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借金魔王と魔神導書  作者: 明石 遼太郎
7/22

第6話 決闘したんだけど……

「なぁ、俺防具とかないんだけど」


 決闘(デュエル)は実戦形式で、武器は訓練用の物ではなく本物を使う。だから、防具も実戦で使う物と同じ格好で行われる。だが、今俺は実戦で使うような防具を持っていない。というか、こっちに来て1回も着たことがない。


「それなら制服を着るといいわ。学院の制服は対刃と耐熱が備わっているから、何もないよりかはマシなはずよ」


「わかった。それじゃ、着替えてくる」


 俺はミツハに言ったように制服に着替えるため、男子更衣室に向かった。男子更衣室にはまだ演習の時間でもあったために誰もいなかった。俺は1人寂しく制服に着替えると、まだ決闘(デュエル)が始まる時間に余裕があったので一息つくことにした。


 さて、武器はどうしようか。相手は伝説の騎士の魔導書と言っていた。となると、剣などの近接戦闘が主流になるだろう。なら、あれだな。


「《異空間収納(ストレージ)》」


 俺は異空間を開いて、中に放り込んである武器を取り出した。まず、最初に取り出したのは俺がゼクトの《武功(ぶこう)の加護》で作った刀だ。


 名前は『千賀鶴(ちかづる)』。こっちの世界に刀がなかったため、これを作ったときはゼクトが興奮しまくっていたことを覚えてる。


 刀の素材は世界最硬と云われているミスリルだ。ミスリルは頑丈さに似合わない軽さと魔力が通りやすい希少な素材だが、加工するということが難しく普通の鍛冶屋では使われていない。しかし、それも《武功の加護》を使うことで加工することに成功した。そして、この刀には2つの術式が組み込まれていて今の俺には頼りになる武器である。


 そしてさらに俺は異空間から武器を取り出す。次に取り出したのは、俺の手にしっかりとあったグリップと大きい銃口、そこに6発の弾が入るシリンダーを付けたリボルバーだ。


 名前は『スペルマグナム』。リボルバーはもともとこの世界にあったので、それを手本にして作ったものだ。


 これもゼクトの《武功の加護》で作った物だから普通の物とは違う。普通の物と違うのは装填する弾だ。弾は俺の特注で、普通の弾に術式を組み込んである魔弾を装填する。普通の銃なら魔力が宿った弾の力に耐えられず、暴発してしまうが魔神導書(アルカナム)の術式に掛かればそれも可能になってしまうのだ。


 ただ、弾丸が小さいせいで込められる魔力量が少なくなるため、初級魔法の術式しか組み込むことができなかった。それに決闘(デュエル)なんてすると思っていなかったので、弾は今入っている6発しかない。だが、これも今の俺には頼りになるいい武器である。


 俺は異空間から帯刀するためのベルトと脇の下に吊るすためのホルスターを取り出して武装する。ホルスターは一度上着を脱いでから右脇に装着し、ベルトはそのまま腰に巻き付ける。そこに千賀鶴とスペルマグナムを武装し準備完了だ。


『おぉ、完全武装じゃねぇか、カイト』


『それぐらいしないと今のカイトでは勝てないということだろう』


『大丈夫なの〜?』


 異空間に放り込んである魔導書たちから話しかけてきた。学院じゃ話しかけないでほしいとお願いしていたのだが、今は誰もいないし大丈夫か。


「まぁ、勝算はゼロじゃないから俺がうまくやれば勝てるはずだ。相手があのデブだからな。うまくやれば上手に踊ってくれるさ。あ、そうそうユイ」


『はいは〜い、なになに〜?』


「俺が作った固有術式《自動治癒オート・リジェネレート》なんだけど、あれ解除しといてくんない?」


 俺とユイの固有術式《自動治癒オート・リジェネレート》は魔力がある限りどんな負傷でも一瞬で元通りにしてしまう超究極魔法だ。俺はこれを創る際の設定で、魔導書を解放せずどころか術式名も唱えずとも発動するようになっている。


 これがあるおかげで俺は魔力がある限り死ぬことはないが、この魔法が決闘(デュエル)中に発動されると俺が魔導書と契約していることと見られかた次第で《偉大なる魔王(グレイト・サタン)》であることがバレてしまいかねないのだ。


『う〜ん、安全面的に解除したくないけど仕方ないかなぁー。わかったよ〜、カイトちゃん』


「ありがとう。それじゃ、そろそろ行こうかな」


 俺は時間が差し迫ってきたので更衣室を出た。すると、男子更衣室の前に運動服姿のナーデ、それにメディナさんがそこにいた。男子更衣室の前に女子が立っているとこんなにビックリするだな。


「あ、カイト……」


 ナーデが俺に何か言いたそうな目で見てくるが、何か気まずそうにしていた。あー、そう言えば俺がミツハの誘いで学院に入ったの言ったんだっけ。ナーデが気まずそうにしていると、まずは自分がというようにメディナさんが前に出た。


「先ほどはマリアとアリアを助けていただき、ありがとうございました」


「いや、そんなお礼なんていらないよ。俺はただしたいことをしただけだから」


「……演習場でのナーデとのやり取りはずっと見ていました。ナーデは認めたようですが、まだ私はキラサカくんを認めていません。キラサカくんに私たちを守れる力があるとでも?」


「それを言われるとぐうの音も出ないけど、それはこれからやる決闘(デュエル)で証明するよ。だから、俺がメディナさんたちを守るに値するか、その目で見定めてくれ」


「……わかりました。では、楽しみにしています」


 それで満足したのか、メディナさんはナーデの後ろに控えた。そこでメディナさんがナーデの背中を押している。


「わ、わかってるわよ……カイト。その、裏口入学とか、無能とか言ってごめんなさい。それと、マリアとアリアを守ってくれてありがとう……」


 ナーデは耳まで真っ赤にさせながら俺にそう言った。え?誰ですか、この人。ナーデってこんなんだっけ?俺はナーデの変わりようにちょっとしたパニックを起こす。サテラはナーデたちを根は優しい子って言ってたけど、これアニメでよくあるツンが取れたデレじゃん!


「ちょっ、ちょっと、カイトも何か言いなさいよ……」


「あ、あぁ、ごめん。さっきもメディナさんに言ったけど、俺はしたいことをしただけだから。それと俺は別に裏口入学とか無能とか気にしてないよ」


 急な変貌模様に面食らった俺はナーデの言葉に反応するのが遅れてしまった。それでも言ったことは事実だ。気にしていないし、あのデブに怒りを覚えたから間に入っただけだ。褒められたことはしていない。


「そんなこと、もう気にしなくていいよ。それよりも、しおらしいナーデよりもいつもの口うるさくて威勢のいいナーデの方が俺は安心するよ」


「なっ⁉︎」


 あれ?なんでそんな驚いてるの?後ろにいるメディナさんはすごく頷いてくれてるよ?


「な、なによ!せっかく素直に謝りに来たのに、それはないでしょ‼︎」


「おぉ、うん。やっぱり、ナーデはそれぐらいの方がいいよ」


「……キラサカくんって、Mの人です?」


「違うよ⁉︎」


 なんか、変な誤解されてる⁉︎てか、こっちの世界にSとMの概念があったなんて初めて知ったわ‼︎だから、そんな嫌なものを見ているような目で見ないでメディナさん!


「ちょっと!私の話聞いてるの、カイト‼︎もういいわよ!カイトなんてあのデブに負けちゃえばいいのよ‼︎ふんっ」


 そう言って、足早に立ち去って行ってしまった。少しやり過ぎたかな……メディナさんはそんなナーデの後ろに付いていくように歩き出していた。俺もそろそろ行かないとな。


 俺は影で盗み見ている4人を放っておいて、演習場に向かうのであった。……ん?4人?なんでミツハも混じってんの⁉︎



 *************************



 決闘(デュエル)を申し込まれて30分が経った。リングの上では俺とデブーーーもといベル・ランパードが20メートル離れたところで対峙している。客席には俺のクラスメイトとネビル先生、それにデブのクラスの生徒たちに審判役のミツハが座っている。


 ネビル先生は戻って来るなり決闘(デュエル)の話が出来上がっていることに驚いていたけど、今では俺の実力を知れるいい機会だと言って目を輝かせていた。


「両者、戦闘準備を」


 ミツハがそう言うとデブは首に掛けてある十字架の首飾りに触れ、魔力を流し込んだ。すると、首飾りが光を放って変形しデブの身体に纏われる。それは黄金の鎧だ。硬さはおそらくアダマンタイトの鎧と同じぐらいだろうか。それなりに硬いと見る。まぁ、俺のヌーの銀色の鎧はミスリルと同等以上の硬さだけどな。


 魔導書を解放し終わると、今度はもともと装備されていた腰の剣を抜き放ち俺へと剣先を向ける。その顔は嫌ににやけていた。


「この剣はアダマンタイトで作られた物だ。術式を込められている聖剣だ。降参するなら今のうちだぞ?」


 自分で作った物じゃないくせによく自慢できるなぁ。アダマンタイトは上級の鍛治職人がなんとか加工できる中で最も頑丈な素材だ。そんな剣に術式も組み込まれた聖剣とくれば自慢したくもなるが、お前が自慢できることじゃねーよ。


 俺はデブの言うことを無視して、千賀鶴(ちかづる)を鞘から抜いた。刀の扱いはあっちの世界で一通り身につけているので、俺は刀を正眼に構えた。俺の刀を見たデブが怪訝そうな顔をした。


「なんだ、その剣は?そんななまくらで俺の聖剣と対峙するつもりか?はん、これは勝ったも同然だな」


 その言葉にカチンと来た。言っておくが、お前が持ってる剣より俺の刀の方が性能は上だぞ。アダマンタイトは頑丈さゆえに癖が強く、魔力の流れが悪い。それに比べてこっちは人類が手に負えなかったミスリルだ。耐久力も切れ味も魔力の効率も勝っている。少なくともレベルは聖剣や魔剣以上だ。


 俺は静かな怒りを燃やしながら試合開始の合図を待つ。勝敗は互いの首に掛けてある首飾りを奪い取るもしくは破壊するか、戦闘続不可能にすること。降参した場合は「参りました」と言えばいいらしい。まぁ、言う気はないが。


 ミツハが俺とデブを交互に見ると右腕を挙げ、次の瞬間一気に振り下ろされた。


「始めっ!」


 その合図で動き出したのはデブだった。デブは手早くモーションに入ると術式を発動させてた。魔力が高まると俺目掛けて一直線に飛んで来る。その速度はロケットランチャーのように速い。


 だが、悪手だ。相手の実力がわかっていないのに真正面から突っ込んで来るか、普通?こんなんが教官で大丈夫なのかよ。俺は身を少し逸らすだけで初撃を回避した。


 回避した俺はすばやく身体強化し、通り過ぎるデブの手首を掴んだ。そのまま、突進の勢いを殺さずさらに遠心力も加えるように身を捻って、地面に叩きつけるように投げた。


 それだけでデブは地面をバウンドしてさっきいた場所よりも遠くまで転がっていき、演習場の壁に衝突した。衝突する寸前で身体を強引に動かして頭からの衝突は避けてたから、まぁ死んではないだろ。だけど、あいつの勢いにプラスして返したからな。相当ダメージを与えたの思う。


 案の定、デブは剣を杖にして立ち上がって来るが足が笑っていた。それでもなんとか立ち上がったデブは剣を構え直して、余裕そうな笑みを浮かべていた。顔が汗塗れだから全然余裕に見えないけどな。


「ふ、ふん、さっきのよく躱したな。だが、今のはただの小手調べだ。次から本気でやる」


「喋ってる余裕あるならさっさと来いよ。あと、それ敗北フラグだから」


「ふん、いつまでそんな余裕があるか楽しみだなっ!」


 現在進行形で余裕のない奴に言われたくねーよ。そう言いたいもんだが、あのデブは俺に向かって駆け出して来た。今度は一直線じゃなく弧を描くように接近して来る。途中で魔力が高まって速くなったから、身体能力強化の魔法を使ったのだろう。


 俺はデブの動きを見定めながら体内に魔力を満たして、身体能力と肉体を強化する。ダイヤの板のときは骨も強化したが、あれは殴るからしただけで斬ることには必要ない。その分、身体能力と肉体に回す魔力が増えるので骨は強化しない。


 デブは間合いに入ると右手に持つ剣を袈裟に振ってくる。それに俺は千賀鶴を持って受け止める。受け止められるとデブは身を捻って回転し、剣を薙ぎ払う。


 俺はもう一度受け止めようとするが、デブから魔力の高まりを感じすぐさま受けるのをキャンセルして後ろに跳んだ。デブが放った薙は空を斬ったが、さっきまで俺がいたところに鋭い風が吹き荒れた。


 どうやら、さっきのは剣を振るって鎌鼬(かまいたち)を起こす魔剣技のようだ。後ろに跳んでいなければ、今頃全身が傷だらけになってたところだ。


「ちっ」


 俺が躱したのを見たデブが舌打ちをした。しかし、それも一瞬で次の術式を発動させるためにモーションに入った。デブが剣を高々と振り上げると高まった魔力が聖剣に集まっていく。


 そして魔力の高まった聖剣を振り下ろすと刀身から魔力の刃が飛び出し、俺を真っ二つにしようと迫ってくる。


 俺は着地してすぐに横に跳ぶことで魔刃を回避する。だが、デブはそれがわかっていたかのように次の術式を発動させる。


 振り下ろした剣を地面に突き立てる。魔力が高まったかと思うと、突然地面が激しく揺れはじめた。


 横に跳んだ直後だったがために俺は揺れる地面に足を取られ、動きを封じられた。


 そこにデブは聖剣に魔力を流し、剣に組み込まれている術式を起動させた。聖剣からとてつもない光が放たれ、世界が白に染まる。


 光を纏った剣を振るうと凝縮された光がデブの正面を広範囲に散らした。俺の視界が白で満たされてしまう。


 一瞬、動きを封じられた俺にこの攻撃を躱すには範囲が広すぎて無理だ。俺は仕方なく、右脇にしまってあるスペルマグナムを抜き放ち白の世界に向かって引き金を3度引いた。


 高々しい音が3度響き渡り、魔弾が放出される。放たれた3発の魔弾はデブが放った光に着弾すると術式が起動する。


 炎の球が出現しては光の中で爆発し、小さな稲妻が煌めいては激しい音を立てて光を削ぎ、闇の渦が生まれれば輝きを飲み込んでいった。


 順番に《火炎玉(フレイム)》、《衝撃の稲妻(エレキ)》、《光を喰らう渦(ダークネス)》という初級魔法の術式が組み込まれた魔弾だったらしい。らしいというのは、適当に装填しているので自分でもなんの魔弾を撃ったのかわからないのだ。


 だが、それでもスペルマグナムはしっかりと役目を果たしてくれた。初級魔法でも重ねて使えばそれなりの威力になる。3発の魔弾は俺の正面の光だけを対消滅させ、俺は広範囲の攻撃を防ぐことができた。


 光が晴れ、俺が無傷であるのを目にした瞬間デブが驚愕していた。だが、俺はそれに構うことなく動き出す。すばやくスペルマグナムをホルスターに仕舞い一歩で間合いを詰め、千賀鶴を上段から下段に振るう。


 デブはそれに反応して聖剣を盾にするが、反応が遅い。俺が振るった斬撃は首飾りを破壊することはできなかったが、デブの唯一露出している顔が浅く切れた。そこからたらりと血が流れる。


 デブは顔を青ざめさせて後退していった。剣を持っていない手で傷口に触れ、血が出ていることを見て目を見開いていた。そして、肩をプルプルと震えさせて怒りを散らしはじめた。


「き、貴様っ‼︎この俺を傷付けるなど、何様のつもりだ‼︎」


「お前が何様だ」


「黙れ‼︎俺は最強の騎士!ブレイド王の後継者だぞ‼︎そんな俺を傷付けるなどっ!貴様っ、どんなイカサマをした‼︎‼︎」


「これは実戦形式の決闘(デュエル)だ。たとえ、俺がイカサマをしてたとして、実戦でもそうやって喚くつもりか?」


「そっ、それは……!」


 俺の言葉にぐうの音も出ないとばかりに顔を歪めるデブ。実戦で相手が奇襲を掛けて来たとして、それを卑怯というのはただの綺麗事だ。


 命のやり取りをしていて、生き延びるために死力を尽くすのは生物として当然だ。そのための行為に難癖なんて付けてられない。ブレイド王だって、そんな戦場に1人で赴いて戦ったんだ。


 それにデブは弱い。擦り傷1つで感情が揺さぶるは、剣だってほとんど魔導書と聖剣に頼り切った剣しか振っていない。最強の名に踊らされて、自分自身を磨くことを怠った奴が最強なわけがない。


「お前に最強を継ぐ資格はない」


「だっ、黙れ!黙れ黙れ黙れ、黙れ‼︎‼︎貴様のような無能に、最強であるこの俺が負けるわけがない‼︎‼︎」


「だったら、さっさとそれを証明して来いよ。俺がお前の最強の幻想をぶった斬ってやるからよ」


 俺は剣先を立て、デブに向けた。最強に酔った奴には完膚なきまでに叩き潰してやるのが、俺にできる精一杯の薬だ。


 俺がそう言うと、デブが突然笑いはじめた。今のデブの顔にはもう狂気しか残っておらず、最低限度の節度すら判断出来ていないように見える。


「ふ、ふははははは‼︎いいだろう!今から俺が最強であることを証明してやる……ここにいる全員の死を持ってな‼︎‼︎‼︎」


 デブの言葉に客席がざわめきはじめた。それはそうだ。いきなり死が訪れようとしているんだから、誰だって混乱する。


 デブはそんな客席を無視ーーーいや、あれはもう周りのことが見えていなくてわかっていないだけか。聖剣に魔力を流しはじめた。すると、聖剣の術式が起動し先ほどと同様に光が刀身に纏わりつく。


 だが、光が先ほどよりも明らかに強い輝きを放っている。流し込んでいる魔力量から威力を計算すると、少なくともこの演習場すべてを満たすぐらいだろう。これをもらえば、確実に死ねるな。


 さっきも言ったが、これは実戦形式の決闘(デュエル)だ。いくら実戦と同様のことをしてもいいとは言え、結局は形式でしかないので相手を殺すのはタブーだ。普通、こういうときは審判が止めるものなんだが……


 俺はあまり期待しないで、審判であるミツハに視線を向ける。案の定というか、ミツハは止める気がないどころか俺に向かって笑いかけてきやがった。要するに、任されてしまったのだ。


「はぁ……まったく、頼りにならない学院長だこと」


 そう言う俺の顔は多分笑っていたと思う。死を目の前に笑うなんて、狂ってる奴だと思われるかもしれないが、それだけ仲間に頼られて嬉しかったってことだ。


 俺は今だに膨れ上がっていく聖剣の光を見定める。おそらく、あの聖剣に組み込まれている術式は光の殲滅魔法だろう。そんなものがあの威力で放たれたら、間違いなくデブも含めた全員死ぬ。


 でも、幸いかな。あのデブがバカで、術式をいっぱい使ってくれたおかげで聖剣の術式は一度目にしている。それなら、この千賀鶴の敵じゃない。


 俺も両手に握る千賀鶴に魔力を流し込む。2つのうちの1つの術式を起動させ、構える。


「はははははははは‼︎死ねっ!この無能が‼︎‼︎」


 デブは三下が言いそうなセリフとともに聖剣を振るった。聖剣に纏われている光は膨大で、一瞬にして視界を白に染め上げた。


 だが、俺はそんな白に向かって駆け出す。そうしなければ、俺に到達する前にクラスの子たちに光が到達してしまうからだ。俺は白い世界を目の前に、術式を起動させた千賀鶴を振るった。


 俺の千賀鶴が白い世界を斬るとさっきまでのが、まるで嘘だったかのように景色が戻っていた。


「はははは……は?ど、どうなってる……なにが起きた?」


 さっきまで狂っていたデブもさすがに正気に戻り、今起こった出来事に疑問符を浮かべている。客席にいる生徒たちとネビル先生も同じように、なにが起こったのかわからないようだ。


「き、貴様っ!一体なにをした⁉︎」


 全員の視線が俺に注がれてくる。だが、俺はそんなことを聞いてくるバカに呆れていて視線を気にする暇がなかった。


「はぁ……そんなの決闘(デュエル)中に聞かれて答えるわけないじゃん。大人なんだから自分で考えろよ」


 俺はデブの問いかけを突っぱねた。言ってもいいんだけど、いちいち説明するのも面倒なのだ。


 俺が起動させた千賀鶴の術式名は《術式分解(グラム・ブレイク)》。触れた魔法の術式を分解する、俺が生み出した術式だ。


 術式とは世界を改竄(かいざん)する過程を式にしたものだ。術式は同じ現象しか起こすことができず、応用性がない。そこで俺は術式の仕組みを見極め、式を紐解いて分解する術式《術式分解(グラム・ブレイク)》を作ったのだ。


 ただ、これは術式の仕組みを見極める必要があるので、発動を目にしていなくては使えないのが弱点である。この術式をスペルマグナムの魔弾に組み込めれば便利なのだが、やはり魔力量が問題となって断念した。


「きっ、貴様っ……最強である俺に向かって……」


「そろそろ、自分が最強じゃないことに気付けよ、デブ。お前はここで負けるんだよ」


 デブはさっきの攻撃に大量の魔力を聖剣に流し込んだせいで、もう魔力はすっからかんだろう。今まで魔導書と聖剣に頼り切って来たつけだ。デブにもう戦える技はない。


「こ、このッ、まだ決闘(デュエル)は終わっていない‼︎」


 引き際もわからなくなったのか、まだ戦う気らしい。デブは剣を振り上げて、俺に駆け出してくる。そんなのを呆然と見ているわけがない俺は懐からスペルマグナムを抜き、剣を持つ右手の手首を撃った。


 発射された魔弾は見事にヒットし、術式を起動させ鋭い風がデブの手首に2つ目の衝撃として炸裂した。今のは風の初級魔法《風刃斬(エアカッター)》だったか。


 衝撃を受けた手から聖剣を取りこぼし、右手を左手で抑えるように(うずくま)るデブ。隙だらけになったところで、俺は強化した足で一瞬にして間合いを詰め、右手だけで持った千賀鶴の剣先をデブの首に突きつける。


「チャックメイトだ。敗者の言葉を聞かせてもらおうか」


「ま、ま、参りました……」


「そこまで!勝者、1年Sクラス、カイト・キラサカ‼︎」


 そう言うミツハの勝利宣言により、今回の決闘は幕を閉じたのだった。



 *************************



 決闘が終わり、放課後となった頃俺はミツハに呼ばれて学院長室にやって来た。俺が学院長室をノックするとすぐに返事が返ってきたので、入ることにした。


「お疲れ様、カイト」


「本当に疲れた。帰って早く休みたいから手短に頼む」


「えぇ、わかっているわ」


 俺は学院長室にあるお客さん用であろうソファに勝手に座り、本題に入ってもらった。


「ベル・ランパードの辞職のことよ。生徒たちに手を出そうとしたこと、それに決闘(デュエル)の際に行った危険な行為諸々を突きつけて、今日中に出て行ってもらうことを決定したわ」


「そもそも、なんであんなのを教官として雇ってたんだよ?」


「あれはこの学院の前学院長だったのよ。そのときからキモい欲望を丸出しにした男だったわ」


 え、あれが前学院長?世の末だな。


「それじゃ、もしかしてミツハが魔王を倒した報酬でここの学院長になったのって……」


「えぇ。当時から学院長であることをいいことに女生徒にちょっかいを出していたもんだから、私が代わりに学院長になったの。けど、あいつを学院から追い出すことは出なかったけど……」


 そうだったのか。当時のミツハもいろいろと抱えていたんだな。仲間の優しさが再度感じられて、俺はつい頰を緩めてしまった。


「な、なによ、急に笑い出して」


「いや、なんでもないよ。ただーーー」


「ただ、なによ?」


「今回の決闘(デュエル)に意味があったのかってな」


 俺はあのデブを完膚なきまで叩き潰すつもりだった。だけど、結局俺はあいつを追い詰めすぎたせいでクラスの子たちを危険な目に合わせてしまった。その罪悪感がどうしても拭えない。


「結論から言って、意味はあったわ。カイトがあいつの誤った認識を正したのだから」


「そっか。それなら、まだ救われたかな」


 俺は前を向くって決めたんだ。そんなこと、いちいち気にしてたら2つ目の目標も霞んでしまう。


「話はそれだけよ」


「それじゃ、また屋敷でな」


「えぇ」


 ミツハの話も終わって、俺は学院長室を去ろうとする。だが、ふと思い出したことがありドアの前で足を止め、振り返らずにミツハに問うた。


「なぁ、ミツハ」


「なにかしら?」


「今日の俺、カッコよかったか?」


 俺がそう言うと、ミツハから息を飲んだような気配を感じた。それから数秒、沈黙の空気が流れるとミツハがクスリと笑って言った。


「えぇ、今日のカイトはどの童話に出てくる王子様よりもカッコよかったわ」

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