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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第一部 メイドは主人を敬愛する
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メイド、街に出る①

 街に出る日がやってきた。

 ジレットは実を言うと、この日を少しばかり楽しみにしていたりする。


 その理由は、エマに会うからだ。先日話したときジレットがぽろりと口にした「もっと綺麗になりたいのだけれど、どうしたら良いか分からなくて」というつぶやきに、「今度会ったら、ジレットにたくさん美容法教えてあげるね!」と応えてくれたのである。彼女はそれを聞くことを、心待ちにしていた。


 クロードのために美しくなることに力を入れたいと思っていたジレットだったが、なんせ独学だ。やれることにも限界がある。

 しかしエマは、ジレットを見て思わず声をかけてしまうほどの美人好きなのである。彼女の両親も同様だ。ジレットは拳を握り締める。


(もっともっと、綺麗にならないと!)


 すべてはクロードの糧になるために。

 最期は必ず、あの方に恩返しできるように。

 ジレットはそれらの想いを胸に刻み、屋敷を出た。


 今日街でやることは三つ。

 ひとつ目がエマのいる雑貨屋に行くこと。

 二つ目が、頼んでいた本を買うこと。

 そして最後が、足りなくなった食材を調達することである。


 ジレットは、人混みの中を歩きながらエマのいる店に来た。

 扉を開けば、ちりんちりんと軽やかな鈴の音が鳴る。

 満面の笑みで扉側を振り向いたのは、店番をしているエマだった。


「いらっしゃいませ……って、ジレット! 来てくれたんだ!」

「ええ。約束していたから」


 エマはすごいスピードでジレットに近づくと、両手を握ってくる。相変わらず、すごい歓迎の仕方だとジレットは苦笑いをした。

 しかし直ぐにハッとすると、周りを見回す。


「いけない、店の中で騒いだら怒られる……ジレット、ごめん。中に案内するね」


 エマはそう言うと、ジレットを置き去りにして店の中へ入っていった。「父さんかレオ、店番代わってー!」という声が聞こえる。ジレットは、ここに来てから二度目の苦笑を浮かべた。


(相変わらずね……でも、家族って感じがして、なんだか素敵だわ)


 レオというのは、兄が弟の名前だろうか。どちらにしても、素敵だとジレットは思った。ジレットにも兄妹はいたが、貧しさのあまり売られたりしていた。ゆえに顔を合わせたことなど、数えられるほどしかない。

 彼女の両親は、子どもを金だと思っているような畜生だった。


 ジレットがほどほどの年齢になるまであそこにいられたのも、見目が優れていたからである。人買いも景気良く金を払ってくれたようで、父親は喜んでいた。母親は、知らない。父親の前では、人形のような笑みを浮かべる女だったから。


 そんな、今となってはどうでもいいことを思い出しつつ、ジレットは店の商品を物色しながらエマが戻ってくるのを待つ。


「解けるように、か……」


 綺麗な容器に入れられた塗り薬を見ているとふと、先日の薬術指南のときのことを思い浮かべてしまった。


(こんなふうに、綺麗に溶け込ませるようにしないと)


 あれからも数回練習してみたが、結果はまるでダメだったのだ。クロードはあのように言ってくれたが、そもそも素質はないのかもしれない。そんなことを思う。


(でも、クロード様がああ仰ってくれたんだもの。わたしはその言葉を信じるだけだわ)


 今は芽が出ないだけだと、そう自分に言い聞かせ、ジレットは日々の庭仕事でもそれを意識しておこなうように努力していた。

 しかし作業をしていても思うが、どうやら自分は「ここはなんとなくダメだな」という言葉にできない感覚を頼りに、滞りというものを取り除いているらしい。お陰様で、曖昧すぎて役に立たないのが現実だ。情けない。


 何がこんなにも不甲斐ないのかというと、クロードに期待されていながら、結果残せていない自分自身が不甲斐ないのだ。

 クロードは「ふとした瞬間コツを掴めたりするから、そんなに焦らなくてもいい」と言ってくれたが、いつまでも教えてもらうわけにはいかない。早く自立せねば、メイドでいる意味がないのだ。


 そんなことを考えていたのが顔に出ていたのか、後ろからひょっこりと現れたエマが不思議そうな顔をする。


「ジレット、どうしたの? うちの商品じいっと眺めちゃって」

「あっ、え!? あ、すみません! 少しぼうっとしてました!!」

「ジレット。敬語になってる」

「あうっ。ご、ごめんなさい、敬語外すの、本当に慣れなくて……」


 ジレットがしょんぼりするのを、エマはなんとも言えない優しい顔をして首を振る。


「ううん、いいの。ジレットはそのままでいて、ね?」

「う、うん……」


 ジレットは「どういうことなのかしら……」という言葉を飲み込んだ。エマが腕を引っ張って、中へと押し込んできたからである。

 すれ違いざま、エマと良く似た顔立ちの少年が横切り瞠目していたが、彼がおそらく「レオ」であろう。

 ジレットは軽く会釈をして、ずるずると引っ張られていった。


 どうやらこの店は、エマの自宅と繋がっているようだ。廊下を抜けた先には、ごくごく一般的なリビングが広がっていたのだ。クロードの屋敷と比べたら狭いが、家族が暮らすには十分な広さがあるリビングである。中央には木のテーブルとチェアが置かれ、そのテーブルにはレースのテーブルセンターと小物がある。

 キッチンも整えられており、使っているということが分かった。何より、置いてあるものやあちこちに飾られているものが、どれもとても可愛らしい。


(家族で「可愛いもの好き」だって豪語してるだけあるわ……)


 屋敷全部は無理でも、私室くらいはこんなふうにしてもいいかもしれない。そう思いながら、ジレットはチェアに腰掛けた。

 エマがお茶を淹れていると、二階から誰かがやってくる。

 エマよりもふくよかで大柄な女性だった。しかし服は可愛らしい。裾にカラフルな糸で、花が刺繍されていた。


 オレンジのワンピースに、フリルのついたエプロンをつけた彼女は、ジレットを見るなりずんずんと歩いてくる。


「あなたがもしかして、ジレットちゃん?」

「は、はい」

「あらやだ! 本当にお綺麗ね! あ、先日は申し訳ありませんでした。わたしはエマの母のヴィラと言います。本当に、うちの娘が粗相を……」

「い、いえ、そんな大したことでは……」


 どうやら、エマの母親であるらしい。エマの押しの強さは間違いなく、ヴィラから来ているとジレットは思った。

 ジレットが若干引いていることなどお構いなしに、ヴィラはふくよかな頬を緩ませる。


「そうだわ、お詫びにお洋服を作らせて! ジレットちゃんに似合いそうな、可愛らしい布があるの。お店に出している服も、みんなわたしが作ったのよ。実は保証するわっ」

「え、いや、そんなことをしてもらうわけには……」

「やだ、服だけじゃダメ? なら良いわ。可愛い髪留めも付けましょう! あ、髪をいじっても良いかしらっ!? ジレットちゃんみたいなべっぴんさんが、髪を結わないなんてもったいないわ〜。髪紐もリボンもあるし、可愛くできると思うの」

「え、あの、そ、の……」

「ちょっと母さん。ジレット困ってるじゃない」


 エマなんて目じゃないほどの押しの強さにたじろいでいたところで、ようやく救援がきた。エマだ。彼女は紅茶の入ったカップをテーブルに置きながら、はあ、とため息を漏らす。


(た、助かったわ……ちょっとわたしの力じゃ、どうにもできそうになかったから……)


 その上なんだか、とてもくすぐったい気持ちにさせられる。ヴィラのような包容力のある女性が、本来の意味での母親なのだろう。彼女にはそれだけの温かさがあった。

 ジレットは、差し出された紅茶を飲んでひとり落ち着いていた。


(あら、この紅茶、すっぱいのね)


 ジレットがそう疑問符を浮かべていると、エマが嬉しそうに「肌が綺麗になる効果があるお茶なの!」と拳を握り締める。ジレットは感心した。

 その間に、エマとヴィラふたりの決戦は始まった。


「ジレットを綺麗にするのはあたしなの! あたしが先約なんだから、かあさんは少し静かにしてて!」

「何よぉ。お母さんにも、ジレットちゃんを綺麗にさせて? それに、エマが内側から、お母さんが外側から綺麗にしたら良い話じゃない。こんな良い素材を目の前にして立ち去るなんて、お母さんにはできないわ……!」

「……む。それもそっか……」

「……えーっと。あ、れ……?」


 しかしジレットが一息ついている間に、エマが丸め込まれてしまった。

 ジレットがたらりと汗を流す。

 されど似たもの親子はジレットに、満面の笑みを見せつけた。


「というわけだからジレット、安心して! あたしたちが責任を持って、ジレットの望みを叶えるわっ」


 最強親子の前では、ジレットはひ弱なお人形であった。

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