番外編① 少女は友人の可愛さについて語る
エマには最近、とても美人な友人ができた。
ジレットである。
美人な上に中身まで天使な友人のことが、エマは大好きだった。
ゆえに最近口にする出来事の中心には、必ずと言っていいほどジレットがいる。
そんな彼女が晴れやかな表情を浮かべて出て行った後、エマは毎日そわそわして過ごしていた。
ジレット、大丈夫かな……うまくいったのかな。
決意を決めてエマのもとを去ったジレットだったが、あれから連絡がない。ここに来ることもなかった。それがひどくもどかしく、つらい。
そんな状態のまま店番をしていると、弟のレオに胡乱げな眼差しを向けられた。
「姉ちゃん、鬱陶しい」
「どこがよ」
「まとってる空気が重たい。気持ち悪い」
「実の姉に向かって毒を吐くのはどの口だ、ああ?」
そうは言ったものの、かなり重たい空気を身にまとっていることは自覚している。エマはため息を吐き出すと同時に、頬杖をついた。この時間はお客が少ないため、レオと話していても問題ない。
弟のレオは、エマと同じ色の髪をした地味な少年だ。顔立ちはどちらかというと可愛らしい部類に入る。
エマと同様に友人は多くコミュニケーション能力は高いが、これといってパッとしない。ただ、女装させたらなかなかいい線いくと、エマは思っている。レオは断固として拒否するが。
性格はひねくれているが、優しい。ゆえにエマは、レオのことを大切に思っていた。
レオはどうやら、陰気な空気をまとう姉を心配して声をかけたらしい。相変わらずだなーと思いながら、エマは気晴らしに話をすることにした。
「で、何に悩んでんの」
「何って、ジレットよジレット。あの天使についてだよ」
「……姉ちゃん、ジレットさんのこと好きだな」
「はあ? あんな天使、滅多にいないのよ!? この髪紐だって作ってくれたんだし!」
エマは、自身の髪を彩る髪紐を弟に見せつけた。すると彼は呆れた顔をする。
「オレはあんまり話したことないからわかんないけどさ。そんなに天使なのかよ」
「あったりまえでしょう!?」
レオの言葉によって触発されたエマは、ジレットの可愛さについて語り始めた。
「まずあの見た目! すっごく綺麗でしょう? さすがのレオだって、それくらいは分かるでしょうっ?」
「なんだよ押し付けてくんなよ……いや、そこは分かるけど」
「でしょう!?」
エマは手始めに、ジレットの見た目について熱くなる。
いやだって、すごく綺麗だし!
エマは、ジレットの姿を思い出していた。
緩やかに波打つ亜麻色の髪からはほのかに甘い香りがし、彼女が少し動くたびに香る。紫水晶の瞳は、職人が美しくなるように加工した宝石のように爛々と輝いていた。
肌は健康的な色をしているが、どちらかというと白い。色白すぎても人間味がないが、ジレットはしっかりと血の通った色をしていた。
何よりキュンとくるのは、その手である。
「レオ、ジレットので見たことある? 触ったことあるっ?」
「いや、あるわけないだろ!?」
「見たら分かる! ジレットの手、努力した手だから!」
「……はぁ?」
レオは、「何言ってんだこいつ」とでも言いたげな瞳を向けてきた。
されどエマはそれを気にせず、拳を握り締めて語る。
「見た目だけならどこぞの貴族令嬢って見た目なのに、手だけはすごく庶民的なの! そしてそれをできる限りケアしようとしてるの! 美しくあろうとしてるんだよ!? その努力が美しすぎて、もうダメだよね! 泣いちゃう!」
「そこ!?」
「はあ、このよさがどうして分からない!! その健気な面がすっごく可愛いんでしょうが!」
エマはレオに向かってこいつ何も分かってないな、と思った。どうせ顔だけを見ているのだろう。なんの苦労も知らずに気楽なものだ。
「綺麗になりたい、可愛くなりたいって思ってる女の子は、すごく可愛いの。特にジレットの場合は、それを好きな相手のためにやっているところが、すごく一途で可愛い。その人のために思い悩んでるところを見ると、すっごく応援したくなるよ」
エマはそのとき、あの日のジレットを思い出した。
悲しそうな顔を、泣きそうな顔をしながらも、ジレットは離さないとそう告げた。その瞳がとても真っ直ぐだったことを、エマは昨日のことのように思い出せる。
ああ、いいなー。あたしも、あんな風に誰かを想ってみたい。
そう思う。しかし残念なことに、そんな相手はいない。これから見つかればいいのだけど。
エマがそんな風に思考を飛ばしていると、レオががたりと椅子を蹴る。
驚いたエマが顔を上げれば、レオが青ざめた顔をしていた。
「……え? ジ、ジレットさん、恋人でもいるのか……?」
「うーん。恋人じゃないけど、四六時中思ってる人はいると思うけど」
その段階で、エマは悟る。そしてこらえきれず、にやにやした。
「えーなーにー? もしかしてレオ、ジレットのこと」
「ああああああ!! 言うな言うな! やめて!!」
「うるさいって。響く。あ、いらっしゃいませー」
そこでちりんちりんと、来客を告げる鈴が鳴った。
ふたりは先ほどよりも声を抑えめにして、会話を続ける。
「どちらにしても、強敵がいるから勝機はないかもよ? それでもいいならとりあえず、話すところから始めてみたら?」
「それができたら苦労してないからな……!」
「なにそれ。ヘタレすぎ。諦めるなら行動してからにしてよ。情けない」
「じゃあ手伝ってくれたらいいだろ……!」
「やだ。ジレットには素敵な相手がいるみたいだから、絶対にやだ」
「姉とは思えない所業……!」
うるさい。
エマはそう最後に言い残し、ぷいっとそっぽを向いた。レオが何やら不満げな声をあげていたが、人も増えてきたので静かに後ろに下がる。
エマはそれを無言で見送りながら、目を閉じた。
……うん。ジレットならきっと、大丈夫。
なんだかんだ言って芯の強い少女だ。今回の困難も乗り切るだろう。
エマは勢い良く立ち上がり、ぐっと顔を上げる。
ジレットだって心配するし、あたしがいつまでも陰気な空気まとってたらダメだよね!
そう心中で喝を入れたエマは、商品を持って来たお客に向けて笑顔を浮かべた。
「いらっしゃいませ!」
次にジレットが来店するその日まで。
エマは元気良く毎日を過ごす。
そして様々なことを聞くのだ。それはきっととても楽しい。
そんな日を夢見て、エマは今日も仕事をする。




