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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第一部 メイドは主人を敬愛する
21/45

縮まる距離

 ジレットとクロードが通されたのは、先ほどの客間とは違いもう少し落ち着いた部屋だった。


 照明も派手ではなく、調度品の質も先ほどよりは落ちる。しかし質が悪いというわけではなく、普通よりは明らかに上等だ。どことなく、洗練された美を感じる。


(なんていうのかしら。こう、クロード様の屋敷を彷彿とさせるわ……)


 ジレットがそんなことを思っていると、クロードが苦虫を噛み潰したような顔をする。


「この部屋、まさか……」

「うん、そう。クロードが数十年前まで使ってた部屋だよ。前はクロード、うちに居候してたからさー。ちゃんと保管しておいたんだから、もっと褒めて!」

「誰が褒めるかとっとと変えろ」

「ひどい!」


 アシルとのやり取りにひっそりと笑いながら、ジレットはひとり納得していた。


(クロード様が暮らしていた場所なのね)


 それならば、既視感を抱いた理由も説明がつく。

 ジレットはクロードの隣りに腰掛け、アシルはその向かい側に座った。

 するとアシルは、先程までとは違いひどく真面目な顔をする。


「さて、と。こうして、静かなところに来たわけだけど。――まず、ジレットちゃん。本当にごめん。君を振り回してしまったね」

「え……」


 そしてアシルは、頭を下げて謝った。

 ジレットは驚きのあまり、あんぐりと口を開けてしまう。

 するとアシルは苦笑した。


「あの男がジレットちゃんに絡んだ件は本当に、予想外の出来事だったんだ。そのせいで君を怯えさせてしまった。同類として恥ずかしいよ、本当に」

「い、いえ……大丈夫です。気にしないでください」


 そう言いながらも、ジレットは掴まれた手首をさする。あのときの感触が生々しく蘇ったのだ。

 それに目ざとく気づいたクロードは、ジレットの手をそっと握ってくれた。

 それだけなのに心がゆっくりと落ち着いていくのだから、不思議なものだ。


 クロードはジレットの手を握ったまま、怪訝な顔を浮かべた。


「わたしが来なかったら、どうするつもりだったんだお前は」

「もっちろん僕が止めたよ? 夜会は楽しむ場であって、女漁りをする場でも血を吸う場でもないし。僕、ああいうタイプの吸血鬼とは嗜好が合わないからさ。それに、クロードはくるって思ってたし」

「なんだその信頼は」

「ええーあったりまえじゃんー」


 アシルはそんな風に茶化しながらも「あの男は向こう何年か地方に飛ばすことにしたから、ジレットちゃんが今後出会うことはないよ」と笑った。それを聞き、ジレットは色々な意味で不安になる。


(何かしら、この……不穏な感じは)


 が、相手は正真正銘王族である。その権力は絶大だ。ジレットはおとなしく、口をつぐんだ。

 アシルはケラケラと笑いながら告げる。


「さーて。ここからが本題。クロード、ジレットちゃんにちゃんと、僕らのことを教えてあげてよ」

「……それだけのために呼んだのかお前は」

「もっちろん。僕たち王族の行動に、尊大な意味があると思ったら大間違いだよ!」

「最悪だな」

「最高の間違いでしょー?」


 クロードとアシル。双方による、テンポの良い会話は続いていく。

 ジレットはそれを見てひっそりと思った。


(やっぱり、息がぴったり。長年の友人って感じだわ)


 クロードからすれば、不本意極まりない評価である。

 しかし思ってしまったのだから仕方がない。


(アシル様と話しているクロード様って、わたしと一緒にいるときとは違う顔をするのね)


 その変化が楽しく、ジレットは聞き手に回っていた。

 一方のクロードは、アシルからの追及に耐えかねてはあ、とため息を漏らす。そしてジレットを見た。


「……ジレット。君は、わたしたちについて知りたいか?」

「はい、知りたいです。クロード様のことなら、どんなことだって」

「……そう、か……」


 アシルが楽しそうににまにまし始めた。クロードはそれを視線のみで黙らせ、再びため息を吐く。


「……わたしたち吸血鬼は古くから、この国を支えてきた種族だ。ゆえに貴族や魔術師と呼ばれる者の大半が吸血鬼。貴族の人間はむしろ少ない」

「そうだね〜。で、僕ら王族はそんな吸血鬼の中でも日の下歩く吸血鬼(デイウォーカー)って呼ばれている、日の下を歩ける特殊な吸血鬼ってわけ」

「話したと思うが、吸血鬼は闇の生き物なんだ。ゆえに日の下では魔力が落ちる。だが憎たらしいことに、このアホはそれがない。だから王族なんてご大層な位置にいるんだ」


 クロードが、アシルに向けて胡乱な眼差しを向ける。それを受けたアシルは、満面の笑みを浮かべていた。表情だけで「僕、すごいでしょう?」という声が聞こえるようである。

 ジレットはくすくすと笑いながら頷いた。


「はい、お聞きしました。……アシル様って、本当にすごい方だったんですね」

「……んんっ? その評価、ちょっとひどくない!? なに、なんなの、クロードに似過ぎだよジレットちゃん!!」

「え? いやだって、その、途中まで王族かどうかも、半信半疑でしたから……」

「ひどい! 数十年前まで、国王だってやってたのに!!」

「えっ」


 アシルの口からこぼれる衝撃的な真実に、ジレットは目を見開く。

 それにクロードは、呆れた顔を浮かべる。


「ジレット。吸血鬼は不老不死なんだ。そして見た目を簡単に変えられる。王族というのはその特性を利用し、同じ者たちが統治をしているんだ。こいつは確かに態度や趣向はあれだが、かなり優秀な王族だぞ」

「そうなんですね。失礼しましたアシル様」

「ジレットちゃんって、クロードが絡むと態度一変するね……そしてクロードが珍しく褒めてくれた。やばい嬉しい!」


 アシルが楽しそうにはしゃぐのを、クロードは半眼で眺めている。敬う気はさらさらないようだ。

 それに対しアシルが抗議の声をあげる。


「ちょっとなにさー。この国のルールを決めたのも、それを吸血鬼たちに納得してもらえるように説得したのも、僕らだよ? それがなかったら四百年前と変わらず、人間を家畜としてしか見ない吸血鬼ばかりだったんだから、もうちょっと敬っても良いと思うんだけど?」

「はいはい分かった、うるさい」

「なげやり!」


 ジレットはそれらのやり取りと今までのやり取りを見て、吸血鬼に対する認識をあらためた。


(吸血鬼という存在は、この国の根っこなのね)


 吸血鬼がいたからこそ、この国はここまで発展してきたのだろう。そして彼らは未だひっそりと、しかし確かに国を支えている。


 ジレットはそこへ来てようやく、自分の考えの浅はかさに気づいた。このままクロードと再び生活を始めても、前進することはなかったであろう。


(アシル様がこういう場を作ってくださったのは、このためなのかしら?)


 なんでも分かっているようで、何を考えているのか分からない。アシルはそんな吸血鬼である。

 しかし彼がとても優しい吸血鬼だということは分かった。

 ジレットは思わずぽろりとこぼしてしまう。


「アシル様は、人間思いの素敵な方なのですね。王族としての誇りを、しっかりと持っている方なのだと。そう感じました」


 思ったことを何気なく言っただけだったのだが。

 アシルはジレットの言葉に、ひどく反応した。


 焦っているのか、あわあわとしている。確実に動揺していた。顔が少し赤いのが見て取れる。


 するとクロードがひっそりと笑う。


「お前、取り乱し過ぎだろう」

「い、いや、だってさ……っ! もうやだこの子すごいね!? クロードがそばにおこうと決めた理由も分かるってもんだよ!!」


 最後のほうは投げやり気味になりながら、アシルは言う。

 そんな様子を見てジレットは「悪いことをしてしまったかしら……」と不安になった。そんな彼女の頭を、クロードは撫でる。そして「事実を言っただけなのだから、気にするな」と言ってくれた。ジレットの心が軽くなる。


 しかしそのやり取りで、アシルは調子が狂ってしまったらしい。

 彼はああだこうだ言いながら、頭を抱えていた。


「ああ、僕としたことが……こんなにダメージ負うとか、想定してなかった……」

「もう面倒臭いから、帰っていいか?」

「友人に対する態度じゃない!!」

「このままここにいたとしても、お前が回復しないだろう」

「くっ……! じゃあまた今度ね! クロードはそういう説明が雑だから、すごく不安!」

「お前本当に面倒臭いやつだな」


 そんなやり取りを終え、ジレットとクロードは帰路に着くことになった。


 ドレスはそのままである。アシルが「絶対に着て帰って!」と熱弁したのもあるが、ジレット自身も少しでも長く、今の気持ちを味わっていたかったからのである。

 ここに来る前に持っていた荷物は、帰る際にすべて返してもらった。


 ジレットはクロードに横抱きにされながら、空を飛ぶ。

 クロードの背中からこうもりのような羽根が生えたのを見つめながら、ジレットは心地良い風に吹かれる。そしてぽつりとこぼした。


「今日少しだけ、クロード様に近づけた気がしました」

「……それは、先ほどの話を聞いてか?」

「はい。わたしの中で吸血鬼というのは、クロード様だけだったのです。ですからなんだか、とても遠い存在だと思っていました。こんなにも近くにいたのに」


 ジレットは目を細め、袋を抱き締めた。

 するとクロードは、少し考えるそぶりを見せる。


「そうか。……これからは、もう少し話すようにする」

「はい」

「だからジレット。君のことも教えてくれ」

「……わたし、ですか?」


 しかしクロードの口から出てきたのは、予想もしていない言葉だった。

 ジレットはたじろぐ。

 するとクロードは、悪戯っぽく笑った。


「わたしのことが知りたいのだろう? ならばわたしが君のことを知りたいと思うことは別に、間違っていないはずだ」

「そ、そう、ですが……」


 ジレットは困惑した。されどクロードからそこまで言われてしまったのであれば、断る理由が見つからない。

 彼女はこくりと頷く。


「わかり、ました。あまり、面白くないと思いますが……」

「そんなものだろう」


 クロードはそんな風に言ってくれる。ジレットはそれを聞き、ホッとした。自分の過去はあまり、綺麗なものではなかったからである。


 だが、クロードがジレットに対して興味を持ってくれたことは、とても嬉しかった。

 そんな気持ちを抱えたまま、ふたりは街の外れにある森にへと帰っていく。


 ジレットは再度、袋を抱き締めた。

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