夜の茶会と贈り物
ジレットは屋敷に戻ると、手早くお茶の支度を済ませる。パンの間に野菜や肉などを挟み、それを四当分にする。
買った菓子やあらかじめ用意しておいた菓子なども皿に並べた後、急いで外へ向かった。テーブルとチェアを出し、テーブルクロスをセットしなくてはならない。
クロードは薔薇園でお茶をする際、夕食も共に食べるのである。そのため軽食とお菓子などを盛った皿をティースタンドにセットするのだ。
(スコーンは作っておいたし、お菓子も買ってきた。紅茶もある。準備は万端ね)
夜闇の中月の光の下おこなうお茶会は、存外楽しい。薔薇はまだ咲きかけだが、クロードはその咲きかけの時期が好きだということを、ジレットは知っていた。
薔薇を見ると、確かに美しい。ほころびかけた蕾がぷっくりとしていて、とても愛らしいのだ。月の光が降り注ぐと、それがより引き立つ。
今日の月は満月である。ならなおさら良いとそう思った。クロードは新月より、満月を好ましく思っているからだ。
(思えばクロード様って、可愛らしい方が好みなのかしら?)
ジレットのことも愛玩動物のように扱うし、もしかしたらそういうことなのかもしれない。そんなことを思いながら、ジレットは準備を整えた。
一瞬「ティーカップにわたしの血を注いでおいたら、クロード様飲んでくれるかしら……」と思ったが、その考えは消した。傷ひとつで眉をひそめるクロードのことだ。ジレットがそんなことをしても、嬉しいと思わないだろう。
そんなことはさておき。
ジレットがクロードの部屋へ向かおうとすると、それより先にクロード自身が庭にやってきた。どうやら、この茶会を楽しみにしていたらしい。
それを悟りジレットは、なんだかとても嬉しくなった。
(良かった。クロード様も、このお茶会を楽しみにしてくれていて)
そう思いながら、ジレットは静々と頭をさげる。
「こんばんは、クロード様。今宵は月が綺麗ですね」
ジレットが満面の笑みでそういうと、クロードの動きが一度止まる。
しかしそれも本当に一瞬で、彼はそそくさと席に着いた。
ジレットは思わず首をかしげる。なんだか最近、挙動がおかしい気がするのだ。
そんなことを思いつつも席に着くと、クロードが言う。
「……その髪は」
「え?」
「その髪は、どうしたんだ?」
ジレットは、すぐに気づいてくれたクロードに感動しパッと表情を明るくした。
「はい! 今日、知り合いの方がやってくれたんです!」
「そうか……綺麗、だな」
「ほ、本当ですか!? じ、自分でもできるように頑張ります!」
クロードの表情がなんとなく気にかかったが、彼はいつも通り褒めてくれた。それが嬉しくて、ジレットは夜にもかかわらず満面の笑みを浮かべてしまう。
(どうしよう、どうしよう……クロード様に綺麗って言われちゃったっ! 今日はしばらく寝れないかも……!)
ジレットはるんるん気分で紅茶を注ぐ。クロードがひとくち含み「相変わらず美味しいな」と言ってくれ、さらにテンションが上がった。
サンドイッチも美味しいし、スコーンも美味しく焼けた。買ってきたお菓子も前々からチェックしていた、有名なケーキ屋のものである。
茶会は静かで涼しげだったが、ジレットの心はぽかぽかと暖かかった。
さわさわと、草木を撫でる風の音が聞こえる。薔薇の香りがかすかに匂い立ち、ふたりの体を優しく包んだ。
そんなときふとクロードが立ち上がり、「少し待っていてくれ」と告げて屋敷に戻ってしまう。
ジレットはきょとりとした。彼が途中で席を外すなど、珍しいことだったからだ。
(何かしら……)
事情が分からず、ジレットは首をかしげる。しかしクロードは、そう時間を置かず戻ってきた。
その手には小さな木の箱が握られている。
ジレットはなんだろうかと目を瞬かせた。
「ジレット。これはその……なんだ。二年目の記念だ」
「わたしにですか?」
「……君以外、誰に渡すんだ。渡す相手などいない」
そう言われ差し出された箱を、ジレットは恐る恐る手に取った。
中を開けば、柔らかな布の上にネックレスがおさめられている。
緑にも青にも見える石がついたチャームは雫の形をしており、とても可愛らしかった。
「きれい……」
手に取り、月光にかざしてみる。光を浴び、チャームはなおのこと輝いた。
クロードが言いにくそうにしながらも、言葉を紡ぐ。
「わたしには似合わないが、普段の感謝の気持ちを伝えようと思ってだな……できれば、肌身離さずつけておいてくれ」
「ありがとうございます! もちろんです!」
「いや、その、なんだ……変なやつに絡まれるかもしれないからな」
「変なやつ、ですか? 今までお会いしたことはありませんが……」
「……これから、会うかもしれないだろう?」
「はい、そうですね。必ずつけることにします」
クロードはそれを聞き、安堵の声をあげた。どうやらジレットのことを心配してくれているらしい。
(ふふふ。クロード様ったら、お優しい)
つまりこのネックレスは、お守りのようなものらしい。されどジレットはそれを受け取り、胸が震えるのを感じた。
(街に出るのは少し心細かったから、本当に嬉しい)
エマたちと会ったり、市で買い物をするときはまだいいが、人ごみの中を歩いているとひどく億劫だし、不安になるときがあった。だがこれが胸元にあるというだけで、なんだかとても頼りになる気がした。
(石の色も、どことなくクロード様の瞳に似ているし……近くにいてくれるって感じがして、嬉しい)
されどそこで、はたりと気づいた。
(やだわたし、プレゼント用意していないわ……!!)
そもそも、記念日だということすら忘れていた。日々の生活が楽しすぎて、ジレットとしては毎日が記念日同然だったのだ。
今から何か用意するにしても、遅すぎる。ジレットはしょんぼりしたまま頭を下げた。
「すみません、わたし、何も用意していなくて……」
その落ち込みっぷりはなかなかなもので、クロードはぎょっとしていた。
彼は慌てて口を開く。
「いや、わたしが勝手に用意しただけだ! 気にしなくていい!」
「で、ですが……」
「それに君は普段から、様々なことをしてくれているだろう? わたしは十分、ジレットからたくさんのものをもらっているよ」
クロードはそう言いながら、ジレットの手で輝くネックレスを取り、そっとつけてくれた。
胸元で揺れるチャームが可愛らしい。
それを見たジレットは、顔を上げた。そこには優しく微笑むクロードの姿がある。
「いつもありがとう、ジレット。今日の茶会の食事も、とても美味しいよ」
「……はい。ありがとうございます」
そう褒められて笑みを浮かべたジレットだったが、やはり贈り物のことが気になった。
茶会が終わり、片付けをし、その後風呂に入ってクロードを見送るのを待っている間も、ずっとずっと何かできないかと考えていた。
「クロード様に何か、贈り物……」
考えてはみたものの、そんなものを贈る習慣などなかったし、ジレットの狭い知識では思いつくはずもない。
クロードが何をしたら喜ぶとか、何が好きかとかは分かるが、いざ贈り物となると難易度が高く、ジレットはうんうんと悩んでいた。
窓のそばで膝をつき、もらったネックレスを月光にかざす。そんなに大きな粒ではないが、とても綺麗だ。普段は服の下に忍ばせておこう、と思う。
そうこうしている間に、クロードがそっと外へ出て行く姿が見えた。ジレットは見つからないように注意しつつ外を覗きながら、頭をさげる。
「行ってらっしゃいまし、クロード様……」
窓を閉めてベッドに横になってからも、浮かぶのはクロードの顔のみ。
(お菓子とか料理とか、そういうものじゃなく。このネックレスみたいに、形に残るものを渡したい)
ジレットの胸に、そんな思いが浮かび上がった。
しかしひとりで悩んでいても埒があかない。ならば相談する相手は、決まっている。
「今度会ったとき、エマとヴィラさんに相談しよう……」
あのふたりなら、いい意見を出してくれるはずだ。
そう自分を納得させ、ジレットは瞼を閉じる。
「おやすみなさい。――明日も、あの方のそばにいられますように」
眠る前の決まり事とかしてしまっている言葉をつぶやき、ジレットはシーツを掻く。
幸せで満ち足りていた気持ちとクロードへの思いを抱え、ジレットは眠りについた。




