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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第一部 メイドは主人を敬愛する
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番外編③ 吸血鬼国家は、このようにして生まれた

 アシルがクロードと出会ったのは、今から数百年前のことである。


 その頃のふたりは王族や貴族として過ごしていたわけではなく、人間たちに紛れるようにして暮らしていた。

 アシル自身も、国にも政治にも興味を抱かない、ただの吸血鬼であったのである。唯一違う点があるとすれば、それは間違いなく日の下歩く吸血鬼(デイウォーカー)だというところだろう。


 興味があるものといえば、女と新鮮な血液と、美味しい食事。ただこれだけ。楽しければそれで良いと本気で思っていた当時は、頭を使うこともなく奔放に過ごしていた。

 日の下歩く吸血鬼(デイウォーカー)だという点も、彼を自由にさせた理由のひとつである。

 女を抱きながら少しばかりの血をいただき、記憶を消して去る。それが、彼にとっての最高の楽しみ。


 アシルはそれが、自身の人生における最高地点だと、信じて疑わなかった。


 転機が訪れたのは、先代の王が死んでからである。

 次代の王はどうやら愚王であったらしく、民草を搾取し出した。その度合いがあまりにもひどく、吸血鬼界隈でも問題視され始めたのである。

 アシルも一応会議の場に参加していた。クロードに出会ったのは、そんな会議が行われていた一室である。


 やれ、人間の血の味が低下するだの、給料が減るだの、別の土地に乗り換えるだの。

 毎度出てくる自己中心的な話に辟易していたアシルは、その中でひとりの青年を見つけた。


 青年は、壁際にもたれかかりつまらなそうにどこかを見ていた。

 空の色を吸い込ませたような瞳に、無造作に伸びた金色の髪。まるでどこかの王子のようだ。アシルは一目見て「この男のほうが、日の下が似合うな」と本気で思ったものである。

 しかしそれほどまでに、クロードは日の匂いがする吸血鬼であったのだ。


 興味深い吸血鬼と、一向に進展しない話。どちらに比重をかけるかなど、言うまでもない。前者だ。アシルは吸血鬼らしい思考で、自分のやりたいことを優先させた。


 口論している面子は周りになど目も向けていないし、飽きている面々もポーカーやチェスなどの遊戯に興じている。端のほうで話していても、誰も気に留めないだろう。そう言った確信があったアシルは、するするとクロードのもとに近づいた。


「ねえ、君」

「……なんだ」

「名前、なんていうの?」


 瞬間、クロードの額に大きなしわが寄る。それが何を意味するかを悟り、アシルは満面の笑みを浮かべた。


「ごめんごめん。名前を聞くならこっちから言うのが礼儀だよね。僕はアシル。日の下歩く吸血鬼(デイウォーカー)さ」

「……クロードだ。まぁわたしは、お前のような珍種とは違うごくごく一般的な吸血鬼だがな」


 こちらを皮肉ったような口調に、アシルは久方ぶりにテンションを上げる。このような扱いを受けることは滅多にないため、楽しくなってきてしまったのだ。たいていの吸血鬼は日の下歩く吸血鬼(デイウォーカー)と言うと、羨ましげな目を向けてくる。そのまとわりつくような視線が嫌いで、アシルは同胞をなんとなく避けていた。


 されどクロードは違った。こんなやつが日の下歩く吸血鬼(デイウォーカー)なのかと、そういう顔をしたのである。足元に落ちているゴミでも見るような目であった。


 これは良い。そう思い、アシルは笑う。愉快なことが大好きな彼は、クロードという新たなおもちゃを見つけてしまったのである。


「君はどこに住んでるの? あ、仕事は何?」

「……少し外れにある町だ。薬屋として生計を立てている」

「へえ。ちゃらんぽらんな僕と違って、ちゃんとしてるんだね〜」


 かくいうアシルは特に職にはつかず、女たちの部屋を転々としその日の生活をつなぐという、ダメ男の典型例を見事に描く生活をしていた。

 眉をさらに寄せていくクロードに、アシルはケラケラと笑う。


「ところで君は、どうしてここに?」

「……吸血鬼たちの会合があると聞き、参加しておこうと思っただけだ」

「そっか。でも君みたいなのが参加しようと思うなんて、どういう風の吹き回し?」

「……別に、なんてことはない。わたしはただ、平和に暮らしたいだけだ」


 クロードの態度に、アシルはふーんと鼻を鳴らす。奔放なアシルとは似ても似つかない、堅実な生き方をする吸血鬼だ。そして吸血鬼というのはどちらかというとアシル寄りのタイプが多いため、クロードのような吸血鬼は珍しい部類に入るのである。

 クロードは面倒臭そうに髪の毛をかき混ぜた。


「もし平和に暮らせないというのであれば、それ相応の実力行使には望みたいと思っている。しかしこの会合でそれを話しても、実にはならなそうだ」

「……実力行使? へえ、どんなの?」


 堅実かつ謙虚。そして平和主義。そんな、珍種を地でいくクロードが、実力行使などという物騒な言葉を吐いたことに、アシルは関心を抱いた。何をする気だろうかと、本気で思ったのである。

 するとクロードは面倒臭そうな顔をしながらも、渋々口を開いた。


「人間というものは実に愚かなのだ。何度だって同じことを繰り返す。その度に振り回される民は不憫だ。ならば我ら吸血鬼が国の中枢機関を担えば、無駄な争うは起きずに済むはずだ。我らは、記憶を保持したまま生き続けるのだから」


  クロードはそこまで言い切ってから、失敗したと言わんばかりに顔を歪めた。どうやら、アシルに煽られ饒舌になってしまったようだ。言わなくても良いことまで話してしまったと言わんばかりに、彼は舌打ちをする。


 されどそれを聞いたアシルは、雷を撃たれたかのような衝撃にやられ、身動きを取れずにいた。


 吸血鬼が、人間たちを占拠する。


 その言葉はとても愉快でユニークだ。なるほど。確かにクロードの言葉は、とても理に適っている。

 アシルは神妙な顔をして問いかけた。


「ねえ、アシル。もし僕たちが王族や貴族として治世を始めたら、何ができるかな」

「何がと言われても……この国は王政だ。王や貴族が行き過ぎない、また国や民にとって必要な政策を取れば、多くの人々が幸せに生きられるのではないか?」

「……もし僕が「料理がまずいから料理の探求をしたい」って言ったら、この国は美味しいもので溢れるかな?」

「……は?」


 クロードは、アシルの真剣な眼差しに押された。そして斜め上辺りを見つつ、推測する。


「いや、まぁ……あるのではないか? 国の食事の質というのは、基本的に王族や貴族たちが高めてから、市井に広がるらしい。それだけ影響力が高いのが、王族や貴族だろう」

「そっか……」


 アシルはうんうんと頷いた。そしてクロードを置き去りにすると、中央のテーブルを囲んで口論を続ける面子の元へと歩いていく。

 そして彼はテーブルを大きく叩いてから、声を張り上げた。


吸血鬼たち(僕ら)が王族や貴族として、人間たちを導くことにしようよ!!」


 それを聞いた吸血鬼たちは、一瞬ポカーンと口を開いてから。

 すぐに破顔し、賛同を表明した。


 アシルはポカーンとしたままのクロードに向かって拳を握り締め、アイコンタクトを送る。


 吸血鬼の原動力というものを、舐めてはいけない。楽しそうだと思えば話参加する人もいるし、飽きたら途中で放り出してしまうのが吸血鬼だ。

 自己中心的かつ、悦楽至上主義。ここまでくれば、なぜ盛り上がったのかくらいは理解できよう。


 つまり、だ。吸血鬼たちは、楽しそうだと感じたゆえに国取りに手を出そうとしているのだ。なんのためらいもなくそれを行おうとしているから、タチが悪い。

 しかし彼らを止められる者などここにはおらず、当のクロードは発案者ゆえに口出しできない。むしろ積極的に介入させられてしまった。本人は不本意そうな顔をしていたが、アシルが全力で巻き込んだのである。


 こうして吸血鬼たちは、国を支配するために行動に出たのであった――












 そんな、吸血鬼たちによる悦楽至上主義がこの国の今を作っているとは。

 甚だおかしな話である。


 されど四百年以上経つ今もなお、そのお遊びが続いているというのだから、国作りというものは奥が深いものだと、アシルはそう思っていた。飽きがこないどころか、もっともっと良い環境にしなくてはと、そう考えてしまう。


 まず、改善点が何かと見つかるためそれを修正するために行動に移す。

 しかしそれを行うと、またどこかに穴が生まれるのだ。


 穴は、埋めても埋めても埋まらない。むしろ増えていく一方である。

 だがそれは、吸血鬼たちにとって絶好の暇つぶしになったのである。

 まさかこの国の安定した当地が、王族や貴族たちの暇つぶしからきていると民たちが知れば、理解できずに倒れてしまうことだろう。


 しかしアシルとしては、着実に進んでいる食文化の好転に、諸手を挙げて喜びたい気持ちだった。


「あー! 美味しいものばっかりで、ほんともう最高!!」


 美味しい血を生み出すためには、美味しい食事が不可欠なのだ。

 クロードがそれを聞いていれば「これが馬鹿か……馬鹿が突き詰めると、何が起きるか分からなくて恐ろしいな……」などとのたまうことだろう。


 しかしアシルはなんだかんだ言って、今の生活が気に入っていた。


 美味しい食事に綺麗な女たち、その上新鮮で安全な血が、より取り見取りで飲み放題。まさに天国である。


 発案してくれたクロードと、アシルの言葉に全力で乗ってくれたノリの良い吸血鬼たちに、拍手を送りたい。


 そんなことを思いながら、アシルは今日もぶらぶらと街の中を歩き回る。


 安心で安全な国が、そんな理由から出来上がったことなどつゆ知らず。街は人で溢れ返り、賑わいを見せていた――

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