メイド、贈り物を考える
それから数日して、ジレットは再び街に出ていた。
今回の主な目的は、ノームのバルドの元へ行き魔石を購入することである。以前頼んでいたものが集まったようだ。
ジレットはその後少し寄り道をすることを考えながら、バルドの元へ向かった。
以前よりも照りつけるようになった日差しを浴びて、ジレットは夏に近づいてきたということを実感する。風も春のときのような柔らかいものでなく、少し乾いたものになっていた。
道端に咲く花々も色味が強いものになっている。
(こんなところでも季節の移り変わりを知れるのだから、素敵よね)
そしてジレットがこういうものに目を移せるようになったのも、クロードが拾ってくれたおかげだ。彼女は改めて、幸せを噛み締めた。胸元で輝いているネックレスが、その幸福感に拍車をかけている。彼女はついついスキップをしてしまった。
バルドの店は、街の中でもかなり陰気な場所にある。
ジレットは今日も今日とて緊張しながら、「ごめんください」と声をかけた。
バルドは珍しく、店の中にいた。
ジレットの来訪を知ると、彼はそそくさと裏へ入ってしまう。
「えっと……」
これは、嫌われているという捉え方をしてもいいのだろうか。
ジレットはひとり店の中に取り残され、複雑な心境になる。しかしネックレスがある辺りに手を当てて、心を落ち着かせた。
(大丈夫大丈夫。落ち着いて、わたし。あんまり考えすぎちゃだめ)
そう暗示をかけると不思議と落ち着いた。
そうこうしている間に、バルドが戻ってくる。その手には麻の袋が握られていた。
「これが依頼のものじゃ」
「あ……ありがとう、ございます……」
どうやら、商品を取りに戻っただけなようだ。
ジレットは自身の早とちりを恥じつつ、お金を渡して袋を受け取った。それはずっしりと重い。落とさないようにと気を配りつつ、ジレットは頭を下げた。
「それでは」
「……いや、少し待てくれ」
しかし今回はいつもと違い、呼び止められたのだ。
何事かと思いつつ振り返れば、バルドが別の袋を取り出す。そしてそれをジレットに手渡した。
「クロードに、これも届けてくれ。役に立つじゃろう」
「は、はい。分かりました。あの、お題は……」
「いらん。何かと世話になっているしの」
バルドは「そのネックレス、大事にするのじゃぞ」とだけ言い残すと、今度こそ裏へ引っ込んでしまった。
(な、なんだったのかしら……)
それよりもなぜ、ネックレスのことを知っていたのだろう。バルドに対する謎は深まるばかりである。
そんな疑問を胸に抱えながらも、ジレットはエマの元へと足を運んだ。
ジレットがやってくると、店番をしていたエマは一目散に飛んできた。
「久しぶり! ジレット!」
「え、ええ。久しぶり」
挨拶もそこそこに、早々に裏へと追いやられる。
そしてジレットは、ヴィラのいる部屋に通された。彼女はたくさんの衣装が積み重なる部屋で、作業をしている。その手さばきにジレットは驚いた。
(ぬ、縫っている手が、ほとんど見えない……)
それほどまでに凄まじい速度だった。それを見たジレットは「ヴィラさんって私が知らないだけで、その道だととても有名な人なんじゃ……」と思い始める。
されどエマは気軽に声をかけた。
「母さん! ジレットきたよー!」
「あら! いらっしゃいジレットちゃん!」
ヴィラは満面の笑みでジレットのほうを見る。ようやく手が止まった。ジレットはひっそりと安堵する。
「こんにちは、ヴィラさん。お邪魔しています」
「ちょうど仮縫いができたところだから、少し着てみてくれる?」
「分かりました」
ジレットは服を渡されたが、どうしたらいいのか分からずおろおろした。するとエマが言う。
「あたしたちしかいないし、ここで着替えちゃって。大丈夫大丈夫! 恥ずかしくないって!」
「は、はい……」
ジレットは萎縮した。誰かに下着姿を見せたことがなかったからだ。
(ひ、貧相じゃないかしら……)
それでふたりの目を汚したらどうしようかと思ったが、気にした風がないのでそのままいそいそと服を脱ぐ。
そしてもらった服に着替えた。
服は、夏用の品だった。モスグリーンのドレス風ワンピースだ。着たことがない色なため、ジレットは少したじろいだ。
(似合うのかしら、これ……)
着てみたが、違和感がありそわそわしてしまう。
ヴィラはそれを見て、ううむと首をかたむけた。
「やっぱりジレットちゃん……胸、大きいわね。スタイルも良いし……羨ましいわ……」
「え、そ、そうですか?」
「ええ。だから、服で下品に見えないようにしないとね。わたしの腕の見せどころだわ……!」
そう拳を握り締め、ヴィラはまた作業に戻った。それを聞きジレットは、よかったような悪かったような、複雑な心境になる。
(す、スタイル、良いのかしら……?)
気をつけているものの、自信がない。
そんな気持ちを抱えたままジレットが元の服に着替えると、エマが言う。
「ジレット、似合ってたよー。あ、鏡見るのは、出来上がるまでのお預けね? その方が楽しいし!」
「う、うん……」
ジレットはそこではたりと気づく。そうだ、クロードへの贈り物の相談をしようと思っていたのだ。
しかしヴィラのほうは仕事で忙しそうにしている。よって、相談をするならエマのほうだ。
リビングのチェアに腰掛けたジレットは早速、お湯を沸かし始めたエマに向けて口を開いた。
「ねえ、エマ」
「なあに、ジレット?」
「男の人に贈るプレゼントって、どんなものが良いのかしら?」
「…………えっ!?」
エマの声が、驚きのあまりひっくり返る。
彼女はジレットのほうを見て、目を瞬かせた。
「ジレット、恋人いるの!?」
「な、何言ってるの! わたしがお仕えしている屋敷の主人に、普段の感謝の気持ちを込めて贈り物をしたいだけよ!!」
「ど、どちらにしてもすごい、その発想からしてすごいわ……良い主人サマなんでしょうね」
「ええ。すごく良くしてくれるの。ネックレスをいただいたから、そのお返しがしたくて」
「……ほう。ネックレス。へえ……」
お湯をポットに注ぐエマが、にまにまと含みのある笑みを浮かべる。ジレットは首を傾げた。
(わ、わたし、なにか変なこと言ったかしら……)
しかしそれを聞く前に、エマが口を開いた。
「あたしはなんでも良いと思うよ。ジレットがその人のことを思って渡したものなら、なんでも贈り物なんじゃないかな?」
「そ、そう?」
「うん。だから料理とか、お菓子を作るとかでも、十分な贈り物だよ。あ、でも、せっかくなら形に残るものを贈りたいか」
「そうね……せっかくなら、形に残るものが良いわ」
「そっかー」
エマはうなる。うなりながらもカップにお茶を注いだ。ふわりと、甘い香りが漂う。
(あら、良い香り)
エマが淹れてくれるものは毎回変わっているものが多く、ジレットとしても楽しい。
これはどうやら、フルーツを入れた紅茶であるようだ。
「フルーツはねー美容に良いんだよー」
「ええ、知ってるわ。エマが書いてくれたノートに載っていたもの」
「読んでくれたんだ! ありがとー!」
「もちろんよ」
紅茶を飲みながら、お菓子をひとくち。それがとても美味しい。
そう一息ついてから、話は贈り物のほうに戻った。
「で、贈り物か。ジレットは、その人に付けてもらいたいものとかないの? もしくは、いつもつけてるものとか」
「つけてほしいもの、いつもつけてるもの……」
ジレットはそう言われ、クロードのことを思い返してみた。
クロードに付けてほしいもの。いつもつけているもの。なんだろうか。
そう考え、ふと気づく。
「あ、そうだ……」
「え、何、何?」
「あ、えっとね……髪紐が良いんじゃないかなって」
クロードは長い髪をしている。それを、ジレットがいつも三つ編みに結っていたのだ。しかしその紐は質素なもので、あまりおしゃれとは言えない。
ジレットがそれを説明すると、エマがポンっと手を叩いた。
「なるほど! なら手作りしようよ! 髪紐くらいならあたしも教えられるし!」
「え、良いの?」
「もっちろん! 色は何が良いかな?」
「えっと、何が良いかしら……」
ジレットは瞼を閉じた。クロードの色といえば、なんだろうか。
少し考えた結果、ジレットは口を開く。
「薄い、青と。赤が良いわ」
「ん、了解。用意しとく!」
「ごめんなさい、そういうのに疎くて……」
「良いの良いの。だってうち雑貨屋だし」
「ありがとう、エマ」
ジレットはエマに礼を言い、頭を下げる。
そうしてジレットは、エマ指南の元クロードのために髪紐を編むことになった。




