第7話 休日なんだけど……
決闘を次の日、俺は昼からマリアちゃんと商店街を歩いていた。今日は学院は休日で、明日も休みだ。日本でいう土日が、今日の2日間のようだ。
そんな日、俺はマリアちゃんに誘われ王都を見て回っていた。王都に着いてすぐに《偉大なる魔王》のことを知った俺は学院に通うようになる前日までほとんど部屋に籠っていたので、王都の地理はまだまだわからないのだ。
王都とまで来ると、やはり人が賑わっていて活気もある。2年間、森暮らしだった俺には人混みが少しキツく感じるが、耐えられないほどじゃないのでいつか慣れるだろう。
今、俺たちが向かっているのは美味しいと評判のレストランだ。マリアちゃんが昼食に食べに行かないかと誘われ、俺はそれに2言返事で答えた。
「2年ぶりの王都はどう?」
「2年前は観光なんてしてる余裕がなかったからわからないけど、たくさん店舗があっていいね。これなら飽きることはなさそうだ」
「ふふふふ、それはよかったよ」
俺がそう答えると嬉しそうに笑うマリアちゃん。なんというか、こうやって一緒に歩いているとデートしているみたいだな。まぁ、恥ずかしいから絶対口にしないけど……
「それでそのレストランってもうすぐなの?」
「うん。そこの角を曲がったら見えて来るよ」
そう言って、マリアちゃんが指差した角を曲がると最初に飛び込んできたのはレストランの建物ーーーではなく、すごい人の行列だった。
「うあっ、これってもしかして……」
「カイトくんが想像する通りだよ。この行列は私たちが行く予定のレストランのものだよ」
ひぇー……マジか。こんな人の行列、俺が暮らしてた都会でも見たことないぞ。こんな行列ができるほどとは、そんなに美味しいのか?なんか、すげぇ食べたくなってきたな。
そんなことを考えているとマリアちゃんが歩き始めた。だが、向かう先は行列の最後尾ではなくレストランがあると思われる方向だった。
「て、あれ?マリアちゃん、最後尾はこっちだよ?」
「今日は私が予約してるからこの列に並ぶ必要はないよ」
「へ、へぇ、予約制とかあったんだ……」
向こうの世界で聴き馴染んだ単語が出てきて、ちょっと面食らった。だが、それがあるおかげで並ばずに済むってことか。マリアちゃんに感謝だな。
俺たちはものすごい人の行列の横を通って、レストランへと向かった。着いたレストランは俺が知っているレストランと少し違っていた。
建物は確かに立派なのだが、雰囲気は喫茶店を連想させるような明るかった。入り口も気遅れしそうなドアじゃなくて、完全に自分で開けるようのドアだ。
「それじゃ、入ろっか。多分、もう2人とも来てるだろうから」
「あぁ」
ん?2人とも……?今、すごく引っかかる言葉が出て来たけど……それでも俺はマリアちゃんに着いて行った。
マリアちゃんと一緒に入店するとすぐに店員が俺たちのところに来た。
「すいません。予約していた、ディルバールです」
「はい、承っています。こちらへどうぞ」
マリアちゃんがそう言うと、店員はすぐに席に案内してくれた。案内してくれたのは1階のたくさんの席が並んでいる場所ではなく、2階の個室だけがある場所だった。
2階に上がり、そのうちの1つの個室に案内された。そして、その個室に入るとそこに居たのはーーー
「お、来たね。マリア、それにカイトくんも」
「こんにちは、マリアちゃん。……カ、カイトさんも……」
ーーーワット?
「こんにちは、サテラ、アリア」
「あ、あぁ、こんにちは」
マリアちゃんが何事もないかのように挨拶するので、俺をサテラたちに挨拶を返した。そして、普通に席に座るので俺も釣られて座ることにした。
席はソファのような物が長テーブルを挟んで2つ並んでいて、背もたれは壁だ。俺の横にサテラが、正面にマリアちゃん、そして斜め向かいにはアリアさんが座るような配置だ。
なんか、マリアちゃんが普通にしてるけどこの状況に疑問を持ってる俺がおかしいのか?もしかして、女が男をレストランに誘ったら、女が2人待ち構えているのがこの世界では常識なのか?
あ、そう思ってくるとさっきまでの疑問が晴れてきそうだ。そっか、これってこっちでは普通なのか。
「いや、絶対おかしいだろ」
やはり、俺の中にある向こうの世界の常識を拭い切ることができなかった。もう心の声も漏れちゃったよ。
「え?なにが?」
「いや、俺今のこの状況が把握できてないんだけど」
「マ、マリアちゃんから話聞いてないんですか……?」
「ごめん、俺ただマリアちゃんに昼食誘われただけなんだけど」
「うん。私それしか言ってないよ」
うん、さらりと言ってるけどなぜに言わなかった⁉︎なんか予約もしてあったから、なんか計画的っぽいなとは思ったけど!
「いやー、この際サプライズにすれば面白いかなぁって思って。個室に入ったら可愛い女の子が2人いる。嬉しいでしょ?」
なにそのサプライズ⁉︎しかも、事実だからなんも否定できねー……これが男の性なんだろうなぁ。あとマリアちゃん、自分入れ忘れてるよ。
「つまり、今日はこの4人での食事に俺は誘われたってことでオッケー?」
「うん。それであってるよ」
俺が確認すると臆面もなく頷いた。ある意味、潔いと言うかなんというか。俺はそれを確認して、ようやく今の状況を把握することができた。
「うんうん、カイトくんも落ち着いたし早くご飯頼も。僕、もうお腹減っちゃったよー」
「そうだね。すいませーん」
サテラがそう言うと、マリアちゃんが店員を呼んだ。それから10秒もしないうちに店員が入ってくる。
「料理を運び込んじゃってください」
「はい、畏まりました」
さすが貴族というか、こういうレストランのことは慣れてるんだろうなぁ。迷いが一切ない。
マリアちゃんがそう言うと、さっと部屋を出て行く店員。それから1分ほど話しているとまた店員が入って来て、料理を運んで来た。
料理はレストランのようなものじゃなく、ファミレスに出て来そうなものばかりだ。鉄板に乗ったステーキにサラダの盛り合わせ、それにパンと俺の知っているレストランとだいぶ違う。
「「おぉー」」
しかし、こっちの世界では豪華な食事だ。一般家庭において1食に出せる品は2品がせいぜいだ。平民であるサテラとアリアさんが興奮するのも無理はない。
「それじゃっ、早速食べよ!」
「はい……」
「あぁ」
「うん」
サテラがそう言うと、みんなが食べ始める。最初はみんな昼食を楽しんでいたが、サテラが急に何かを思い出したように言った。
「あ、そうそう、カイトくん。昨日の決闘は凄かったよ。あれが君の実力なのかい?」
「俺は便利な魔法具を作って、それを使っているだけだから正確には俺の実力じゃないよ」
確かに俺はあのデブに勝ったが、結局勝敗を決めたのは魔法具のおかげなのである。少なくとも聖剣に組み込まれている光の殲滅魔法は魔法具なしでは対処できなかった。
「カ、カイトさんは……魔法具が作れるんですか……?」
「うん、それなりにね」
「そ、それなに……あ、あの、聞いてもいいですか……?」
「うん」
「わ、私……昨日、ずっと2人の魔力の動きを《魔力視認》で見ていたんですけど……カイトさんが撃ってた弾って魔弾ですよね……?」
「え?魔弾って、あんな小さい銃器で撃てるものじゃないよね?」
「う、うん。そのはずだけど……」
アリアさんの言うことにさすがに驚きを隠せないサテラ、それにマリアちゃん。特にマリアちゃんは《偉大なる魔王》としての実力しか知らないからな。驚きもするだろう。
「アリアさんはすごいね。あんな小さな魔力を見逃さず視ているなんて」
「ご、ごめんなさい……答えづらいこと聞いちゃいましたか……?」
「いや、そんなんじゃないから安心して。そうだね、昨日の決闘で撃ったのは魔弾であってるよ」
「でもさ、カイトくん。あんな銃器じゃ、魔弾の魔力に耐えられなくなって暴発するはずだよ?」
「確かに普通の素材で作られた銃器で魔弾を撃てば、そうなるだろうけど」
「つまり、普通の素材じゃないってこと?」
「その通り、あの銃器の素材はアダマンタイトと魔法石を混ぜ合わせた混合鉄でね。それを使うことで、魔弾の魔力に耐えられる対魔と頑丈性の銃器ができたわけ」
もちろん、嘘っぱちである。ここでゼクトの術式でミスリルを素材にして作りました、なんて言えば一瞬で《偉大なる魔王》であることがバレる。
こうやって、本当と嘘を交えながら答えれば行き着く答えが必然的に変わってくる。まぁ、下手を打ってしまうとすぐにバレるけど。
「す、すごいね。そんなこと思いついちゃうんだ……てことは、あの変な剣もカイトくんが?」
「あぁ。あれは刀って言って、名前は千賀鶴。術式を組み込んであるんだ」
「へぇ、ちなみに術式は?」
「言ってもいいけど、クラスの子以外に口外はしないでくれるか?」
術式のことを聞いてきたサテラに俺はそう言った。《術式分解》は強力な術式さゆえに、悪行に使われる恐れがあるからだ。悪行じゃなくても、軍事に利用されれば世界バランスが崩壊してしまう。
「わかった。僕は約束するよ」
「わ、私も……」
「うん。私も守る」
みんながそう言うので、俺は一呼吸置いて説明した。
「千賀鶴に組み込まれた術式の名前は《術式分解》。術式の仕組みを紐解いて分解する魔法だよ」
「……そんなのありました?」
「うんん、公表されてる術式にそんなのはないはずだけど」
「ないよ。《術式分解》は俺の創った術式だから」
「「「……え?」」」
俺がそう言えば、みんなは声を揃えて固まった。それを見て、俺はやらかしてしまったことを悟った。術式は世界を改竄する過程を式にしたものだ。
普通、どの式がどういう風に世界を改竄しているかなんてわかるわけがないのだ。そんな訳のわからない式を創ったというのだから、驚かれてもおかしくない。むしろ、驚かない方がおかしいとも言える。
「カイトくんって本当にすごいんだね……」
「はい……魔弾のことといい……私たちと同い年とは思えません……」
「はははは……」
なんか3人の反応がすごい。サテラとアリアさんの2人は完全に天才を見ているような目になってるし、マリアちゃんは納得してすごく困ったように笑ってる。
3人は《術式分解》のことよりも、俺が術式を創ってしまったことが衝撃だったらしい。俺が言いたかったことと違うだけどなぁ。
そのあと、すぐに食事は終わってしまいサテラとアリアさんはバイトがあるらしく、そこで解散する流れになった。
そして、マリアちゃんと2人になった俺たちは商店街へと行き夕食の食材を買ってから屋敷に帰ったのだった。
**********************
次の日、はたまた休校の日である。今日は昼から1人で王都の道をを歩いていた。
今日は魔法具を作ろうとその素材の調達をするために街に出たのだが……
「鍛冶屋ってどこ?」
出発して2分で躓いた。やべぇ、どうしよ。マリアちゃんは用事で屋敷にはいないし、ミツハも学院で仕事してるから同様だ。ヒオは王女だから気軽に屋敷を出るわけにはいかないし。
「あ、詰んだや」
「なにが詰んだのよ?」
「うぁあ!」
俺の心の声に反応してきた者がいた。いきなり過ぎて、さすがの俺もビックリした……誰かと思って見てみれば、私服姿のナーデだった。
「あ、ナーデ。こんにちは」
「ごきげんよう。それでなにが詰んだのよ?」
「いや、鍛冶屋の場所がわかんなくて……」
「鍛冶屋?ちょうどいいところね。私も鍛冶屋に行くところだったのよ」
「あ、そうなんだ」
「せっかくだし、一緒に行きましょ。付いてきて」
「あぁ」
助かったー……あのままだったら、適当に歩き回って挙げ句の果てには迷子。ないないと思うが、ちょっと想像できてしまえる自分がいるから怖い。
そうしてナーデに付いて行くこと約5分、無事に鍛冶屋に到着した。どうやら、ディルバール家にだいぶ近かったらしくあっさりと着いた。
「あなたはここに何の用なの?」
「あぁ、ちょっと魔法具を作ろうと思ってて」
俺が今回創ろうと思っているのは、《異空間収納》の魔法具だ。学院じゃ、無闇に使えないから魔法具にしようと思ったのだ。
あとは少し思いついたことがあるから、それの試作品を創ろうかと思ってるぐらいだな。
「魔法具?それは武器なの?」
「いや、武器じゃないけど……なんでまたそんなことを?」
「……ちょっとした好奇心よ。中に入りましょ」
ナーデはそれだけ答えて、さっさと鍛冶屋へと入って行った。俺はナーデを追うように慌てて入った。
鍛冶屋に入ると様々な武器が陳列されていた。剣にナイフ、槍もあればハルバードみたいな珍しい武器が並んでいた。これを見ただけで、この店の品揃えの良さがわかる。
俺が店内を見渡している中、ナーデは並べらている武器に見向きもせずにカウンターの方に行ってしまった。俺はなんとなく、ナーデの用事が気になって付いて行くことにした。
「すいません」
「はい、いらっしゃい。今日はなにをお探しで?」
「オーダーメイドを頼みます。武器は杖で、魔力増強を付与して貰いたいんですけど、できますか?」
「魔力増強……ですか?」
ナーデの要望を聞いて苦い顔をする店員さん。
魔力増強とは公に発表されている術式の1つで、術式を起動させると流し込んだ魔力の倍の量の魔力を積み出すことができる術式だ。
とても便利なんだが、魔力の量を増やすといことが世界をどう改竄して行われているかわからない人がたくさんなので、武器に組み込むことができる人は少ない。
「申し訳ございません。魔力増強の術式はうちではできないんです……」
「そう……ですか。すいません、無理を言って」
ナーデもそれを知っていたのか、店員さんの言葉を聞いて素直に引き下がった。その顔はとても残念そうというか、半端諦めたような顔をしている。
んー、まぁそれぐらいなら大丈夫だろ。俺はある提案をすべく、ナーデに話しかけた。
「なぁ、ナーデ」
「あ、あぁ、カイト。どうしたの?」
「さっき注文してた武器なら、俺作れるから作ろうか?」
「え?カイト、魔力増強を付与できるの?」
ナーデが驚くような目で俺を見た。そりゃ、プロの鍛治師でもできないことを同年代の子ができるって言ったら誰だって驚くか。
「うん、まぁね。これでも学院に通い始める前は鍛冶屋でバイトしてたから」
「えっと、本当にできるの?」
なんか、不安そうに問いかけてくる。
術式を組み込むというのは、繊細な作業が必要になってくる。もし術式を組み込むことに失敗して、それを知らずに術式を起動させてしまえば誤った改竄をしてしまいケガをする恐れがあるのだ。
それをまだ16歳である俺に任せようだなんて、普通はいないだろう。ナーデが不安になるのもわかる。だけど、なぜか俺はここで食い下がれなかった。
「あぁ、昨日の決闘で使った魔法具だって自分で作ったやつだし。魔力増強ぐらいすぐに終わるよ」
「……あんな強力な魔法具を作れる腕ね。それじゃ、お願いできる?代金は払うから」
「おう、任せておけ。でも、代金はいいよ。俺はプロじゃないし、作るための素材の代金だけ貰えればそれで」
俺はもう鍛治師じゃない。ハーバルヒト学院の生徒なんだからお金を取るわけにはいかないのだ。そこのところをわかってくれたのか、素直に頷いたナーデ。
「わかった。それじゃ、今度なにかお礼させて」
「あぁ、それでいい」
俺もナーデの申し出を断るのも失礼なので、それで頷くことにした。
「さてと。それじゃ、とっとと素材買い揃えて作りますか」
「えぇ」
俺たちは二手に分かれて店内に置かれている素材を集め始めた。俺は《異空間収納》の魔法具を作るための素材を、ナーデは自分の武器となる杖の素材を。
この店の品揃えが良かったのか、俺たちは小1時間もせずに互いの必要な素材を買い揃えることができた。代金はさっき言ったようにナーデの分はナーデが払った。
そうして、俺は購入した素材を抱えてナーデと一緒に鍛冶屋を出た。あ、そういえばーーー
「ナーデ、武器は魔力増強の術式だけでいいのか?なんなら、他にも付与できるけど」
「いえ、いいわよ。作ってもらうだけでもありがたいのに、そんな我儘まで言っちゃ……」
「いいよ、気にしなくて。それにどうせ作るなら、本人が満足する物作りたいし」
「……それじゃ、お言葉に甘えて」
俺がそう言うと、ナーデが折れてくれた。それからナーデがやってほしいことを言ってくる。そのときのナーデはとても生き生きしていて、綺麗だった。まぁ、恥ずかしくて絶対言わないけど。
「どう?できそう?」
「あぁ、それぐらいなら朝飯前だな」
「本当に?今のだいぶ我儘言ったけど」
ナーデがまた不安そうな顔をした。だけど、本当に簡単な物ばかりなので言葉通りの朝飯前である。
「大丈夫。明日、学院で渡すよ。そのときに今日作る魔法具もお披露目するから、楽しみにしてて」
「わかった、2つとも楽しみにしてる。それじゃ、私はこれで」
「おぉ、また明日な」
「えぇ、また明日」
そうやって、俺とナーデは鍛冶屋の前で分かれた。俺はナーデを見届けたあと、ずっと影でこちらを見ている人の方を向いて話しかける。
「学院の女子って、知り合いを盗み見ることが流行ってるの、メディナさん」
「気付いてたんですか」
俺が話しかけると裏路地に隠れていたメディナさんが姿を現した。ほんと、マリアちゃんやサテラ、アリアさんにミツハまでやってたけど、本当に流行りでもあるのか?
「それで、なにか用だったりする?」
「いいえ、たまたま町を歩いていたら見知った男女が楽しそうに話していたので隠れただけです。今となっては隠れた理由がわかりませんが」
「あぁ、でもわかる。なんか邪魔しちゃんじゃないかと思って、隠れちゃうやつでしょ?」
「はい、そんな感じです」
なんか、すげぇ共感できちゃったよ。ちなみにこれを体験したのは小4の頃だ。幼馴染の女の子が男子と親しく話しているところを目撃してしまって、つい隠れてしまったという苦い記憶がある。
と、今はそんなことじゃなくて。
「キラサカくん、ナーデの武器を作るのですか?」
「ん?あぁ、これでも前まで鍛冶屋でバイトしてたから」
「……一昨日、使ってた武器もキラサカくんが作ったのですか?」
「う、うん。俺が作ったけど」
この説明、昨日も含めて3回目だぞ。どんだけみんな気になってんの。
俺がそう答えると、メディナさんは少し考える仕草をして俺に言ってきた。
「お願いがあるのですが、よろしいですか?」
「うん。俺が叶えられることなら」
「キラサカくんが作った魔法具を見せてほしいのです」
「俺の魔法具を?」
「はい」
メディナさんは俺を真っ直ぐに見つめて、そう言ってきた。魔法具か……まぁ、魔法具なら大丈夫かな。
「いいよ。俺の魔法具でよければいくらでも」
「ありがとうございます。早速ですけど、今から大丈夫ですか?」
「今からかぁ。今は見ての通り魔法具を持ってないから、今からだと屋敷に来てもらうことになるけどいい?」
「えぇ、構いません」
メディナさんはあっさりと了承して来た。女の子がそんな簡単にオッケーしてもいいのか?いや、ダメだろ。普通はもっと警戒しないと‼︎
「あの、本当に大丈夫?」
「はい、問題ありません」
「あ、そうですか」
さっきの言葉で心配するだけ無駄であることがわかった。まぁ、俺だってなにかしようとか考えてないし問題は何1つない。
そうやって、俺とメディナさんはディルバール家の屋敷へとやって来た。鍛冶屋から屋敷までが近いので一瞬だった。
今はディルバールの家の者は不在なので、特になんの確認もなく屋敷へと入った。
「ただいまー」
「お邪魔します」
さすがはメディナさん。真面目というか礼儀正しい子だ。俺がそんなことを思っていると、奥の方から声が聞こえて来た。
「あ、カイトちゃんお帰りー。あれ?そっちの子はカイトちゃんのお客さん?」
「あ」
やばいっ!ディルバールの人間以外にここに住んでる人、俺以外にもう1人いるの忘れてた‼︎しかも、こっちの方が不味いやつじゃん‼︎‼︎
ヒオは王族だ。この国の王女がこんな屋敷に住んでいると世間に知られれば、騒ぎは間逃れない!
「あ、あなた様は……《魔王の寵愛魔女》が1人!《水銀の魔女》のヒオ様‼︎」
えぇ⁉︎そっち!王女じゃなくて、先にそっちが出てくるの‼︎うわ、メディナさん跪いちゃってるし‼︎‼︎
「いやー、はははは。私、そんな大層な魔女じゃないよー」
「なにを仰いますか!あなた様は今は亡き《偉大なる魔王》様と共に歩まれ、伝説になられたのです‼︎私も含め、学院の女子の憧れです!」
「そっかそっかー。えへへへ、なんか恥ずかしいねー、カイトちゃん」
そこで俺に振るな、反応に困るだろ。あとヒオ、めっちゃ嬉しそうだな。頰がすげぇ緩んでんぞ。
「ですが、なぜ《水銀の魔女》様がこのような場所に……?」
冷静を取り戻し始めたのか、ヒオがここにいることに疑問を感じ始めたようだ。んー、どう説明したもんかな。
「私はね、今この屋敷で暮らしてるの。お父さんとこの屋敷の人しか知らないから、言いふらしたりしちゃダメだよ?」
「は、はい。命に代えましても言いません」
「いや、メディナさんそれは言い過ぎだから。それとヒオはややこしくなるから下がってくれ」
「えぇー?いいじゃん。お姉ちゃんにカイトちゃんの彼女さん、紹介してよー」
……え?はぁあ‼︎‼︎
「なぜそうなった⁉︎」
「え、違うの?」
「違うわ‼︎」
なぜそういう発想に至ったのか、まったくわからないがこのままでは埒があかない。早くメディナさんを俺の部屋に連れて行こう。
「ヒオ、これから彼女に俺の魔法具を見せるつもりなんだ。だから、もう部屋に行くよ」
「んー、わかったー」
「それじゃ、行こう。メディナさん」
「あ。は、はい」
俺はまだ跪いているメディナさんを引き上げて立たせ、これ以上面倒が起こる前にさっさと部屋に行くことにした。
俺の部屋に着くと、ようやく一息吐くことができた。ヒオはいい奴なんだが、過保護すぎるところがあるからな。逆に突っ張りにくいのだ。
「すぐに魔法具持ってくるから適当に座ってて」
「はい、わかりました」
俺はメディナさんにそう言って魔法具を入れてある引き出しを開けた。そこには決闘で使った千賀鶴やスペルマグナムも入っているが、他にも試しに作った物がいくつかある。
俺はその引き出しを引っこ抜いて、メディナさんの元に持って行った。メディナさんの方を見るとベッドに腰をかけて俺を待っていた。
「はい、メディナさん。これが俺が作った魔法具の数々だよ」
「こんなに作ったのですか?キラサカくん1人で?」
「うん、まぁね。俺がいた孤児院で鍛治や術式のことは勉強してたから、それほど難しくなかったよ」
これは昨日の内に考えておいた嘘である。ただ鍛冶屋でバイトしていたというだけでは、どうしても信憑性がないので考えておいたのだ。
「そうですか。この剣は決闘で使っていた物ですね。どういう物なのですか?」
「これは刀っていう斬撃系の武器で、術式を2つ組み込んである」
「つまり、決闘のときのあの光を斬ったのもその術式ですか?」
「正解。《術式分解》っていう、術式を紐解いて分解する俺が創った術式だよ」
「つ、くった……?」
やっぱり、術式を創るというのは異常らしい。マリアちゃんやサテラ、アリアさんとまったく同じ反応をするメディナさん。
だが、あり得ないことではないと悟ったのか次はスペルマグナムを手に取る。
「これも決闘で使っていた物ですね。やはり、アリアが言っていた通り装填されているのは魔弾のようです。どうやってこれを?」
どうやら、俺が魔弾を撃ったかもしれないことをアリアさんは話していたようだ。なので俺は、昨日マリアちゃんたちにしたものと同じ説明をメディナさんにした。
「なるほど、それはすごいですね。鍛治革命と言ってもいいでしょう」
それからもメディナさんは数々の魔法具を手に取っては質問してきた。俺はそれに《偉大なる魔王》のことがバレない範囲で本当のことを答えた。
どうやら、メディナさんは魔法ということにすごい興味があるようだ。珍しい術式を言えば、どういう術式であるかを事細かに聞いてきた。俺もそうやって興味を持ってくれたことがすごく嬉しかった。
そうして、時間は過ぎて行き時間は夕方になってきた。もうちょっとメディナさんと話したかったが、今日はここらで切り上げよう。
「もうこんな時間なのか」
「そうですね。私はそろそろ帰らなくてはいけません」
「うん、わかった。屋敷の前まで送るよ」
「ありがとうございます」
俺たちは部屋を出て、屋敷の門の前に向かって歩き出した。
「今日は急なことに付き合っていただき、ありがとうございます」
「いいよ、俺もメディナさんと話せて楽しかったし」
「楽しかった……ですか?私は面倒くさくありませんでしたか?」
突然、不思議そうな顔になるメディナさん。あれ?俺なんか変なことでも言ったっけ?
「うん、面倒くさくなんてなかったけど……なんでまた?」
「……私は普通にしているのですが、周りの方々には真面目すぎるんだそうです。疑問に思ったことは、すぐに聞いてしまうようで面倒くさい奴だとよく言われます」
「……面倒くさい奴ね」
俺はメディナさんの言葉に嫌な記憶が蘇ってくる。何よりも黒い記憶だ。
俺は今でこそこんな感じだが、小学6年までは違った。俺は頑張りたい一心で授業を受けては、わからないことがあれば聞いていった。
だけど、それは他の生徒にはただ毎回授業を止める奴としか思われていなかった。そして、俺は面倒くさい奴だとバカにされ挙句の果てにはいじめにもあった。
けど、当時の俺には俺のことを理解してくれる幼馴染がしてくれて、なんとか俺は正気でいられた。
そんなことがあったから、俺はメディナさんの気持ちがなんとなくわかる。そして、こんなときどういう言葉を掛けてあげればいいのかも。
「メディナさん、俺が暮らしてた孤児院に『十人十色』って言葉があるんだ」
「じゅうにんといろ?」
「そう。10人いれば10人がそれぞれ違うって意味でね。その10人のなかにメディナさんの言う真面目な奴が居ても、何もおかしくないじゃないか。それを面倒くさいと言うのは、筋違いだよ」
こういうとき、人は自分を肯定してくれることを望んでいる。否定してしまえば、相手の心がもっと暗くなってその末に自殺したくなる。
俺は過去に自分を肯定してくれる幼馴染がいた。だから、俺はあのとき救われたんだ。
「それに、Sクラスの子たちはメディナさんを面倒くさいなんて言ったことある?」
「……ないです」
「なら、それでいいじゃない。メディナさんは真面目でいていいんだよ」
「……そ、そうですね。ありがとうございます、身内話を聞いていただいて」
「どういたしまして」
そんなことを話していると屋敷の門までたどり着いてしまった。ここでお別れだ。
「それじゃ、また明日」
「はい、また明日に」
そう言うメディナさんだが、なぜか歩き出そうとはしない。俺をじっと見ている。その目にはなにか言いたそうな目だった。
「どうしたの、メディナさん」
「え、っと、その……」
なんだろう?3日間の付き合いしかまだないが、こんな言い淀んでるメディナさんは初めて見る。
「あの、ですね、キラサカくん。キラサカくんはもう私たちのクラスメイトです。ですから、私のことはメディと呼び捨てで呼んでください」
「え、いいの?」
「はい」
「それじゃ……メディ」
「……はい」
俺がそう呼ぶと、メディナさん改めメディは恥ずかしそうに顔を赤くしていた。そんなメディを見た俺も恥ずかしさのあまり、目を逸らしてしまった。俺、かっこ悪りぃ……
「そ、それじゃさ、俺のこともカイトって呼んでくれ。呼び捨てでいいから」
「わ、わかりました。それでは、カイト。今度こそ、また明日に」
「うん、また明日」
そう言って、メディは踵を返して歩き出し今度こそお別れをした。
メディが見えなくなるところまで行くと、俺も部屋に戻るために屋敷へと振り返った。そこにはーーー今帰ってきたであろうミツハがいた。
あー、やっべ。恥ずかしさのあまり警戒が解けてしまった。はぁ……絶対見られたわ〜。だって、物陰に隠れてめっちゃニヤニヤしてるし。
そんなミツハが物陰に隠れた状態で俺に言ってきた。
「彼女?」
「違うわ‼︎‼︎」
もうこのネタやったわ‼︎
ーーーこの後、さっきのことで散々いじられたことは言うまでもない。