お酒の過ち
本日、書籍版の「わたしは吸血鬼様の非常食」が発売されました。
お手に取ってくださった方、いらっしゃいますでしょうか?
もしよろしければ、ウェブ連載共々読んでやってください。これからもよろしくお願い致します。
王族二人と、それ以外の三人。
そんな感じに席分けされた五人は、食事をしながら自己紹介をしていた。
「アタシの名前はユースティナ。城仕えの魔術師団を取りまとめる役職、元帥ってのに就いてる。クロードと同じ最高位魔術師でもあるな」
「ご丁寧にありがとうございます、ユースティナ様。ジレットと申します。クロード様のお屋敷で、メイドとして働いております」
砕けた口調の自己紹介につられて、ジレットも軽く紹介をする。
すると、アシルが楽しそうに笑った。
「なんとなーく気づいてるとは思うけど、ユースティナも吸血鬼なんだよ」
「……そうなのですね。納得です」
ジレットはこくこくと頷いた。そして、改めてユースティナのことを眺める。
彼女は、ジレットの目から見てもとても美しかった。
(吸血鬼の方ってやっぱり、お綺麗なのね)
見た目を好きに変えられるという話だから、吸血鬼の価値観の問題かもしれない。美しいものが好きなのでは?
とジレットは思った。
(なら……なおさら、綺麗にならないと、クロード様に見てもらえなくなってしまう……)
――そう。シャーロットやユースティナよりも、綺麗に。
――でないと、ジレットなどすぐに忘れられてしまうから。
心のどこかでそう考えてしまった自分がいたことに気づき、ジレットは一瞬顔をしかめた。
(何考えてるの、私……)
こんなにも優しくしてくれているヒトたちにそんな感情を抱くなど、愚かしいにもほどがある。自分の気持ちを恥じながら、ジレットは黙々と食事をした。
その一方で、ユースティナはとても気さくだった。
「クロードも薄情だよなぁ。もっと早く紹介してくれれば、アタシだって色々できたのに」
「何をする気だお前」
「何って、そりゃあなあ……可愛いドレス着せたり、一緒にお茶したりとか?」
「やめてくれ……」
「なんでだよ。こんな、お人形さんみたいで可愛らしい女の子、そうそういないじゃないか。さっきも震えてて可愛かったし……やっぱりずるくない? クロード」
「何がだ。そしてジレットをいじめるな」
「いじめじゃない。愛でてるの」
「何がどう違うんだそれは」
酒を飲みながら饒舌に語り出すユースティナを見て、クロードが怪訝な表情を浮かべていた。
たったそれだけなのに、二人は絵になる。
ユースティナは美人であるため、見た目だけなら触れがたいと感じてしまうが、その砕けた口調のおかげかなんだかとても親しみやすい。きっと、他の人からも好かれるのだろうな、と思った。
心なしか、クロードも砕けているように見える。アシル同様、気のおける中なのだろう。
しかしユースティナが女というだけで、胸の辺りがもやっとした。クロードを真ん中に挟んで会話していることもあり、余計もやもやする。
(クロード様のご友人に、なぜ嫉妬しているのかしら……分からないわ)
すると、「ずるい、ずるい」と今まで目を逸らしていたもう一人の自分が叫び出す。一気にざわついた心に、ジレットは食器を置き掌を握り締めた。
本当は分かっているのだ。ジレットだって。だけど、見ないふりをしていた。
そんなことを思って良い立場ではないから。
そんなことを考えて良い存在ではないから。
だから、知らないふりをしていたのに。
ここにきて一気に噴き出してきた感情が、胸の内で暴れる。
(クロード様とそんなふうに話せるの、ずるい。クロード様がそんなふうに心を許してるなんて、ずるい)
それはきっと、ジレットが人間で、クロードが吸血鬼だからこそ起きている差異でもあるのだろう。生きている年月も、共にいる期間も違うのだから、そうなって当たり前だ。
事実ジレットは、クロードとここ数年しか共にいない。関係性がシャーロットやユースティナほど構築できないのは、当然のことである。
なのにずるいと思ってしまうジレットは、わがままなのだろうか。
(……いけない。疲れてるから、こんなこと考えちゃうんだわ。今日は、早く食べて退席させてもらいましょう……)
このままこの場にいると、醜い自分に目を向けなければならない。それは、ジレットには無理だった。自分の立場をわきまえない考えなど、不要である。
自分に何度も言い聞かせ心を鎮めていると、いつの間にかユースティナがそばに来ていた。
突然となりに現れた存在に、ジレットは素っ頓狂な声を出してしまう。
「ジーレット」
「ひゃあ!?」
「お〜、良い反応ぉ。やっぱりかわいいわー」
「ユ、ユースティナ様、ち、近いです……!」
ユースティナはチェアの手すりに座り、ジレットにぎゅっと抱き着いてくる。その片手にはグラスがあった。
その口元から刺激のある匂いがし、ジレットはぎゅっと目をつむる。
(お、お酒の匂い……!)
ジレットは、酒が苦手だった。嫌いと言っても良いかもしれない。幼少期、父がよく飲んでいたため、部屋に匂いが充満していたからだ。だから、匂いを嗅ぐだけでそのときの記憶が思い起こされつらくなる。そのためジレットは珍しく、声を荒げた。
「ユースティナ様、離してください……! お酒の匂いがきついです……っ」
「なんだい、酒が苦手かい? この酩酊感、最高だぞ〜? ほら、ジレットも飲んだ飲んだ〜」
ユースティナはそう言うと、持っていたグラスに入った赤ワインをジレットの口に流し込んでくる。
「え……んっ!?」
唐突に入り込んできた赤い液体に、ジレットは目を見開いた。ゲホッと軽くむせる。
口を押さえながらなんとか嚥下したが、舌に独特の苦味と刺激が残った。
(に、苦い……っ)
カーッと体が熱くなり、頭がくらくらしてくる。
そのタイミングで、クロードが助け舟を出してくれた。
「バカか、この飲んだくれ! 嫌がっているんだから、無理やり飲ませるな!」
そう言うと、クロードはユースティナの首根っこを掴み引っぺがす。そしてジレットと目線を合わせてくれた。
口元に付いていたワインを指先で拭いながら、クロードは心配そうに眉を寄せる。
「ジレット、大丈夫か? 顔が赤い」
「あ……だ、だいじょぶ……れす……」
そう言ってはみたものの、舌がまったく回らない。完璧に酔っていた。顔どころか全身が赤く染まっていく。
それを見たクロードは、ユースティナに冷めた目を向けた。
「ユースティナ……何が言いたいかくらい、分かっているな?」
「……そんなに弱いと思ってなかった。反省しています」
「まったく……」
そんなやりとりを聞きながら、ジレットは自分の意識がふわふわと浮き上がっていくのを感じた。
(何かしら……少し、気分が良くなってきた……きがする……)
視界がかすみ、思考がうまくまとまらない。
ただ、クロードが駆けつけてきてくれたことは嬉しかった。
その気持ちが優ったのか、ジレットはクロードの首筋にぎゅーっと抱きつく。瞬間、クロードの体が硬直した。
「……ジレット?」
「えへへ……クロードさま、おやさしいです……」
「……どうしたんだ、急に」
「いーえ。わたし、みたいなしようにんにもやさしくしてくれる、クロードさまが……すてきだとおもった、だけです」
「……完全に酔ってるな、これは」
クロードは、ジレットの頭を撫でながらそっと抱き上げてくれた。そしてアシルたちに断りを入れると、城の自室へと向かう。
その道中、ジレットは揺りかごに揺られているかのような、そんな心地良さに包まれていた。
(クロードさま、つめたい……きもちいい……)
酔っているせいか、思っていることがさらりと口に出てしまう。
「クロードさま、つめたくて、きもちいいです……」
「……吸血鬼だからな。体温が低いんだ」
自室のドアを開けながら、クロードは困ったように笑う。なぜそんな顔をされるのか分からなくて、ジレットは首をかしげた。
しかしそれより先に、睡魔がやってくる。
そのせいか、最後のほうは自分が何を言っているのか分かっていなかった。
ただ、クロードがこちらを向いてくれたことが嬉しくて。大事にしてくれたことが嬉しくて。ジレットはかすれた声で言う。
「クロードさま……ずっと、ずっと……おしたいして、おり、ま……す……」
何かを言えて満足したジレットは、心地良い眠気に包まれたまま目を閉じ、眠りに落ちていった。




