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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第二部 吸血鬼は愛を模索する
36/45

無害すぎる小動物

 シャーロットの背中を黙々と追っていたが、ジレットはだんだん行き先がおかしいことに気づき始めた。


(えっと……こっちに出てしまったら、外とは逆方向になってしまうのではないかしら?)


 そう。シャーロットは、ぐんぐん城の内側へと進んでいたのだ。

 しかし、城に住み始めてからさほど経っていないジレットではないし、迷うなんていうことはないだろう。


 そしてジレットのその疑問は、それからすぐに解消されることになる。

 シャーロットは、ある部屋の前で立ち止まりくるりと振り返った。


「ここがわたくしの薬草園です」

「……部屋、ですよね?」

「入れば分かります。付いてきてください」


 シャーロットはそう言うと、ドアのノブをひねる。開いた先にあったのは、闇だった。なんの変哲もない部屋なら、家具などが見えてしかるべきだろう。

 つまりこの部屋は、普通の部屋ではないということになる。


(な、何があるのかしら……)


 ジレットが思わずドキドキしていると、シャーロットは躊躇いなく闇の中に身を溶け込ませた。

 消えてしまったシャーロットの後ろ姿を、慌てて追う。


 瞬間、ずぷりと。足が沈み込む感覚がした。


(……え?)


 ふわりと、足元に何もなくなったかのような。そんな不安感がこみ上げてくる。周りが真っ暗ということもあり、気持ちは余計にぐらついた。


 しかしそれもほんの一瞬。

 次の瞬きの後には、視界いっぱいに緑が広がっていた。


「……え。……え、ええええ!?」


 我を忘れて、ジレットは驚愕の声をあげた。

 見渡す限り、緑だ。青々とした葉が生い茂っている。しかし別に森というわけではなく、場所を管理した上で生えている。そんな感じだった。その証拠に、レンガ道がいくつも存在する。まるで庭園のようだとジレットは思った。みずみずしい匂いがする。


 見たこともない草木ばかり植わっていたが、中にはジレットも見たことがあるようなものもあった。ラベンダーやミント、バジル。その辺りの一般的なハーブは屋敷にもあり、ジレットが管理しているのだ。それもあり、すぐに理解する。


 上を見てみると、ガラス張りになっている。どうやらここは、一面がガラスに覆われた場所のようだ。


(すごいわ……ドアを開けたら、こんな場所になるなんて)


 ジレットが感心していると、シャーロットが誰かの名前を呼び始めた。


「セシリアール。セシリアール、いますか? ……というより、いますよね? いないわけないですよね? 早く出てきてください」

「シャーロット様、あの、どなたを探しているのでしょう……?」

「ああ、ここを管理している者がいるのですが……彼もクロードと同じ研究バカなので、集中し始めたら周りが見えなくなるんです。もしかしたら、奥にいるかもしれませんね」


 シャーロットはそう言うと、舗装されたレンガ道を歩き始める。

 彼女の後ろをついていると、ふいに道が大きく開けた。


 そこは大きな広場のようになっている。その中央には、長方形のテーブルが置かれていた。

 その上に乗っているものを見て、ジレットはあることを思い出す。


(クロード様のお屋敷にあった器材と同じだわ)


 薬術をおこなった際に使った物と同じものが、いくつか乗っている。しかし、ジレットがおこなったことよりもかなり手の込んだものを作っているように見えた。様々な器材が入り乱れているためだ。


 そんな器材の次に目に映ったのは、美しい少年の姿だった。


 透き通るようなエメラルドグリーンの髪に、金色の瞳を持っている。肌は抜けるように白く、とても人間離れしていた。まさしく、美少年である。着ているものは、シャツと茶のズボン、白衣といった簡易なものだったが、すごく美しかった。ジレットも見習いたいものである。


 彼のある特徴を見て、ジレットは瞳を輝かせた。


(あのとんがった耳、もしかして……エルフ!?)


 エルフの少年は、こちらなど見向きもせず調合をおこなっていた。

 そんな彼を見て、シャーロットは怪訝な顔をする。そして、先ほどよりも大きな声で言った。


「セシリアール。いるなら返事をしてください」


 セシリアールはその瞬間、初めてシャーロットの存在に気づいたようだ。重たそうな本から視線を上げ、目を瞬かせている。


「……なんだ、シャーロットか。どうしたの、何か用?」

「用があるから来たのです。……ジレット。この男はセシリアール。見ての通り、エルフです。わたくしの薬草園の管理人をしています」

「やはり、エルフだったのですね……」


 思わずそうつぶやくと、セシリアールははっとした顔をしてジレットを見た。


「……人間? なぜ人間なんかがここに」

「あ……」


 ものすごく嫌そうな声でそう言うセシリアールを見て、ジレットは少し動揺する。村にいた頃の対応を思い出してしまったのだ。

 そこでシャーロットが助け舟を出してくれた。


「彼女はジレット。ほら、あなたも知っているでしょう。クロードが庇護している人間ですよ。ですので何も問題ありません」

「問題ないって言われても、ねえ……」

「ほう。わたくしの薬草園に、わたくしの連れてきた者を入れてはならないと。そういうことですか?」

「いや、別にそんなことは思わないけど。シャーロットには恩もあるしね。でも、それとこれとは別の話だ」


 一連のやり取りを見ていたジレットは、自分が歓迎されていないのだということを知り苦笑した。


(皆が優しすぎるから忘れていたけれど……私って、嫌われ者だったものね)


 村にいた頃は、誰からも嫌われていた。両親からもだ。両親のせいで嫌われたのかもしれないが、ジレットに多少なりとも非があったからこそ、あんな扱いを受けたのだろう。


 クロードやエマが優しかったから忘れていたが、ジレットは他人にとって嫌な思いをさせる存在なのだ。どうやら、セシリアールもそう感じてしまったらしい。


 不快にさせてしまったことを後悔しつつ、ジレットは言い争いを続ける二人を止めようと口を開いた。


「あの、シャーロット様」

「はい、なんです? 今取り込み中なのですけど」

「いえ、その……私、部屋に戻りますから。ですから、気が済むまで薬術をおこなった後、また勉強を教えてください」

「……なぜ? なぜ戻るのですか?」

「それは……」


 シャーロットの真っ直ぐした視線にたじろぎながら、ジレットは唇を噛む。ただ、ここで隠しても意味がないと。そう思ったのだ。そのせいか、自嘲が漏れてしまう。


(色々と教えてくださるシャーロット様には、こんな話、したく、なかったのだけれど)


 言わなければいけないな、とジレットは思う。だから、どこか諦めながらも口を開いた。


「私……生まれ育った村では、つまはじきにされていまして。クロード様が優しく接してくださるので、すっかり忘れていたのですが……おそらく、他人を不快にしてしまう何かがあるのだと思います。ですので、その、セシリアール様。ご不快にさせてしまったのでしたら、申し訳ありません」


 ジレットは、ぺこりと頭を下げた。

 それから少しして、ため息が聞こえてくる。シャーロットのものだった。


「ねえ、ジレット。それ、本気で言っているのですか?」

「……え? あ、はい……?」


 不思議に思いながらも顔を上げれば、シャーロットが呆れ顔をしている。その一方でセシリアールは、バツの悪そうな表情を浮かべていた。


 すると、シャーロットがこつりこつりとヒールを鳴らしながらジレットに近づいてくる。そして頬をつねってきた。わけが分からず、ジレットは困惑する。

 その顔を見ながら、シャーロットは淡々と言った。


「いいですか、ジレット。あなたに非はありません。そして、一目見て他人を不快にさせる人間など、そう多くいませんよ」

「ふぉ、ふぉうなのれすか?」

「ええ。詳しく知らないわたくしがとやかく言うのもなんですが……人間という生き物は、これと言った理由もなく他人をつまはじきにしていじめることがあります。ですからジレット。あなたは何も悪くないのです。……ええ、そうです。悪いのは、セシリアールですから。安易に謝るのはやめなさい。いいですね?」

「れ、れすが……」


 頬をつねられながら、ジレットは曖昧な返事をする。するとシャーロットは、じろりと背後にいるセシリアールを睨んだ。


「セシリアール。あなたもいい加減にしなさい。ジレットと他の人間たちは、別の生き物です」

「そ、それは確かにそうだけど……」


 睨まれたセシリアールはびくりと肩を震わせ、言い淀む。瞬間、シャーロットがぴしゃりと言い放った。


「ならあなたは、ジレットが自分に危害を加えるような人間に見えるのですか? 特に何もしていないのに謝ってくる気弱な少女を、恐れるというのですか?」

「それは、違うけど……」

「ならしっかりしなさい。何百年も生きているくせに、中身がほんと小さいです。うじうじしていると、蹴り飛ばしますよ?」

「それはやめて。すごく痛いから」


 ぽりぽりと頬を掻いたセシリアールは、ジレットの前まで歩いてくると頭を下げる。自分と同じくらいの大きさの男性がそんなことをしてくるのを見て、ジレットは慌てた。


「あ、あの、セシリアール様っ?」

「ごめん、別に君の存在が不快だったんじゃなくて……人間そのものがあまり好きじゃないんだ。だから……君をそんなにも傷つけてるなんて、思わなかった。本当にごめん」

「あ……こ、こちらこそ、申し訳ありません! と、とんでもない勘違いをしていたみたいでっ……」


 セシリアールの話を聞いて、ジレットは頬を赤らめた。自分がとんでもない勘違いをしていることに気づいてしまったからだ。

 恥ずかしさのあまり、あわあわしながら涙目になっていると、シャーロットが目頭を押さえる。


「……害を与えるどころか、無害すぎて呆気にとられてしまうのですが……人間たちはいったい、何が気に入らなかったのですかね?」

「……へっ?」


 ジレットが素っ頓狂な声をあげると、いつの間にか顔を上げていたセシリアールが、顔を逸らしながら言う。


「うん、なんだろう。僕が言うのもあれだけど……見た目が小動物すぎて、毒気が抜かれるね」

「……は、え?」

「人間はきっと、こういう生き物が嫌いなんじゃないかなぁ。……僕ら的には、庇護欲を掻き立てられる存在だけどねえ」

「ですね。クロードが見せようとしなかった理由が、ようやく分かった気がします」


 二人が顔を見合わせて頷く姿を見て、ジレットは思った。


(わ、私の話を、しているのよね……?)


 こういうのはなんだが、別人が見えているのではないだろうか。

 思わずそう思ってしまうくらいに、二人の感性はジレットのそれとは大きくずれているようだ。

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