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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第一部 メイドは主人を敬愛する
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すれ違う思い

 クロードへの贈り物をどうするか決めてから、早二日。

 その日の天気は少し、曇っていた。しかし洗濯物を干す分にはなんら問題ない、そんな天気である。風が少し強めに吹いており、むしろ洗濯物が早く乾きそうだった。


 そんな天気の中、ジレットは外でジャパジャパと洗濯物を洗う。その表情は少し曇っていた。現にジレットは、洗いながら物思いにふけっている。


(最近なんだか……クロード様に避けられている気がする)


 合間合間で気になる点はあった。しかしそれが顕著になったのは、本当に最近のことである。贈り物を決めた日から、クロードはなんとなくジレットとの距離を置いていた。


(何か粗相をしたというわけでもないみたいし……とても不安だわ)


 ジレットは、自分がクロードに対して何か不快なことをしてしまったのではないかと思い、落ち込む。しかしそういうわけでもないのだから、なおさらわけが分からなかった。


(役に立ちたいのに。こういうときに限って、何もできない)


 ジレットは、クロードの力になりたいのだ。そのためならばなんだってする。非常食になりたいという思考も、そこからきていた。できることならば悩みを聞きたいが、今までそこまで押したことがない。彼女はどうしたら良いか分からず、戸惑っていた。


 本当に、クロードの糧になることでしか役に立てないのかもしれない。


 その考えに至り、しょんぼりと沈み込む。珍しく、手が止まってしまった。しかしすぐに切り替えたジレットは首を横に振り、決意する。


「よし。今日の夜、クロード様にお聞きしよう!」


 なぜ避けるのか。また、何か力になれないか。

 今まで嫌われることを恐れ口を閉ざしてきたが、今回ばかりはそうもいかない。もしいらないのであれば、早々に出て行こうではないか。


(クロード様とは離れたくないけれど。でも、それをクロード様が望むのであれば)


 もし嫌われてしまったのであれば、食べてくれということすらおこがましいであろう。


 そう考えただけで、胸元辺りがきゅうっと痛む。ジレットは唇を噛み締めた。


 クロードに必要とされていないのであれば、死んでしまおう。そう、ジレットは考えていた。もともとクロードに拾われた命だ。彼に必要とされなくなったのであれば、そこら辺で朽ちるのが定めだったというだけである。


 ジレットは自身の両頬を叩いて気合を入れた。そして仕事を再開する。

 そういうときほど時間は早く進むもので、気づけば夜になっていた。


 ジレットはクロードと向かい合わせの状態で座りながら、深呼吸をする。


(大丈夫大丈夫……落ち着いて、わたし)


 挙動不審すぎて食事どころではない。

 されど覚悟を決めたジレットは大きく息を吸い込み、言葉を吐き出した。


「クロード様。すこし、お話よろしいですか?」

「……どうした、ジレット。君がそんなことを言うなど、珍しい」

「はい。あの、とても言いにくいことなのですが。……わたしは何か、クロード様のお気に障ることをしてしまいましたか……?」


 意を決して意見する。するとクロードはすこし固まった後、首をかしげた。


「……どういうことだ?」

「えっと、その……最近、避けられているように感じまして」


 そう言うと、クロードがわずかに瞠目した。彼はフォークを置き、手で顔を隠す。そして呻くように言う。


「……いつ辺りから、気づいた?」

「顕著だと、そう感じ始めたのは、二日前辺りからです」

「そう、か」


 クロードは無言で頭を抱え出す。どうやら、心当たりがあるらしい。

 ジレットはそれをハラハラした心地で見守っていた。

 するとクロードが口を開く。


「すまない。ジレットが悪いわけじゃないんだ。すべての問題は、わたしにある」

「です、が」

「本当にすまない……すこし、時間をくれないだろうか?」


 クロードにそう頼まれてしまえば、ジレットは黙り込むしかない。しかし今回は少し違った。胸の奥からふつふつと、何かが湧き出してきたのだ。

 その感情が怒りということを、ジレットは知らない。しかしなんとなく、不愉快であることだけは分かった。


(どうしてクロード様は、全部おひとりで抱え込んでしまわれるのだろう)


 そばにいられればそれで良い。少し前まではそう思っていた。されど今はそれだけでなく、痛みや悩みを分けて欲しいと思う。それすらしてもらえない今の状態が、悔しくてたまらなかった。


 そんな感情を抱くことすらおこがましいと、今でも思う。自分に、そんな感情を抱く権利などないということも、知っている。

 だが彼女は今、とても怒っていた。ゆえにたがが外れ、胸の内に浮かんだ言葉をありのまま吐き出してしまう。


「わたしはそれほどまでに、頼りないのでしょうか」

「……え?」


 クロードが顔を上げ、ジレットを見る。その表情はとても驚いていた。

 その顔を見ても、ジレットの怒りはおさまらない。むしろ火に油を注いだ。

 感情に任せ、ジレットは胸の内を明かしていく。


「わたしがお嫌いなのであれば、そうとはっきり言ってください。嫌いだから避けるのだと言ってください。そう言われたのであれば、わたしはクロード様のもとから去らせていただきますので」


 ジレットは自分の胸元、ちょうどネックレストップがある位置に手を当てて、なおも続けた。


「ですがもし違うと言うのでしたら、わたしに話しはくださいませんか? それとも、わたしでは力不足でしょうか。頼りにはならないのでしょうか」

「っ! いや、違う! そんなことはない!!」


 クロードは、思わずといった様子で否定した。瞬間不謹慎なことに、ジレットの心中が安堵に染まる。ズキズキと胸を刺激していた痛みが、嘘のように引いていくのが分かった。

 ジレットは微笑む。


「わたしの命は、クロード様に繋ぎ止めていただいたものです。わたしの幸福は、クロード様がくださったのです。最大級の恩をいただきました。わたしはそれをできる限り、お返ししたいのです。そして出来ることならば、死ぬまでお側にいたい。……そう、思います」


 ジレットの言葉は、最後にいくにつれて尻すぼみになっていく。

 彼女は初めて本音を口にしたことを、後悔し始めていたのだ。ずっと胸の内で秘めておくべきだったはずの言葉。言ったジレット自身はすっきりしたが、それを受け取ったクロードはきっと、「恩着せがましい」と思っていることだろう。


(ああ……! 今思えばわたし、なんていうことを……!!)


 自分自身がとんでもないことを言ってしまったことを、今更ながら恥じる。しかし一度出してしまった言葉は戻らないのだ。ここまで言ってしまったのであれば、あとはクロードの返答を待つだけである。


 ジレットがドキドキしている中、クロードはしばらく無言であった。しかしその瞳はどこか不安定で、ゆらゆらと揺れている。

 そして彼は表情を大きく歪めた後、瞼を固く結んだ。


「すまない。しばらくの間、ひとりにさせて、ほしい」

「……え?」

「頭を整理させたいんだ。でないと、君に説明できない。向き合うこともできない。だから、ひとりになりたい」


 ジレットは絶句した。先ほどとは一変、おろおろと首を横に振る。


「そ、それは、どのくらいなのでしょうか……えっと、お食事とか、そういうのは……っ」

「わたしにも、どれくらい必要なのか分からない。自室にこもっている間は、食事もいらない。……本当にすまない、ジレット」


 まだ、君に向き合うことができないんだ。


 そう、クロードに言われた。

 ジレットはそれを聞き、混乱する頭をなんとか整理する。


(クロード様は、ひとりに、なりたい)


 それゆえに、誰とも会わず部屋に引きこもっていたいのだと。そう言っていた。

 食事などもいらないと言っているのだから、本当にひとりになりたいのだと思う。


(でもそれはつまり、頭が整理されたら、またわたしとお話ししてくださる、ということで)


 そばにいられるのであれば、どんな苦しみだって耐えられる。ジレットはそう考えた。

 それにクロードは、ジレットを嫌っていたわけじゃなかったのだ。それを知れたというだけで、彼女としては十二分な収穫である。


(そう、だから……だい、じょうぶ)


 無理矢理自分を納得させたジレットは、こくりと頷いた。


「わかり、ました。しばらくお部屋にも近づきませんし、お食事も用意しません」

「……本当にすまない」

「いいえ。わたしは、嫌われていないと知れただけでとても幸せなのです」

「……ジレット、君、は……っ」


 ジレットがふにゃりと笑いながらそう言うと、クロードはつらそうな顔をした。テーブルの上に置いてある握り拳が、ぷるぷると震えている。

 クロードは瞼をきつく閉じると、意を決したように立ち上がった。そしてジレットを見ることなく、その場から立ち去った。


 ぽつねんと食卓に残されたジレットは、すっかり冷めてしまった料理に口をつける。


「……冷たい」


 ジレットの寂しげな声が、閑散とした部屋に響いて、消えた。

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