4話 動き出した歯車
~ブタック side~
ここは戦闘奴隷収容棟の最上階にあるブタックの部屋である。
内装は金銀や宝石で彩られ、まさにブタックの人となりを象徴しているかのようだ。
部屋に差し込む日の光が、宝飾品の数々に反射しその場にいるだけで目がチカチカする。
その光がある男の油顔でさらに反射している。そう豚ことブタックのことだ。
彼は今先程のことについて思案していた。
ふむぅ、不思議なこともあるものですねぇ。
ここの警備は万全ですし、侵入を許したとなると。ふむ。
本人は何も知らないと言ってますし、何者かの手引きですかねぇ。
彼には死ぬまでここで戦ってもらうとは言いましたが、
殺してしまうのは悪手ですよね。
とりあえずは様子見ですかね。
「アムネ」
「はっ!こちらに」
ブタックが名前を呼ぶとこの部屋には他には誰もいなかったはずなのだが、
どこからか突如姿を現し、ブタックの前に片膝をつけ恭順の意を示す者がいた。
アムネと呼ばれた者は、淡い紫色の髪とアメジストの様に透き通る瞳を持った女だ。
そしてその身に纏うのは全身黒装束の袴のような衣装である。
その身体は程よく引き締まっており、胸も引き締まっている。
いや、胸は引き締まってはいない。
なぜなら彼女は幼女なのだ。
身長が135cmくらいしかない、幼女なのだ・・・
「今朝のことはもう知っていますね?」
「はい」
「それではあなたは彼のことを監視して下さい。
逐一報告するようにお願いしますよ」
「承知!」
そう言うと、今度も何の音も立てずに音その姿を暗ました。
彼女の立っていた場所に1枚の羽根を残して。
さてさて何かおもしろいモノでも出てきますかねぇ。
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~数日後~
「報告します!」
「アムネですか、ではお願いします」
「はっ!まず何者かがこの件に関与していると思われる動きは確認できませんでした。
次に第10フロア監房長があの者に暴行を加え、食事を一切与えてない模様です」
「ふんむぅ。何者かの動きは見られませんかぁ、それならば本当に何も知らずに。
いえいえ、私としたことがそうと決めつけるのは早計でしたね。
監房長についてですが、それは餌になることでしょうしやりたいようにさせましょう。
今後とも報告お願いしますね、もう行っていいですよ」
「はっ!」
何か出てくるかと思いましたが、何もありませんねぇ。
もう少し様子を見てみますか。
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~さらに数日後~
「報告を聞きましょう」
「はっ!やはり何者かの足取りは掴めませんでした。
彼はあの後も水さえ一切与えられず、現在衰弱状態です。
恐らく、もう長くは持たないかと」
「そうですかぁ。裏にいる者の気配さえない。
彼が死にかけているというのになんの手も打たない、となると。
彼の言う通り白でしたかぁ。
まぁいいでしょう、どうせもう使い物になりません。
この件はこれで終わりです。彼は監房長の好きにさせましょう。
そしてアムネこの任を解きます。指示は後日新たに」
「はっ!」
こうしてブタックはあの日までこの事を思い出すことは無かった。
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~その後~
その日はいつもと変わることのない1日になるはずであった。
しかし円形闘技場のVIP席にて観戦を楽しんでいたブタックの元に、
ある報が届いたのである。
「カイゼル様、すぐに聞いて頂きたい報告があります」
「なんですかぁ、そんなに急用なのですか」
そう言って颯爽と現れたのはアムネである。
声には抑揚を付けずにその心情を出してはいないが、
その目は、緊張した真剣な眼差しであった。
「はい。一月程前に突如第10フロアに現れた男に関してです」
「ほう、では手短にお願いしますね」
「あの後も水さえ与えられず、1度は心臓まで止まった様なのですが・・・
生き返りました」
「なんですと!?!?」
「さらに第10フロア監房長が突如姿を消しました。
生き返った男はそのまま房に収容されています」
生き返ったですと!?
しかも1度は心臓が止まって。
「はぁ、そうですねぇ。監房長が消えた瞬間は確認しましたか?」
「いえ、例の男の死亡を確認しただけでその後は・・・
そして監房長が消えたのが2日前のことです。
他に目撃者もいません。そのフロアの係員も2日もいなくなったことで
ようやくおかしいと思ったらしく、それで今朝発覚しました」
何者かの手によるものであれば監房長ごとき殺す意味が分かりませんねぇ。
そうであるならば彼が?
いや、しかしわざわざ再び自分の檻に戻りますかねぇ。
「まずは新たな監房長の手配をしましょうか。
次に鑑定をできる者に彼を見てもらいましょう。
あなたはまた何か気付いたことがあれば報告お願いします」
ふぅ、また面倒なことになりましたねぇ。
もし彼が使えるのであればとことん使う方針で行きますかぁ。
1度戦わせてみますか。
~~~~~~~~~
~魁人 side~
まずはステータスの確認からだな。
種族: 霊人族
名前: 岸和田 魁人
Lv 1
体力 330/330
魔力 540/540
霊力 2000/2000
攻撃力 270
防御力 240
俊敏 285
魔攻力 300
魔防力 240
固有スキル: 透視 霊視 憑依 瞑霊想 仮死 変装 アイテムボックス
魔法: 無属性魔法 魔力操作 魔力探知
合成魔技
火魔法 水魔法 風魔法 土魔法
雷魔法 氷魔法 光魔法 闇魔法
精霊魔法 空間魔法
耐性: 状態異常無効 飢餓耐性
称号: 神の加護 奇跡を招く者 家族愛
不屈の精神 ※※の可能性
このステータスは絶対に普通じゃない。
だから俺はステータスを隠蔽することにした。
目の前に出てきたステータスを凝視することで隠蔽は可能なようだ。
ついでにHP等の表記は見にくいから変更してみた。
鑑定は誰ができるか分からないから念には念をだ。
そしてこれが他人から見たステータスだ。
種族: 人族
名前: ジャック (奴隷)
Lv 30
体力 756/756
魔力 273/273
攻撃力 270
防御力 240
俊敏 285
魔攻力 122
魔防力 106
魔法: 無属性魔法 火魔法 風魔法
空間魔法
この世界の人の鑑定でどれだけの情報が見られるのかは分からない。
しかしこれくらいのステータスなら問題はないと思う。
無属性魔法ならほぼ全ての人が使えるらしいのだが、
他の属性魔法を使うことができるのは、
人族の内2割程度らしい。
そして4属性を使える者は一流と呼ばれる。
つまり俺はステータスそこそこ、魔法もそこそこできる奴設定だ。
一流の部類と言う設定だ。
この世界は姓を持っていると貴族の家系らしいから、
ジャックだけに設定しておいた。
そして今所持しているスキルの確認だったな。
ここは便利な透視の出番だ。
どんなスキルなのだろうか。
~霊人族~
岸和田魁人を始祖とする、人と霊それぞれの理を繋ぐ一族。
霊を以て人と成し、人を以て霊と成す。
何を言っているのかさっぱり分からない。
始祖とかはちょっとかっちょいいけどさ。
次の一文は抽象的すぎだよ。
一々考えても仕方がないから一気に見ていくか。
~霊視~
霊を見ることができる。
視界を遮る壁を越えて視界を広げる。
~憑依~
霊を自分の魂に憑依させることにより、
その霊の霊力を自分の霊力に上乗せすることができる。
~瞑霊想~
目を瞑り身体を停止させている間、脳の処理速度を著しく加速される。
憑依状態で使用すると、霊を瞑霊想内に入れることができる。
~仮死~
仮死状態になる。
~奇跡を招く者~
奇跡を起こし易くなる。内蔵する力の出力を上げる。
~不屈の精神~
HPが5%以下になるとステータスが1.5倍になる。
即死の一撃を受けてもHP1で耐えることが出来る。
「ふむふむ、霊って幽霊のことか?
それが見えるって怖いな、ホラーかよ。
瞑霊想は一度やっているから分かるな。
憑依は実際にやってみないと何とも言えないし。
仮死に関してはやるのに勇気がいるな・・・
称号に関してはかなりすごいんじゃないのか?」
「おい小僧お前幽霊が見えるって?」
「あぁ、なんかそうらしいな」
って、あれ?
誰か話しかけてきたか?
咄嗟に回りをキョロキョロ見渡してみる。
「そっちじゃねぇよ。お前さんの後ろだ」
「うわっ、おっさんいつからそこにいやがった!?」
首を後ろに回すと部屋の奥の角にあぐらをかいて
ニヤニヤ笑ってる変態がいた。
上半身が裸、しかも腹が綺麗に割れていて
厳つい髭を蓄えている。
下は半ズボンだけを着ており。
裸足だ。
こいつは間違いなく変態だろう。
「俺かぁ?俺はお前がこの部屋に突然現れた時からいるぜ?
正確にはそれよりもずっと前からな」
「そんなバカな。俺はあんたみたいな変態知らないぞ。
俺の部屋から出てけよ」
「誰が変態だ!それになここはお前の部屋じゃない。
俺の部屋だ。分かったか小僧」
「いやどう考えても俺の部屋だろ。
てかおっさん、あんた誰?」
「いや、どう転んでも俺の部屋だ。
ふっ、まぁいいかせっかくおもしろい奴に会えたんだからな。
俺か?俺は幽霊だ」
「いやいや、そういう冗談いいから。で、誰?」
「お前さっき自分で言ってなかったか?
幽霊が見えるって」
そう言えば、さっき呟いてたけど。
このおっさん普通の人間みたいに見えるんだけど。
あっ!そっか!
透視を使ってみれば分かるかもな。
種類:霊
名前:ザリアス・ルーベンティン
え?これだけしか表示されない?
バグってんのか?
種類:霊
名前:ザリアス・ルーベンティン
何度見てもやっぱりこれだけの情報しか出てこないようだ。
本当にこのおっちゃん幽霊だったのかよ・・・
俺の種族のせいか霊視のせいか分からないけど
本当に見られるようになったんだな。
でもこれじゃ生きている人間と区別がつかないな。
何か見分ける方法はないかなぁ。
目に意識を向けて霊を霊と認識するイメージ。
霊ならやっぱり透けて見えないと不自然だ。
できた!おっさんの身体が少し透けたぞ。
これで見分けがつくな、よし。
「疑って悪かったなおっさん。いやザリアス」
「ほう、お前俺のステータスまで見ることができるのか。
なかなかやるじゃねぇか。がははは!」
「俺は岸和田魁人だ。好きに呼んでくれ。
ところでザリアスはなんでこんなところにいるんだ?」
「なんでいるのか、正直俺にもよくわからねぇんだ。
気付いたらここにいた。
俺はずっと昔ここで剣闘士として試合に出ていたんだけどよ。
あの頃は今のように殺し合いなんかしていなかった。
そりゃたまに死人は出るがな。
ここには世界中から強者が集まって来てな。
己の技を磨くために、名声を求めるためにだ。
そんな奴らの為の場所だった。
俺もここじゃ強い方だったんだぜ。
だがな、ある日この国の王が気でも狂ったのか、
反逆を企てているとかって理由で俺を吊し上げたのさ。
そして俺の親友が王に与してその手によって殺された。
いや、俺だけじゃねぇな。
当時名のある闘士達は尽く殺されていったな。
他の奴らもどっかで幽霊にでもなってるんじゃねぇか?
けど俺は納得できねぇんだ。あいつはそんなことするような奴じゃなかった。
そんな思いが現世に俺を留めさせたのかもな。
ちなみにこの部屋はまだ俺が駆け出しだった時に暮らしていた部屋だ。
思い出の詰まった部屋なんだよ。
今みたいに鉄格子はなかったけどな。はは。
なんかシケタ話になっちまったな。すまねぇ。がははは!
幽霊になってから初めて話すことができたからな。
ありがとうよ。がははは!」
昔のことを思い出して語っているザリアスの瞳は、
俺には想像もできない程遠くを見ていた気がする。
その顔はどこか悲しげで、儚げで、どこか楽し気も含んだ複雑な表情をしていた。
「ザリアス、じゃぁあんたはなぜここにいるのかも分からない。
何かしたい訳でもないんだな?」
「あぁ、特にないな」
「そっか、じゃぁここから出てけ」
「おいおい、それはあんまりじゃないの?
ちょっとぐらい同情とかないの?ねぇないの?
あっ、そっか俺がいるとできないもんなぁ?
お前も年頃の男だしなぁ!
かっはっはっは!」
まったく。ニヤニヤしながら茶化してきやがる。
確かにこいつの過去には同情しないこともないが
こんな狭い部屋でおっさんと2人とか嫌だろ!
「でもおっさん。よく考えてみろよ。
俺奴隷だし、ここから出られないし、
1人で自由にどこかに行った方がいいだろ?」
「確かにそうなんだけどよぉ。
どうもお前から一定以上離れると自我が薄れるっぽいんだ」
どうやら意識が芽生えた時すでにどこかしらに
行ってみたことがあるらしい。
しかし、だんだん意識が薄れてきて
そのままいればどうなるか分からなかったため、
ここに戻ってきたら元の状態に戻ったらしい。
「だから俺はあんまりお前から離れられねぇ」
なにそれ。おっさんストーカーなの。
変態なの。
粘着野郎なの。
「つってもなぁ・・・」
するとおっさんが何か閃いたような顔をする。
「そういえばお前殺してぇ奴がいるんだろ?」
「あぁ、すぐにでも殺したいな。
ただ、まだ力が足りない」
するとおっさんはニヤッと口角を吊り上げると、
子供がイタズラを思いついたような顔になった。
「なら俺がお前を鍛えてやるよ。
俺はこのコロシアムで死ぬまでただ1人の0ランク闘士だった。
つまり俺は頂点に君臨していた。
特にやりたいこともないし、お前を鍛える代わりに
当分はここにいさせろ」
やべぇ、おっさんの眼光急に鋭くなりすぎだろ。
てかなんかめちゃくちゃ強そうじゃん。
そんなにすごい奴なの?
ただの変態じゃないの?
しかしこれはチャンスだよな。
それだけの実力者に稽古をつけてもらえる。
「・・・分かったザリアス。
俺に戦い方を教えてくれ。いや、教えてください」
そして俺は頭を下げる。
確かにザリアスから提案はしてきたが、俺1人だけで殺されずに勝ち進めるか?
と考えた時に正直かなりの不安が残る。
だからここは素直に教えを乞うべきだと思った。
「そんなに畏まるな。
別に今まで通りでいいさ。
ところでだ、お前の名前を聞いてなかったな」
「そういえばそうだったな。
俺はジっ・・・カっ、カイトだ」
ジャックと言いそうになったが
ここは本名を伝える。
なんだかんだこの世界に来てから
初めてまともに話せる相手だし、なによりこれから世話になる。
「それじゃあ、よろしくなカイト」
ザリアスが握手を求める手に俺も答える。
「あぁ、よろしく頼む」
なんかザリアスの印象が大分変わったな。
隙がなくなったと言うか、頼もしいというか。
安心してついていけるような雰囲気だ。
これが強者の風格というものか・・・
見直したわ。
「ところでカイト俺は少しくらいなら離れることができる。
ナニが終わったら教えてくれ」
そんなことを爽やかな表情でサムズアップしてくる。
「ナニって何?」
するとザリアスは爽やかな表情のまま
腰の前で手を上下運動させる。
「・・・てめえ!!!もうなんかがっかりだよ!!
さっきの時間返せや!てか何してんだよ!!!」
「ナニしてんだよ!!」
「俺と同じこと言うんじゃっ・・・」
と、言いかけて俺は気づく。
そういうことかと。
なんか一本取られたようでムカつくなぁ!
てか高校生かよこいつ!
ただのエロ親父だろ!
「がっはっはっはっはっは!」
「ふっ」
1人で爆笑してるし。
もうなんかいいや。
呆れる反面、こんな状況を楽しいと思った自分もいた。
そんなこんなでおっさんとの修行が始まった。
~~~~~~~~
カツッカツッカツッカツッ
石畳の上を複数の足が踏み鳴らし、
暗い廊下に木霊する。
それはきっちりと俺の部屋の前で鳴り止み、
男が口を開いた。
「おい、568番。面を上げろ」
この数字は俺のここでの呼び方だ。
囚人番号のようなものである。
そして俺はゆっくりと顔を上げた。
すると、豪奢な服を年若い、皆目麗しい女が立っていた。
その後ろにはその女よりも質素だが
他の者よりは上等な服をした男と、
それらを護衛していると思われる4人の男達がいた。
俺は全体を見定めるようにゆっくりと確認した後、
その女の目を見た。
「っ!?」
すると一瞬だけその女は顔を硬直させ、
驚愕を瞳に宿した気がした。
「なんだ?俺に何か用か?」
さっきのことが気のせいであるかの様に
女は無表情のまま単調な喋り方で言葉を紡いだ。
「あなたのステータスの確認をしに来ましたわ。
特に変わったところはありませんわね。
こちらに彼のステータスを書き写しました。
どうぞ」
女は手に持つ紙を後ろの男に渡す。
「確かに、ほう。なかなかできそうな男だ。
属性魔法も3種。これからの活躍に期待するとしよう」
一瞬ヒヤっとしちまったよ。
鑑定をかけられたのか。
女がまだこちらをじっと見てくる。
「生き残れるようにせいぜいあがくことですわ。
この不届き者が」
あれなんかイメージと違うような・・・
それだけ女は吐き捨てると蔑んだ目をこちらに向けて、
視線を外しながら踵を返し行ってしまった。
なんだったんだあいつは・・・
「さて、次の話に移る。
お前のステータスに異常が見られなかったため、
今度の試合に出場してもらう。
今日から丁度7日後だ。
これからは飯も出るからな、と言っても
粗末な物だがな。
まぁ、せいぜい頑張れ」
するとその男も踵を返した。
そうか、ついに試合に出るのか。
最初は勝ち上がれるはずだ。
だが、その後のことを考えると
もっと強くならないといけない。
7日後か、時間はないな。
「ザリアス頼むぜ」
「任せろ」
さぁて、豚野郎待ってやがれ。
絶対に殺してやるからな。