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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第一部 メイドは主人を敬愛する
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メイド、贈り物を考える

 それから数日して、ジレットは再び街に出ていた。

  今回の主な目的は、ノームのバルドの元へ行き魔石を購入することである。以前頼んでいたものが集まったようだ。

 ジレットはその後少し寄り道をすることを考えながら、バルドの元へ向かった。


 以前よりも照りつけるようになった日差しを浴びて、ジレットは夏に近づいてきたということを実感する。風も春のときのような柔らかいものでなく、少し乾いたものになっていた。


 道端に咲く花々も色味が強いものになっている。


(こんなところでも季節の移り変わりを知れるのだから、素敵よね)


 そしてジレットがこういうものに目を移せるようになったのも、クロードが拾ってくれたおかげだ。彼女は改めて、幸せを噛み締めた。胸元で輝いているネックレスが、その幸福感に拍車をかけている。彼女はついついスキップをしてしまった。


 バルドの店は、街の中でもかなり陰気な場所にある。

 ジレットは今日も今日とて緊張しながら、「ごめんください」と声をかけた。


 バルドは珍しく、店の中にいた。

 ジレットの来訪を知ると、彼はそそくさと裏へ入ってしまう。


「えっと……」


 これは、嫌われているという捉え方をしてもいいのだろうか。

 ジレットはひとり店の中に取り残され、複雑な心境になる。しかしネックレスがある辺りに手を当てて、心を落ち着かせた。


(大丈夫大丈夫。落ち着いて、わたし。あんまり考えすぎちゃだめ)


 そう暗示をかけると不思議と落ち着いた。

 そうこうしている間に、バルドが戻ってくる。その手には麻の袋が握られていた。


「これが依頼のものじゃ」

「あ……ありがとう、ございます……」


 どうやら、商品を取りに戻っただけなようだ。

 ジレットは自身の早とちりを恥じつつ、お金を渡して袋を受け取った。それはずっしりと重い。落とさないようにと気を配りつつ、ジレットは頭を下げた。


「それでは」

「……いや、少し待てくれ」


 しかし今回はいつもと違い、呼び止められたのだ。

 何事かと思いつつ振り返れば、バルドが別の袋を取り出す。そしてそれをジレットに手渡した。


「クロードに、これも届けてくれ。役に立つじゃろう」

「は、はい。分かりました。あの、お題は……」

「いらん。何かと世話になっているしの」


 バルドは「そのネックレス、大事にするのじゃぞ」とだけ言い残すと、今度こそ裏へ引っ込んでしまった。


(な、なんだったのかしら……)


 それよりもなぜ、ネックレスのことを知っていたのだろう。バルドに対する謎は深まるばかりである。


 そんな疑問を胸に抱えながらも、ジレットはエマの元へと足を運んだ。

 ジレットがやってくると、店番をしていたエマは一目散に飛んできた。


「久しぶり! ジレット!」

「え、ええ。久しぶり」


 挨拶もそこそこに、早々に裏へと追いやられる。

 そしてジレットは、ヴィラのいる部屋に通された。彼女はたくさんの衣装が積み重なる部屋で、作業をしている。その手さばきにジレットは驚いた。


(ぬ、縫っている手が、ほとんど見えない……)


 それほどまでに凄まじい速度だった。それを見たジレットは「ヴィラさんって私が知らないだけで、その道だととても有名な人なんじゃ……」と思い始める。

 されどエマは気軽に声をかけた。


「母さん! ジレットきたよー!」

「あら! いらっしゃいジレットちゃん!」


 ヴィラは満面の笑みでジレットのほうを見る。ようやく手が止まった。ジレットはひっそりと安堵する。


「こんにちは、ヴィラさん。お邪魔しています」

「ちょうど仮縫いができたところだから、少し着てみてくれる?」

「分かりました」


 ジレットは服を渡されたが、どうしたらいいのか分からずおろおろした。するとエマが言う。


「あたしたちしかいないし、ここで着替えちゃって。大丈夫大丈夫! 恥ずかしくないって!」

「は、はい……」


 ジレットは萎縮した。誰かに下着姿を見せたことがなかったからだ。


(ひ、貧相じゃないかしら……)


 それでふたりの目を汚したらどうしようかと思ったが、気にした風がないのでそのままいそいそと服を脱ぐ。

 そしてもらった服に着替えた。


 服は、夏用の品だった。モスグリーンのドレス風ワンピースだ。着たことがない色なため、ジレットは少したじろいだ。


(似合うのかしら、これ……)


 着てみたが、違和感がありそわそわしてしまう。

 ヴィラはそれを見て、ううむと首をかたむけた。


「やっぱりジレットちゃん……胸、大きいわね。スタイルも良いし……羨ましいわ……」

「え、そ、そうですか?」

「ええ。だから、服で下品に見えないようにしないとね。わたしの腕の見せどころだわ……!」


 そう拳を握り締め、ヴィラはまた作業に戻った。それを聞きジレットは、よかったような悪かったような、複雑な心境になる。


(す、スタイル、良いのかしら……?)


 気をつけているものの、自信がない。

 そんな気持ちを抱えたままジレットが元の服に着替えると、エマが言う。


「ジレット、似合ってたよー。あ、鏡見るのは、出来上がるまでのお預けね? その方が楽しいし!」

「う、うん……」


 ジレットはそこではたりと気づく。そうだ、クロードへの贈り物の相談をしようと思っていたのだ。

 しかしヴィラのほうは仕事で忙しそうにしている。よって、相談をするならエマのほうだ。

 リビングのチェアに腰掛けたジレットは早速、お湯を沸かし始めたエマに向けて口を開いた。


「ねえ、エマ」

「なあに、ジレット?」

「男の人に贈るプレゼントって、どんなものが良いのかしら?」

「…………えっ!?」


 エマの声が、驚きのあまりひっくり返る。

 彼女はジレットのほうを見て、目を瞬かせた。


「ジレット、恋人いるの!?」

「な、何言ってるの! わたしがお仕えしている屋敷の主人に、普段の感謝の気持ちを込めて贈り物をしたいだけよ!!」

「ど、どちらにしてもすごい、その発想からしてすごいわ……良い主人サマなんでしょうね」

「ええ。すごく良くしてくれるの。ネックレスをいただいたから、そのお返しがしたくて」

「……ほう。ネックレス。へえ……」


 お湯をポットに注ぐエマが、にまにまと含みのある笑みを浮かべる。ジレットは首を傾げた。


(わ、わたし、なにか変なこと言ったかしら……)


 しかしそれを聞く前に、エマが口を開いた。


「あたしはなんでも良いと思うよ。ジレットがその人のことを思って渡したものなら、なんでも贈り物なんじゃないかな?」

「そ、そう?」

「うん。だから料理とか、お菓子を作るとかでも、十分な贈り物だよ。あ、でも、せっかくなら形に残るものを贈りたいか」

「そうね……せっかくなら、形に残るものが良いわ」

「そっかー」


 エマはうなる。うなりながらもカップにお茶を注いだ。ふわりと、甘い香りが漂う。


(あら、良い香り)


 エマが淹れてくれるものは毎回変わっているものが多く、ジレットとしても楽しい。

 これはどうやら、フルーツを入れた紅茶であるようだ。


「フルーツはねー美容に良いんだよー」

「ええ、知ってるわ。エマが書いてくれたノートに載っていたもの」

「読んでくれたんだ! ありがとー!」

「もちろんよ」


 紅茶を飲みながら、お菓子をひとくち。それがとても美味しい。

 そう一息ついてから、話は贈り物のほうに戻った。


「で、贈り物か。ジレットは、その人に付けてもらいたいものとかないの? もしくは、いつもつけてるものとか」

「つけてほしいもの、いつもつけてるもの……」


 ジレットはそう言われ、クロードのことを思い返してみた。

 クロードに付けてほしいもの。いつもつけているもの。なんだろうか。


 そう考え、ふと気づく。


「あ、そうだ……」

「え、何、何?」

「あ、えっとね……髪紐が良いんじゃないかなって」


 クロードは長い髪をしている。それを、ジレットがいつも三つ編みに結っていたのだ。しかしその紐は質素なもので、あまりおしゃれとは言えない。

 ジレットがそれを説明すると、エマがポンっと手を叩いた。


「なるほど! なら手作りしようよ! 髪紐くらいならあたしも教えられるし!」

「え、良いの?」

「もっちろん! 色は何が良いかな?」

「えっと、何が良いかしら……」


 ジレットは瞼を閉じた。クロードの色といえば、なんだろうか。

 少し考えた結果、ジレットは口を開く。


「薄い、青と。赤が良いわ」

「ん、了解。用意しとく!」

「ごめんなさい、そういうのに疎くて……」

「良いの良いの。だってうち雑貨屋だし」

「ありがとう、エマ」


 ジレットはエマに礼を言い、頭を下げる。

 そうしてジレットは、エマ指南の元クロードのために髪紐を編むことになった。

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