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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第二部 吸血鬼は愛を模索する
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薬術の先生

 クロードがそんなふうに前進していた頃。


 ジレットも、少しでも前に進もうと頑張っていた。


(……あ、また失敗……)


 かき混ぜていた液体の中に、ハーブが中途半端に解けて残っているのを見て、ジレットはため息を吐いた。

 すると、それを見ていたセシリアールが言う。


「下手くそ過ぎない?」

「うう……申し訳ありません」

「なんで途中まで解けるのに、全部いけないの? そこは気合でやり切るもんでしょ」

「あう……はい、はい……」


 セシリアールから突き刺さる言葉を浴び、ジレットは萎縮した。

 しかし、かれこれ数十回ほど同じことを繰り返しているのだ。セシリアールがそう言いたくなる理由も分かる。


 ジレットは、失敗作の残骸を見ながら肩を落とした。


(うう……どうにかして薬術を教えてもらえるようになったのに、全然進展しないなんて……私って本当ダメダメだわ)


 あれから、ジレットはセシリアールに、以前作ったことのあるハンドクリームを作ってみろと言われた。

 理由は、ジレット自身が話したからである。どうやらセシリアールはそれで、ジレットの技量を試そうとしたようだ。クロードが言う通り、ハンドクリーム作りは基礎中の基礎だからだとか。


 しかし結果はこれである。集中力が続かない自分の不甲斐なさに、さすがのジレットも悔しくなってきた。


(これじゃあ、クロード様のお力になれない)


 優先するべきことは他にあるので、薬術を教わらなくても良いのかもしれない。

 しかしもともと教わっていたことすら投げ出したら、淑女教育も長続きしないと思うのだ。


 唇をわななかせ、ジレットは顔を上げる。

 そしてセシリアールを見た。彼は落ち込んでいたジレットがそんな反応を示すのを見て、意外そうに片眉をあげる。


「セシリアール様。私、上手くなりたいのです」

「……そう。それで?」

「はい。ですので、コツなどを教えてはくださいませんか?」


 そう願い出ると、セシリアールは首をかしげた。


「ずっと思っていたんだけどさ……なんでそんなに頑張ってるの?」

「……え?」


 その問いかけに、ジレットは困惑した。

 一方のセシリアールは、心底不思議そうな顔をして言葉を続ける。


「何度失敗しても、何度謝っても、君は繰り返し同じことをしていた。あまりにも一生懸命で、正直驚いてるよ。でもさ、別に人間がこんなことできなくても苦労しないでしょ? 君は吸血鬼から庇護を受けてるわけだし、普通ならもっとさぼるよ。金銭で困ることはないんだから」


 そんな君が、そんなに頑張る理由何?


 人間を嫌うセシリアールがそこまで聞いてくるのだから、ジレットの行動は相当変なのだろう。


(確かに、今のままでもいいのかもしれない。クロード様に頼っていたら、なんとかなるのかもしれない)


 しかしそれは、ジレットの望みとはかけ離れていた。


 ――だってジレットは、クロードのためにこの命を使いたいだけなのだから。


「クロード様のために、何かしたいのです」

「……え?」

「そのためならなんでもしたいと思いますし、どんなに時間がかかってもできるようになりたいと思います。確かに落ち込むことはありますが……私の長所は、それだけですから」


 クロードのもとに来てから、ジレットは様々な失敗をした。それでもなんとかやってこれたのは、クロードの温情のおかげである。


 クロードは、ジレットを叱ったりしたが行動を咎めたりはしなかった。むしろ、ジレットが望めば進んで教えてくれる。それがジレットの主人である。


「頑張る理由は、それだけです。セシリアール様にとってはその程度のことかもしれませんが……私にとっては、すごく大事なことなんです。――ですからどうか、これからも教えてくださいませんか?」


 迷惑なら、自分でなんとかしますので。


 そうは言ったものの、これ以上進展しそうにない。言ってからそのことに気づき、ジレットはむう、と唇を歪める。


(どうしましょうか……そういえば、お城には大きな書庫があったわ)


 シャーロットが持ってきた教本も、そこから持ってきていたはずだ。これだけ大きな敷地にある書庫なのだから、様々な種類の書物があるだろう。頼めば、そういった教本もあるかもしれない。


 そんなふうに考えていると、シャーロットの声がした。


「ジレット。わたくしの気も済みましたし、気分転換になりましたから、そろそろ戻りましょうか」


(あ、やっぱり自分の気分転換のためだけだったのですね……)


 てっきり、ここで何かを教えてくれるのかと思っていた。いや、セシリアールが教えてくれたが。

 しかしそれを言うのは無粋である。ジレットはいつもより声を大きくした。


「あ、はい! もう少しお待ちください! 片付けをいたしますので……!」


 テーブルの上に散らばる失敗作に顔をしかめつつ、ジレットはしょんぼりする。


(ここまで上達しないと、なんだか悲しくなるわね……)


 落ち込みながらも片付けていると、パシリと手を取られた。

 セシリアールの手だ。

 彼はジレットの手を見つめると、はあ、とため息をこぼす。


「か弱い存在のくせに……ほんと、意味が分からない」

「……へっ?」

「でもそれが君という存在なら……面白い。興味が湧いたよ」

「は、え……それは……はい。良かった、です……?」

「これからも教えるから、暇な時間に来たら? 僕は常にここにいるから、変な時間じゃない限りいるし」

「えっと、あ、はい……ありがとうございます……」


(ほ、褒められているのかしら。これ)


 だが、セシリアールが教えてくれることを了承してくれた。それは良かった。ジレットが独学でやるより、早く身につきそうだ。


 セシリアールは、掴んでいたジレットの手を離しそっぽを向いた。


「ほら、片付けは僕がやるから、さっさと行きなよ。他にもやることあるんでしょ?」

「はい。ありがとうございます、セシリアール様」

「いいよ。……後、一つ言いたいことがある」

「はい、なんでしょうか……?」


 何か変なことをやってしまったかな、とジレットは首をかしげる。するとセシリアールは、器材に触れながら口を開いた。


「様付けやめて。僕は別に、偉くないから」

「……へ?」

「だから。様付けしないでって言ったの。呼び捨てでいいよ」

「そ、それは申し訳ないと言いますか……一応、先生になるわけですし……」


 ジレットからしてみたら、様付けをするのが一番落ち着くのだ。そのため、困惑する。

 しかしそこで、自分自身で言ったことにピンっときた。


(そうだわ! 様付けがダメなら、先生にしましょう!)


「セシリアール先生! セシリアール先生はいかがでしょうっ?」

「……それも仰々しくない? いや、そう呼ばれて悪い気はしないけど……」


 どうやらセシリアールも、先生と呼ばれることは嫌ではないようだ。

 ジレットは両手を叩き、頷いた。


「ならそれでお願いいたします! セシリアール先生!」

「……ふん。ほら、とっとと帰って。これから僕、自分の研究に取り掛かるから」

「はい! 本日はありがとうございました!」

「……何もしてないから、そんなこと言わなくていいよ」


 しっしと、セシリアールは手を払う動作をする。まるで犬猫を追い払うような感じだ。

 だが、煙たがられている感じはない。それを感じ取り、ジレットは嬉しくなった。


「また明日、よろしくお願いいたします!」


 ぺこりと頭を下げると、ジレットはシャーロットのところへ向かう。今度は転けないように、スカートの裾をつまんだ。


(薬術が上達していたら、クロード様驚かれるかしらっ?)


 きっと驚くはずだ。もしかしたら喜んでくれるかもしれない。


(いつもみたいに、頭を撫でて褒めてくれるわよね。きっと)


 そう想像するだけで、疲れが吹き飛んだ。

 となると、上達するまで黙っていたほうがいいかもしれない。クロードに隠し事をするのはあまりいい気分がしなかったが、それも少しの間だ。


 歩を進めるたびに、軽やかな靴音が響く。

 その音を楽しみながら、ジレットはシャーロットのもとへと走ったのである。

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