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わたしは吸血鬼様の非常食  作者: しきみ彰
第一部 メイドは主人を敬愛する
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メイドの一日①

 美味しい食事に必要なものとは、一体なんだろうか。


 それは、質と鮮度の良い食材を使った、盛り付けも美しい料理ではないだろうかとジレットは思う。


 まず第一に、盛り付けだ。どんな場合であっても、初めに目につくのは見た目であるからだ。


 皿の上に肉が一枚乗っているより、肉にほどよく焼き目がつき、彩り豊かな付け合わせが乗っていたほうが断然食欲をそそる。塩だけでなく、ソースがかかっていたらなお良い。ソースが肉から流れ落ちる様は、見ているだけで美しいのだ。知らず知らずのうちに唾を飲み込んでしまう。


 次に、味である。どんなに盛り付けが良くても、味が伴わなければ食べ続けたいとは思わないからだ。

 料理の味というものは、食材の質が大いに影響する。

 ほど良く脂が乗った牛肉は、焼き方さえ気をつければ塩をつけただけでも十分に美味しいと感じるからだ。


 それは野菜もまた然り。栄養がたくさんある土で育った形が整ったものが美味しい。

 蒸かしたてのじゃがいもに、バターと塩を乗せて食べる。これが美味いと感じるためにはやはり、じゃがいもそのものの質が高くないといけない。

 そしてそのためには、かなりの年月を要する。


 これらは人間における常識である。

 そしてこれは、吸血鬼(・・・)に対しても通用するのではないか。


 ジレットがそんな考えに至ったのは、ある意味必然であった。


 健康的で見目麗しい人間から得られる、みずみずしい血液。

 それは吸血鬼にとって、何よりのご馳走に違いない。

 ない頭を絞りその考えに行き着いたジレットはゆえに、心の底から尊敬し敬愛する吸血鬼様(クロード)のために、自分磨きを始める。


 ――すべては、クロードに美味しく食べてもらうため。


 それが自分にできる最高の奉仕だと信じて。

 ジレットは今日も奮闘する。











 魔術大国ミストラル。

 ここは、ありとあらゆる魔術はここから生まれるとさえ言われるほどの国であった。

 首都は人が多く賑わっているが、少し外れればのんびりとした風景が覗く。そんな首都から少し外れた森に、クロードの屋敷はある。


 森の中にひっそりと佇む屋敷は暖かな色味を放ち、日の光を浴びていた。外は小さいながらも整えられた庭がある。春先ゆえにまだ寂しいが、そろそろ早咲きの薔薇が花開く頃だ。


 そんな屋敷に住むジレットの朝は早い。

 主人が起きてくる前に、一階でやるべきことを終えてしまわなくてはならないからだ。


 起きて空気の入れ替えをし、ベッドを整え、動きやすい服に着替えたジレットは、階段を降りて一階の部屋を片っ端から回る。そして窓を開け放ち、新鮮な空気を入れるのだ。


 それが終わると、彼女はカゴを持って裏の畑へと向かう。

 そこには数多くのハーブや野菜が植えられていた。


 ここの管理をするのも、ジレットの役目である。特にハーブは、クロードが薬を調合する際に使う大切なものだ。大切に育てなくてはならない。

 朝食に使う食材をいくつか見繕った彼女は、水やりをしてから立ち去る。帰りに近くの井戸から水を引き上げ、台所へと向かうのだ。


 昨夜のうちにとっておいた鳥のスープを鍋に入れ、コンロに小さな火の魔石を放り込んだ。これさえあれば、魔力がない者でも魔術が使える。ジレットは鍋を火にかけ、そこに綺麗に洗ってから切り揃えた野菜を入れていく。朝摘み取ったハーブも入れた。入れるだけでとても美味しくなるからである。

 野菜に火が通り、塩で味を整えればスープは完成だ。


 ついでに、別の鍋を使い豆と野菜を茹でておく。


 その間に、テーブルの上を整える。ジレット手製のテーブルセンターは、薔薇の模様が描かれた布で作られていた。

 その上にランプを置き、また魔石を使って火を灯す。すると、部屋がぽう、と明るくなった。スプーンとフォーク、食器を二人分用意し、セットはおしまいだ。


 茹でた野菜と豆をボウルに盛り付け、その上にヤギのチーズをちぎって乗せる。簡易ながらもドレッシングを作ってテーブルへ。

 昨夜のうちに焼き上げておいたパンをつければ、朝の支度は出来たも同然だ。


 クロードには好き嫌いはない。そのため献立には困らなかった。

 ジレットとしてはそれが、少し物足りなかったが。


 そんなことを思いながら、ジレットは忙しなく動く。スープが煮立つ前に、一階の窓を閉めてカーテンを閉じなくてはならないのだ。

 クロードは吸血鬼であるため、日の光を何より嫌う。体が焼けることはないが、浴びるととても不快な気持ちになり、魔力が落ちるのだとか。

 敬愛する主人にそんな思いをさせないためにも、ジレットはしっかりと確認をしてから外に出た。


 台所へ戻ってきた頃にはスープも煮立ち、良い匂いを漂わせている。ジレットは小皿にとり味見をしてから、塩を足した。火を止めて置いておく。クロードは、熱すぎるものが苦手だった。


 クロードがやってくるのを待っていると、彼は気だるげな様子でリビングに入ってきた。

 ジレットはすかさず笑みを浮かべる。


「おはようございます、クロード様」

「……ああ。おはよう、ジレット」


 長めの金髪を掻き上げ。空色の瞳が不愉快そうに歪んでいる。かといって機嫌が悪いというわけではなく、寝起きだからである。

 日を浴びることのない肌は白くきめ細やかで、女のジレットですら羨ましいと思ってしまう。


 彼こそ、クロード。

 ジレットが尊敬し敬愛する、吸血鬼である。


 朝から眼福だったと胸をときめかせつつ、ジレットは椅子を引いて座るように促した。

 彼はぼんやりとしたまま席に着く。

 彼が席に着いたのを確認してから、ジレットはスープを深皿よそいテーブルに置く。スープからはほのかに湯気が立ちのぼっていた。

 それから自らも向かい側に座る。


 一使用人であるジレットがこうして同じ食卓に着くということは、彼女にとってはとても異例の事態であった。仕え始めてから一年ほど経つが、慣れたのは最近のこと。

 未だに、食事中は緊張する。それはそうだ。こんなにも美しく気高い方が、共に食事をしているというのだから。


 ジレットはクロードの顔を盗み見た。


 長く伸びた金色こんじきの髪に、切れ長の青い瞳。彼を形作るすべてが美しく、また尊い。

 そんな彼に仕えられている幸福を噛み締めながら、ジレットはスープを口に運んだ。


 クロードがいなければ、ジレットは今頃娼館(しょうかん)か奴隷市場にでも売られていただろう。彼女は親に売られた子どもだった。

 このように平和的な朝を迎えられているのは、クロードがジレットの乗った馬車を壊し、彼女を連れて行ったからだ。

 そのときの光景は今でも忘れられない。


 真紅に染まる瞳がこちらを覗いていた。

 売られた子どもを買った男を食べたのであろう。その口元は鮮血がこびりつき、顎先から滴り落ちていた。


 同じ馬車に乗っていた奴隷たちは、そのおぞましい光景を目の当たりにし悲鳴をあげて逃げたが、ジレットだけは逃げなかった。むしろ美しいと、そう思ったのだ。

 それが気に入ったのか、クロードはこうしてジレットを屋敷に連れ込み、こうして雇ってくれている。お金も毎月きちんと支払われ、彼女はそのお金で自分磨きをしていた。


 いつでもクロードに食べられても良いように。

 また、クロードが食べたいと思えるように。


 そのためなら、どんな努力も惜しまなかった。


(だって、わたしがクロード様にお返しできるものなんて、それくらいだもの)


 ゆえにジレットは、自身を非常食だと思っている。

 そう、もしものときの備えである。

 その備えが美味しかったと、少しでもクロードの記憶に残ればそれで良い。


 彼女はどこまでも献身的であり、謙虚であった。


 食事が終わればジレットには、クロードの身だしなみを整えるという重要な役割が待っている。

 髪に櫛を通すのは毎回緊張した。

 それを器用に三つ編みにし、左肩から垂れ下がるようにする。それだけなのに、クロードの美しさはさらに洗練されたものになった。


 白のシャツに黒のズボンという簡易な出で立ちにもかかわらず、とても美しい。ジレットはうっとりする。しかしふと気づき、「失礼します」と声をかけてからシャツのボタンを留め直した。どうやら、寝ぼけていたせいで掛け間違えたらしい。


「はい。これでもう大丈夫です」

「そうか。ありがとう、ジレット」

「……もったいのうお言葉にございます」


 だからついつい胸がときめいてしまうことも。可愛いなどと思ってしまうことも。

 クロードには決して、知られてはいけない。ジレットはあくまで使用人なのだ。主人に対して思って良い感情ではなかった。


 彼の糧になれる。それが至福。

 彼の側で仕えられる。それが至高。


 クロードが一階の執務室に向かったのを確認した後、ジレットは踵を返す。


「さあ。お仕事をしましょう」


 そうつぶやき、頷く。

 ジレットの一日は、まだ始まったばかりであった。

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