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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第一部 メイドは主人を敬愛する
11/45

夜の茶会と贈り物

 ジレットは屋敷に戻ると、手早くお茶の支度を済ませる。パンの間に野菜や肉などを挟み、それを四当分にする。

 買った菓子やあらかじめ用意しておいた菓子なども皿に並べた後、急いで外へ向かった。テーブルとチェアを出し、テーブルクロスをセットしなくてはならない。


 クロードは薔薇園でお茶をする際、夕食も共に食べるのである。そのため軽食とお菓子などを盛った皿をティースタンドにセットするのだ。


(スコーンは作っておいたし、お菓子も買ってきた。紅茶もある。準備は万端ね)


 夜闇の中月の光の下おこなうお茶会は、存外楽しい。薔薇はまだ咲きかけだが、クロードはその咲きかけの時期が好きだということを、ジレットは知っていた。


 薔薇を見ると、確かに美しい。ほころびかけた蕾がぷっくりとしていて、とても愛らしいのだ。月の光が降り注ぐと、それがより引き立つ。

 今日の月は満月である。ならなおさら良いとそう思った。クロードは新月より、満月を好ましく思っているからだ。


(思えばクロード様って、可愛らしい方が好みなのかしら?)


 ジレットのことも愛玩動物のように扱うし、もしかしたらそういうことなのかもしれない。そんなことを思いながら、ジレットは準備を整えた。


 一瞬「ティーカップにわたしの血を注いでおいたら、クロード様飲んでくれるかしら……」と思ったが、その考えは消した。傷ひとつで眉をひそめるクロードのことだ。ジレットがそんなことをしても、嬉しいと思わないだろう。


 そんなことはさておき。

 ジレットがクロードの部屋へ向かおうとすると、それより先にクロード自身が庭にやってきた。どうやら、この茶会を楽しみにしていたらしい。


 それを悟りジレットは、なんだかとても嬉しくなった。


(良かった。クロード様も、このお茶会を楽しみにしてくれていて)


 そう思いながら、ジレットは静々と頭をさげる。


「こんばんは、クロード様。今宵は月が綺麗ですね」


 ジレットが満面の笑みでそういうと、クロードの動きが一度止まる。

 しかしそれも本当に一瞬で、彼はそそくさと席に着いた。

 ジレットは思わず首をかしげる。なんだか最近、挙動がおかしい気がするのだ。

 そんなことを思いつつも席に着くと、クロードが言う。


「……その髪は」

「え?」

「その髪は、どうしたんだ?」


 ジレットは、すぐに気づいてくれたクロードに感動しパッと表情を明るくした。


「はい! 今日、知り合いの方がやってくれたんです!」

「そうか……綺麗、だな」

「ほ、本当ですか!? じ、自分でもできるように頑張ります!」


 クロードの表情がなんとなく気にかかったが、彼はいつも通り褒めてくれた。それが嬉しくて、ジレットは夜にもかかわらず満面の笑みを浮かべてしまう。


(どうしよう、どうしよう……クロード様に綺麗って言われちゃったっ! 今日はしばらく寝れないかも……!)


 ジレットはるんるん気分で紅茶を注ぐ。クロードがひとくち含み「相変わらず美味しいな」と言ってくれ、さらにテンションが上がった。

 サンドイッチも美味しいし、スコーンも美味しく焼けた。買ってきたお菓子も前々からチェックしていた、有名なケーキ屋のものである。


 茶会は静かで涼しげだったが、ジレットの心はぽかぽかと暖かかった。

 さわさわと、草木を撫でる風の音が聞こえる。薔薇の香りがかすかに匂い立ち、ふたりの体を優しく包んだ。


 そんなときふとクロードが立ち上がり、「少し待っていてくれ」と告げて屋敷に戻ってしまう。

 ジレットはきょとりとした。彼が途中で席を外すなど、珍しいことだったからだ。


(何かしら……)


 事情が分からず、ジレットは首をかしげる。しかしクロードは、そう時間を置かず戻ってきた。

 その手には小さな木の箱が握られている。


 ジレットはなんだろうかと目を瞬かせた。


「ジレット。これはその……なんだ。二年目の記念だ」

「わたしにですか?」

「……君以外、誰に渡すんだ。渡す相手などいない」


 そう言われ差し出された箱を、ジレットは恐る恐る手に取った。

 中を開けば、柔らかな布の上にネックレスがおさめられている。


 緑にも青にも見える石がついたチャームは雫の形をしており、とても可愛らしかった。


「きれい……」


 手に取り、月光にかざしてみる。光を浴び、チャームはなおのこと輝いた。

 クロードが言いにくそうにしながらも、言葉を紡ぐ。


「わたしには似合わないが、普段の感謝の気持ちを伝えようと思ってだな……できれば、肌身離さずつけておいてくれ」

「ありがとうございます! もちろんです!」

「いや、その、なんだ……変なやつに絡まれるかもしれないからな」

「変なやつ、ですか? 今までお会いしたことはありませんが……」

「……これから、会うかもしれないだろう?」

「はい、そうですね。必ずつけることにします」


 クロードはそれを聞き、安堵の声をあげた。どうやらジレットのことを心配してくれているらしい。


(ふふふ。クロード様ったら、お優しい)


 つまりこのネックレスは、お守りのようなものらしい。されどジレットはそれを受け取り、胸が震えるのを感じた。


(街に出るのは少し心細かったから、本当に嬉しい)


 エマたちと会ったり、市で買い物をするときはまだいいが、人ごみの中を歩いているとひどく億劫だし、不安になるときがあった。だがこれが胸元にあるというだけで、なんだかとても頼りになる気がした。


(石の色も、どことなくクロード様の瞳に似ているし……近くにいてくれるって感じがして、嬉しい)


 されどそこで、はたりと気づいた。


(やだわたし、プレゼント用意していないわ……!!)


 そもそも、記念日だということすら忘れていた。日々の生活が楽しすぎて、ジレットとしては毎日が記念日同然だったのだ。

 今から何か用意するにしても、遅すぎる。ジレットはしょんぼりしたまま頭を下げた。


「すみません、わたし、何も用意していなくて……」


 その落ち込みっぷりはなかなかなもので、クロードはぎょっとしていた。

 彼は慌てて口を開く。


「いや、わたしが勝手に用意しただけだ! 気にしなくていい!」

「で、ですが……」

「それに君は普段から、様々なことをしてくれているだろう? わたしは十分、ジレットからたくさんのものをもらっているよ」


 クロードはそう言いながら、ジレットの手で輝くネックレスを取り、そっとつけてくれた。

 胸元で揺れるチャームが可愛らしい。

 それを見たジレットは、顔を上げた。そこには優しく微笑むクロードの姿がある。


「いつもありがとう、ジレット。今日の茶会の食事も、とても美味しいよ」

「……はい。ありがとうございます」


 そう褒められて笑みを浮かべたジレットだったが、やはり贈り物のことが気になった。

 茶会が終わり、片付けをし、その後風呂に入ってクロードを見送るのを待っている間も、ずっとずっと何かできないかと考えていた。


「クロード様に何か、贈り物……」


 考えてはみたものの、そんなものを贈る習慣などなかったし、ジレットの狭い知識では思いつくはずもない。

 クロードが何をしたら喜ぶとか、何が好きかとかは分かるが、いざ贈り物となると難易度が高く、ジレットはうんうんと悩んでいた。


 窓のそばで膝をつき、もらったネックレスを月光にかざす。そんなに大きな粒ではないが、とても綺麗だ。普段は服の下に忍ばせておこう、と思う。


 そうこうしている間に、クロードがそっと外へ出て行く姿が見えた。ジレットは見つからないように注意しつつ外を覗きながら、頭をさげる。


「行ってらっしゃいまし、クロード様……」


 窓を閉めてベッドに横になってからも、浮かぶのはクロードの顔のみ。


(お菓子とか料理とか、そういうものじゃなく。このネックレスみたいに、形に残るものを渡したい)


 ジレットの胸に、そんな思いが浮かび上がった。

 しかしひとりで悩んでいても埒があかない。ならば相談する相手は、決まっている。


「今度会ったとき、エマとヴィラさんに相談しよう……」


 あのふたりなら、いい意見を出してくれるはずだ。

 そう自分を納得させ、ジレットは瞼を閉じる。


「おやすみなさい。――明日も、あの方のそばにいられますように」


 眠る前の決まり事とかしてしまっている言葉をつぶやき、ジレットはシーツを掻く。


 幸せで満ち足りていた気持ちとクロードへの思いを抱え、ジレットは眠りについた。

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