第壱章「破れた世界の隅で」 第壱話
プロローグも終わり、ようやく第一章の開始です
宜しくお願いします
「ちょっといいですか……?」
グリュープスの格納庫でエリス・モラリスに声を掛けてきたのは整備主任のモニカであった。
金髪で小柄故なのかどこか愛嬌があり、リスなどの小動物を連想させていた。
それと相反するように、整備で視力が落ちたのを補う為のメガネの奥にあっても意思の強さを秘めた瞳が見えていた。
「あの機体なんですけど」
「解析が終わったのかしら?」
「それが無理なんです。プロテクトが108個かけてありまして、それをこのグリュープスにあるPCで突破するには無理です。本国に移送してなら判りますけど、それでも突破するには最低でも一年、遅くても数年は掛かる可能性があります」
「……で、それでもどこまで判ったの?」
「判らない事だらけです。コックピットハッチは緊急性も考慮され、特殊なロックもなく普通に解除は出来ました。推進剤の給油口などはありますけど、情報の部分ではソケットがあっても一切アクセス出来ないんです」
「何処にも?」
エリスが知っているアーマード・ロイドの構造でもそれは聞いた事がない。
「メンテナンスハッチもあるんですが、それも電磁ロックが掛かっていてアクセスも開ける事も出来ません」
「……つまり一切を秘匿している機体なの?」
「それは判りません。でも判った事が三つあります。一つはコックピットの真後ろに何かの空洞状態のモノがあります。これは報告されている通り、通常のシステムではないモノが明らかに搭載されている可能性があります。あと既に報告されていますがとても堅牢な装甲です」
「320mmバズーカでも破壊されなかったとか。流石は『悪魔的天才サルワトール』が自ら開発した機体、ていう事か……」
「とにかく傷一つついていないです。いくらアーマード・ロイドが通常兵器とは一線を画していても装甲はこれまで通りのセラミックカーボン複合材と特殊チタンの複合材で、砲弾などで破壊されます。でも……」
「傷一つ付いていない、か」
「ゼルトナーよりもふた回り近く巨大なのは恐らく必要な出力を確保し新機軸を盛り込む為にあえて大型化させた可能性があります。パワーもゼルトナーのフレームを握り潰した位です。それに全体重量ですが、ゼルトナーと同等かそれよりも軽いんです」
「軽ければ軽い程、それだけ機体に俊敏性や機動性が高いという事ね。それに推進剤の積載量が増えて行動範囲や機体可動時間の延長が出来る」
「あと判っているのは胸部中央にあるマルチセンサーです。詳細はレポートで再度提出します」
「まだ何かあるの?」
何か言い淀んでしまったモニカを見てエリスは訪ねてみた。
「……まだ何か機能が備わっていると思います。これは個人的な主観ですけども変形機能があるかもしれません」
「変形機能?」
エリスの片眉が上がったのをモニカは見逃さなかった。
「判りますよ、本来では第5ないし第6世代機で実現すると言われている機能です。見た目でも判る出力を活かすのであれば全てのスラスター出力を同一方向に向ければ推力もそれに適したものになります」
「でもフレーム強度の問題やコストで難航しているとも言われているわ」
「まだ定義はされていませんが悪実に第五世代を超えていると思います。もしこれが本当であればあまりにも先行し過ぎていますし、これまでのアーマード・ロイドの常識を覆す機体です」
「どうにも性能面だけではないらしいわ」
「それと本当にパイロットが男性なら。もし、この話が本当ならこれまでの常識が覆ります。けど……」
「けど?」
「欠陥機の可能性もあります」
「どういう事?」
「もし、その話が本当なら一人のパイロット、それも男性である彼しか認証しないのであればどんなに高性能機であっても欠陥品です。そのパイロットは居ない場合は動かせれませんし戦力になりません」
モニカの言う事は最もでありエリスにおいてもそれを納得した。
「にわかに信じられないけど二人の言っている事は辻褄があっているのよね」
これは先程、ナオとカルディナを事情聴取からの内容を加味して、である。
ジーオンを収容し、コックピットを開いたら二人が倒れていたのだ。
彼女達の常識からしてカルディナをパイロットと見ていたが、どう言う訳か雲行きが怪しくなった。
上野ナオ、彼がパイロットであり異世界から来た、と。
カルディナはジーオンの統括ユニットであり尚且つ人工生命体でもある、と。
カルディナに至っては、精密検査はしていないが外見は人間と同じ外見である。
「パイロットが男だ、ていうのは俄かに信じられないけど……」
エリスにおいては緘口令でもしこうかと思ったが、
「狭い艦内でやっても意味が無いわね」
どの道知れ渡る事なのであえてしなかった。
もしこの仮説が正しければ、これまで第三世代機以上は女性パイロットで17歳までしか受付なかった事実が根底から引っ繰り返される事になるのだから。
「そんなに半信半疑なら実際に乗せればいい」
話を聞いていたシャナーダが割って入ってきた。
「まあ、あたしはその話は本当の可能性が高いと思う。何せウチの部下が助けられた時に男の声を聞いている」
「は、はい。確かに男の声で私に逃げるように言ってきました」
シャナーダの部下の一人、エーメル・フラッダである。
「万が一にでも相乗りしているとして、そんなカッコいい事、言うと思うか? 操縦している本人、緊迫している人間で状況を理解している人間にしか言えないさ」
「確かに……」
「それにこいつが礼を言いたいそうだ。だから面会許可が欲しい」
エリス自身、ナオとカルディナを隔離している訳ではないのだがマニィーが慎重な姿勢を崩していないのだ。
それでも二人は完全に拘束されている訳ではない。
手錠などされてはいないが、部屋の前に銃器を構えた兵士が二人居るだけであった。
「あれでも彼女なりに随分と譲歩しているのよ。機体を扱えるパイロットを無碍にはしたくないし、それにまだ説得が出来ている訳でもないのよ」
「それはマニィーに任せるさ。あたしはコイツと、コイツを助けてくれた礼を言えればいい」
「そう、じゃあ手配しておくわ。処で……」
気がかりな事があり、エリスは退出しようとしたシャナーダを呼び止めた。
「その……大丈夫?」
「え? 何が?!」
シャナーダにおいては内心で、判っている事を聞いてくる、と思った事であろうよ。
「大丈夫も何も、戦争をしているんだ。お飯事じゃないから……」
頭では割り切っていても感情では理解していないからこそ、シャナーダは僅かながらに苦悶の表情をしてしまった。
「これまで部下や仲間を失った、何人も。そりゃあ悲しいさ。でも、それで戦争は終わらない」
悲観に暮れ、祈りだけでは決して戦争が終わらないのを彼女は知っている。
「……悪いけど、パイロットの補充を頼むよ。二人じゃなにも出来ない」
ナオは自分が置かれている状況をある程度、理解出来てきていた。
クシャナトリア国の強襲艦「グリュープス」に機体ごと収容され、近隣の基地に向かっている事と、そしてここはナオが居た世界ではなく「ヴェルト」と呼ばれている事。
クシャナトリア国、ブライムダル国、トータナレヌ国、キングダライム国、海洋都市ドラグラムロの5各国が戦争状態にあり、その戦乱も永きに渡り続いている事も。
(一番、びっくりしたのが……)
そして何よりもカルディナの事である。
(立体ビジョンか何かと思っていたけど……)
「何か?」
「な、何でもない……」
彼女、カルディナを見て林檎とは違ったベクトルにある美しさに見惚れるていた。
眉目秀麗でキチンと整った風貌であるがとにかく異色を極めている。
一際目を引くのが溶かし込んだような銀髪と金銀妖瞳が彼女を印象付ける。
そのようなカルディナを見れば、少し以上に意識するのは男性の心理というものだ。
「どうなっているんだ?」
「先程のマニィー副長の話ですか? 事実の側面であるかと思います」
「そう、だよな……嘘じゃないと思うんだけど」
嘘には二種類あり一つは事実に対して真逆の事ないしデタラメな事を指し、もう一つは事実の側面しか伝えない、伝えようとしない事である。
「入るよ」
まるで友人の部屋に入るような掛け声と共に入室してきたのはシャナーダとエーメル。
「へぇえ、アンタがあのアーマード・ロイドのパイロットね」
値踏みするような目線に、ナオの心象は余り良いものではなかった。
「まずはアタシの部下を助けてくれてありがとう」
「助けて頂き、ありがとうございます」
エーメルがそれに続いて頭を下げた。
「まあ、アタシとしてはアンタと話がしてみたかったから」
「アンタじゃない。上野ナオだ」
(……偽名でも、名前のイントネーションからして違う。事前に聞いていたけどやっぱり……。でも、そうでなければ合点が行かない所がある。だから自分で確かめに来たんだ)
そう、シャナーダは決して興味本位でも何でもなく自分自身で納得する為にここに来たのだ。
「それは済まなかった。アタシはシャナーダ、ゼルトナーのパイロットだよ」
「この声……通信を入れてきたのはアンタか」
「アンタじゃない。シャナーダ」
「……シャナーダ、さん。何で、攻撃してきたんだ?」
ナオにしてみればそれが疑問であり、当然の様に確認する事項でもある。
「それは説明するけど、とりあえず座っていいかな?」
「どうぞ……」
シャナーダがパイプ椅子に腰掛けたがエーメルは立ったままなのは部下として当然であるが、ナオが不審な動きをしないか警戒してのものでもあった。
「扉、閉めなくていいんですか? 俺がここから逃げる可能性もあるんですよ」
「別に。カミノと話をするのに扉を閉める必要性はないよ。それに、窮屈な状態でまともに話が出来ると思う?」
「……それは同意します」
銃口を向けられて威圧されて、恐々としながら何が話せれるのであろう。
「最初はね、確かに破壊命令が出ていたのよ。キングダライム国が開発した最新鋭機を破壊ないし奪取しろ、と」
「奪取なんて簡単に出来るものじゃないからね。作戦としては手堅い方を選ぶに決っている。命令と部下の命を天秤に掛けた時、後者と安全を取っただけ。戦闘時におかしいな、と思ったから通信を入れたの。全然、関係の無い人間が乗っているんじゃないか、て」
「何でそう思ったんですか?」
「じゃあセプスやシキューリを完全に破壊しなかった? 何でコックピットを狙わなかった?」
質問に対して質問で答える事にナオは少し違和感を覚えていた。
(この人は何を聞きたいんだ……?)
会話には明確な意図があり、どうにも回答まで何か期待しているかのようにも聞こえていた。
「……人殺しなんて出来ないですよ」
「そう思ったから。完全に破壊していたら、こちらも総力戦であのアーマード・ロイドを破壊しにいった。でも、カミノの行動を見ていたらそうじゃないと判断したから」
最もジーオンの強固な装甲に手を焼いていたであろうし、ジーオンがシャナーダ達に攻撃対象をこちらに向けてきたのならば全滅していた可能性もあった。
「……だからエーメルを助けたのか」
(きっと戦争と無縁の世界に居たんだろうな。だから人が良いんだ。もし、キチンと目的があれば普通、あそこでは見捨てるはずだから)
目的に対する行動力と求める結果に対しての決断力が足りていないのだから仕方ない事。
「俺から質問してもいいか? 俺があのアーマード・ロイド「ジーオン」のパイロットなのがそんなに問題なのか? あれには成り行きで……」
「本当に何も知らないんだ。まあ、いいよ。教えるけどちょっと長くなるから」
5国間において元々戦争ないし、小競り合いはあったがそれが激化したのは約40年前にキングダライム国の「悪魔的天才サルワトール」が出現してからである。
彼が開発した兵器によりそれまでの戦争及び兵器形態は大きな変革を遂げる結果となった。
元々、兵器としては鉄砲ないし大砲までは存在していたのだが、彼が開発したものはそれを大きく上回る物であった。
最初に開発された第一世代機のエストゥペドは失笑の的であったが、実際に戦場に投下されてその評価は下馬評を覆すには十分であった。
戦車よりも機動力があり砲撃性能に関しては、戦車やヘリを上回る自由度を持っていたのだから有効性において、明らかに旧態然とさせたのだ。
そして次に開発された第二世代機「アラーネア」においてはエストゥペドより機動力は劣るものの多足歩行によりより細やかな動きと走破性を上げた。
第一・第二世代機においては便宜上「アーマード・タンク」と呼ばれている。
世界情勢が変ったのは第三世代機としての「アーマード・ロイド」が登場してからである。
完全な人型として登場しただけではなく、パイロットが女性しか受け付けない、という事実。
それも調査の結果、十七歳までしか搭乗できない機体が受け付けない、という限定された能力であった。
しかしそれを押しのけても、性能としては第一世代機、第二世代機を上回る能力を発揮した。
既存の兵器を旧型にした第一世代機や第二世代機においても、人型として登場した第三世代機により旧型となったのだ。
現在も戦場において活躍もしているが、第四世代機まで開発され戦場に投下されている。
「ちょっとおかしくないか? 一国がそれだけの兵器を開発したら普通、とっくにそのキングダライム国が征服しているはずなのに」
「サルワトールを輩出した領主、今ではキングダライム国の宰相までになったダライアス・モーガンが武器と技術を流出させている。製造した兵器と技術を売った金で宰相までになった野心家の所為で戦争状態が長引いているのさ」
つまり征服されたくない国は製品と技術と情報を金で買っているのだ。
「でも、問題はそれだけじゃない。五年前に突如としてキングダライム国に現れたパイロット、オーレリィーが余計に混乱させる状況を作ったの。本来17歳までしか乗れないのに彼女は今、21歳でアーマード・ロイドを操縦している。でも他の娘は17歳までしか動かせれない。一説には異世界から人間と言われている。丁度、カミノがこの世界に来た様に光の柱と共に、ね」
「それって……」
「でもカミノもこの世界じゃおかしいんだよ。本来第三世代機以降は女しか動かす事が出来ないのにそれをやってのけている。実は女?」
「俺はれっきとした男だ!」
「別に自尊心を傷付けるつもりで言ったんじゃないんだけどね……」
シャナーダが思ったように、男とは自尊心と虚栄心においてはどうにも面倒臭い生き物なのだから仕方ない。
「で、今後はどうするのか? 最もこっちとしてはカミノに居て欲しいんだけど。強制は出来ないさ。けどパイロットを放棄するなら制約は付けられると思う。あれだけの性能を持つアーマード・ロイドをこちらとして見す見す手放すつもりはないから」
「……悪いけど少し考えさせてくれないか?」
ナオにしてみれば考えなければいけないことが沢山有り過ぎて困惑しているのも事実。
「こっちとしては色良い話を期待したいけど。まあ、そいつはカミノ次第だからさ」
シャナーダはエーメルと共に退出しようとしたが、何か思い当たったように振り返った。
「……そういえば、カミノの機体のライブラリデータにオーレリィーのデータが画像付きであるのか?」
「流石にそこまでの個人情報まではないと思います。ましてやそれだけのパイロットにおいても情報を秘匿しなければ忙殺される可能性もあると思います」
カルディナの言う通りであり、その言葉にナオも同意せざるを得ない。
再び二人っきりとなり、最初に口を開いたのはカルディナであった。
「ここから脱出してキングダライム国に戻るのは得策ではないと思います。理由は4つ、ジーオンはキングダライム国においては敵機と見做されている可能性が高いです」
カルディナの言葉通り、先の戦闘行為によりキングダライム国においてジーオンは敵に奪取された機体として登録されているであろう。
「それに今、ここで出奔した処で、次にクシャナトリア国とも敵対する関係になります。最後に両国から狙われたとして、そこで新しい国との関係が築けるという可能性は非常に希薄です」
自ら四面楚歌の状況を招いては、死地に赴くというものだ。
カルディナにしても、ナオに自暴自棄の選択をさせる訳にはいない。
「万が一、機体を捨てたとしてもどのように生きていくのですか? ましてや元の世界に帰れる保障は何処にあるのですか。何も分からない世界で、マスターは何が出来ますか?」
仮にナオが無人島に飛ばされていたのならば話は少し違ったかもしれないが、この世界は元居た世界と同様に必ずといっていい程、他人との関わりがあるのだ。
それを断ち切れはしないし、断ち切った場合は「死」という言葉が待ち構えている。
「そうだな……そうだった。何も分からないから……」
自分の行動に迷いが生じているのだから無理からぬ事。
「手段がない事もありません」
「……何が出来る?」
「まずはこのままクシャナトリア国の一時的に身を寄せます。元の世界に帰る手段を探せばいいかと。これはあくまでも結果への過程の一つです」
「戦果をあげればマスターの立場も向上し、そうすれば行動に制限も無くなり調査も人の手を使って出来るようになります」
「そうするしかないのか……。でも、その為に戦争をするのか」
「無条件で何かを得られる事などありません」
「でも、ひょっとしたら人を殺すかもしれないんだぞ?!」
「何かを得る為には同等の代価を必要とする等価交換の法則と同じです。そうなってしまったら、そうなってしまったです。ですが貴方は先の戦闘で機体だけを破壊しています。貴方が望むなら人を殺さないように私がフォローします」
先の戦闘においてもナオの拙いレベルの操縦を全てカルディナがフォローしているのだ。
「マスターには無いも訳ではありません。最高レベルの機体と統括システムの私がいます。出来ない事はありません。マスターが望むなら私は貴方の望むように従います」
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