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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第二部 吸血鬼は愛を模索する
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自覚した感情

 それからジレットは、シャーロットにびしばししごかれた。

 特にダメ出しをくらったのは、座学よりも淑女が身につけるべきマナーや所作である。


 あそこがダメ、ここが優雅じゃない、ふらふらしてる。とにかく色々なことを言われ、ジレットの頭はパンクしそうになった。


(うう……目指すのは、色気もある深淵の令嬢って、どういうことなの……)


 色気と深淵の令嬢がどうにもつながらず、ジレットは途方に暮れる。その上シャーロットの指導により、体のあちこちが悲鳴をあげていた。


 先行きがとても不安である。


 夕食前にはなんとか終わったが、へとへとだった。正直言うと、お腹が空いていない。だがこういうときこそ食べなければ、翌日さらにつらくなるだろう。

 そう自分を叱咤し、ジレットは夕食が用意された部屋へと向かったのだ。


 部屋にはすでに、クロードとアシル、シャーロットがいた。

 しかしその中に見知らぬ女性がいることに気づき、ジレットは首をかしげる。


(誰かしら……とても、綺麗な方だけれど)


 きりりとした、理知的な美女だ。ジレットすらどきりとしてしまうほどの色気があり、そわそわしてしまう。身長も高くどこのかしこもすらりとしてるのに、女性らしい豊満な体をしていた。


 魅惑的で魅力的なヒト。


 そんな言葉が頭に浮かんでしまう。クロードと並んでも遜色ない美貌を持つその人は、クロードの肩に手を置きながら何やら話をしていた。


 その姿を見て、胸がもやっとする。

 ここ最近よく起きる現象だ。そのタイミングからしてみても、ジレットが病気というわけではないことが分かる。


 なら、どんなときに起きていたか。

 答えは、一つだ。


(クロード様が、女の人と一緒にいるときに起きる)


 なら――この現象の名前は、一つだ。

 しかしそれを認める前に、女性がジレットの存在に気づく。

 彼女はジレットの姿を認めると、嬉しそうに笑った。


「もしかしなくても、あんたが例の人間かい?」

「へっ? あ、はい。おそらく……」


(クロード様に庇護されている人間……という認識でいいのよね?)


 例の人間としか言われなかったが、この感じからするにそれ以外ないだろう。ジレットはこくりと頷いた。

 すると女性は、ジレットの前までやってくる。そして背を屈め、じいっとジレットの目を見てきた。海のように深い青が、ジレットのことを見つめる。思わずびくりと震えた。


(……吸い込まれそう)


 まるで深淵のように。彼女の瞳が、ジレットの中を見透かそうとこちらを見つめてくる。

 思わず恐ろしいと感じてしまったが、逸らすことなく目を合わせていた。

 すると彼女は、ふと目を和らげる。


「なんだ、クロード。可愛いじゃないか、この子!」

「え……ひゃっ!?」


 瞬間、ぐいっと体を引き寄せられた。女性の胸元に飛び込む形で抱き締められたジレットは、あまりのことに目を白黒させる。


(え、何、何が起きてるの……!?)


 エマ以上の過度なスキンシップに、ジレットの顔がりんごのように赤くなっていった。

 しかも、胸がぐいぐい頬に当たる。女同士とはいえそんな感触に慣れていないジレットに、耐えられるわけもなく。


「あ、あの……は、はなしてくだ……っ」


 顔を真っ赤にしてぷるぷると震えながらそう言うジレットを見て、銀髪美女が固まった。

 そしてすっと身を引き、顔で手を覆う。


「なんだこの可愛い生き物」

「……へっ?」

「よし。拉致ろう」

「え、えええ!?」


 ジレットが慌てて二、三歩下がったところで、後ろに引き寄せられた。

 慌てて顔を背後に向ければ、そこにはクロードがいる。彼はジレットの頭を撫でながら、女性に向かって呆れた声を上げた。


「物騒なことを言うな、ユースティナ」

「いや、すまんな、クロード。あまりにも可愛くて」

「……やはり、会わせるべきじゃなかったな。とっとと帰れ」

「アハハハハ! クロード、辛辣! でもダメだろ? 交流するって決めたんだからさー」


 アシルが腹を抱えて笑うのを見ながら、ジレットは少しばかりホッとしていた。


(やっぱり、クロード様のそばにいるのが一番落ち着く……)


 頭を撫でられるのは、とても好きだった。今まで慣れないことをしていたこともあり、クロードにそうやって撫でられると心が解けていくのが分かる。肩から力が抜け、ジレットは思わず目を細めた。


 そんなときだった。ジレットが、先ほどの光景を思い出したのは。

 自分が先ほど抱いた感情を思い出し、ジレットは目を見開く。

 そして思わず、クロードから離れてしまった。


「……ジレット?」


 突如として距離を置いてきたジレットに、クロードが困惑した様子で名を呼んでくる。その表情が寂しげで、ジレットの胸がつきりと痛んだ。

 しかしこのままそばにいたら、すべて暴かれてしまいそうで。ジレットは曖昧な笑みを浮かべる。


「あ、ありがとうございます、クロード様……少し驚いてしまっただけですので、もう大丈夫です」


 撫でられた頭に手をやりながら、ジレットは唇を噛み締める。


(言えない……言えるわけ、ないわ……)


 ――クロードが他の女性と一緒にいるのを見て、嫉妬してるなんて。


 そんな馬鹿げたこと、メイドの分際で、言えるわけがない。


 自分が胸に抱いた感情を抑え込みながら、ジレットは俯く。そんな彼女を見て、クロードとアシルは顔を見合わせていた。


 すると、今まで静観していたシャーロットが口を開く。


「とりあえず、座りませんか? お腹も減りましたし」


 そう言われ、ジレットはこくりと頷く。全員が席に着いた。

 夕食は、少しばかり不安定な空気を醸し出しながら始まった。

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