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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第二部 吸血鬼は愛を模索する
38/45

白銀の吸血鬼元帥

 ジレットがセシリアールとともにいる間。


 クロードはアシルに連れられ、ある場所にいた。

 そこは、城勤めの魔術師たちに与えられた一画だ。その中でも練習場として使われている大部屋は、何があっても壊れないようにと防御魔術が張り巡らされた、特殊な場所だった。


「……なんでここに連れてこられたんだ、私は」

「あはは。たまには顔を出そうよ。君一応、最高位の魔術師サマなんだからさ」


 アシルにぽんぽんっと肩を叩かれ、クロードは怪訝な顔をした。アシルの肩を振り払ったが、代わりに別の者に肩を掴まれる。


「ほんと、つれないじゃないか。アタシとお前の仲だろう?」


 クロードは、肩を掴んできた相手を見る。愉快そうに歪む海色の瞳と目があった。

 そこにいたのは、白銀の髪をした女だ。


 髪を高く結い、片眼鏡モノクルをかけた長身の女である。

 着ているのは城の魔術師の制服――白と金を基調としたものだ。彼女専用に特注されたそれは、胸元が異様に主張する作りになっている。タイトスカートもかなり際どいため、目のやり場に困るという難のあるデザインをしていた。

 ――といっても、そのデザインを作ったのは美意識の高いデザイナーであり、彼女の意思ではないのだが。


 そんな魔術師の中でも、女は上官のみが付けることを許された青の腕章をつけている。


 彼女は、城の魔術師たちを統括する元帥・ユースティナだ。


 クロードと同じく、最高位魔術師の資格を持っている。ユースティナもクロードと同じく吸血鬼であるため、旧知の仲だった。二百年くらい前に会ったのが始まりだろう。


 しかし仲が良いかと聞かれると、クロードは断固として首を横に振るだろう。それは、ユースティナの性格が関係している。


 ユースティナはクロードの肩においた手を腕に絡ませると、上目遣いでクロードを見上げた。


「聞いたよ、人間を飼っているんだって?」

「……飼ってはいない。一緒に過ごしているだけだ」


 グイグイと押し付けてくる胸部に眉をしかめながら、クロードは冷ややかな目をしてそう言った。

 するとユースティナは、むくれた顔を見せる。


「アタシたちのほうは放り出して、人間を飼うなんて薄情だぞ? 一応魔術師として籍を置いているのだから、ここに来れば良いのに。あ、いっそのこと、城勤めになるのはどうだ? 楽しいぞ?」

「研究報告書は毎月欠かさず送っているはずだ。それで十分だろう。わざわざ城にくる必要性を感じない」

「まったまた〜。うちの部下たちだって喜ぶぞ? お前は憧れの的なんだから」


 そう言い、ユースティナは目の前を指差す。そこには、キラキラした眼差しを向けてくる魔術師たちがいた。見たところ、新人が多いようだ。見たことのない面々がちらほらいる。分かるのは、皆吸血鬼であるということくらいだ。


 何をそんなに期待されているのか、さっぱり分からない。クロードは嫌悪感を隠すことなく表す。

 そんなクロードとは打って変わり明るく笑ったユースティナは、魔術師たちに向けて言い放った。


「さあ、今日は我らの期待を一身に背負った魔術師サマことクロードが、特別講義を開いてくれるぞ! お前たち、なんでも聞いて自分の力に変えると良い!」

「……おい待て。私は顔を出しに来ただけ……」


 怪しい空気を感じ取ったクロードは、急いで訂正を入れようとする。しかしユースティナの言葉によって活気付いた面々は、まるで水を得た魚のようにクロードに詰め寄ってきた。


「ク、クロード様! 先月の報告書に記載されていたあの魔導具、どのような構築式を使って造り出したのでしょうか!?」

「あ、あの、わたしの作った魔術式を見てくださいませんか……!」

「お、俺の作った魔導具への意見をお願いします!!」


 一気に話をされ、クロードはたじろぐ。あっちこっちで話しかけられても、答えられるわけがない。

 クロードはため息を吐きながら叫ぶ。


「分かった! 分かったから、一列に並べ! 一人一つだけ話を聞く!」


 その瞬間、魔術師たちから歓声が上がった。

 その理由が何か悟ったクロードは、頭を抱える。すると、ユースティナが満面の笑みを浮かべグッと親指を突き出してきた。


「さすがクロード! お前ならそう言ってくれると思ったよ!」

「ユースティナ、お前はいつもいつも……だから苦手なんだ」

「お、なんだ? 照れ隠しか? 可愛いやつだなーお前はー」


 クロードの気持ちなど知ろうともせず、ユースティナは嬉しそうに笑う。

 クロードが彼女に苦手意識を持つ理由は、それだった。


 そう。この女、まったく相手の話を聞かないのである。

 いや、聞いているのだろうが、地味に噛み合っていない。そのくせして自分の主張はきっちり通してくるのだから、たちが悪いことこの上ない。


 いついかなるときも自分の思い通りに進まないと、気が済まない女だと周囲から評判だ。しかしそこに悪感情ではなく、「ユースティナだから仕方がない」といった許容が含まれているから恐ろしい。


 ユースティナは、マイペースだが周囲に愛される性格をしているのだ。それが、クロードが彼女に苦手意識を持っている理由だった。


 そんなユースティナの策略にまんまと乗せられたクロードは、ため息を吐きながらも魔術師たちの話を順々に聞いていく。

 勢いに押されたとはいえ、一度頷いてしまったことだ。最後まできっちりとやりきる。それが、クロードという吸血鬼だった。


 しかし、一通りの話に答えた頃にはもうへとへと。もとからうるさいのが苦手なクロードだ。そんな彼がずっとしゃべっていることなど、ほぼないのである。

 研究は一人でやったほうがはかどるクロードからしてみたら、疲れるだけでなんの得もないのだ。


 だから、ここには来たくなかったんだ。


 内心そう思いながら肩をすくめていると、アシルがグラスを差し出してくる。そこには、血液が注がれていた。


「お疲れ様ー」

「……普通に水を渡してもらいたいんだが」

「いや、そろそろダメな時期でしょ? ジレットちゃんがいないところで、飲んでおいたほうがいいんじゃない?」


 そう言われ、クロードは押し黙る。そして渋々といったていでグラスを受け取ると、一気にあおった。口の中に鉄臭い味が広がり、不快感が増す。

 無言でグラスを押し付けてくるクロードを見て、アシルはけらけらと笑った。


「どう? たまにはいいものでしょ」

「……何がだ」

「同胞との語らい?」


 そう言われ、クロードは先ほど指導をした魔術師たちを見た。


 誰も彼もがキラキラと、楽しそうにしている。それもそのはず。城勤めまでする吸血鬼というのは、魔術を極めるのが好きな面々ばかりなのだ。

 そんな彼らからして見たら、最高位魔術師であるクロードは憧れだろう。爛々とした目をして教えを乞うてきたのは、そのせいである。


 その様子を見つめ、クロードは頷いた。


「……まあ、たまにはな」

「でしょー。ここにクロードを連れてきた僕を、もっと褒めてー」

「断固として拒否する」

「えー!?」

「私がジレットから離れなきゃいけない理由を作ったのは、どこの誰だ。アホが」


 壁に背中を預けながら、クロードはアシルに視線を送る。瞬間、アシルが目を逸らした。


 ほう。そっちがその気なら、こっちもやってやろうじゃないか。


 そう思ったクロードは、腕を組みつつ言う。


「私とジレットのことを邪魔しないと言ったのは、どこの誰だったかな」

「うぐ……」

「お前に頼るどころか、ジレットと一緒に過ごす時間すら減って、今だいぶイライラしてるんだが」

「反省してる、反省してる、けども! いつか直面することが、今きてるだけだとおもうよ!? だから前向きにいこうよ!!」


 間違いではないのだが、腑に落ちない。それは、今回の元凶がアシルにあるからだろう。

 しかしいつかバレるということも事実で。クロードは口をつぐむ。


 ……私はいったい、何をしているんだろうな。


 ジレットにばかり頑張らせて、特に何もしていない。

 そのもどかしさもありイライラしているのだと、自分でも分かっていた。しかし今まで他者との関わりを徹底して絶ってきたクロードには、何をしたら正解なのか分からない。


 そんなクロードの苛立ちを理解しているかのように、アシルが肩をすくめた。


「なら、ここから始めてみたらいいんじゃないの?」

「……は?」

「だーかーらー。クロードを慕ってる魔術師たちに理解を求めて、味方を増やしていったらいいんじゃないのって言ったの。今の二人に必要なのは、そういう仲間でしょ。ユースティナ取り込めれば、結構心強いと思うし」

「……ん、なんだ? アタシの話か?」


 アシルがそんな話をしていると、タイミング良くユースティナが来た。

 背後で爆発音が響いてるが、特に気にした様子もない。これがこの場の普通なのだから、当たり前だ。ただ「張った結界壊すなよー」とだけ声をかけている。


 ユースティナは足元に転がる氷塊を避けながら、二人のそばにやってきた。


 すると、アシルが片手を上げて言う。


「いやね、クロードがユースティナに、噂の女の子を紹介したいって話をしてさー」

「おー! 例のか! アタシもその辺り、気になってたぞっ!」


 ユースティナはノリノリだ。

 そんな彼女を見て、クロードはアシルに耳打ちする。


「……おい、アシル」

「いいじゃんいいじゃん。善は急げって言うし」


 クロードはため息をついたが、アシルの行動力になんだかんだ言って助けられているのも事実だった。だってクロードだけなら、味方を作るという考えに及ばなかったからだ。


 なら、ここからはクロードが行動しなければいけないだろう。ジレットのためにも。


 クロードは、いつならいいか考え口を開く。


「……夕食を一緒に食べながら、話をさせてくれないか?」


 結果思い浮かんだのは、夕食だった。夜はジレットも疲れているだろうし、会うならその時間だろう。

 その問いかけに、ユースティナは二つ返事で了承した。


「もちろんだ! クロードが来てくれるし……いやぁ、今日は良い日だなぁ!」


 そんなふうに笑うユースティナに、少しばかり不安を覚えながら。クロードは魔術師たちの様子を眺めていた。

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