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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第一部 メイドは主人を敬愛する
23/45

そしてまた始まる一日

 そしてまた、メイドの一日が始まる。


 ジレットは、春先よりも日が出るのが早くなったことを肌で感じながら、庭の手入れをしていた。


 薔薇がみずみずしく咲いている。朝露が乗ったそれは、朝日を浴びてキラキラしていた。


「今日の夜はまた、クロード様とお茶会を開かなくては」


 そこでジレットは「アシル様も呼んだら、もっと楽しいかしら?」と首をかしげた。


「アシル様はクロード様の友人であられるし……」

「うんうん。そうなんだよ。クロードは絶対に認めないけどね!」

「そうなんですか……って、ええ!?」


 しかしすぐそばにアシルがいることに気づき、ジレットはすっときょんな声を上げた。

 一方のアシルはというと、朝から爽やかな笑顔を浮かべている。吸血鬼に似合わない陽光が、背後から差していた。


「おはよう、ジレットちゃん! 早起きだね〜」

「お、おはようございます、アシル様……アシル様こそ、お早いのですね?」

「あはは。僕たちは別に、毎日寝なくちゃいけないわけじゃないからね」


 そういう問題では、ないのだけれど。


 そう心の中で思ったが、口には出さないでおく。

 そのためジレットは、曖昧な笑みを浮かべた。


「クロード様にご用ですか?」

「まあ、そんなところ。あと、ジレットちゃんとクロードが上手くいったかどうかってことを聞きたくって、ね?」


 アシルが楽しそうに笑うのを見て、ジレットは首をかしげる。


(ど、どういうことかしら……)


 仲直りをしたという点のことを言ったのであれば、見事仲直りをした。これからもずっと、メイドとして働いていくことも決まった。

 しかしアシルの口ぶりからすると、そう言いたいわけではないようだ。


 ジレットが困惑したまま俯いていると、気だるげな声が空から降ってきた。


「……お前はなんなんだ。暇人なのか?」

「……く、クロード様!?」


 上を見れば、なんとそこにはクロードがいた。彼は窓から顔を覗かせ、眉をひそめている。顔を手で隠してはいるものの、陽光に対する嫌悪感はなくならないようだった。

 それを見たジレットは、以前言われたことを思い出す。


(た、確か一般的な吸血鬼は、陽光に当たると魔力が落ちるのよね……?)


 さぁ、と血の気が引いていく。

 ジレットは壊れた人形のように首を横に振った。


「く、クロード様! お願い致します窓を閉めてくださいませ……!

 一階はすぐに片付けますので、そのあとにいらしてください!!」

「やだなぁ、ジレットちゃん。そんなに焦らなくてもいいんだよ? 苦手なだけで、別に死ぬわけじゃないんだから」

「そ、そういう問題ではありません!!」


 ジレットは涙目になりながら、庭仕事を放棄し一階の窓を閉めに走った。その後ろ姿を追って、アシルが屋敷に入ってくる。しかしそんなことを気にかける暇すらなかった。


 全ての窓とカーテンを閉め終わり、ジレットはクロードを呼ぶ。彼は苦笑しながら下の階に降りてきた。


「すまない、ジレット」

「い、いえ……むしろ、わたしの寿命が縮みます」


 そう言うと、クロードは真顔になった。


「それは困るな」

「えっ」

「ジレットは、わたしのメイドなのだろう? ならば長生きしてもらわなくては」

「そ、そうですね……が、頑張りますっ」

「……君たち、僕がいること忘れてないよね?」


 その一連のやりとりを見ていたアシルが、ため息を漏らした。

 ジレットは慌てて首を横に振る。


「わ、忘れてなど!!」

「いや、まあ良いけどさ。こんな時間に来た僕も悪いしね」

「まったくだ。この非常識が」

「朝から当たりが強い! 機嫌悪すぎでしょクロード!」

「朝からお前の顔を見るわたしの身にもなれ」

「ひどすぎる……!」


 クロードとアシルによる口論に朝から和んだジレットは、お茶の準備を始めた。ついでに朝食はどうかと問えば、アシルは「ジレットちゃんの手料理!

 食べたい!」と騒ぎ出す。それに対しクロードは「作らないで良いぞ」と真顔で言っていた。


(本当に仲が良いのね)


 ジレットはこのやりとりを眺め、微笑む。そして朝食の支度を始めた。

 野菜とハーブを取りに外へ行き、戻ってくる。そしてまた水を汲みに井戸へ行った。

 彼女がせっせと働いている間、ふたりはリビングのテーブルに座っている。再び戻ってきたとき、ふたりは何やら話をしていた。


「ところで、どうなの」

「何がだ」

「進展したのかどうかだよ!」

「彼女のほうが自覚していないから、していないんだろうな」

「ええ!?」


 なんの話だろうか。

 そう疑問を浮かべながらも、ジレットは野菜を洗い刻んでから、スープを作る。

 ジレットが戻ってきてからも、ふたりの会話は続いていた。


「クロードもクロードだよ! もっと押せ押せで行けよこの僕がお膳立てしたんだから!!」

「何を言っているだお前」

「えー」

「まだまだ時間はあるのだし、気長に落としていくのも楽しいだろう?」

「……ごめん。なんか色々とごめん。僕君のこと誤解してた。僕が考えていたより、かなりたち悪かったよ。ニュアンスから漂うこの怪しさ。びっくりした。ほんとごめん」

「謝るな気持ちが悪い」

「ひどくない!?」


 ジレットはスープを煮込みながら、首をかしげた。


(落とすとか、たちが悪いとか。どういうお話をしているのかしら……?)


 ジレットにはさっぱり分からない。分からないが、なんだか楽しそうなので良いことにした。

 それに、クロード以外と食事を共にすることは初めてであった。両親とすらない。

 ゆえにジレットは今とても、ワクワクしていた。


(美味しい料理を作らなきゃ!)


 そしてジレットは、腕によりをかけた料理を出した。

 たっぷり野菜のスープと、ふわふわとろとろのオムレツだ。


 するとアシルは感動する。


「おお……食事ってあんまり好んで食べないけど、これは美味しそう」

「……そうなんですか?」

「うん。吸血鬼だから、やっぱり主食は血だよ。いやでも、僕以外の王族は食べるの好きだなーだから無駄に食事法が発展しちゃって……」

「吸血鬼には意外と、美食家が多いからな。仕方ない」


 へえ、とジレットは頷く。吸血鬼がこんなところでも絡んできているとは、驚きである。

 アシルはジレットの作ったオムレツを口に含むと、幸せそうに頬を緩める。


「うわ、なんだこれ。すごく美味しい。僕これから毎日ここでご飯食べようかな。いやいっそのこと、ここで暮らそうかなっ!」

「本気で言っているのであれば、今すぐ外に放り出す」

「怖い。怖いよ。冗談だよ」


 ジレットはそれに思わず笑った。

 普段の食卓にはない、笑い声が響く。それが意外と心地よくて、不思議だった。


 クロードはジレットの作った朝食を綺麗に平らげると、アシルを半眼で見た。


「で。今日はなんの用だ。こんな朝早くに押しかけたのだから、それ相応の理由なのだろう?」

「あ、うん。そうなんだよ」


 アシルはフォークをテーブルに置くと、背筋をピンッと伸ばして真面目な顔になる。

 彼が真面目な顔になると、なぜだかとても違和感を感じた。一国の王子に対して失礼なのは分かるが、普段のおちゃらけた態度を見ているとどうにも気になるのである。


(見目麗しいしお優しい方なのに、なんていうかこう……残念だわ)


 そんなジレットの心情などつゆ知らず。アシルは口を開く。


「君たちさ……しばらく、うちの城に住まない?」

「……は?」


 されどアシルの口から発せられたのは、思いもよらないことで。

 クロードが嫌な顔をする。

 するとアシルが、勢い良く頭をさげた。


「というか、お願い、お願いします!! 城に住んでください! じゃないと、いろんな意味でまずいんだ!!」

「ええっと……?」


 ジレットとクロードは顔を見合わせ、首をかしげる。

 されど続いてアシルから放たれた言葉に、ふたりはそろって瞠目するしかなかった。








 いつも通り始まるかと思った朝。

 それはこのような形で、ゆっくりと崩れていく。

 それをきっかけに様々な波乱に巻き込まれることを、このときのジレットには想像もできなかった――

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