第1話 最強なんだけど……
「はぁ……」
俺はただため息を漏らすしかなかった。なぜため息を吐いているかというと、唯一の仕事場ーーーもといアルバイト先が潰れてしまったのである。膨大な借金を抱え、さらに素性を説明できない俺としては、例えどんなに安い給料だとしてもアルバイト先を失うのは致命傷との言える。
もともと、なぜ膨大な借金を負っているかと言われれば、それは2年前のことである。
俺こと綺羅坂界人は3年前にこの世界へと転移した。当時、まだ中学1年だった俺には受け入れがたい出来事でもあったが、特撮やアニメが好きだったこともあってこの世界を楽しむことにした。幸い魔力は普通の人より何十倍も多かったし、一緒に居てくれた仲間もいたから目の前の争いを止めることから始めた。それは2人の魔王だ。1年かけて集めた8冊の魔神導書を駆使して魔王に挑んだが、強くなり過ぎたせいで3日という期間で戦争を止めてしまった。
魔王を倒した俺、それと俺と共に魔神導書を集める旅をした仲間はハーバルヒト王国を持って讃えられることとなったのだが、俺はやり過ぎてしまった。魔王たちとの戦いの被害で世界的有名な神殿を壊し、海にでかい穴を空けたり、終いには国1つ丸々消滅させるなどの無視できない世界の傷を残してしまったことで賠償金を請求され、報奨金どころか小国1つ建てられるほどの借金を抱えることになったのである。
こうして魔王たちを倒した俺だけが、その膨大な借金を負うことになったのである。なんという理不尽……そしてやっと鍛治の仕事に慣れたと思いきやこのザマである。
今は元旅仲間の好意に甘えて、ハーバルヒト王国の王都から離れた森深くに建てられているログハウスに住んでいるが、借金が無くならない限り俺に自由はない。
「あー、死にたい……」
『思っていなくても、そんなこと言ってはいけませんよ、カイト』
『そうだっ、カイト!もっとシャキッとしろ』
俺の独り言に抗議してくる声が聞こえる。声の主はテーブルに並べられた手の平サイズの8冊の本からだ。聞こえると言っても耳に入って来たことを脳が処理しているわけではなく、脳に直接語りかけて来るような感じだ。
さっきの声は俺が契約している魔神導書の内の2冊だ。最初に語りかけて来たのが『シェッカルの禁書』という攻撃魔法を極めた魔導書で、通称シェル。そして厳しいお言葉を頂いた声が『キナヅルの模書』という魔剣技を極めた魔導書で、通称キル。
『ははは、死にたくても死ねないから大丈夫だよ〜』
『それもそうだな』
「おい、そこの2冊。今のはなんのフォローにもなってないからな」
俺はテーブルに並べられた内の2冊に目を向ける。明るい声で毒を吐いたのは『ユーロイの治癒学書』。治癒魔法を極めた魔神導書で、通称ユイ。もう1冊の冷たい声の方が『ヤチャハオの空写本』という空間魔法の頂点を極めた魔導書で、通称ヤチオ。
『あはははっ、んなもんどうでもいいじゃねーか』
『眠い』
『……』
「そして、そっちの3冊はもうちょっと俺に興味持ってくれよ!」
豪快に笑ってるのが錬金魔法を極めた魔神導書『ゼックートの錬金書』で、通称ゼクト。そして眠たげにした声が『マナッサスの全知教書』で知覚魔法の頂点を極めた魔導書。通称マナ。さらに無言を貫いている魔神導書が『アマンデの闘目書』。通称アーデで魔闘技を極めた魔導書だ。
「ねぇ、俺一応魔王だけど、まだ16歳なんだからもっと優しい言葉掛けてくれよ」
『はんっ、借金抱えた魔王に掛ける言葉なんてさっきので十分よ!』
「厳しすぎるわ‼︎それでも俺の契約者かよ!」
鼻で笑って来たのは『イレヌーの守書庫』。防御魔法の頂点を極めた魔神導書で、通称ヌー。俺が契約した魔神導書の中で一番態度がでかい魔導書だ。
この8冊が、俺が契約した魔神導書で一緒に魔王を倒した仲間たちだ。なぜかこうもキャラが濃い奴ばかり集まったせいで飽きはしないが、こういう鬱なときは本当に疲れる……
『こらっ、ヌーさん!契約者に対してなんて言う態度ですか‼︎』
『なっ⁉︎わ、わたしたちは人知を超えた魔導書なのよ‼︎こんな借金まみれの魔王に誠意を見せる理由がないっての⁉︎』
『それでもです‼︎私たちが自我を持てているのは契約者であるカイトがいるからなのですよ!』
『そっ、それはそうだけど……ぶつぶつ……』
シェルに叱られたヌーが折れ、ぶつぶつと拗ね始めた。まぁ、俺としては頭で繰り広げられる喧嘩に頭痛が起きそうになっていたので、終わってよかった。
さっきシェルが言ったように、シェルたち魔神導書が自我を維持出来ているのは俺の魔力のおかげである。魔導書には意思を持っていてるが、魔神導書のように自我を持っていない。魔導書は魔神導書になることで自我を持つことができる。だが、それも魔力を吸収して自我を保っているので途切れ途切れの自我である。しかし、俺の魔力は絶大にあるので四六時中自我を保っていられるのだ。
『でも、これからどうするのだ、カイト?これでは借金返済が出来ないぞ』
「そうなんだよなぁ。はぁ……マジでどうしよう……」
『あぁ?また鍛治すりゃいいだろぉ?アタイの《武功の加護》を使えば良い武器打てるしよぉ』
『まぁ、それが打倒だろう』
ゼクトの言う《武功の加護》は発動させながら打つ武器の耐久性、それに切れ味を飛躍的に向上させる術式だ。その提案に真面目なヤチオが賛成し、俺もそれに賛成だ。だが……
「雇ってくれるところがなぁ」
本当にそれしかない。俺は異世界人のせいで素性がわからないし、16歳という若さだ。こっちの世界では15歳からが成人になるが、それでも子供の扱いには変わらないのだ。それを思ったのか、目の前の魔神導書たちも黙り始めた。
『……眠い』
『マナさん、お静かに』
『……ごめん』
マナよ、お前は相変わらずマイペースだな。そしてシェル、本当にお前が居てくれてよかった……
そこで俺がふっと気付いたことを口にした。
「そう言えば、ヒオは?」
ヒオ・アインズ。俺と共に魔神導書集めの旅をした仲間の1人にして、この家の主人であり、ハーバルヒト王国の王女である。ヒオは《偉大なる魔王》の仲間として報奨金を出されたがそれを突っ撥ねて、このログハウスに住んでいるのである。つまり、俺はヒオと2人暮らしだ。いつもなら家事をしているヒオだが、珍しく家を留守にしている。
『ヒオさんなら、ミツハさんを迎えに行きましたよ』
「ミツハ?あぁ、そう言えばあいつが来るの今日だったけ。バイトのことですっかり忘れてたな」
『そんなことで忘れるなんて、やっぱりカイトは間抜けねっ』
『ヌーさん?』
『ひぃっ』
またヌーが見栄を張り始めたが、シェルの威圧に押されて怯え始める。いつものことなんで特に介入しまい。
そんなやり取りをしている中、家のドアが開いた。ヒオが帰って来たので魔神導書を回収して部屋を出た。廊下を歩いてリビングに着くと蒼い髪の少女と紫の髪の少女がいた。
「あぁ、カイトちゃん。今帰って来たよ〜」
「こんにちは、カイト。お久しぶりね」
蒼い髪の少女がヒオ・アインズ。小柄で肩まで伸ばした髪と同じ色の瞳に魔女帽子を被っている。そしてもう1人の少女がミツハ・ディルバール。少女というより大人の女性で、服の上からでもわかるほど大きく膨らんだ胸に腰まで伸びた紫の髪と黄色い瞳をしている。どちらも俺よりも年上だが、旅をした仲だからタメ口で話している。
「お帰り、ヒオ。それによく来たな、魔女」
「あら、相変わらず口の利き方がなってないわね」
「……」
「……」
俺とミツハは無言で睨み合う。きっと今の俺とミツハから殺気が放たれ、ピリピリとした空気が漂っているだろう。
何秒たったか、ふいに俺とミツハが口端を釣り上がる。
「いつもの恒例は終わったー?」
「あぁ、終わったよ」
「えぇ、久しぶりで楽しかったわ」
そう、俺とミツハが会えば必ずする恒例行事である。お互いが殺気をぶつけ合い、戦いの感覚を思い出しているのだ。俺としてはもう必要のない感覚なのだが、ミツハが楽しんでいるので付き合っているのである。
「お茶淹れるから2人は座ってて〜」
「そうさせてもらうわ」
ヒオがキッチンの方に去って行ったので、俺とミツハはリビングに置いてある応接用のソファーーーーではなく、よくご飯を食べるときに使う長机と椅子がある方に行き、対面するように腰を下ろす。
「それで仕事の方はどうなの?ーーーと言いたいところだけど、話は聞いたわ。バイト先の鍛冶屋が無くなったんですって」
「うん、まぁ……ね」
「今回、私が来たのはその話よ。大丈夫なの?借金返済」
どうやらヒオから話が通っているらしい。俺のためにこんなところまで来てくれたのが申し訳ないと思う反面、自分のために来てくれたことがすごく嬉しかったりする。
「さっき魔神導書たちとも話したけど、また鍛冶屋で働くことにするよ。まぁ、俺みたいな素性のわからない奴を雇ってくれるところなんて……高が知れているけど」
「そう……この前のところはだいぶ気にしないところだったものね」
そこでお茶を淹れ終わったヒオがリビングに現れ、俺たちの前にティーカップを置いて行ってくれる。
「お待たせ〜。で、どこまで話したの?」
「カイトがこれからどうするつもりか、までは聞いたわ。また鍛冶屋で働くつもりらしいわ」
「当ては全く無いけどな」
俺たちはヒオがいない間のことを俺の向かい側に座ったヒオに話した。
「そっか〜。……ねぇ、カイトちゃん。今から話すことは1つの選択肢として聞いて欲しいの」
「あぁ、わかった……」
改めて言うヒオの雰囲気に呑まれ俺も真剣な顔になる。ヒオはミツハの方に目を配り、ミツハはそれに応えるように頷く。そして俺の方を向いて話し始める。
「私は今、王都にある魔導士を育成するための学院『ハーバルヒト魔導学院』の学院長をしてるのだけど……」
「あぁ、知ってる」
俺が知らないわけがない。ミツハは俺が魔王たちを倒した功績で王都で唯一、魔導士を育てる学院の学院長になったのだ。それまで学院長として務めていた人に同情しながら聞いていたのを覚えている。
「それでね、カイト。今からそのハーバルヒト魔導学院に入らない?」
「それって借金返せなくない?」
学院に入ってもお金が入ってこないじゃん。
「確かに、それだけじゃ借金は返せないわ。でも、時期を稼ぐことはできるわ」
「時期?」
「この国にはね、ある法律があって一定の年齢、職業の者は借金返済の義務を失うの」
「へぇ、そんなのがあるんだ」
そんな法律、日本になかったから驚きだな。
「例えば、魔導士の才能があるのに学院に通うための学費が払えない人がいるとしたら、才能の無駄になるでしょ」
「あぁ、なるほど。そう言うことか」
言いたいことは理解した。才能のある魔導士を野放しにすることは国にとって利益にならない。それならいっそ、借金をさせてまで通ってもらおうという訳だ。その職業が学生で、卒業してから魔導士として精一杯働いて借金返済してもらおうということだろう。
「つまり、俺にその学院の生徒になって卒業まで時間を稼ぐってことか?」
「えぇ、それもあるわ」
「それも?」
まだなにかあるのか?
「カイトちゃんは異世界人だから、この国に戸籍がないでしょ。この際、私が王女の権限でカイトちゃんの戸籍を偽装するの」
「偽装って……」
「そして私はその偽装を見過ごしてカイトを入学させる。そうすれば、卒業後に普通の仕事に就くことができるわ」
「それって……職権乱用じゃないか!そんなのバレたら2人が危ないじゃないか‼︎」
もちろん、俺のために動いてくれることは嬉しい。だけど、俺は2人にそんな危ない橋を渡ってもらうのは心苦しんだ。もしものことがあったら、俺はどう償えばいいんだ。
「カイト、聞いてちょうだい。私たちはこの2年間、ずっと後悔してるの」
「カイトちゃんと旅をしていたのに、私たちはすべてをカイトちゃんに押し付けちゃった。もし私たちが魔神導書の半分を受け取っていたら、カイトちゃんがこんなに苦労することはなかったのに」
「ミツハ……ヒオ……」
俺は2人のことをなにもわかっていなかった。2人がそんな風に思っていてくれていたなんて、自分のことで精一杯だった俺に気付けるはずもなかったんだ。
『本当にお2人は優しい方々です』
『うむ、仲間を想える良い者たちだ』
『眠い』
『……』
ポケットにしまったシェルとキルが歓喜している中、マナよ。本当にお前はマイペースだな……そして何よりアーデさん⁉︎お願いだから、なにか発言してくれますかね⁉︎ホント、こんなシリアスな空気の中でツッコませないでくれ……
2人の申し出は嬉しい。だが、俺も彼女たちにすごく感謝してるんだ。こんな素性のわからない俺と一緒に、成し遂げられるかもわからない旅に出てくれたのだ。この世界にやって来て不安だった俺にとっては、どれだけ心の支えだったか。だから、俺は彼女たちに恩を感じている。
『けどよぉ、2人の案に乗るのも恩返しになるじゃねぇか?』
『そうだよ〜。それにそっちの方が楽だろうしね〜』
『それもそうだな』
『眠い』
ユイが明るい声で言っているのに言っていることは悪魔の囁きである。ヤチオはもうちょっと感情を出してくれないと判断が難しい。そしてマナ、もう黙ってて。
ここはゼクトの言うように、これも恩返しだとすれば俺はそれに応えなないとな。
「わかった。俺、ハーバルヒト魔導学院に行くよ」
「本当に⁉︎」
「ただし、もし偽装がバレたらすぐに俺を切り離してくれ」
「そんなことーーー」
「俺は2人に迷惑かけたくないんだ。だから、約束してほしい」
これは譲れない。これ以上、ミツハたちの好意に甘えるわけにはいかないんだ。それに女王と学院長の偽装がバレるとは到底思えないしな。
「わかったわ。それでいい」
「ありがとう、ミツハ。ヒオはそれでいいか?」
「……うん、わかった」
ヒオもしぶしぶ了承してくれた。あとは俺が気をつけるだけだな。
「そうと決まれば早速行動ね」
「うん!それじゃあ、私今からすぐに王城行ってくるね‼︎」
「私もカイトを受け入れる準備をしに学院に戻るわ」
「あぁ、2人とも本当にありがとう」
俺は今の気持ちを精一杯込めて、頭を下げた。頭の上でむず痒そうな気配がしているから、きっと気恥ずかしいんだろう。しばらくして、ミツハとヒオが声を掛けてきた。
「すぐに入学できる準備をするわ。そしたら、また王都で暮らしましょう」
「あぁ」
*************************
俺が学院に入学することが決まって2週間が経過した。ヒオのおかげで俺の戸籍は過去を完全に偽装され物を作り、その戸籍を使ってミツハが入学手続きをすべてして貰った。おかげで、3日後から通えるようになった。もう王都へ引越しをする準備が整っていて、明日にはこのログハウスを発つ予定だ。驚いたことにヒオも俺と一緒に王都で暮らし始めるらしく、ヒオも荷物を整理していた。
明日の引越しの馬車が来るまで暇になった俺は学院に通うまでに確認しておかなければならないことを確認することにした。まだ、荷物の整理をしているヒオを手伝おうかとも思ったが、女性にも見られたくない物はあるだろうと自重した。
「ヒオー、少し出掛けてくるー」
「うんー!気をつけるんだよー‼︎」
俺は外出用の私服に着替え、ヒオに一声掛けてログハウスを出た。
「シェル、キル、ユイ、マナ、ヤチオ、ゼクトにヌー、そしてアーデ。やるぞ」
『はい、カイト』
『承知した!』
『よーし、やっるぞー』
『眠い』
『了解』
『久々だかんなぁ、一丁派手に行こうぜ‼︎』
『ふんっ、仕方ないから力を貸してあげる』
『……』
魔神導書たちの声を聞いた俺は8冊の相棒に意識を集中させ、契約の回路を強く意識する。回路を知覚した瞬間、そこに魔力を流し込んで魔導書の力を解放する。すると魔神導書たちが光を放ち、各々が存分に力を振るえる物へと変形する。
シェルは襟のついた黒いローブに。
キルは背中に担がれた黄金の鞘と刀身がないく柄しかない黄金の剣に。
ユイは左中指に嵌められたピンクの宝石が付いた指輪に。
マナは右耳に付いた緑に輝く石の嵌められた耳飾りに。
ヤチオは首に掛けられた水色の宝石が付いた首飾りに。
ゼクトは右手首に嵌められた紅い腕輪に。
ヌーはカイトの身体に全体を覆う銀色の鎧に。
アーデは左腕に嵌められた紫の籠手に。
各々が変形し、俺の身体に纏われていった。うまくいったか、感触を確かめていく。
「よし、昔と変わらないな」
俺は昔と変わらぬ、全世界の者が恐れと敬意を示した《偉大なる魔王》の姿を体現させていた。強いて違うといえば、成長したおかげで魔力が増えたことぐらいだろうか。まぁ、特に不便になったわけじゃないから気にはすまい。
「それじゃ、やりますか。ヤチオ」
『了解』
「《時空の渡橋》」
俺はヤチオの術式を発動させた。《時空の渡橋》は時空を捻じ曲げ、俺の現在地と行きたい場所を空間の穴で繋がる究極魔法だ。ちなみに、術式発動の際に必要なことは魔導書よって異なる。俺の魔導書の中でヤチオみたいに術式名を唱えると発動するのは、ユイ、マナ、ゼクトだけだ。
ヤチオの魔法で開けた空間を通って、俺はある場所に来た。ここは俺が第一の魔王との戦いで荒廃してしまった国だった場所だ。もう人が住める土地ではなくなったので、今はただの荒野と化している。ここなら、何をしても迷惑はかからないし、誰にも怒られないだろう。
「よし、ヤチオの空間魔法は前のように使えるな。次はマナ、お前の番だぞ」
『ふぁ……眠い』
「《神羅の領域》」
まったく準備が出来てないっぽいが、俺は気にせず術式を発動した。《神羅の領域》は半径100キロの範囲にある障害物、生命体、魔力、害意、すべてを索敵できる究極魔法。膨大な量の情報が一気にわかるので、あまり長時間は使えないが人がいるか確認するぐらいならこの魔法は最強である。
そもそも、なぜ俺がここに来たかというと、それは争い事から2年も離れていた俺が昔のように魔神導書が使えるのかという確認のためである。俺の魔神導書たち、特にシェルなんかはを試し撃ちするならこれぐらい広く、迷惑の掛からないところじゃないと確認できないのである。
「障害物、及び生命体の反応ないっと……ホントよくこんなこと出来たよなぁ、昔の俺」
『他人事じゃないわよ、カイト……』
「それもそうだな。次はお前だシェル。それにヌーも出番だ」
『はい』
『えぇー、やるのー?』
『ヌーさん?』
『はい!やらせていただきます‼︎』
またヌーがよくわからない上から目線を発動させたが、あえなくシェルに撃沈されていた。もうギャグとしか思えない……まぁ、いい。時間は有限だしちゃっちゃと終わらせよう。
「行くぞ、シェル」
『いつでも大丈夫ですよ』
今から発動しようとしている魔法は風の究極魔法。シェルに綴られている術式の中では最も殺傷性のない魔法だが、それは運が良くて死なないと言うことであって威力は災害級の魔物であるドラゴンを秒殺できるほどだ。俺は深呼吸して2年前の感覚を呼び覚ます。そして、ゆっくりと唱え始める。
「《戦場を駆ける皇鳥よ・青やかな空を飛翔せよ・縦横無尽に駆け巡りては落ち・ーーー」
今俺は、日本にいれば痛い奴だと思われることをしている。そう、これがシャルの術式発動の条件である。術式と一緒に記載されている呪文を唱えることでその呪文に応じた魔法を発動することができる。これはシャルが特別だからではなく、こっちの世界ではそれが普通なのだ。実際、ヒオの高位魔導書『スルール流書』だって同じタイプだ。
だが、生まれも育ちもこっちでない俺にとってこれは地獄だ。だって、すごく恥ずかしいもん!めっちゃ痛いもん‼︎魔王たちと戦う中で諦めはついたが、恥ずかしさは一切拭えないんだもん‼︎‼︎
それでも俺は呪文を詠唱する。魔力が乱れれば、魔法は失敗してしまうからだ。
「ーーーさらなる高みへと飛び立つ者よ・汝の大翼をはためかせ・嵐を吹き散らせ・万物よ荒れ果てよ》」
7節にも及ぶ究極魔法の呪文がようやく終わった。詠唱を終えると1キロほど離れた場所で竜巻が発生する。その竜巻は収まることを知らず、逆に大きくなって行く。
これがさっき俺が発動した究極魔法《大気を切り裂く魔嵐》。指定した座標に巨大竜巻を発生させ、広範囲に吹き飛ばす魔法だ。ちなみに渦巻いている風は鋭いので斬り裂くこともできる。
だから、効果範囲ギリギリにいる俺って今ちょー危ないんだよねぇ。いくらこの銀色の鎧が硬そうだからって、究極魔法を受ければ絶対死んじゃうしね〜。
おっと、そんなこと思ってる内にもう目の前まで風刃が来ていた。それでも俺はいたって冷静だ。こんな危機感、2年前に何度も味わったことだ。
俺は平然とした目で《大気を切り裂く魔嵐》を見つめ、今度はヌーの術式を発動するべく指を動かす。ヌーの発動条件は術式に応じた魔法陣を描くことで発動する。2年前に描き慣れた魔法陣を数秒で完成させ、術式を発動させた。
魔法陣が俺に吸い込まれるように消え、俺に付与される。今発動したのはヌーの究極魔法《風雷の抱擁》という風と雷の魔法に絶対耐性の防御を施す魔法だ。これを使えば、たとえ攻撃魔法を極めたシェルの魔法でも防御しきれてしまうのである。
現に今、俺の身体に《大気を切り裂く魔嵐》が直撃しているが、傷どころか痛みの感じない防御力だ。まぁ、防いでもらわないと死んじゃうんで何があっても防いで欲しいものだが。
数十秒も経つと《大気を切り裂く魔嵐》の魔力が切れ、消滅してしまう。シェルとヌーの術式も昔と変わらない感覚と威力だったので、まぁよしとしよう。
「残りは4冊だけど、うちの1冊はユイだからな。ワザと怪我するのも面倒だしな……2年間、健康だったことを証明にしよう」
『そうしよ、そうしよ!これでわたしの出番お〜わり』
「おーい、ユイ。本音が漏れてるぞー」
俺がなぜこんなことを証明にしたのかというと、ユイの術式の1つが常時発動しているからだ。《自動治癒》という魔力がある限りどんな負傷でも一瞬で治してしまう固有術式。魔法の性質上、魔導書を解放してるしてない関係なく術式名を唱えることなく発動するよう創ったのだ。
固有術式は契約者と魔導書の絆を深めることで、オンリーワンの術式を創ったものがそれにあたる。
その固有術式を使って俺は《自動治癒》を創り、ある意味不死身状態を体現させたのである。ただ俺が健康なだけだったかも知れないが、この魔法があったからと思っても別に間違えじゃないのでよしとしよう。
「残る3冊。一気に行くぞ、キル、ゼクト、アーデ」
『うむ、承知した』
『おう!張り切って行こうぜ!』
『……』
「……アーデさーん、準備はよろしいですかー?」
『……』
「……」
『……』
あ、もうダメだ……俺の心がものすごい勢いで崩れ去っていく……無言なのはいつものことだが、出来ればなんか喋って欲しい。
俺は悲しい思いをしながら、背中に帯剣してある柄だけの剣を抜いた。そして空いている左手を地面に付け、ゼクトの術式を使用する。
「《錬金人形》」
術式名を唱え発動した途端、俺が触れている土が蠢き始め人形へと形作られていく。そこに現れたのは、人ではなく人形。すべてが土でできたそれは、今にも崩れそうで不完全な形をしているがしっかりと自分の足で立っている。
今俺が使った魔法はゴーレム生成の魔法だ。どこら辺がすごいのかというといろいろあるが、1番は再成能力だな。ゴーレムの体内のどこかにある術式を破壊しない限り、どんなに崩れても再生し続けるゼクトのとっておきが織り込まれている。ただ、残念なことに知能が低いから簡単な命令しか聞いてくれないんだよなぁ。
まぁ、今はこのゴーレムの再成能力が役に立つときだな。いくらでも再成するなら、遠慮なく殴ったり斬ったりできるし。でも、ただサンドバッグにするのはつまらんし、ちょっと実戦っぽくしてみるか。
俺は生成したゴーレムから10メートル離れた距離まで移動すると、命令を待っているゴーレムに命を下した。
「ゴーレムよ、俺を攻撃しろ」
俺がそう言うと同時にゴーレムは俺を見るように頭の部分を動かした。すると、ゴーレムは土で出来ているとは思えない速度で俺との距離を詰め、右腕であろう部分を振り下ろしてきた。俺は昔と変わらないゴーレムの出来に喜びながら、バックステップで腕を躱す。
ゼクトのゴーレムは再成能力がすごいが、他にも戦闘能力に長けていて、土塊とは思えない速度と膂力を持っている。なんの強化もしていない人間がくらえば、一撃で昏睡するレベルである。
バックステップした俺は着地と同時にキルである黄金の剣の柄に魔力を注ぎ込む。すると、魔力で構成された刀身が出現した。
この剣は聖魔剣になっていて、その中でも特殊なものである。今回は魔力の刃にしたが、他にも能力が備わっている。まぁ、それはまた今度にて、今はゴーレムだな。
俺がバックステップで開けた間合いをゴーレムは馬鹿正直に詰めてから、右腕を振り下ろしてくる。戦闘技能はあるけど、なにぶん知能が低いせいで俺を攻撃することしか考えていないのだ。
俺は馬鹿正直に振り下ろしてくる腕を、魔力の刃を振るって斬り飛ばした。斬り飛ばしてもすぐに再成するが、再成しきる前に俺の左手がゴーレムの胸元に触れる。その瞬間、ゴーレムは吹き飛んだ。維持しきれなかった土が散り散りになりながら飛んでいった。
これはアーデに記載されている魔闘技の《魔哮破》という術式だ。相手に触れている状態で指向性を持たせた魔力を放出することで、相手を吹き飛ばす魔闘技である。術式を唱えずに発動したのは、アーデそれにキルの発動条件に関係している。アーデたちの発動条件は術式に応じたモーションを起こすことで発動するからだ。
こうして、無力でゴーレムを吹き飛ばしたのだ。吹き飛ばされたゴーレムを見ると、もうほとんど再成し終わっていて立ち上がろうとしている。
「もう確認は済んだし、終わりにしようか。やるぞ、キル」
『承知した!』
最後は華麗に終わらせよう。俺は聖魔剣を構えてモーションに入った。左脚を前に出して半身になり、剣を握る右手は脱力させる。キルがそれに応えてくれて、魔剣技が発動した。全身に魔力が満ち、超人とも言える力を授かった俺は後ろ足になっている右脚に力を込めて駆け出す。駆け出すといっても俺は走っていない。ただ一歩でゴーレムとの間合いを詰め、自分で生成したゴーレムに向かって魔剣技を振るう。
ゴーレムは一瞬のことで何をされたかわからないだろうが、確かにゴーレムの身体は斬り裂かれている。それも1閃や2閃などではない。十数閃もの斬撃がゴーレムの身体には残っている。
《烈刀魔斬》ーーー一瞬にして16連撃を叩き込む魔剣技。キルが編み出した魔剣技の極みである。
その16連撃はゴーレムの五臓を裂き、確実に術式を断った。ゴーレムは身体を維持出来ずに、土へと帰っていく。俺はただそれを眺めるだけで、頭ではまったく別のことを考えていた。
学院にはどんな奴がいるかな。どんなことがあるかな。どんなことができるかな。どんな楽しみがあるかな。
俺は学院に誘ってくれた彼女たちにどう恩返しができるかな。
この世界に来た理由なんて、考えてもわかんないけど……俺は今、確かに幸せだ。その幸せを守りたいし、出来ればたくさんの人に伝えたいとも思う。
2年かかったけど、2つ目の目標ができたよ。
俺は無意識に頭上に広がるどこまでも蒼い空を見上げていた。
「自分に嘘のない生き方をする。もう二度と大切なものを失わないために」