ティータイムに花開く
一週間が経った。
朝から晩まで予定が入っているため、クロードとともに過ごせる時間は少なくなっていたが、その代わり距離がかなり近くなったような気がする。
少なくとも、屋敷にいた頃はベッドに引きずり込まれるとか一緒に寝てしまうとか、そういったことはなかったからだ。
しかしそれを除けば、クロードに会えるのは朝と夜のみ。夜は疲れて先に寝てしまうこともあるので、余計だった。
(クロード様のために頑張りたいって思ってるのに……そばにいられないのは、やっぱり寂しいわ)
ジレットが勉強やマナーレッスンをしている間、何をしているのか気になってしまう。だけど、ユースティナと一緒にいると分かったら傷つくことは分かっているので、聞けないのだ。
ジレットがそんなふうにもやもやしているのが分かったのか。シャーロットは昼過ぎ、授業を早めに切り上げて庭でお茶を飲もうと言ってきたのだ。
「一週間良く頑張っていますし、たまには息抜きも必要です」
「で、ですが、私は物覚えが悪いので……休み時間は削らないと……」
「……ほう? わたくしの言うことが聞けない、と? そんなこと言ってますと、セシリアールのところへ行って薬術を教わっていることを、クロードに言いつけますよ」
「そ、それはダメです! クロード様には言わないでください……!」
慌ててそう言うと、シャーロットはにこりと微笑んだ。
「やはり内緒にしていたのですね」
「……あ……」
「ふ、ふ、ふ。良い弱点を見つけました……」
(こ、これは……知られてはいけない人に知られてしまったかもしれない……)
ジレットはたらりと汗を流した。他人の笑顔が怖いと思うのは久々だ。
しかしシャーロットはそれ以上問い詰めることはせず、ぴしりとジレットに人差し指を向ける。
「さあ、クロードに知られたくなければ、わたくしとおとなしくお茶をするのです。美味しいお茶菓子から紅茶まで、すべて用意していますからね!」
「……シャーロット様、なんだか楽しそうじゃありませんか?」
「別にそんなことありませんよ。ええ、ありませんとも。普段お茶を飲む同性がいなかったから悲しかったとか、女子会なるものを企画してみたかったとか、そういうのではありません。断じて違います」
(す、すべて暴露してしまってますが……)
しかし、それを言ったらさらに悪化しそうだった。なので、ジレットはおとなしく口をつぐむ。
そしてノリノリのシャーロットに引きずられながら、彼女は庭へと向かったのである。
***
初夏の庭には、たくさんのマーガレットが植えられていた。他にも、種類の違う様々な薔薇が咲いている。それを見たジレットは、屋敷に残してきた薔薇たちを思い出した。
(お手入れしてないけれど、大丈夫かしら……)
早く帰らなければならない、と強く思う。クロードは薔薇が好きなのだ。
そんなことを気にしていると、ジレットの目の前に想像していなかったヒトが現れる。
彼女は足を組みながら、優雅に紅茶を飲んでいた。
「お、きたか。待ってたぞー」
「お待たせしました、ユースティナ」
「……なぜ、ユースティナ様がこちらに?」
そう。そこにいたのは白銀の麗人、ユースティナだった。一番会いたくない人物との再会に、ジレットの声が硬くなる。
その一方でユースティナはそれに気づくことなく、笑顔を浮かべていた。
「なぜって、ジレットと仲良くなりたいなーって思って。……あ、それに、この間の詫びもまだだし。無理やり飲ませてごめんな?」
「あ……い、いえ……」
ユースティナがジレットと仲良くなりたい、と思っていると聞き、彼女は戸惑った。自分とは逆のことを考えていたからだ。そのため、謝罪がうまく受け入れられない。
そんなふうにギクシャクするジレットを見て、シャーロットはため息を漏らした。
「ほら、ジレットも座ってください。せっかくの紅茶が冷めてしまいますよ」
「は、はい……」
シャーロットに背中を押されながら、ジレットは空いている席に着く。シャーロットも座ったところで、午後のティータイムが始まった。
お茶菓子はチェリーパイとクッキーだ。クッキーはバタークッキー、チョコチップクッキーがあった。試しに一枚バタークッキーを食べれば、ほろほろと簡単に砕けてしまう。
(お、美味しい……!)
思わず、どうやって作ったのだろうと気になってしまう。
チェリーパイも食べてみたが、チェリーが甘酸っぱいのにパイの部分がさくさくしていて、それがとても美味しかった。甘さもちょうどいいので、食べ続けても飽きがこない。
それらと一緒にミルクティーを飲むと、口の中がさらりと洗い流されるような気がした。普段はクロードのことばかり見ているジレットだが、今回ばかりは食が進む。
そんなふうに食べ続けるジレットを見て、ユースティナが笑った。
「ところでジレット。クロードとはどこまでいってるんだ?」
「……っ、けほっ!?」
瞬間、ジレットが勢い良くむせた。
慌てて口元を押さえて、口の中のものを咀嚼していると、シャーロットが「何やってんだ」という視線をユースティナに向けながら言う。
「いきなり何を聞いているのですか」
「えーいや、だってさぁ……あのクロードがだよ? 毎日うちの魔術師たちと交流深めてるんだぞ? 何がどうしたって気になるのが普通じゃないか」
「……それは確かにそう思いますが」
どういうことか分からず、ジレットは首をかしげた。すると、シャーロットが補足してくれる。
「クロードは、交流を深めたりするのがあまり好きではないのです。……ユースティナ。クロードは何をしているのですか?」
「何って……下地作りじゃねーの? 確か、ジレットのことを舞踏会でお披露目するんだろ? そのときのために、あらかじめジレットがどういう存在なのか、説明してんだと思うよ」
「………………え?」
ジレットは思わず、抜けた声を出してしまった。
そんなジレットを見て、ユースティナはにやにやする。
「めちゃくちゃ愛されてるよなーって見てて思うわぁ。ほんと甘酸っぱい。チェリーパイ並みに甘酸っぱい」
「え、あ、の……あいされて、る……?」
「え、何。自覚ないの? あいつ基本的に面倒臭がり屋だから、誰かのために世話焼いたりしないよ? 面倒ごとも嫌いだから、自分から首突っ込むことはまずないし。……そんなあいつが、ジレットを受け入れてもらうために色々動いてるんだから、吸血鬼も変わるもんだなぁ……」
しみじみと話すユースティナの言葉を聞き、ジレットは混乱した。
(え……わたし、が……私が、クロード様に……愛されて、いる……?)
にわかに信じがたい話だった。だけれど、ユースティナの話を聞いていると「そういえば」と思うことがいくつも出てくる。思い浮かぶたびに、ジレットの頬に熱がこもっていった。
だんだんと赤くなっていくジレットを眺めながら、ユースティナは紅茶を飲む。そしてはあ、とため息を漏らした。
「やばい。かわいい」
「ユースティナ。過度なスキンシップはやめてくださいね。クロードに『もし見かけたときは全力で止めてくれ』と言われているんです、わたし」
「アタシに対して冷たくないか、あいつ!?」
「いつものおこないのせいですね」
「えー何したよー」
「器物破損率ナンバーワンですよね? ユースティナ。破壊魔ですよね、あなた。クロードが嘆いていますよ。あなたが高価な器材まで壊すから、その修理に時間がかかると」
「………………そんなこと、あったっけ?」
てへ、と語尾にハートでもつきそうな顔をしてユースティナは舌を出した。
シャーロットからの蔑んだ眼差しを避けながら、ユースティナは拳を握り締めた。
「とにかく、だ! アタシとしては、恋バナがしたいわけよー! ほんと、どこまでいってるわけ?」
「……ユースティナ」
シャーロットが何か言いたげに口を開いたが、ユースティナが止めてしまう。
ジレットは戸惑った末に、こう口にした。
「……こ、恋って、なんでしょうか……?」
「………………うん?」
「えっと、その……私、親に愛されていなかったですし、周りからも腫れ物のように扱われていたので……そういうの、分からなく、て」
こんなふうに自分の話をすることなどめったになかったからか、声がしぼんでいくのが分かった。彼女たちのような人にこんな話をするなど、恥ずかしくて仕方がない。バカにされそうだと思ってしまった。
しかしシャーロットは、それを聞き「なるほど」と頷いた。
「ようやく納得しました」
「……え?」
「出会った頃から、ずっと気になっていたのです。クロードへの気持ちは偽りではないのに、どこか達観したような目をする人だな、と。それはあなたが、自分というものに興味を示していなかったからなのですね」
どういうことが分からず、戸惑い顔を浮かべる。するとユースティナも「ああ」と手を叩いた。
「確かに、健気で優しいのに、どこか陰があるなーとは思ってたわ。なるほど、そういうことな」
「え……あの、どういう……」
「簡単に言えば、そうだな……ジレットは、親にも他の人間にも愛されたことがない自分が、誰かに愛されるわけないって思ってるんじゃないか?」
そう言われた瞬間、頬を殴られたような衝撃が頭に響いた。同時に、すとんと胸に落ちてくるものがある。
(あ……そっか。私……昔のこと、引きずっていたのね)
もう気にしていないと思っていたけれど、そうではなかったのだ。できる限り気にしないようにしていただけ。そう考えると、最近のモヤモヤについても説明できるような気がした。
(私……分からないから、イライラしてたんだわ)
ユースティナの言うことが本当なら、ジレットはきっとクロードのことが好きなのだと思う。しかし「親にも愛されたことがない」ジレットがそれを伝えたところで、否定されるのがオチだろうと勝手に思っていた。
だから、自分の感情に蓋をして知らないふりをしたのだ。
何も言えなくなっているジレットを見て、シャーロットが優しく頭を撫でてくれた。
「人間は、面倒臭い生き物ですね。……だからこそ、愛おしいのですが」
「……シャーロット様は、人間が好きだから王族をやっているのですか?」
「そうですね……そんな感じです。人間は、見ていて飽きませんから。愚かなのに愛しくて、愛しいのに憎たらしい。わたくしにとって人間は、そういう生き物です。……だからジレットも、もっと好き勝手に生きていいのですよ?」
「だな」
ユースティナが頷いた。
「もっとこう、なんていうんだ? クロードを振り回していいと思うぞ」
「で、ですが……クロード様に、嫌われたりしませんか……?」
「いやいやいや。相思相愛だからそれはない」
「え、ええ……」
ユースティナの言葉が未だに信じられていないジレットは、そんな声をあげてしまう。
何か言おうと再度口を開いたとき、シャーロットがにこりと笑った。
「うじうじしているジレットを見るのはもう面倒臭いので、直接聞いてみたらどうです?」
「……え?」
「ほら、あそこ」
シャーロットが細長い指を、薔薇園の方に向ける。視線を辿れば、そこには。
クロードがいた。




