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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第一部 メイドは主人を敬愛する
18/45

屋敷のメイド、悲鳴をあげる

 ジレットが目覚めたとき最初に目に映ったのは、見たこともない天井であった。純白の天井からはきらびやかなシャンデリアが吊り下がっている。

 少なくともそれは、ジレットが見たことのない場所だった。


 ジレットはゆっくりと体を起こす。どうやら、ソファの上に寝かされていたようだ。そのソファも柔らかくふかふかしており、ベッドのようであった。

 不安になり、胸元に手をやる。そこには確かにネックレスがあった。それを確かめたジレットの心は、わずかばかり落ち着く。


「あ、起きたかい? おはよう、ジレットちゃん」

「っ! だ、誰ですかっ……!?」


 しかし突如として声をかけられ、パニックになった。

 そんなジレットを見て苦笑するのは、向かい側のソファに腰掛ける変人である。


(た、たしか、アシル様とおっしゃったはず……)


 ジレットはそこでようやく、今までのこと、そして自分の身に何が起きたのかを悟った。


(そうだ、わたし、アシル様にお会いしてお話しして、それから……)


 それから、どうしたのか。おそらく魔術で眠らされ、運ばれたのだろう。

 となると、ここはどこだ。

 ジレットはソファに腰掛け、拳を握り締めた。


(どこだか分からないけれどとりあえず、ここから出なくては……)


 そして、クロードのもとに帰るのだ。

 警戒心をあらわにするジレットに、アシルは肩をすくめて苦笑する。


「そんな威嚇いかくしないでよ。一から説明するからさ」


 アシルはそう言うと優雅に立ち上がり、仰々しく頭をさげる。


「改めまして。この国の第三王子にして二千年の時を生きる吸血鬼、アシルだよ。そしてここは城の中だ。客間って言ったらいいのかな」

「……第三、王子。城……?」


 アシルから発せられた言葉は、ジレットには馴染みのない単語だった。


(この方が第三王子……? この国の未来が心配だわ……)


 それに吸血鬼という単語も信じられない。彼は日の下でも飄々と佇んでいたからである。


 しかしそれと同時に、信じざるえない部分もあった。

 シャンデリアもソファも。そして調度品も。ジレットが見たことも触れたこともないような、高級品だったからである。それくらいの価値は、見ただけで分かった。


 ゆえになおさら、警戒してしまうのだ。

 するとアシルはソファに座り直し、にこりと笑う。


「信じられないって顔してるけど、今はあとね。僕は別に、嘘なんて言ってないから」


 ジレットが押し黙るのを見て、クロードはなおも話を続ける。彼は指を一本立てた。


「まず、君の疑問を解消しておこうか。僕は、いや、僕たち王族はみんな、日の下歩く吸血鬼(デイウォーカー)っていう特別な吸血鬼なんだ。日の下歩く吸血鬼(デイウォーカー)はその名の通り、日の下でも魔力を消耗することなく歩ける特殊な存在でね」


 そう言うと、アシルは自身の目元を手で隠した。そして直ぐに離す。ジレットはその目を見て息をのんだ。


 真紅。


 血の色をそのまま集めたかのような瞳が、そこにあったのである。それは間違いなく、吸血鬼のみにしか出せない証拠だ。

 アシルは直ぐに、目の色を戻した。

 そこまで告げてから、彼は指を二本立て。


「で、ふたつ目。なぜここに連れてこられたのか。それは簡単だ。ジレットちゃんに、今日おこなわれる夜会に参加してもらうためだよ」

「……や、かい?」


 聞き慣れない単語に、ジレットの頭は混乱した。


(夜会って、貴族の方々が参加する夜会のことよね……?)


 そこにジレットが参加するなど、場違いにもほどがある。彼女は勢い良く首を横に振った。


「そんなものには出れません」

「残念だけど、拒否権はないんだな〜」

「……っ。理不尽です」

「うん、そうだね。その点は謝るよ。でもそれくらいしないと、クロードは出てこないからさ」


 ジレットがアシルの横暴さに唇を噛み締めたとき、クロードの名前が出てきた。ジレットは目を見開きアシルを見る。

 彼はなんとも言えない、複雑な表情を浮かべていた。


「クロードは君に、多くのことを話していない。その中には、僕たち吸血鬼のことが多くあるんだ。君はクロードから、王族は皆吸血鬼で、貴族の多くが吸血鬼であるってことを聞いているかい?」

「……ありません」

「じゃあクロードが、四百年前まで侯爵位を賜っていたことは? あいつの職業が、最上級魔術師だってことも?」

「……知りません。わたしも、無理に聞こうと、思わなかったので……」

「そっかぁ。だろうねぇ……あいつ、変なところで頑固だから」


 困ったもんだねぇ。

 そう笑いながら、アシルは話を続けた。


「別に隠すことは悪くない。でもクロードの場合、それは逃げからきてる。君という存在がいる今、あいつはいい加減過去と向き合うべきなんだ」

「……過去?」

「うん、そう。そこき、あいつが君を避けるようになった理由がある。僕がそれを、君に伝えることはないけどね」


 アシルは「そういうことは本人の口から聞きたいでしょ?」とウィンクしながら言った。やっていることはおちゃらけているが、言っていることは正しい。そのため、ジレットは頷く。


「わたしは、クロード様の口から色々なことを聞きたいです」

「うん。だよね。でもクロードは、そこらへんが分かってないからさ。なんでもかんでも背負い込むから、他人に打ち明けたりしないんだ。傷つけたくない、嫌われたくない。そんな気持ちがあるんだろうね」

「そうなのですか……?」

「うん、そう。だから逃げてるんだよ」

「……それならば、わたしもクロード様と同じでした」


 ジレットには、アシルの言ったことが痛いほどよく分かった。

 誰だって、好かれている人には嫌われたくないのだ。だから何も聞かなかったり、一歩引いたりする。

 でも。


(でもそれじゃあ何も解決しないって学んだ)


 言葉を交わさねば、分からないことは多々あるのである。そのためには、相手に嫌われる覚悟で、相手のためを思った言葉を紡ぐのも必要なのである。

 アシルはその言葉を聞き、微笑んだ。


「うん。だからこそ、君にはクロードを救える力がある」

「……そんなたいそうなものはありませんよ」

「いや、あるんだなーこれが。あいつそろそろ、血相変えて城に乗り込んでくると思うよ。ここ嫌いなのにね」


 アシルがケラケラと笑う。そんな彼を見たジレットは「この方は色々な意味で、苦労してそう」だと思った。飄々とした態度や笑顔に騙されがちだが、とても情に厚く真面目な吸血鬼なのではないだろうか。でなければクロードのために、労力を割いたりしないはずだ。

 そう思っていたところで、アシルが晴れやかな笑顔を浮かべた。


「いやぁ、本当に最近暇だったから、君たちみたいなの見てると本当に楽しいよ! やっぱり長生きしてると、刺激が足りなくなるからね。刺激を求めて生きてないと、吸血鬼なんてやってらんないよね! そして僕は、宣言通りクロードを道連れにできて、とても、嬉しい!!」

「……アシル様はとても、残念な方なのですね」

「どうして!?」

「言い換えます。とても、変な方です」

「あんまり内容変わってないよ!?」


 ジレットはアシルに、生ぬるい眼差しを送る。彼はそれに納得がいかないといった顔をしていたが、どうやら諦めたようだ。

 なぜ諦めたのかとジレットは思っていたが、その理由は直ぐに分かることになる。

 アシルは叫んだ。


「とりあえず時間ないから……みんな、入ってきて!! ジレットちゃんを美しく飾り付けてくれ!」

『承りました、殿下』

「…………へっ?」


 隣りの部屋から現れたのは、何人ものメイドだった。皆一様に、紺のワンピースと白のエプロンドレスを着、ぴっちりと髪をまとめている。

 彼女たちはずらりと並ぶと、アシルに向かって深々と頭をさげた。


 どうやら本当に、第三王子だったらしい。


 しかしそんなことよりも気になるのは、彼女たちがジレットに向ける視線が、まるで獲物を狙うかのようであったためである。


(な、何かしら……怖いわ)


 ジレットが密かに恐れおののいているのも知らず、クロードは片手を上げて口の端を持ち上げる。


「彼女たちは、昔っから僕に仕えてくれている優秀なメイドだよ。吸血鬼的な言い方をするなら、眷属かな。すごく優秀だから、安心して?」

「……え。え、え?」

「殿下のご命令ですので、失礼させていただきます。ジレット様」

「ひゃ!?」


 メイドのひとりがジレットをやすやすと横抱きにし、隣りの部屋へと連れ込んだ。

 アシルが「じゃあね〜」と手のひらを振るのがチラリと見える。


 隣りの部屋には、多くの衣装や装飾品が揃えられていた。ドレッサーの前には化粧品もある。おとぎ話でしか聞いたことがないほどきらびやかなそれに、ジレットはたじろいだ。されどそれと同時に悲鳴をあげる。

 ジレットは、メイドたちの手によって素っ裸にされたのだ。

 メイドたちは満面の笑みを浮かべつつ、ジレットを羽交い締めにする。


「ジレット様。ご安心ください。平民出身など誰も思わないほど、美しくして差し上げますので。時間がありませんので、無理矢理ですが失礼させていただきますね」


 ジレットは、バスルームに放り込まれた。


 ――そうして、メイドたちによる戦いは始まったのである。

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