メイド、友人ができる
意気揚々と街に出かけたジレットは、この時間を機に別の雑貨屋を見つけようと考えていた。
なんせつい先日、贔屓にしていた雑貨屋にはもう二度と買いに行かないと決めたのである。というより、どんな顔をして会いに行けばいいのか分からず、行けないというのが事実だ。
ジレットは、人と関わることに慣れていなかった。
そのため他のところを探そうと街中を歩き始めたところで、誰かに肩を掴まれる。
びくっと、ジレットが全身を震わせた。物盗りや柄の悪い者に絡まれたのだと、そう思ったのだ。
しかし彼女の肩を掴んでいたのは、同年代くらいの少女である。
「やっと見つけた! よかったぁ、もう見つからないかと思ってた……」
「えっと……あなたは……」
ジレットは少女の顔を見て、表情をこわばらせた。
彼女は、先日雑貨屋であった店員だったのである。
彼女は相変わらず、鼻の周りにそばかすが散った顔は明るく、はつらつとしていた。ジレットは動揺する。
(や、やだ……恥ずかしい……!)
先日の件で、何か言われるのだろうか。そう身構えたジレットは、少女が申し訳なさそうな顔をするのを見て瞬いた。
「先日は本当にごめんなさい! あたし、普段からそのおしゃべりをどうにかしなさいって言われてるのに、勢いのまま話しちゃって……びっくりさせちゃったよね?」
「あ、えっと……」
「あの商品、お店にまだ保管してあるの! あ、その前にお詫び! お詫びしないと! この辺りに良いお店あるから、行こう!」
「え、えっ?」
あれよあれよと言う間に話が進み、お詫びを受け入れる流れになっていた。そしてそれを跳ね返すこともできず、ジレットは手を引かれたまま人ごみの中を歩く。彼女の歩みは、普段のジレットの歩調よりも早かった。そのため幾分か早足で歩くことになる。
(ど、どこに向かってるのかしら……)
彼女が言うところのお店がどこなのか、ジレットにはさっぱり分からない。しかしそれを言える空気ではなかった。
大通りを右に曲がると、少し違った雰囲気の街並みが覗く。そこら一帯はどうやら、食事関係の店が立ち並ぶ区域だった。
彼女はそんな中、暖かな色をしたレンガ造りの店に入る。木の扉を開けば、ちりんちりんと軽やかな鈴の音が鳴った。
中も外と同様暖かな色味のランプが灯り、部屋を照らしていた。テーブルやチェアはすべて木でできており、使い込まれた味のある色をしている。
店員は皆、ピンクベージュのワンピースにフリルエプロンをつけていた。ジレットはそれを見て「可愛らしいお店」と思う。
来客を告げる音に、扉近くにいた少女が笑みを浮かべた。
「いらっしゃいませ……って、エマじゃん」
店員は、彼女の顔を見るなりそう言う。どうやら知り合いらしい。
彼女は店員と数言交わすと、空いている席に腰掛けた。ジレットもそれにならう。
「ここ、友だちが働いてる店なの。あたしのおごりだから、好きなもの頼んで」
メニュー表を差し出されたジレットは、戸惑った。そこまでしてもらうほどのことだったかと、そう思ったのである。
しかしそれを言える雰囲気ではなかった。彼女の気がそれで済むなら、と思ったというのもある。
ジレットは好意に甘え、紅茶を頼んだ。
が、その後彼女からのダメ出しを喰らい、チーズケーキも頼むことになった。
(この人、すごく押しが強いわ……)
しかも、有無を言わせない空気が漂っているから、ついつい頷いてしまう。しかしジレットは、それが嫌いじゃなかった。むしろ羨ましいとさえ思う。
そんなジレットの心情など知らず、彼女は注文を終えると、勢い良く頭を下げた。
「先日は本当にごめんなさい! あ、あたしはエマ。あの雑貨屋で働いてる……っていうのは知ってるよね……えっと……」
「お、落ち着いてください。えっと、はじめまして。わたしはジレットと言います。こちらこそ、先日は大変失礼いたしました。突然出て行ってしまって」
雑貨屋の店員エマは、だいぶ混乱しているようだった。いざ顔を突き合わせたのは良いものの、言いたいことがまとまらない。そんな雰囲気を感じ取ったのである。
そのためジレットは、こちらから謝ることにした。
(元はと言えば、わたしが逃げ出さなければ良かったのだし)
それに、もう二度と行かないと考えていたため、それに対する罪悪感もあった。
(エマさんはこんなにも、あの日のことを気にしてたのに)
そう思い頭をさげると、エマはぽかんとした顔をした。されどすぐに我に返ると、首を横に振る。
「そそそ、そんな! あたしの態度がいけなかったんだし!」
「いえ、ですが」
「じゃあ、今回おごることで全部チャラ。そう言うことにして? じゃないとあたしも落ち着かないし」
「エマさんがそれで良いのでしたら……」
ジレットがそう言うと、エマは「エマで良いよ。後、敬語の外して。ね?」と言う。ジレットは砕けた態度を取ることに違和感を覚えながらも、了承した。
そこまできてようやく落ち着いてきたのか、エマはぽつりぽつりと話を始める。ジレットはそれを、時々相槌を打ちながら聞いた。
あの雑貨屋は、エマの両親が経営している店だという。
そんな両親の影響を色濃く受けたエマは、当たり前のように可愛いものや綺麗なものが好きになった。それゆえに彼女は嬉々として、雑貨屋で働き始めたようだ。
それと同様に美しい女性も好きで、そう言う人が店に来るとついつい観察してしまうらしい。
彼女にとってキラキラしたものや女の子らしいものは、憧れそのものだったようだ。
ジレットはそれを聞き頷く。
(確かに、綺麗なものを見ていると心が弾むものね)
彼女の場合その対象は、クロードだった。見ているだけで満足できるほど、彼は美しい。血を吸ってもらいたいと思えるくらいには、傾倒していた。つまりは、そういうことだろう。
そこまで話したところで、タイミング良く頼んでいたものが来た。
ジレットはチーズケーキと紅茶。エマはチョコレートケーキとカフェオレだ。この国は交易も栄えているせいなのか、はたまた貴族たちが食にうるさいからなのか。庶民にまで美味しいものや甘いものが広まっている。様々な食材が手に入るのもそのためだ。
エマは一口カフェオレをすすると、ふう、と一息つく。そしてまた話し始めた。
「ジレットを初めて見たとき、本当に綺麗な人だって思ったの。今まで見てきた中じゃあ、飛び抜けてキラキラしてた」
「えっと」
「だから来るたびにそわそわしてて。つい、声をかけちゃったの。できたら友だちになりたいなって、そう思って。言いたいことが多すぎて、結果あんな風になっちゃったんだけど……本当にごめんなさい」
どうやら常々、両親からそのマシンガントークに対する注意は受けていたらしい。しかしいざ本人を目の前にすると止まらず、あんな風になってしまったのだとか。両親にはこっぴどく怒られ「その子を必ず探してきなさい!」と言われ、仕事が入っていない日は町中を探し回っていたのだという。
ジレットは、いろいろな意味で混乱した。
少しばかり考え込んだ彼女は、エマが言いたいことをようやく理解する。
(彼女はわたしと友だちになりたくて、声をかけたのね)
しかも、その後どんなに時間を使ってでも、ジレットに会って謝りたいと。そう思ってくれていたのだ。申し訳ないやら嬉しいやら。二重の意味で、頬が赤くなる。
しかしその前の「飛び抜けてキラキラしていた」という言葉は、理解しがたい。クロードのほうがよっぽどキラキラしているからだ。そのため肩をすくめてしまう。
「キラキラなんて、とんでもないわ」
「いや、キラキラしてる! なんていうのかな、こう、誰かのために綺麗になろうとしてる感じ? 内面からにじみ出る美っていうか」
「はあ……」
ジレットが気の無い返事をする中、エマは俯いた。そして勢い良く顔を上げると、身を乗り出す。テーブルが揺れた。ジレットは驚きのあまり、固まってしまう。
「順序がおかしいかもしれないけど、ジレット。良かったらあたしと、友だちになってくれない!?」
友だち。
聞いたことのない響きに、ジレットは首をかしげた。友だちと呼べる友だちは、村にはいなかったのだ。そのため、友だちというものがどういうものなのか、ジレットには分からない。
しかし彼女ともっと話したいという気持ちはあった。
そのため少し考え、首を縦に振る。
「わたしで良ければ、喜んで」
「っ! 本当!?」
「え、ええ」
両手をかばりと掴まれ、ジレットがたじろぐ。しかしエマはとても嬉しそうだった。気分が高まったのか、楽しそうに「可愛いものや美しいものの価値」を力説してくる。
それを見たジレットは、ほっと息を吐いた。
(良かったわ。さっきと違って笑顔になった)
エマは緊張のためか、とてもこわばった顔をしていたのだ。それはエマには似合わない。彼女に似合うのは、周りがパッと華やぐような満面の笑みだと、ジレットはそう思った。
頬が仄かに色づいたエマの表情は生き生きとしており、とても可愛らしい。ジレットはぽつりとつぶやいた。
「エマはとても、可愛らしい人なのね」
しかしそれを聞いた瞬間、今まで楽しげに話していたエマの口が止まる。
何かいけないことを言ったか。
そう思ったジレットだったが、どうやら違うようだった。その証拠に、エマの顔が真っ赤に染まっていく。
エマは熟れたりんごのような顔をすると、ポソリと言った。
「……ねえ、ジレット」
「なぁに?」
「そういうことは、あんまり、言わないほうがいいと思う……」
その言葉がどういう意味か、ジレットには分からなかった。事実を言ったまでなのだが。しかしエマが今にも泣きそうな顔をして言ってきたため、こくこくと頷く。
「美人なくせに鈍感とか、それ一体どんな破壊兵器……」
エマがぼそぼそという言葉に、ジレットは再度首をかしげていた。
それから喫茶店で話をし、雑貨屋に寄って置いていったものをもらうと、ジレットは帰宅する。帰り際、エマが勢い良く手を振って送ってくれた。それを見たジレットは、胸の奥が温かくなるような気がして頬をほころばせる。
クロードのそばにいるときとは、また違った温もりだった。それは決して不快ではない。
ジレットはそんな思いを抱えたまま、帰路に着いた。
――クロードの下で働き始めてから早二年。
二年目にしてようやく、ジレットに友人というものができた瞬間であった。