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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第一部 メイドは主人を敬愛する
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メイドの一日②

 朝使った食器を洗い終えると、ジレットは二階へ行く。そして一階のときと同様に、空気の入れ替えをするのだ。


 ついでに洗濯物も抱え、外に置いておいたカゴにまとめておく。それを抱えて井戸の近くにいき、水を汲んでごしごしと洗うのだ。

 このとき、クロードが作ってくれた薬を水で薄め汚れ物をつけると、汚れがとてもよく落ちる。ジネットはそれを、今日もありがたく使わせてもらっていた。


 洗い物が干し終われば、掃除である。ハタキやホウキ、モップを駆使し、くまなく清掃する。

 そしてベッドのシーツを整え、クロードが寝やすい環境を作るのだ。


 終われば庭と畑の整備である。

 庭の薔薇は可哀想だが摘蕾てきらいをし、花が綺麗に咲くようにする。葉についていた虫も出来るだけ取り、食われないようにした。

 薔薇に水をかけてやれば、朝日を浴びてキラキラと輝く。

 日差しの下咲く薔薇も綺麗だが、クロードがそれを見ることはない。それが少し残念で、ジレットは肩を落とす。しかし、と頭を振り拳を握り締めた。


 クロードは薔薇が咲く頃、夜ここでお茶を飲むのが好きだ。ジレットも、彼が月光を浴びながら紅茶を飲む姿を見るのが好きである。

 だから綺麗に咲くようにと、ジレットは気合を入れた。


「っ、いたっ」


 しかし途中で棘に当たり、腕に一本の赤い線が走る。

 ジレットはその傷を慌てて舐めた。鉄の味がする。


「やだ、クロード様に気づかれないようにしないと……」


 クロードは、血の匂いに敏感だ。ジレットが怪我をするのも嫌がる。庭仕事が終わったら、早々に手当をしないといけないな、とジレットは肩をすくめた。服も、腕が露出しないものに変えなくてはならない。


 ジレットは腕の傷を井戸の水で流してから、作業を再開した。


 次に畑を見なければならない。野菜がなくなった箇所を耕して、肥料を混ぜるのだ。夏に実がる野菜を植える前に、土に栄養を蓄えさせる。

 ハーブが植わっているところも同じだ。しかしハーブは繁殖率が高いため、それが極力広がらないように混ざらないように工夫しなくてはならない。そのためには適度に伸びた葉を取る。


 屋敷はさほど大きくないが、これらの作業だけで朝の時間はつぶれてしまう。


 掃除を終えたジレットは慌ただしく二階に上がり、窓とカーテンを閉め始めた。クロードは時折二階に上がり、書庫から書物を取りに来る。しかし廊下から光が覗いていたら、行こうにも行けなくなってしまう。主人の屋敷で、主人の動きを妨げる行為は断じて許されないのだ。少なくとも、ジレットが許せなかった。


 それが終わると、ジレットは台所へ向かう。昼食の支度をしなければならないのだ。


 朝のスープには、スパイスを入れて一手間加えてあった。同じ味に飽きないように、という配慮である。

 チーズとハムを平たいパンの上に乗せオーブンで軽く炙り、皿に盛る。その脇に蒸した野菜と揚げたじゃがいもを添えた。

 朝と昼は市場に行けないため、なかなか新鮮な食材を使えないことが難点だった。ジレットはその限られた中で様々な工夫をする。


(今日のうちにキッシュを作り、明日の朝に出すのもいいかもしれないわ。そのためには、市で卵を買ってこなくては)


 そんなことを思いながら、ジレットはクロードを呼びに執務室へと向かった。


 ノックを四回し、入室の許可をもらう。

 クロードは書類の整理をしていた。


 彼は、こんな場所にいるが、国ではそこそこ位の高い位置にいるらしい。らしい、というのはクロードが外出するのが夜で、ジレットがそれに同行したことはないためだ。

 そのため、あくまで状況を顧みた結果の予想である。しかしジレットはそれが、あながち間違いではないのではないだろうかと思っている。


 なんせ時々、服装が普通でも内側からにじみ出るような気品を漂わせる人たちが通ってくることがあったからだ。ジレットにとてそれくらいは分かる。


 それが誰であれ、ジレットの想いは変わらない。クロードへの忠誠と敬愛が揺らぐことはなかった。


 ジレットが頭を下げると、クロードは持っていた書類を手早く片付ける。彼はそれを見られるのを嫌う。ジレットは極力見ないように努めながら、「昼食ができました」とだけ声をかけ、扉を閉めた。


 スープをよそい終えた頃、クロードがやってくる。しかしその手には、見慣れないものがあった。

 なかなか大きな箱である。

 クロードはそれを台所の脇、何も置いていない場所に置いた。


「こちらはなんでしょうか?」


 ジレットがそわそわしたままそう尋ねると、クロードが箱の側面にある扉を開ける。中は本棚のように段が付いていた。

 箱の内側の側面には、水色に透き通った魔石で埋め尽くされている。それを見たジレットは、あんぐりと口を開けてしまった。


 魔石というのは、魔力がなくとも魔術を使うための術である。ジレットもよくお世話になっていた。

 しかしこれよりも純度が低く、使える時間も限られている質の悪いものである。これほどまでに澄んだものは見たことも触れたこともなかった。


 ジレットが固まる中、クロードは言う。


「これは、中に水の魔術を込めた魔石を使っている。中に食材を入れれば、腐らせることなく使えるだろう。食材にもよるが、たいていのものは二日は保つはずだ。保存に頭を使わなくとも済む」

「え……こ、これを、わたしに?」

「ああ。これはあくまで試作品なのだが……試しに使ってみてくれ。何か問題があれば言ってくれたら嬉しい。改良するからな」

「わ、分かりました! ありがとうございます、クロード様!」

「……礼はいらん」


 クロードはそれだけ言うと、席に着いた。

 ジレットは嬉しさのあまり飛び上がりたい気持ちにさせられたが、それをなんとかこらえて席に着く。


(やだ、やだ……クロード様からの贈り物!)


 嬉しすぎて死んでしまいそうだ。

 しかもこれさえあれば、傷みやすい食材を保存することもできる。つまりそれは、クロードに美味しい料理を提供できる機会が増える、ということだ。


(あら……あら……? もしかしなくても、美味しい料理を作って欲しいとか、そういう意味なの……!?)


 悶々と考え込みながら、食事を口に運んでいく。味はもう分からなかった。今のジレットの頭には、様々な料理のレシピが撒き散らされている。


(今日は帰りに貸し本屋に行って、料理本を見繕わなくては……!)


 ジレットは内心そう決意し、拳を握り締めた。クロードはそれを不思議そうな顔をして見つめていたが、ジレットは気づかない。そうこうしているうちに昼食が終わり、クロードはふと思い出したようにこう言った。


「そうだ。今日はこれを買ってきてくれ。あと、発注も頼む。すべてここに書いておいた。金はいつも通り、好きに使って良い」

「分かりました」


 ジレットはその言葉とともに受け取った紙を握り締め、強く頷いた。クロードはこうやって時々、ジレットに買い物を頼むのだ。

 その上この家の金銭の管理も、すべて任してくれている。それが多少なりとも信頼してくれている証だと思い、ジレットは嬉しくなった。以前はそんなことなかったからだ。


 ジレットがハキハキと答えると、クロードが少しだけ笑みを浮かべる。それを見て、ジレットは内心胸を踊らせた。ああ、相変わらずなんて美しい。

 彼女がひとり脳内で花を散らしていると、クロードが片眉を釣り上げた。


「ジレット」

「はい、なんでしょうかクロードさ、まっ!?」


 問答無用。そう言いたげに、クロードはジレットの手首を掴む。ジレットはそれを予想していなかっただけあり、声がひっくり返るほど驚いた。


(まずい。クロード様は、甲高い声もかしましいのも好きじゃないのに……!)


 内心ゾッとした。クロードに捨てられたくはなかった。

 されど、そんな心配事は杞憂きゆうに終わったらしい。クロードは何か言うでもなく、ジレットの腕を見ていたからだ。

 ジレットはそれを見てハッと気づく。


(いけない、着替えるのを忘れてた……!)


 そう。ジレットの腕には、庭仕事をしていた際についた傷がくっきりと残っていたのだ。

 クロードが柳眉を歪めるのを、ジレットはぞっとした気持ちで見つめる。


 怒鳴られる。そう思ったのだ。

 しかしその予想に反し、クロードは傷口に顔を近づけ――そこに、そっと舌を這わせた。

 ジレットが内心悲鳴をあげる。

 それに気づくことなく、クロードは手を離した。


 見れば腕の傷は跡形もなく消えている。吸血鬼の唾液には、治癒の作用があるのだ。

 クロードは呆れた顔をすると、こう言う。


「あまり怪我をするな。お前たち人間は脆いのだから」

「は……は、い……気をつけ、ま、す……」


 なんとか返事をしたジレットだったが、その頭はすでに真っ白だ。

 彼はそれに気づくことなく踵を返し、執務室に戻って行った。


 ジレットは本心状態のまま、ずるずると床にへたり込む。


「……な、められた……?」


 あの、クロードに。敬愛するクロードに。

 その事実が頭の中をぐるぐると回り続ける。ジレットの顔はみるみる赤くなり、赤りんごのようになっていった。


 傷ひとつ無くなった己の腕をさすりながら、ジレットはしばし悶絶する。

 彼女が外出したのは、それから三十分ほど経ってからであった。

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