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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第一部 メイドは主人を敬愛する
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メイド、街に出る②

 ジレットがはじめにいじられたのは、髪だった。


「こんなにも綺麗な髪なのに、もったいないわ〜」


 そう言いながらヴィラは、ジレットを鏡台の前に座らせた。櫛を使い髪を結っていく。ジレットは最初こそ戸惑っていたものの、途中からはそれを興味深く見つめていた。


(すごい……髪が編み込まれてる……)


 間にリボンなどを挟み込み、ともに巻く。それが差し色になり、髪がより一層華やかになった。

 ジレットが「すごいですね」というと、ヴィラは「最近の若い子はね、こういうのが流行っているんですって」と笑った。


「着ている服も、ちょっと地味よねぇ……他の服も、そんな感じかしら?」

「は、はい……基本的に、動きやすさと汚れが目立たないってことを重視してまして……」

「やだもったいないわ。女はね、いざっていうときや外出するときは、オシャレをしてテンションを上げるものなのよ? 服が変わるだけでも、気分変わるでしょう?」

「……確かにそうですね」


 ジレットは、可愛らしいネグリジェを着たときのことを思い出した。昼間はほとんど仕事に時間を割いているため、夜が唯一オシャレを楽しめる時間だったのだ。


「お仕事は何をしているの?」

「えっと、屋敷の住み込みメイドを……」

「なるほど。じゃあそうなっちゃうわね。だったら下着だけでも、可愛いものつけるといいわよ。外側のオシャレができないなら、内側から、ね?」

「はい、ありがとうございます」


 まぁジレットちゃんは、体のケアはちゃんと出来てるみたいだけど、とヴィラが笑う。ジレットもつられて微笑んだ。


「ジレットちゃんはちゃんと、自己管理してるのね。肌もしっとりしているし、住み込みで働いてる割には傷も少ないもの」

「はい。見た目くらいは、綺麗になりたいと思いまして……」

「いいこといいこと。あ、それとも、綺麗になってそんな自分を見せたい人がいるのかしら? ジレットちゃんの想い人!?」

「えっと……想い人と言いますか。お世話になったひとは素敵な方なので、見劣りしないようにと思いまして……」

「そうなの。ジレットちゃんは真面目さんね」


 はいできた。そうヴィラが言うのを聞き、ジレットは鏡を見た。するとそこには、いつもより大人びて見える自分がいる。


(わたしじゃないみたい……)


 髪型ひとつでこんなにも変わるなど、思ってもみなかった。しかもジレットの周りには、そういうのを機にする輩もいなかったのである。


「あ、の。わたしでもできそうなアレンジって、ありますか?」

「そうね。あるわよ。教えてあげるわね!」

「はい! ありがとうございます」


 ジレットとヴィラがそんな風に話していると、部屋にエマが入ってきた。彼女はいくつかの布を手に持っている。

 エマはジレットの姿を目に留めると、満面の笑みを浮かべた。


「ジレットかわいい! あ、母さん。これ」

「ありがとう〜エマ」


 どうやらヴィラは、本当に服を作るつもりらしい。

 ジレットは困った顔をした。


「えっと、さすがにお洋服をいただくわけには……」

「いいのよいいのよ。お詫びなんだから」

「ですが……」

「うちの娘のせいで、危うく常連客を離しそうになったんだもの。これくらいのサービスは当然よ〜」

「うっ。事実なだけに心に刺さる……!」


 エマが大袈裟な態度を取っているのを見て、ジレットはくすりと笑う。するとヴィラは、ジレットの肩を叩いた。


「というわけだから、一着作らせて。ね?」

「はい。宜しくお願いします」

「ふふふ。こんなかわいい子に頼まれちゃったら、気合い入れないわけにはいかないわね!」


 ヴィラは片目をパチリとつむり、ジレットの採寸を始める。ジレットはそれを受け入れた。


「ジレットちゃん、好みの柄とか色とかってある?」

「いえ、特にこだわりは……似合えばいいかな、と思っています」

「あらやだ。さっぱりしてるのね。でもある意味楽だわ」

「そうなんですか?」

「ええ、そうよ。好きな色と似合う色が違う子って、かなりいるから」


 口を動かしながら、ヴィラはささっと採寸を終えた。

 ジレットはその間、エマの淹れた紅茶を飲むことになる。


「母さんの服はとっても着やすいから、安心してね! ジレット!」

「うん、ありがとう」


 ヴィラはどうやら、ジレットに似合う柄を早々に決めたらしい。楽しそうに型紙を作っていた。


「エマはねぇ、こだわりが多くてうるさいのよ? 体型が隠れる服じゃないと嫌なんですって」

「だ、だって、あたし太ってるし……太いところは見せたくないのっ」

「え? そうなんですか?」


 ジレットが純粋に疑問の声をあげると、エマは頬を膨らました。


「食べるの好きだから、ついつい。でもいいもん。母さんの素敵な洋服が隠してくれるもん」

「あらやだ。褒められてるのか隠れ蓑にされてるのか、分からないわよ?」

「褒めてますぅ!」


 エマが抗議の声をあげるのを、ジレットは優しい気持ちで見守っていた。


(素敵な家庭)


 クロードにもいつか、こんなふうに過ごせる相手ができるのだろうか。

 そしてそのとき、ジレットは彼の役に立てるのだろうか。

 そんなことを、ふと考えた。

 ちくりと、胸元に何かが刺さったような。そんな気持ちになる。


(何かしら、これ……病気?)


 風邪の前症状かもしれない。そう思い、ジレットは「体調管理、しっかりしなきゃ」と内心拳を握り締めた。クロードは優しいので、ジレットの体調が悪くなるととても心配する。


(メイドが世話されるなんて展開だけはやめなくては……!)


 そうなれば、ジレットの存在意義が危うくなる。ジレットはぶるっと身を震わせた。

 そんなとき、エマが声をかけてくる。


「そうだ、ジレット。これはあたしからのお詫び。受け取って?」

「これって……」


 エマがジレットに差し出したのは、赤茶けた紙を使って綴じたノートだった。中を除けば、そこにはびっしりと文字が連なっている。

 内容はすべて、美容に関することだった。


「ほら、教えて欲しいって言ってたでしょう? 軽くだけど、まとめてみたの。さすがに口だけで説明するのは難しいからね〜」

「こんなに……まとめるの、大変だったでしょう?」

「いいのいいの! あたしはむしろ、それをジレットが大事にしてくれるほうが嬉しいな」


 ジレットは、胸元辺りが温かくなるのを感じていた。


(どうしよう……嬉しい)


 あまり人が好きじゃなかった。クロードとともに過ごせれば幸せだと、そう思っていた。

 にもかかわらず、ジレットは今とても幸福を感じていたのだ。それはクロードからもらう幸福感とは違ったが、確かにとても温かいものだった。

 出会ってからまだ間もないのに。


(こういう気持ちって、こんな些細なことで湧き上がってくるものなのね)


 ジレットは頬を染め、ノートを受け取る。


「ありがとう、エマ。大事にするわ」


 そんなジレットを見て、エマはとても嬉しそうにした。


「ありがとう、ジレット! そう言ってもらえると、ほんと嬉しいっ」


 そんなエマに向けて、ヴィラはにまにまと怪しげな笑みを浮かべた。


「エマ、かなり頑張ってたものね〜。休みの日はうんうん唸ってたわ……レオが「姉ちゃん怖い」って言ってたわねそういえば」

「あ、あいつぅ……!」


 エマが憤慨するのをジレットは声を上げて笑ってしまった。


「うふふ。エマったら!」

「……ま、まぁいいや。ジレットが笑ってくれたし!」

「エマの奇行、他にもあるわよ? ジレットちゃん聞いていく?」

「母さん!!」


 エマが怒るのを、ジレットは微笑ましそうに見つめた。

 そして頭をさげる。


「すみません、そろそろ帰らなきゃいけないので……また来ますね」

「あら、そうなの。残念だわ。時間があればうちでご飯食べていけばいいのに」

「母さん。ジレットは住み込みで働いてるんだから、無茶言っちゃダメだって」

「そうね〜」

「お気持ちだけ、いただいておきます」


 ジレットはぺこりと頭をさげた。去り際ヴィラが「次までに仮縫いしておくから、また寄ってね」と言ってくる。ジレットは笑顔で頷いた。

 そしてエマに見送られ、雑貨屋を後にする。


(何かしら……エマに会ってから、街に出るのも悪くないって思ってる自分がいる)


 ジレットは少し弾んだ気持ちのまま、街での用事を済ませた。

 そして意気揚々と屋敷へ帰る。


「クロード様、喜んでくれたら嬉しいな」


 今日は、クロードとともに薔薇園でお茶をするのだ。そのために、とびっきりのお菓子を買った。


(クロード様だから、髪型に関して触れてくれるかもしれないし……)


 クロードが何か言ってくれるだけで、ジレットは嬉しくなるのだ。彼の言葉さえあれば、とても幸せになる。

 ジレットはそんな気持ちを抱えたまま、スカートの裾を揺らした。

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