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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第一部 メイドは主人を敬愛する
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自覚し始めた感情

 ジレットが街に出ていた際。

 クロードの家にはまた、アシルがやってきていた。

 クロードはその際ちょうど、研究用の部屋で薬を調合していた。そのためアシルのほうをちらりとも見ず、黙々と作業をこなしている。


「やっほークロード」

「……お前、性懲りもなく来るな」

「そりゃあね。だってそろそろ、夜会も始まるし」


 にっこりと、アシルが笑みを浮かべる。クロードはハーブを中に入れそれを解きながら、呆れた顔を浮かべた。


「夜会には参加しないと言っているだろう」

「良いじゃん良いじゃん。そう堅苦しいこと言わないでよ。僕たち吸血鬼じゃん」

「お前、自分で自分を貶しているぞそれは」


 クロードはくるくると中身を棒でかき混ぜる。アシルはそれを見て「何を作ってるの?」と聞いてきた。クロードは短く「どこぞのお姫様がご所望している塗り薬だ」と言う。その言葉を聞きアシルは申し訳なさそうな顔をして「ごめん……」と謝った。


 まったくである。兄なのだから、妹の管理くらいしっかりしてくれ。そう、クロードは思う。

 しかしアシルはすぐにいつも通りの顔をすると、ポンッと手を叩く。


「そうだ! うちの妹も喜ぶだろうし、ジレットちゃんと一緒に参加したら良いんじゃないかな!!」

「……なぜそうなる」


 クロードは怪訝な顔をした。あの女とジレットを合わせたら、ろくなことにならない。その選択肢だけは絶対にありえないとさえ思った。

 アシルの妹は、クロードにあれやこれやと注文をつけ、美容品を作れと言ってきた張本人である。王族というやつは本当に、ろくでもない者たちばかりだ。


 そんな感情を抱きつつも、クロードの手元が狂うことはない。彼はできたものを器に移してから、やっとアシルを見た。


「彼女には近づくなと言っているだろうが」

「えー。今日すれ違っちゃったけど」

「……は?」


 クロードは思わず声をあげた。どうやらもう、すでに出会っているらしい。一方的な出会いだったが、彼の機嫌はみるみる悪くなっていく。

 それを知りながらも、アシルはテーブルに腰掛けふんふんと鼻歌を歌い出した。


「前にも見たことあったけどさーほんと綺麗になったね、ジレットちゃん。ここ最近はなんていうか、すごくキラキラしているよ」

「……お前は本当に変人だな」


 クロードは、心の中で悪態をついた。


 お前になど言われなくとも、知っている、と。


 拾ったときのジレットは、ほとんど肉がついておらずとても貧相な見目をしていた。ボロ布のような朝の服を着て、足枷と手枷をつけられて。とてもみすぼらしかったのを、今も覚えている。


 しかしどこで覚えてきたのか。彼女はクロードとともに過ごしていくうちに、みるみる美しくなっていったのである。


 子どものように感じていた娘を、目で追うようになったのはいつからだっただろうか。

 目が離せないというのを、「ジレットがまだ子どもだから」「守らなければならない存在から」と言い訳をし出したのは、いつだっただろうか。


 自分の胸の内に湧き上がった感情。クロードはそれを、知らないふりをしていた。


 しかしそこをつついてくるというのだから、この吸血鬼は本当にタチが悪い。むしろ楽しんでいる。その確信が、クロードにはあった。

 クロードはできた薬品が固まったのを確認してから、蓋を閉めて紙袋に入れる。それをアシルに投げ渡した。彼はそれを難なく受け止める。


「お前の妹のなのだから、持って帰れ」

「はいはい。了解ー」


 されど話を変える気はないらしい。

 アシルは研究部屋から出て行くクロードの後ろについて歩いた。


「あ、そだ。ジレットちゃん最近、雑貨屋さんに入っていくのをよく見るんだよね。もしかして良い人でもできたのかな? だから綺麗になったのかなーどう思う、クロード?」

「…………それならばそれで、良いんじゃないか? ジレットは人間なのだから」


 クロードが吐き捨てるようにそう言うと、アシルが思い切り頭を叩いてきた。

 クロードは頭を押さえ立ち止まる。そして眉をひそめて後ろを向いた。

 そこには、怒り顔のアシルがいる。


「君さぁ……もう少し、自分の気持ちに素直になったほうが良いと思うよ?」

「なんの話だ」

「そこだよそこ。え、何。自覚ないの。そんなわけないでしょう。もうちょい素直に生きなよ良い加減さぁ」

「……彼女はあくまで、メイドだ。それで良いんだ」


 口に出してから、その言葉が自分に言い聞かせるために吐いたものだと気づいた。

 思わず舌打ちをする。どうにも、調子が悪い。ジレットに対しても、アシルに対しても。いつも通りの行動が取れないのだ。


 自分の感情くらい、自覚している。


 ジレットに特別な感情を抱き始めていることを、クロードは分かっていた。その上で口をつぐんでいるのだ。ジレットとて、クロードから好意をもらっても喜ばないであろう。


 クロードとジレットはあくまで、主従関係なのだから。


 アシルは深く深く、ため息をもらした。


「君は良い加減、前に進んだほうが良いと思うよ? あの日のことをいつまでも引きずっていたって、何も変わらない。……そんなこと、ジレットちゃんだって望まないだろう?」

「……なぜそこで、ジレットの名が出る」


 クロードは意味が分からず、眉をひそめるばかりだった。この男の言うことは、時々わけの分からないことを言う。

 しかしアシルは頭をかきながら、やれやれと首を横に振った。


「あのさぁ、クロード。ジレットちゃんのことあんだけ見てるのに、気づかないわけ? いつだってクロードのためにって動いてるような子でしょ。彼女」

「確かにそれは認めるが……それとこれとがどう関係する?」

「……うん、いいや。なんかこう、自覚しない限り無理っぽそう」


 なんだ、どういうことだ。そう、クロードは思う。

 しかしアシルはそれっきり何も言わなかった。むしろ変な笑みを浮かべている。

 クロードは思わずたじろいだ。


「……なんだ、その笑みは」

「えー? かわいい笑顔でしょー?」

「お前はかわいいと言われて嬉しいのか?」

「もちろん。褒め言葉ならなんでも嬉しいよ!」

「はいはい分かった分かった」


 これ以上アシルと会話をしていても、先ほどの問いは答えてもらえそうにない。

 クロードは踵を返した。まだやることがあるのだ。ジレットが戻ってくる前にやりたい。彼は、ジレットが夕食を作る音を聞くのが好きだった。


 しかしアシルがクロードの手を掴み、何かを無理矢理握らせてくる。見ればそれは、手紙だった。いや、これは招待状である。封蝋ふうろうにはくっきりと、王家の紋様が押されていた。


 これは間違い無く、夜会の招待状だ。

 押し付けがましいアシルに辟易していると、彼は意味深な笑みを浮かべる。


「持っておいたほうが良いと思うよ?」

「……待て。お前、何をするつもりだ」

「う、ふ、ふー。何をすると思う?」

「あくどいことだろうな」

「あくどくことなんかじゃないよ! 友人を思っての行動だよ!!」

「怪しすぎるからやめろ。迷惑だ」


 クロードは今度こそ、アシルに背を向けた。王族の者たちと関わると、ろくなことにならないからだ。

 王族はどの吸血鬼よりも娯楽を好むため、さらっとした顔でとんでもないことをやってのける場合が多い。クロードはだいたいその被害者である。


 彼は後ろで手をひらひらと振るアシルに違和感を覚えながらも、自室に戻った。

 招待状を執務机に放り投げ、ため息を漏らす。


「あいつ、何をする気だ……」


 嫌な予感しかしない。そしてその嫌な予感は、十中八九当たるというから面倒臭い。対策を講じようと考えても、予想だにしない方向から攻めてくるから、王族は嫌いなのだ。

 クロードは一瞬招待状を燃やそうかと考えたのだが、アシルの口ぶりを思い出しやめる。


「頼むから、ジレットを巻き込むことだけはやめてくれよ……」


 そんなどうにもならない願いを口にし、クロードはチェアに腰掛け残りの仕事を終わらせ始めた。

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