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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第二部 吸血鬼は愛を模索する
31/45

闖入者との出会い

 結局その話し合いで、解決策は浮かばず。一度気分転換をしようということで、お開きになった。


 ジレットはその後、バルコニーに出て風に当たる。初夏間近の風はからりと乾いていて、ジレットの心を少しだけ穏やかにさせてくれた。

 すると、かちゃりと音がした。首に何か下がっているような気がする。

 違和感を覚え胸元を見れば、そこにはネックレスが下がっていた。

 驚きのあまり目を丸くしていると、後ろからクロードが現れる。


「ジレット」

「……クロード様、これは」

「ああ。先日ジレットに渡したネックレスだ。私が持っていた」

「そうだったのですか。なくしたと思っていたので、安心しました」


 ジレットが頬を緩ませると、クロードはほっとした顔をする。


「先ほど言えなくてすまないな。改良をしようと思ったんだ」

「改良、ですか?」

「ああ。先日アシルに攫われただろう? あれが存外悔しくてな……魔術がジレットの身に向けて作動したとき、それを相手に返してやる魔術を組んでおいた」

「そ、そんなものを……ありがとうございます、クロード様。本当に、何から何まで……」

「気にすることはない。私が好きでやっているのだから」

「……はい。ありがとうございます」


 クロードにそう言われ嬉しくなったジレットだったが、同時に虚しさがこみ上げてくる。


(ほんと、どうして私は……クロード様に迷惑をかけてばかりいるのかしら……)


 ジレットが非力な人間だからだろうか。クロードに守られてばかりいる。

 今回なんて、彼に迷惑しかかけていないのだ。


(私だけ、国外に出たら……おさまるかしら……)


 ふと、そんなことを考えてしまう。

 弱気になっていたのもあるのだろう。そんな本音は、ジレットの口からこぼれ落ちた。


「私が……私だけが、国外に出れば」

「……何を言っているんだ、ジレット。それでは意味がないだろう?」

「ですが……です、が……」


 メイドとしてクロードの世話もできない、彼の糧にもなれない。それどころか、こうして多大な苦労をかけてしまっているのだ。不甲斐なさのあまり、落ち込んでしまう。

 そんなジレットを見て、クロードは優しく頭を撫でてくれた。


「何度も言っているが、ジレットだけの問題ではないんだよ」

「……もっと良い断わり方があったのではないかと、反省しています」

「あれは明らかに向こうが悪い。ジレットが気に病むことではないよ」

「……はい」


(こんなふうに落ち込んでいる姿を見たら、クロード様だって困るのに……そうじゃなくても、クロード様は優しいから心配してくれるはずなのに。私はどうして、それに甘えることしかできないのかしら)


 自分の弱さが嫌になった。何も言えなくなる。

 するとクロードは、ジレットと目線を合わせてくるから。


「ジレット。こっちを見なさい」

「……はい」

「ジレット、良いか。今回の件は、ジレットに何も責任はないんだ。真面目な君が落ち込むのは分かるが、そんな顔をしなくて良いんだよ」

「……は、い」

「私が必ずなんとかするから、ジレットは城での生活を満喫しなさい。良いね?」

「はい……」


 ジレットは、薄く笑むとこくりと頷いた。クロードがここまで言うのだから、任せたほうがいいのだろう。彼女は、貴族社会はおろか吸血鬼社会の常識を知らない。変に口出しして余計事態が悪化するのが怖かった。

 だけれど、心のどこかでこんな声がする。


(クロード様の、お役に立ちたい。クロード様のとなりに立っても恥ずかしくないくらい、ちゃんとした存在になりたい)


 そんな気持ちを、ジレットは胸の内側に押し込めた。ぎゅっと、ネックレスを握り締め堪える。


(大丈夫、大丈夫)


 そう何度か言い聞かせていると、クロードが思い出したように口を開いた。


「そうだ、ジレット。昼食を用意してもらったのだが、食べないか? アシルも一緒で良ければ、だが」

「アシル様もご一緒なのですね。はい、大丈夫です。お気遣いありがとうございます」

「そうか。なら、セットされている部屋に行こうか」

「はい!」


 努めて明るく振舞おうと、ジレットは声を張り上げた。すると、クロードがなんとも言えない表情をする。


「……ジレット」

「はい、なんでしょう?」

「……いや、なんでもない」


 なんとなく、クロードの言いたいことは分かった。おそらくだが、「無理をしていないか?」と聞こうとしてくれたのだ。

 その言葉を途中で飲み込んでくれたのは、正直ありがたい。笑って返せる自信がなかったのだ。


(でも、クロード様に迷惑はかけたくない)


 だから、泣き言だけは言いたくなかった。

 そんな思いを抱えたまま、ジレットとクロードは部屋。出る。

 ジレットは、ドレスの裾を翻しながら城の廊下を歩く。クロードは慣れた様子で歩いているため、城の構造を知っているようだった。


(そう言えば、数年暮らしていたって言っていたものね)


 クロードはいったい、どんな生活を送っていたのだろう。気になる。

 気を紛らわせるために、ジレットはクロードに質問してみることにした。


「クロード様。お城で過ごしていた頃があると言っていましたが、どんな感じだったのですか?」

「どんな感じ、か……そう、だな」


 クロードは、歯切れの悪い言い方をする。


「良くも悪くも、吸血鬼らしい生活というか……吸血鬼らしい吸血鬼に絡まれたり、城の色々なところが損傷したり、唐突に戦いをふっかけられたり……」

「……えっと、それ、は……?」

「今思い返してみても、ろくな生活じゃなかったな」


 クロードは、懐かしそうに目を細め言った。その表情がどことなく柔らかくて、ジレットは不思議な気持ちになる。


 するとクロードは、満面の笑みになりながら言った。


「思い出したら、少し殺意が湧いてきたな。憂さ晴らしも兼ねて、アシルを殴りに行くか」

「……えっ!?」

「私が被った迷惑の大半は、あいつのせいで起こったものだからな。それに比べたら、ジレットがかけてきた迷惑なんて可愛いものだよ」

「そ、そうですか!? そんなことはないと思うのですが……!」

「色々と分かっていないようだから言っておくが、あいつは毎朝攻撃魔術で叩き起こされた挙句、『運動がてら、兵士たちと朝練しない!?』と言ってくるアホだぞ?」

「えーっと……」

「比べるだけ無駄だと思わないか?」

「……はい。おっしゃる通りかと……」


 そう言うと、クロードは笑みを浮かべた。


「そういうわけだ。今はとりあえず、昼食を楽しもうか」

「はい!」

「王族は美食家揃いだから、美味しい料理が出ると思うぞ」

「わあ。楽しみですね!」

「ああ、そうだな。私はジレットの料理のほうが好きだが」

「……えっと、あ、ありがとう、ございます……」


 時折入ってくる褒め言葉にドギマギしながら、ジレットはアシルが待つ部屋に向かったのである。

 通された部屋には、大きなテーブルが置かれていた。


「わあ……」


 三人で食べるのがもったいないほどの大きさを持つテーブルだ。そこには食器が置かれている。

 二人が入ってきたことに気づいたアシルは、ひらひらっと手を振った。


「さっきぶり。ほらほら、座って。お腹すいたでしょう? ご飯にしようよ」

「なんで嬉しそうなんだ、お前……」

「なんでって、嬉しいでしょ。普段あんまり大人数で食べないし」

「……そうなのですか?」


 アシルが座る向かい側の席に、クロードと並んで腰掛けていると、アシルが頷く。


「なんだかんだ言って、王族って多忙だから。僕は第三王子だからまだ暇なほうだけど、いろんな事業に手を出したりしてるのもいるから、同じタイミングでご飯食べるとかないんだよ」

「なるほど」

「別に血が繋がっているわけじゃないから、気にしないしね。でも僕は、大人数でわいわいしながら食べるご飯が好きです」

「騒ぎたいだけの間違いじゃないか?」

「ひどくない!?」


 そうやって話していると、後ろからすっと皿が運ばれてくる。前菜のカルパッチョだ。

 サーモンを使ったカルパッチョを見て、ジレットは目を輝かせる。


(盛り付けが綺麗……!)


 カルパッチョは、薔薇に見立てた盛り付けをしていた。とても綺麗だ。

 しかしテーブルマナーが分からないジレットは、フォークとナイフの多さにあわあわしてしまう。


(これ、どれを使えばいいのかしら……)


 そんな混乱が分かったのか。アシルはくすくす笑いながら教えてくれた。


「フォークとナイフは、外側から使っていけばいいんだよ」

「な、なるほど……ありがとうございます」

「いーえ。ま、気にしないで、気兼ねなく食べてよ」


 アシルがそう言い、笑ったときだった。

 ガチャリと、部屋のドアが開いたのである。


「ダメに決まっているじゃありませんか、お兄様」

「……え?」


(お、お兄様……?)


 綺麗な声につられそちらを見れば、そこには一人の女性がいる。

 漆黒の髪は腰辺りまで長く伸び、上部だけをバレッタで留めている。瞳の色は金で、女性にしては切れ長な形をしていた。誰がどう見ても、美女だと答えるであろう女性である。

 何より目を引くのは、そのドレスだった。


(ワインレッドのドレス、すごく綺麗……)


 フリルやレースは抑えめだが、女性に似合う程度に抑えられた品の良いドレスだった。それもあってか、場がパッと華やいで見える。


 ジレットは一人感動していたのだが、クロードとアシルの反応は違っていた。どちらもとても嫌そうな顔をしている。


 アシルは、引き攣った笑みを浮かべたまま言った。


「シャーロット……なんでここにいるの」

「あらあらお兄様。ひどい言い方ですね? 王族たる私がどこにいようが、問題ないと思うのですが」


 そう高飛車に言い放つと、第一王女・シャーロットは、艶やかに微笑んでみせた。

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