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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第二部 吸血鬼は愛を模索する
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記憶と再会と羞恥心

 振り落とされまいとクロードにしがみついていたジレットは、前とは比べものにならない速度で空を駆けていた。その後ろにはアシルがおり、クロード同様コウモリの羽を生やして飛んでいる。くるくると回転をしながら飛ぶアシルを見ていると、すごいなーと思ってしまった。ジレットなら、あんなに回っていたら吐き気がしてくるはずだ。

 ケラケラ笑いながら、アシルは言う。


「いやー楽しいねー!」

「楽しいわけないだろうが! 誰のせいでこんなことになっているのか、分かっているんだろうな!?」

「朝から機嫌悪いね!?」

「朝だからこそ機嫌が悪いんだ。アホか!」


 クロードの叱責が飛ぶ。それを聞いたアシルは、ちろりと舌を出して肩をすくめた。

 しかし背後から迫ってくる影を見つけ、目を細める。


「クロード、来たよ」


 アシルの言葉を聞き、ジレットは閉じていた瞼を開けた。視線の先には、豆粒ほどの黒い点が見える。どんどん大きくなってくるそれを見て、恐怖心が膨れ上がった。


(な、なんでこんなことになってしまったの……!)


 不安のあまりクロードに抱きつけば、彼は優しく頭を撫でてくれる。大丈夫だ、と言ってくれているようだった。

 たったそれだけなのに心が軽くなる。強張っていた体から力が抜けた。

 それを確認したクロードは、アシルに向かって言う。


「分かった。防御魔術なら問題なく使えるから、気にせず暴れてこい」

「お、ほんと?」

「ああ。ただ、私との距離は維持しておけ。前や横から来る可能性も高いからな。離れると、私も交戦しなくてはならなくなる。それは面倒臭い」

「了解了解ー。さーて……久々に、楽しくあばれよっかなあ!!」


 アシルはそう言うと、にやりと笑う。金色の瞳が真紅に染まるのを、ジレットは見た。

 瞬間、アシルの周囲に火の玉がいくつも浮かび上がる。彼はそれを勢い良く、背後に向かって投げつけた。


 大きな爆裂音とともに、灰色の煙が立ちのぼる。


(あんなのに当たったら、死んでしまうんじゃないかしら……)


 あまりにも派手な音を聞き不安になったジレットだったが、そんなことはなかったようだ。煙の中から、無傷の吸血鬼たちが現れた。それを見たアシルは、はあとため息を漏らす。


「いやだねー吸血鬼って。頑丈で」

「お前も同じだろうが……」

「それはそれ、これはこれでしょ」


 こんなときでも軽口を叩き合う二人を見て少し安心するが、それも一瞬だ。今度は向こうが、魔術を当ててきたのである。


「ひゃっ!?」


 透明な壁のようなものに当たり爆発する火の玉を見て、ジレットは悲鳴を上げた。


(怖い、怖すぎるわ……!)


 クロードとアシルならば避けられるはずだし、防御もできるはずだが、ジレットが当たればひとたまりもない。木っ端微塵になってしまう。クロードから振り落とされれば、一貫の終わりである。

 なのに、アシルは不満げだ。


「僕、遊ばれてんのかな?」

「さあな。誘導してきてるような感じはあるが……仲間でもいるのかもな。狩りの要領だ」


 クロードがそう言うと、アシルは唇を尖らせながら肩をすくめる。そうしながらも、彼は魔術による攻撃を続けていた。ちぐはぐな光景に、ジレットの額から汗が流れ落ちる。緊張と恐怖で、喉がカラカラだ。

 そんなジレットを見て何を思ったのか、アシルはにこりと微笑み手を振ってくる。


「大丈夫大丈夫。そんな顔しなくても、こんなことで死なないって。クロードは強いんだよ? それに、あいつらだって手加減してるんだし」

「……え、これで手加減してくれているんですか!?」

「もちろん。この程度なら、遊びと同列かなぁ」

(遊びってどう言うことですか……!!)


 ジレットは、その言葉を飲み込んだ。いや、飲み込まざる得なかったというべきだろう。クロードがいきなり、高度を落としたからだ。

 悲鳴をなんとか噛み殺したジレットは、降り注いでくる光の玉を見て絶句した。


(これが遊び……? 嘘だと言ってください……!!)


 でも確かに、吸血鬼たちの笑い声が聞こえる気がする。人間には理解できない遊びだ。

 その様子を見て、クロードはチッと舌打ちをしている。


「あのバカ、こちらの存在を忘れかけてるな……」


 そう言いつつも、クロードは涼しい顔をして光の玉を防御魔術で跳ね除ける。バチバチと、落雷のような光がすぐ目の前で弾けた。その音に震えるジレットを見て、クロードはそっと手を伸ばしてくる。


「ジレット」

「は、はい……っ」

「少し、寝ていなさい」

「……え」


 目元に手を当てられ、ジレットは困惑する。だけれどそれも一瞬。ジレットの意識は闇に落ちていった――



 ***



「……そっか。私、それで寝てしまったのね……」


 ベッドに腰掛けたジレットは、状況を整理し頷いた。同時に、ぶるっと寒気がする。


(あれで遊びって、いったい……)


 あのまま起きていたら、ジレットはどうなっていただろうか。そう考え、ジレットは軽く想像する。

クロードが魔術をかけなくとも、失神して意識を失っていたかもしれない。それほどまでに派手な交戦だったのだ。

 今までいた場所は本当に平和だったのだな、と言うことを知り、ジレットはしみじみする。


 そう感じた瞬間、お腹が空いてきた。どれくらい時間が経ったかは分からないが、この感じだと半日以上は経っているだろう。体は正直だ。

 だが、外に出て良いものなのだろうかとジレットは躊躇した。何と言っても、ここは城である。外に出たら最後。迷う自信しかない。


 以前城に入ったときはアシルがいたし、彼が道案内をしてくれたのだ。それがない今、この部屋から出ることは得策ではないように思えた。


「……誰か来てくれるかもしれないし、少し待っていようかしら」


 ひらひらのネグリジェをつまみながら、ジレットはそうつぶやいた。着ている服が違うということは、誰かが着替えさせてくれたということだ。メイドや侍女が来てくれる可能性は高いだろう。


「……あ、ネックレス……ネックレスは……っ!?」


 しかしジレットは、途中で気づいた。クロードからもらったネックレスがない。あれがないというだけで、とても不安になってしまった。

 部屋の中を探してみたが、どこにもない。


(お、落ち着いて……部屋にないなら、誰かが持っていてくれてるのかもしれないし……っ)


 何度もそう言い聞かせたが、どうにも落ち着かない。ジレットは、愚策だと分かっていながらも外に出ることを決意した。

 ジレットは足元に置いてあった靴を履き、そっとドアを開ける。ドアの隙間から顔を覗かせれば、空色の瞳と目があった。瞬間、ジレットの心臓が大きく跳ねる。

 そこにいたのは、クロードだった。


「……ジレット? 起きたのか」

「ク、クロード様……!」


 クロードは、ソファに腰掛け紅茶を飲んでいた。

 それを見たジレットは、嬉しさのあまりドアを勢い良く開き、クロードのもとへ駆け寄る。

 驚き目を見開くクロードに、ジレットは勢い良く頭を下げた。


「お、おはようございます、クロード様! そして、えっと……その、あ、そうです! お怪我などはありませんかっ? そして、申し訳ありません、私どうやらネックレスをなくしてしまったみたいで……えっと、そのっ……」

「落ち着け、ジレット。すべて説明するから、とりあえずこっちに座りなさい」


 頭を下げたは良いものの、言いたいことがまとまらない。

 ジレットがあわあわとしていると、クロードがとなりに座るよう促してきた。こくこく頷いたジレットは、柔らかいソファに腰掛ける。

 するとクロードが、自身が着ていた上着を脱いで肩にかけてくれた。


 にこりと微笑んだクロードは言う。


「ジレット。私は別に構わないが、そのような格好で男の前に現れるのはやめなさい。いいね?」

「……え?」


 そう指摘され、ジレットは自身の格好を確認した。


 そう。ネグリジェだ。

 露出が高い上に、薄手の寝間着である。そのため、体の線がきっちりと見えてしまっていた。こんな姿で夫でもない人の前に出るなど、はしたないにもほどがあるだろう。

 しかも今のジレットは、髪すら整えていない。癖のついた亜麻色の髪はボサボサだった。


 どこをどう見ても、主人の前に現れる際の格好としてふさわしいとは言えない。

 ジレットの顔がみるみる赤くなっていった。できることなら悲鳴をあげてしまいたかったが、なんとかこらえる。すぐにでもベッドのある部屋に戻り、引きこもりたかった。


 しかし、これから聞かなければいけない話がある。しかも他に着るものが用意されていなかった今、彼女が取れる行動はさほど多くない。


 クロードにかけてもらった上着に袖を通したジレットは、ぷるぷると震えながらボタンを留める。そして、涙目になりながら深々と頭を下げた。


「見苦しい姿をお見せしてしまい、申し訳ありません……」


 ジレットは、蚊の鳴くような声でそう言う。

 今すぐにでも、土に埋まってしまいたい気分であった。

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