報告してくれたマナにお礼を言う。ちょうどそのときには、デブの方も終わっていたようだ。


「ま、貴様はここで死ぬのだから助けになんて行けないだろうがなぁ‼︎はははははは‼︎‼︎」


 まるで、もう勝ったような言い方だがそんなことツッコんでる暇なんてない。俺は指輪の《異空間収納(ストレージ)》を起動させて、異空間を開く。


 そこから千賀鶴を取り出して、鞘から抜く。抜いた鞘を異空間に放り込むと右手にドラグソードを、左手に千賀鶴を持って構える。


「悪いがお前の戯言(たわごと)に付き合ってる暇はない。来るなら来い。好きは死に方で殺してやるから」


 俺はまた自然に殺すという選択が頭に浮かんだ。だけど、口にした言葉に何の違和感も感じない。


 頭に流れるのはSクラスの子たちとの思い出。それに1ヶ月前に決めた2つ目の目標。


 俺は彼女たちを守る。これ以上、大切なものを失わないために。俺はそれの障害であるものを排除する。


 俺は突き出したドラグソードの剣先をデブに向け、1つの感情を込めた目線で射抜く。


「俺はお前を殺す」

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