冷たいエルフ
なんだかんだあったものの、ジレットはこのまま薬草園に残っていいということになった。
どうやら、先ほどの一件でいいと判断されたらしい。基準がいまいち分からないが、見ていていいと言われたのは嬉しかった。
(だって、何か学べるかもしれないし)
そわそわしながらその様子を観察していると、シャーロットがあ、と声をあげる。
「セシリアール。ジレットに薬術を教えてあげてください。いい機会ですし、学んでおいて損はないので」
「……え。なんで僕が」
「先ほどのお詫びをするべきではありませんか?」
「うぐ……」
「……というのは建前でして。わたくし薬術教えるの下手なので、セシリアール頑張ってください。人間嫌いを克服するいい機会ですよ」
「悲しくなるから、本音はしまっておいてもらえないかな?」
セシリアールは目を細めつつ、はあとため息をこぼす。そしてジレットのほうをくるりと振り返った。
「えーっと……ジレットだっけ?」
「は、はい。そうです」
「薬術、学びたいの? というより、学ぶ気はあるの?」
「はい」
「……そっか。なら仕方ない。教えるからこっちにきて」
「はい!」
(まさか、初日から願いが叶うなんて。シャーロット様に感謝しないと!)
ジレットは心をときめかせた。少し小走りでセシリアールの元へ行こうとすると、長いスカートを踏んでしまう。
「ひゃっ!?」
ジレットは転けた。実験道具が置いてあるテーブルに当たらなかっただけ、良かったと思う。というより、意地でもぶつからないように身をよじったせいか、変なところまでぶつけてしまった。
(痛い……)
涙目になりながら当たった場所をさすっていると、くすくすという笑い声が聞こえてくる。
笑い声の主は、シャーロットだった。
「ジレット……あなた、何をしているのですか、ふふふ……っ!」
「い、いえ……実験道具を壊さないようにと気を配ったら、こう……」
「そ、そんな理由で、あんな転け方をしたのですか……? ふふ、あははは……! やだ、もうっ!」
「あ、あの……」
なぜ笑われているのか、全然分からない。
ジレットは困惑する。ただやっぱり、打った部分が痛かった。立ち上がろうとしたが、スカートがかさばり上手くいかない。ジレットは途方に暮れる。
(うう……なんでこういうときに限って、こんなことしてしまうの……)
落ち込んでいると、す、と手が差し出された。
「…………笑ってないで、立たせてやりなよ。弱い者いじめは弱者のやることなんじゃないの?」
手を差し出してきたのは、セシリアールだった。ジレットは彼の手を借りて立ち上がる。小柄な見た目に反して、セシリアールはなかなか力強かった。
彼は面倒臭そうに顔をしかめながら、シャーロットを見ている。
涙目のシャーロットは、そんな視線を受け止めながら肩をすくめた。
「あら、違いますよ? これは、いじめではなく可愛がりというものです」
「変わってないから」
「大いに違います。違いますから」
「……もういいや。不毛な争いはやめよう。そんなことやるなら研究してたい」
ほら、行くよ、と手を引かれ、ジレットはセシリアールに着いていく。その手が繋がったままなのはおそらく、転倒防止なのだろう。
(も、申し訳ないわ……)
嬉しさのあまり小走りになったのがいけなかった。小さな子どもにでもなった気分だ。
申し訳なさと恥ずかしさを感じつつ、ジレットはセシリアールに着いていったのである。
連れてこられたのは、薬草園の一画にある薬草畑だった。
「ここは?」
見たことある薬草が多いなーと思いながら首をかしげていると、セシリアールが言う。
「ここにあるのは、薬術で使う基本的な薬草。薬草の名前を覚えないと、薬術なんてできないからね。だからとりあえず、ここの薬草と効能を覚えて……」
「えっと。効能まで詳しくは知りませんが、名前はだいたい分かります」
ジレットは、躊躇いながらも言った。
しかし、クロードの薬草畑を管理していたのはジレットである。だから、分からないわけがないのだ。
「……へえ。じゃあこれは?」
セシリアールが、ある薬草を指差す。
ジレットは端的に「ミントです」と答えた。
するとセシリアールは、別の薬草を次々指差していく。ジレットは時折悩みながらも、すべての問いに答えることができた。
「……悔しいけど、全問正解」
「本当ですか? 良かったです!」
セシリアールの渋い顔を気にしつつも、ジレットは表情を明るくして言った。
(これも全部、クロード様のおかげね!)
自分がまた一つ成長できていたことを知り、そしてそれにクロードが関係していたことを知れたため、ジレットのテンションが上がる。
そんな彼女を見つめながら、セシリアールはつぶやいた。
「チッ、時間稼ぐつもりだったのに……」
「……ちょっと待ってください。今の発言、どういうことですか!?」
セシリアールはそっぽを向きながら、無言で薬草を摘み始める。
(うう……やっぱり、煙たがられてる……)
おそらく、ジレットが薬草を覚えている間に、自分は自分のやりたい研究をするつもりだったのだろう。もともと人が嫌いだと言っていたから、あまり一緒にいたくないのかましれない。
しかしジレットとしては、もっとちゃんとしたことを教えてもらいたいのだ。じゃないと、クロードの力になれない。
(……で、でも。私、めげない!)
ジレットは、セシリアールのことを以外と信用していた。その理由は、ジレットが転けたとき、なんだかんだ言いつつ助け出してくれたからだ。
心の底からジレットのことを嫌っているのであれば、幼児のように手を繋ぐ必要もなかったはず。
(大丈夫! 私の心が折れさえしなければ、セシリアール様は教えてくれるはずだわ!)
つっけんした態度のエルフを見つめながら、ジレットはそう拳を握り締めたのである。




