第5話 認められたけど……
魔導士の演習も終わり、演習場で現地解散した俺たちSクラス。俺は男子更衣室に行き、手早く着替えを済ますとマリアちゃんと待ち合わせしてある校門に行ってマリアちゃんが来たのちに我が家に帰り始めた。
その帰り道、俺はため息を吐いていた。
「はぁ……やらかいたなぁ……」
俺は来週に控えた中間テストの課題として出された、ダイヤの分厚い板を壊すまたは貫通させるというもので、俺は身体強化した拳で粉々にしてしまったのだ。当たり前だが、それは異常で現役の魔導士でも不可能なことである。
俺にそれができたのは膨大な魔力のおかげであるとみんなに説明すれば、その言葉を信じてくれたが異常者という認識は消えないだろうな。はぁ、俺の平凡な学院生活が徐々に遠のいていく……
「まぁまぁ、そんなに落ち込むことないよ。まだ、初日だし挽回できるチャンスはいくらでもあるよ」
初日からやらかしたからこそ難しいのでは?おっと、ダメだ俺!マイナス思考になったら何も変わらんぞ。プラス思考だ、プラス思考。
「そうだな。今日は今日で置いておいて、明日どうするか考えるか」
「うん、それがいいよ」
手短い会話が終わるとすぐにディルバール家の屋敷に着いた。
「「ただいまー」」
俺とマリアちゃんの声がハモって、互いの顔を見て笑った。俺たちの声に気付いたのか、奥からヒオが出て来て俺たちを迎えてくれた。
「おかえりー、カイトちゃんにマリアちゃん。初めての学院はどうだったー?」
「懐かしい感じだった。いいクラスメイトにも出会えたし、これからが楽しみだな」
俺はナーデラルさんとメディナさんに言われた裏口入学疑惑のことは省いて、本当のことを言った。俺が言ったことは嘘偽りのない俺の思っていることだ。
「そっかー、よかったー」
「そんなに心配だったのか?」
「それはもちろん!カイトちゃんがいじめられないか、お姉ちゃんは心配で二度寝もできなかったよ!」
「そっか。普通はしないんだけどな」
ヒオは勢いで暴露するから騙されないようにしないとダメだ。まぁ、心配してくれるのは嬉しいからいいけど。ヒオとマリアちゃんと少し話すと俺は自分の部屋に戻った。部屋に入った俺は制服を脱いで部屋着に着替えるや否や、ベッドへとダイブした。
『お疲れですね、カイト』
『眠い?』
『ふん、あれしきのことでこのザマとわ』
「あぁ、そうだった。忘れてた。《異空間収納》」
俺は異空間を開いて8冊の魔神導書を取り出した。今まで話し掛けられなかったからすっかり存在を忘れてたよ。疲れた身体を起こして魔神導書たちをベッドの上に並べる。
「お前ら、サンキューな。学院内で話し掛けられると反応しちゃいそうで怪しまれるからな」
『ホントそうよ!わたしたちを異空間に放り込むなんて、それでも契約者なの⁉︎』
「その言葉、そっくりそのままお前に返してくれる」
ヌーの奴、今自分のことを棚に上げやがったぞ。あとでブーメランが来ても知らんからな。
『それにしても、学院に1人鋭い女がいたが大丈夫なのか?』
「それはサテラのことか?」
『そうだ』
ヤチオが言う鋭い女といえば、俺はサテラしか心当たりがない。彼女の読みの深さは王都という箱庭に住んでいるにしては鋭い。演習で見た双剣の扱いといい、小さい頃から苦労してきただろうことを俺は感じ取った。
『そんなことよりよぉ、そのサテラとかが使ってた武器の方がアタイは気になんねぇ』
『ゼクトさん、今は真面目な話をしてるから黙っててね』
『いや、アタイはいたって真面目なんだが……』
ゼクトの武器好きは2年経っても相変わらずか。まぁ、俺の魔神導書たちはみんなマイペースだから別にいいんだけどな。
「確かにサテラは鋭いが俺が訳ありであるというところで止まってる。俺が本当と嘘を交えながら過ごせば、俺のことはバレないだろ」
『ん〜、でもねでもね、カイトちゃん。わたし、その子のことどーこかで見たことある気がするだよねー』
「本当か?デジャブ的なやつじゃないのか?」
『んー、そうなのかな〜?』
ハッキリしないなぁ。こんなにハッキリしないユイは初めてだ。もしかして、本当に会ったことがあるのか?俺が忘れてるのか?やべぇ、俺もハッキリしなくなってきた!
俺とユイが頭を抱えているとドアがノックされた。
「あ、はい」
「マリアだけど、今大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。入って入って」
「それじゃ、失礼するね」
マリアちゃんが一言そう言うと部屋に入ってきた。その姿は制服ではなく、屋敷内を歩き回る際に着ている上品で少しラフな格好だ。向こうの世界じゃ、女の子とまったく接点がなかった俺は初めて見る女の子の部屋着姿に一瞬ドキッとしてしまった。
「あれ、それってもしかして……」
部屋に入ってきたマリアちゃんがベッドに並べられている魔導書に気付いたようだ。マリアちゃんは俺の正体を知ってるし、別に大丈夫だろ。
「あぁ、これが俺の魔神導書たちだよ。挨拶して」
俺は並べてある魔神導書にそう言った。普段は俺の頭に直接話し掛けているが、やろうと思えば周囲の人にも話しかけることができる。
『初めまして、マリアさん。わたしは『シェッカルの禁書』といいます。シェルと呼んでくださいね』
『我は『キナヅルの模書』。カイトにはキルと呼ばれている』
『どうもどうも〜、わたしは『ユーロイの治癒学書』っていうんだ〜。ユイにゃんって呼んでね〜』
『眠い』
『カイトの契約魔導書『ヤチャハオの空写本』です。ヤチオとお呼びください』
『あはははは、アタイは『ゼックートの錬金書』つう者だぁ。気軽にゼクトってぇ呼びなぁ、マリアの嬢ちゃん』
『わたしは『イレヌーの守書庫』。ヌー様と呼びなさい!』
『……』
「以上の8冊が俺の魔神導書たちだよ」
「あの……まだお2方のを聞いていないんだけど……」
「……そこは気にしたら負けなんだ」
ごめんね、こんなキャラが濃い奴しかいなくて……だけど、マリアちゃんは優しいから気にせずに魔神導書に挨拶している。ホント、ミツハに似ず優しい子に育ったんだな。
「それで、俺になにか用でもあった?」
「あ、うん。ナーデたちのこと、お姉様に話さないのかなって思って」
「あー、そのことは話さないでおこうと思ってる」
ナーデラルさんとメディナさんのことを話せば自ずと裏口入学の件を話さなければならない。あいつらのことだ、それを聞いたら自分たちのせいだと少なからず思わせることになる。俺は学院に入れてもらったことを本当に感謝しているんだ。だから、自分のことは自分で解決する。これ以上、2人に甘えてたまるか。
「これは俺とナーデラルさんたちの問題だからね。無闇に大人が介入したら、余計に悪くなっちゃうから」
「私たちももう大人なんだけどね……でも、うん、わかった。カイトくんが自分でなんとかするって言うんなら、私はそれを応援するだけだよ」
「うん、ありがとう、マリアちゃん」
マリアちゃんは話を終えると部屋から出て行った。俺はマリアちゃんを見届けた後、ベッドに横になってしみじみ思う。
「ホント、仲間に恵まれてるなぁ、俺」
『うふふふ、そうですね』
*************************
次の日。昨日と同じように登校した俺はマリアちゃんと教室に入った。そこにはもうみんな居て、会話に花を咲かせていた。サテラとアリアさんは挨拶してくれたが、やはりと言うかナーデラルさんとメディナさんは挨拶どころか目すら合わせてくれなかった。
それから1時限、2時限、3時限と経つが口も聞いてくれないし、ずっと無視されている。勇気を出して、ご飯に誘ってみたがやっぱり撃沈された。魔王に挑んだときだって、こんなに勇気を出したことないってのに……結局ご飯はマリアちゃんとサテラ、それにアリアさんと一緒に食べた。
だが、午後の演習で事態は急変した。
「これより剣の打ち合いをしてもらう。剣は訓練用に刃が潰されているが、当たれば痛いし力によっては斬れてしまう。よって、身体能力強化は使わずに打ち合え。では、始め!」
「「「「「「はい!」」」」」」
ネビル先生の指示でみんな訓練用の剣を手に動き始めた。俺は誰と組もうかなぁ?マリアちゃんはーーーもうアリアさんと組んだっぽいな。それじゃあ、サテラはーーーメディナさんと組んでるのか。それじゃ、残ってる人とーーーあ。
残ってる人ーーーもといナーデラルさんと目が合った。今日でやっと目が合った。
「えっと、よかったら俺と組まない?」
「……仕方ないわね。いいわ、組みましょう」
こうして、俺はナーデラルさんと組むことにした。訓練用の剣を抜いて、お互いに構え合う。最初に仕掛けてきたのはナーデラルさんだ。剣はそれほど得意じゃないのか、振りがぎこちない。俺は襲ってくる剣を受け流して、適度に手を抜いて反撃する。
俺は鍔迫り合いになったのを見計らって、ナーデラルさんに話しかけた。
「あのさ、ナーデラルさん」
「なにかしら?」
「ナーデラルさんにとってSクラスってなに?」
「私にとってSクラスがなにかですって?」
ナーデラルさんは後ろに跳んで間合いを開けてから、また斬りかかって来る。剣を振るいながら俺の問いかけに答えてくる。
「私にとってSクラスは学院内の頂点で、学院の看板で学院の誇りを背よった者たちが居るべき場所よ!そして私の仲間が、私の大切な友達がいる場所でーーー私が守りたい者よ‼︎」
「……そうか」
俺は迫り来る剣を受け流しながら、ナーデラルさんの心を聞いた。ナーデラルさんにとってSクラスは守りたい者だったんだ。俺が裏口入学してるしてないなんて関係なかったんだ。ただ、自分の世界に急に俺が入ってきたのが怖かっただけなんだ。
俺はナーデラルさんが振るってくる剣を手首を痛めない程度の力で弾き、後退させた。
「ナーデラルさんの気持ちはわかった。確かに俺は魔導書と契約していない無能だ。そんな俺が学院の看板と誇りを背負えるわけがないと思われるのも納得している」
「だったら、ここから出て行ってよ!私の居場所から出て行ってよ!」
ナーデラルさんは感情のままに剣を振り上げて、俺に向かって振り下ろそうとする。
「だけどーーー」
だけど俺にだって守りたい者はある。出会ってほんの1日ちょっとしか立っていないけど、俺はマリアちゃん、サテラにアリアさん、そしてナーデラルさんとメディナさんの優しさに触れた。
おそらくだけど、メディナさんはナーデラルさんの想いを知っていたんだ。俺が教室に入ってきたときにメディナさんから感じた不審。あれは不審なんかじゃなく、敵意だ。2年前の俺なら一瞬でわかる感情なのに、争いから離れたせいで気付かなかった感情。メディナさんはずっと俺をナーデラルさんの想いを邪魔する敵として見ていたんだ。
そんな優しい女の子たちを守りたいと思うのは男の性だ。だからーーー
「俺は守れるだけの力がある。だからーーー」
ナーデラルさんが振り下ろそうとする剣筋を見極め、俺は自分の剣を叩きつける。すると、互いに持っている剣が激しい音を立てて折れ始める。
「俺にもナーデラルさんが守りたいと思う者を守らせてくれよ」
ナーデラルさんは肩で息をしながら自分が手にしている刃の折れた剣を眺めている。
互いの剣が同時に折れるなんてことは滅多にない。普通は力の差と剣の耐久力の差で片方どちらかの剣が折れるのが当たり前だ。互いの剣が折れるとすれば、寸分違わず同じ力と同じ耐久力の剣がぶつかり合ったときだけである。
だが、男である俺と女であるナーデラルさんでは力の差が違い過ぎる。だから俺は最初にナーデラルさんが振るう剣の力を見極め、ナーデラルさんと同じ力で剣を振るうことで互いの剣を折ったのだ。
俺はこのたった1合で、ナーデラルさんに自分の実力を示したのだ。それがわからないナーデラルさんではないことは、さっきの話を聞いた俺にはもうわかる。
しばらくすると、剣を見つめていたナーデラルさんが顔を上げてきた。その顔はなにかスッキリしたように笑っていた。
「あんたの言葉、確かに受け取ったわよ。あんたは無能かもしれないけど、あんたはいい奴よ」
「ナーデラルさん……」
「ナーデ」
「え?」
「クラスの子はみんなそう読んでるんだから、あんたもそうしなさい。さんやちゃんは不要よ、カイト」
「あぁ、わかった。ナーデ」
俺がそう呼ぶとナーデは顔を赤くし、鼻を鳴らしてそっぽを向いてしまった。恥ずかしいんなら、呼ばせなきゃいいのに。でも、そんな反応してくれることがこの上なく嬉しい。
「ちゃ、ちょっと、熱くなり過ぎたし少し休憩としましょ。私、お手洗いに行ってするから」
「あ、うん」
ナーデはまだ顔を赤くしながら言うと演習場を出て行ってしまった。その間に俺は遠くで俺たちを見ているネビル先生に訓練用の剣を持って来てもらうようにお願いをしに行った。
ナーデとネビル先生が戻ってくるまで休憩しようと、俺はあえて演習場の入り口に1番近い壁を背にして座った。なぜここに座ったのかと言うと、さっきから気配を消して様子を見ていた奴と話すためである。
「なにこそこそ見に来てんだよ、魔女」
「相変わらず口の利き方がなってないな」
そう言って殺気を飛ばしてくるミツハに俺もまた殺気を飛ばした。この恒例行事はいつまで続くのやら。
「で、本当に何の用だよ?」
「カイトがどうしているか気になってね。クラスメイトとのいざこざが無くなってよかったわね」
「……マリアちゃんから聞いたのか?」
「えぇ。カイトはしないと思うけど怒らないであげて。マリアは優しい子だから私に相談しに来ただけよ」
「ミツハの思っている通り、俺は怒らないよ。マリアちゃんの優しさは知ってるし、多分今回ナーデとのいざこざを解決できたのはマリアちゃんのおかげだろうし」
俺とナーデが組むことになったのは偶然なんかじゃなく、マリアちゃんが裏で動かしたんだろう。サテラとアリアさんはそれに協力してくれたんだと思う。ホント、仲間に恵まれてるなぁ。
「そう。ところで魔力を抑えて1日以上が経つけどもう慣れた?」
「慣れたって言われてもな……ここ2年間、全然魔力を使ってこなかったから魔力を使わないのが普通だったし……」
「そう。この学院に通っている以上、瞬時に魔力が使えた方がいいから慣れておきなさい。その一瞬が命取りなのはカイトも知ってるでしょ」
「そうだな。今日からでも身体に馴染ませておくか」
ミツハの言う通り、気を抜いた一瞬が命取りになる。戦いが終わったと思って気を抜いた瞬間、背後から忍び寄ってきた暗殺者に殺された奴もいるのだからそれの二の舞いにならないようにしないとな。
「いい加減にしてください!!」
そんなとき、急に怒鳴り声が演習場に響き渡った。その発生源を俺とミツハは釣られるように見た。そこにはマリアちゃんとアリアさんがいて、男6人に絡まれていた。アリアさんは男たちが恐いのか、マリアちゃんの後ろに隠れていてマリアちゃんが男たちを相手している。
「あいつらは……」
「この演習場を一緒に使っている3年のSクラスの生徒達ね」
運動着の色から上級生なのはわかっていたが、まさか3年かよ。3年にもなって演習中にナンパするか、普通。
「あれは止めなくていいのか?」
「普通は教官が止まるんだけど……どうも教官もバカらしいわ」
よくよく見ると男の中に運動着を着ていない奴がいた。どうもあいつがあのクラスの担任らしい。生徒と一緒にナンパするとかバカじゃねぇの?そいつはぽっちゃりとした体型であの中で1番背が低く、そしてあの中で1番感情を隠さずにマリアちゃんたちを見ている。
「汚らわしい……」
「同感だ。あの教官、今日のうちにクビにしておけよ」
「えぇ」
サテラとメディナさんもマリアちゃんたちのことに気付いているが、今彼女たちが行っても火に油を注ぐだけだ。本当はネビル先生が止めた方がいいんだろうけど、その先生は訓練用の剣を取りに行っていていない。ならば、俺が動くしかない。
「ちょっと、行ってくる」
俺は立ち上がってマリアちゃんとアリアさんがいるところに向かって歩を進めた。
「嫌だねぇ。ただ、剣の扱いを教えてあげようって行ってるだけじゃないか?」
「だから!それが結構ですと言ってるんです‼︎」
「そんな怒鳴ることないだろ!俺たちの親切心を無視するか‼︎」
マリアちゃんと男たちが言い争っている。これじゃ埒があかないと思ったのか、急に口調を変貌させマリアちゃんに手を伸ばした。さすがにもう見守ることができなくなった俺は一瞬で身体強化をして距離を詰め、その男の手を掴むと背後に回して関節技を決めた。
「い、痛い痛い痛い痛いっ。なっ、なんだ貴様は⁉︎」
「俺は彼女たちのクラスメイトですよ」
「なっ、なに⁉︎そ、そうか、貴様があの魔女の独断で入れた男か‼︎」
「どうでもいいですけど、彼女たちにちょっかいを出すのやめてもらっていいですか?」
「はんっ、貴様こと俺にこんなことしてタダで済むと思っているのか⁉︎」
「は?なに、負け惜しみですか?はぁ……めんどくさ」
あっちの世界にいた頃、アニメでこんな台詞本当に言うのか?と思っていたが、本当にいたよ。そして、俺の記憶が正しければこの後面倒なことが起こるのは定番である。
「俺はあのブレイド王の力を継ぎし魔導書『ブレイドの黙示録』と契約している、ブレイド王の後継者なる者だぞ‼︎」
「なに⁉︎」
「ははははぁ!どうだ、恐れ入ったか‼︎ならばそこに頭を付けて命乞いをすることだな‼︎‼︎そうすればいのーーー」
「ブレイド王ってなに?」
「おいっ!俺の話を聞け‼︎」
俺はこのデブが自慢してくるブレイド王ってのを知らないから、マリアちゃんに聞いたんだけど……
「てか、人の話を聞かずに話進めたのあんたが先なんだが」
「俺はそんなことしていない!」
「いや、俺が「なに⁉︎」って聞いても、あんたは自慢話進めたじゃん」
「あれ⁉︎あれってそっちの意味だったのか‼︎紛らわしい言い方するな‼︎‼︎」
ん?なんか、話が噛み合わないなぁ。まぁ、いいか。
「それでブレイド王ってなに?」
俺はデブを放っておいて再度マリアちゃんに聞いた。なんか微妙な顔をしながらも俺に説明してくれた。
「えっと、ね。ブレイド王っていうのはまだ神がいた時代に一騎で戦争に赴き、勝利を収めたと言われている騎士の名前でね」
「へぇ、なるほど。ありがとう、マリアちゃん」
略すと強い騎士の力が術式となって綴られている魔導書と契約しているのがこのデブってわけだ。
「で?」
「で?とはなんだ?」
「いや、その後継者だからなに?」
「なにだと‼︎わからないようなら、言ってやろう‼︎俺がその気になれば!貴様など一瞬でスライスすることができるのだぞ‼︎」
このデブ、さっきから叫んでばっかだけど大丈夫なのか?いきなり血圧が上がって死んだりしないか?
「ちょ、どうしたのよ!マリアにアリア!それにカイトも!」
そこでお手洗いから戻ってきたであろうナーデが入ってきた。その後ろにはサテラとメディナさんもいる。
「いや、このデーーーこの人がマリアちゃんたちに手を出そうとしてたもんだから……」
「おい、貴様!今俺のことをデブと言いかけたな‼︎」
「そんなー、被害妄想はやめてくださいよ、デブ」
「今言った!今のは聞き逃さなかったぞ‼︎」
おっと、いけね。心の声が漏れてしまった。まぁ、マリアちゃんたちに手を出そうとしたのには俺もそれなりに怒ってるんでね。これくらいまだちょろい方だ。
「もう許さん⁉︎貴様をスライスにしてくれるわ‼︎」
「教官ともあろう者が生徒に向かって物騒なことを言うわね」
「お、お姉様⁉︎」
ミツハ、今頃入って来やがったよ。
「き、貴様は⁉︎」
「あら、まさか学院の長である私が学院内で貴様呼ばわりされるとは思わなかったわね」
「も、申し訳ございません‼︎」
「ミツハ様……」
急なミツハの出現にデブが姿勢を正し始める。そして、うちのクラスメイトとくれば間近で見られたミツハにハートな瞳を向けていた。あ、そういえば彼女らってミツハのファンだっけ。俺にとってはただの魔女なんだけどな。
「それにしても生徒をスライスするなんて物騒なことを言うのね。まぁ、私が推薦した彼を貴方が傷つけられるとは思いませんけどね」
「えぇ⁉︎」
「うそ……」
「え……?」
「ちょ、ちょっと、カイトが言っていた誘ってくれた知人って……」
「……あぁ、そこの魔女だよ」
「まっ!」
ミツハの言葉を聞いてクラスメイトの少女たちが驚愕の声を漏らし、俺はそれを肯定した。もともと俺を推薦したのはミツハであることを設定で決まっていたが、彼女たちがミツハのファンであることを知ってしまったのであんまり言いたくなかった。言ったら妬まれそうだし。女の妬みほど怖い物はないってよく言うし。
「お言葉ですが学院長。このブレイド王の後継者である俺がまだ学生の身分である者に劣ると?」
「えぇ。なんなら試してみては?この学院にはそのための制度があるはずよ」
「……決闘制度ですか。ですが、あれは生徒同士が力比べをするための制度であって教官と生徒が戦うなど……」
「それは学院長である私が特別に許可するわ」
おい、今目の前で盛大な職権乱用があったぞ。ミツハが堂々と職権乱用するからデブと3年の生徒たちも丸い目してんじゃねーか。こんなミツハが学院長で、本当にこの国大丈夫なのか?
「許可してくださるのは嬉しいのですが、俺では生徒を死なせかねませんよ?」
デブが俺の方を見てキモい笑みを浮かべながら言った。本当に感情が隠せない奴だな。考えてることが丸わかりだ。そんなデブにミツハは本当に呆れた声で答えた。
「さっきも言ったけど、貴方程度では彼を傷つけることはできないわ。挑んで、存分にいたぶられることね」
ミツハの奴、俺がやるからって勝手なこと言ってやがる。お前、今の俺がどう言う状況かわかってんだろ。俺は前みたいに完全無欠の最強じゃないんだぞ。
「ま、待ってください!ミツハ様‼︎彼は確かな実力を持っているかもしれません。ですが、魔導書と契約していない彼に決闘させるなんて正気の沙汰ではありません‼︎」
ミツハとデブが勝手に決めようとしている中、ナーデが俺のことを案じてそう言ってくれた。なんか、嬉しいな。多分、今の俺の顔はにやけていて傍から見ればキモいだろう。
「む?魔導書と契約していないだと!学院長、どういうことですか‼︎貴女は魔導書と契約していない無能をSクラスに入れたのですか‼︎」
デブが好機と称してまた喚き始めた。本当にうるさい奴だな。魔導士なら少しは冷静さを覚えろよ。
「ならば、その実力を知るためにも決闘してはいかがですか?まさか、まだ魔導書と契約していない生徒相手にビビっている訳ではありませんよね?」
おい、自分のことじゃないことをいいことにデブを挑発するな。あのデブの性格から挑発に乗ってくることはミツハだってわかってるだろうに。
「いいでしょう‼︎おい、貴様‼︎俺はお前に決闘を申し込む!今から30分後、装備を整えてここに来い‼︎死ぬのが怖くて逃げるなよ、無能‼︎あははは‼︎‼︎」
案の定、デブはミツハの挑発に乗って決闘を申し込んできた。手短に予定を叫んで、高笑いしながら演習場を出て行った。
「誰がお前にビビって逃げるかよ」
俺は本当の強者を知っている。そいつらが纏うオーラは独特で、あんなデブとはまったく違う。死ぬかもしれない恐怖なんて、もう俺にはないしな。だが、俺にも不満に思うことはあるんだぞ。
俺は勝手に決闘を焚き付けた張本人に目を向け、睨みつける。俺の視線に気付いたミツハはなぜか満足気に胸を張った。多分だが、うまく自分の手の平で踊らせれたことに満足してるんだろう。
「おい、ミツハ。今の俺の状態がわかってて決闘を強要したんだよな?」
「えぇ、当たり前じゃない」
「そうか。ならいい」
俺はミツハのその言葉だけを聞いて納得した。ミツハは本当に危険があるところに仲間を放り込むようなことはしない。俺に勝機があると踏んでいるから決闘を焚き付けたのだろう。
すると、ミツハは俺に近づいてきて耳元で俺にしか聞こえないように囁いてきた。
「今のカイトがどこまでできるのか、今回の決闘でしっかり見極めておきなさい。それとーーー」
そこで一度言葉を切ったミツハはなにか悪巧みをしているような笑みを浮かべて言った。
「私も含めて、ここにいる女子全員にカッコいいところを見せることね」
「……はいはい、わかりましたよ」
俺はその言葉に一瞬、呆れるが了承することにした。ミツハは簡単に言ってくるが、今の俺には難しいことだ。でも、男は女の子にいいところ見せたいと思うぐらいがちょうどいいのかもな。そんな気軽さであのデブと決闘する方が、まだ怒りが収まらそうで楽だしな。
ただ、問題はーーー
「あのデブ、今頃血圧上がって倒れてないといいんだけどなぁ……」