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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第二部 吸血鬼は愛を模索する
33/45

鮮血の過去

 アシルとシャーロットとの話し合いを終え、時間はすぐにすぎていった。外はすっかり暗くなり、空には満天の星が輝いている。


 城のメイドの手を借りて風呂に入り、部屋着に着替えたジレットは、クロードと共同で使う部屋へと向かった。もちろん、露出は少なめだ。


 部屋に明かりは付いているが、探しているヒトはいない。きょろきょろと辺りを見回していたジレットは、不安になりながらクロードを探した。


(どこかへ行ってしまっている……?)


 話をしたいと思っていたので、少し残念だった。

 しょんぼりと肩を落としていたときだ。ジレットは、バルコニーに続く窓から風が入ってきていることに気づく。ふわふわと、薄手のカーテンが揺れていた。


 もしかして。


 カーテンをめくれば、バルコニーにクロードがいた。


(……きれい)


 その後ろ姿を眺めながら、ジレットはそう思った。


 結ばれていない金髪が、風になびいて揺れている。ジレットはぼうっとそれを見つめていた。


(クロード様はいったい、何を眺めているのかしら)


 ただなんとなく、後ろ姿がもの寂しげに見える。綺麗なのに悲しくて、どうしようもなく儚くて。ジレットはそっと、バルコニーに続く窓を押し開けた。


「クロード様」


 そう呼びかければ、クロードはくるりと振り返る。


「……ジレット、どうした?」


 クロードはそう、優しい顔をして聞いてきた。ジレットは少しの間口を閉ざす。


(聞きたい……けれど、聞きにくい)


 切り出し方が難しいな、と思った。そこで彼女はふと、少し前のことを思い出す。


『だからジレット。君のことも教えてくれ』


 夜会に出たあの日。クロードは、そう言ってくれた。


(私が自分のことを話したら、昔クロード様に何があったのか、聞きやすくなるかもしれない)


 そう思ったジレットは、そっと口を開いた。


「クロード様。少し私の昔話に、付き合ってくださいますか?」

「……ああ」


 何かを察してくれたのか、クロードは頷いてくれる。

 そんな視線を見返しながら、ジレットはゆっくりと自分の身の上話をし始める。


「なんとなく察していると思いますが……私は、親に売られて奴隷になったのです。私の両親は……いい親とは、口が裂けても言えない人たちでした」

「……ああ。どんな事情かは分からなかったが……奴隷になる子どもの事情など、だいたいそんなものだろう。だからといって……当たり前とは思わないが」

「はい、ありがとうございます。クロード様に会う前は……ずっとずっと、生きていて何か意味があるのかと、考えていた気がします。ですから、クロード様と出会えて、とても幸せだったのです」


 下ろしたままの髪が、柔らかくなびいていく。まっすぐに見つめ返せば返してくれる相手がいる。それがこんなにも幸せだとは、昔のジレットは思わなかっただろう。


 だからジレットは、心の底から微笑んだ。


「ですから私は……クロード様がどんなことをしていたとしても、気にしません。あなた様のそばにいるのが、一番幸せなのです」

「……ジレット」

「ええっと……クロード様に、過去どんなことがあったのか聞けたらなーと思って、切り出してみたのですが……難しいですね」


 話しているうちに、余計切り出しにくくなってしまった。どうやらジレットに、そういった会話術を活用した話し方はできないらしい。

 笑ってごまかしながら素直に打ち明けると、クロードは申し訳なさそうな顔をした。


「いや……私のほうこそ、すまなかった。話すべきだったのにな」

「……良いのですか?」

「ああ。……ではジレット。私の昔話に、少し付き合ってくれ」

「……はい、喜んで」


 こくりと頷くと、クロードはとつとつと話を始めた。


「四百年前、私は侯爵位を持つ貴族だったんだ。首都よりも少し離れた場所に、領地を与えられていた」



 ***



 四百年前は、今のように制度が整っていなくてな。そのため私は、私の正体を知る使用人を雇っていたんだ。


 そうだな……ジレットくらいの少女だった。家族も同様に事情を知っていて、仕えてくれていたんだ。見返りとして、私の血を与えてね。


 吸血鬼の血には、人間の身体能力を飛躍的にあげる力がある。我らはそれを眷属化と呼んでいるのだが……まぁ、そういうわけだ。


 ただ、別にずっと仕えているわけじゃない。事情を知る者の血が続かなければ、私としても困るからね。

 だから、彼女は嫁に行くはずだったんだ。相手も、私が吸血鬼だということを知っている者たちだったから。


 彼女はよく私に仕えていてくれたし、私も彼女の働きぶりを評価していた。だから、寂しくはあったんだ。

 でも、彼女はとても幸せそうで。私は彼女にいくつかの祝い品を与えて、見送った。


 それなのに。

 それなのに……三日後、彼女は私の目の前で殺されたんだ。


 殺したのは、女吸血鬼だった。昔から何かと絡んできて、私を所有物にしたがる嫌な女だった。行動が行き過ぎていて他の吸血鬼たちからも嫌われていたから、最近は姿を見せなかったのだが……その日、唐突に現れたんだ。彼女を連れて。


 何もすることができないまま、彼女は目の前で殺された。


 彼女だけじゃなく、彼女の婚約者も、婚約者の家族も……そして、彼女の両親も。わたしに関わった人間が、すべて殺されたんだ。


 どうやら殺した理由は、単純。私が彼女に、好意を抱いていると思ったから、だそうだ。


 それ以外を巻き込んだのは、「彼女に関係していたから」だとか。


 ……おかしな話だろう?

 でも、たったそれだけでたやすく命を狩る女だったんだ。


 それ以来、私は人と接するのが怖くなってしまった。私のせいで、誰かが死ぬのが恐ろしくなってしまった。


 だって彼女は……彼女たちは間違いなく、私のせいで死んだのだから。


 あの日見た血の赤と臭いが、妙に生々しくて。食事もろくに喉を通らなくなってしまった。

 血を見てそうなるなんて、吸血鬼としてはなかなかの欠陥品だな。


 それから私は、貴族であることを放棄して、逃げた。逃げて逃げて、できる限りあの日のことを忘れようとしたんだ。


 そして四百年経った。ジレットをメイドにしようと思ったのは、雑務が面倒臭くなったとか、それ以外にもいろんな理由があるが……心のどこかに、もう大丈夫だろうという感情があったのかもしれない。


 いや、違うな……私はもともと、人が好きだったんだ。誰かと関わることが好きだったんだ。好きだったからこそ、恐ろしかった。大切な者たちが目の前で消えてしまうのが、耐えられなかった。


 しかし、あれから四百年だ。蓋をしていたこともあり、記憶はだいぶ薄れていた。代わりに、また人に触れ合いたいという欲が湧いてきたんだ。だから、性懲りもなく同じことをした。


 その最初の一人が、ジレット。君というわけだな。


 君を突き放したのは、また同じことになるかもしれないという恐怖からだ。……今更、何を言っているんだろうな。本当にすまない。


 だが……ジレットのおかげで、すべてが吹っ切れた。遠ざけたところで、意味なんてなかったんだな。

 むしろ、大きな間違いだった。だって夜会に向かわなければ、ジレットはあの男のせいで怪我をしていたかもしれない。最悪、死んでいた。相手はあれでも吸血鬼だからな。


 だから……君のことを守れて、本当に良かった。それだけは言わせて欲しい。


 ……これが、君が気にしている、つまらない昔話のすべてだ。



 ***



 すべて話し終えると、クロードは自嘲した。


「というわけだ。……幻滅したか?」

「いえ……」


 ジレットは首を横に振った。この程度で幻滅するなんていうことはない。

 ただ、なんと言っていいのか分からなかったのだ。


(だってクロード様……とても、おつらそう)


 話していくうちに、だんだんと声のトーンが落ち、感情が削ぎ落とされていくのがジレットには分かった。それを見るだけで、キリキリと胸が痛くなる。

 どうにかしたいと思うのに、でもかける言葉が見つからない。口下手なジレットには、なかなかの難題だったのだ。


 でも、少しでいいからその痛みを分けて欲しいと思う。


 そう思ったジレットは、クロードの片手を自身の両手で包み込んだ。そして、胸元まで持っていきぎゅっと握り締める。吸血鬼だからか、クロードの手は冷たかった。まるで彼の心の温度を表しているようだ。


 だからジレットは、温かくなるようにと手を握る。

 それは、メイドである彼女にできる精いっぱいの接触だった。


「大丈夫です……私は、どこにもいきませんよ」

「っ……、ぁ……ジレッ、ト……」

「ですから……独りで、苦しまないでください」


 瞬間、クロードが顔を歪めた。そして空いているほうの手で、おそるおそるジレットの肩に触れる。

 クロードは、顔を隠すかのように首筋に顔を埋めてきた。


 くすぐったさのあまり、ジレットは一瞬ぴくりと震える。だが寄りかかるように抱き締めてくる姿を見て、ぎゅっと堪えた。


(今変に動いたら……クロード様はきっと、否定されたと思ってしまう)


 せっかく心を開いてくれたのに、そうなってしまうのは嫌だった。

 クロードの手が、ジレットの背中に流れる亜麻髪に触れる。甘えるような指先の動きに、ジレットはぽっと胸に温かい光が灯るのが分かった。


「ジレット……もう、すこしだけ」

「……はい」

「もう少しだけ、このままでいさせてくれ……」

「……はい、もちろん」


 どうやら、ただ抱き締めたかっただけらしい。そのことに、どこかがっかりしている自分がいることに気づき、ジレットは内心苦笑した。


(血を吸ってもらえるかもしれない……なんて、少しだけ思ってたからかしら)


 首筋に頭を埋めたということもあり、ちょっぴり期待していたのだ。しかし、こんなふうに甘えてくることなんてない。それはつまり、クロードがそれほどまでに弱っているということだろう。だからなのか、朝ほど恥ずかしいと感じなかった。


(クロード様の胸の痛みが、和らぎますように)


 そんな願いを込めて、ジレットはクロードの頭を撫でる。

 優しすぎる彼がこれ以上苦しまないようにと、できる限りゆっくりと手を動かした。


 それから二人はしばらく、バルコニーで寄り添い合う。


 満天の星空の下語られた話は、ジレットの胸に深く刻み込まれたのだった。

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