第3話 アーカイム基地脱出
第3話と銘を打っていますがまだプロローグです
アーカイム基地は騒然となっていた。
もともとは国境近くの基地であるからそれなりの頻度で襲撃ないし出撃はあったが、だからといって誰もが戦闘に熟れている訳ではないのだ。
「おい、どうなっているんだ?」
「襲撃だよ! おい、エストウペドとアラーネアを動かせ。出れる奴から出すんだよ」
第一世代機の『エストゥペド』、第二世代機の『アラーネア』、第三世代機の『セプス』、第四世代機の『シキューリ』が合計五十機近くは配備されているが、混乱の中まともに起動出来ているのは現状において十機にも満たない。
「どうなっているんだ?」
ナオに銃口を向けていた兵士が叫ぶのは、自分の圧倒的と思っていた優位性が脆くも崩れたのだから狼狽もする。
「そんなの俺が判る訳ないだろ!」
ナオが理解していたのは、それは『この機体が動く』という事と『動かせれる』という事。
この混乱に乗じて『鎖』として使う予定であった捕虜が散りじりに逃げ始めのだ。
「畜生、逃げるな!!」
しかし、それは至極当然の事で捕虜の彼等にしてみれば、このまま戦闘に巻き込まれて殺されるつもりなど無く、ましてや好機があれば脱出も試みて当然。
すぐ近くで鳴り響いた連続的な銃声と、硝煙の臭いがナオの鼻腔を刺激した。
(今しかない!)
言うとナオはコックピットシートを降ろし、ハッチを閉じた。
「……大丈夫、操作方法は知っている。これだ……。これが起動スイッチだ」
前面にあるHUDモニターにある「それ」を押したと同時に灯の入った270度のモニターに外部の状況が鮮明に映し出さた。
それと同時に電子音と共に内部から響く音、腹の底から響くような内燃機関にも似た音がし始め、二つの音が互いに交差し始めた。
「何?」
後ろで気配がした、というよりも何かが『開く音』がした。
「……何だよ、これ?」
そこにあったのは緑色の液体の中に入っていた全裸の少女であった。
『適正パイロット検知により『制御ルーム』を開放。有機生命体による統括システム覚醒と同時に機体の起動を開始』
モニターにそれが表示されたと同時に、後方のスクリーンの一部が開き培養液に入った少女が見え、そして目が合った。
「私はこのアーマード・ロイド通称『ジーオン』の統括システム、カルディナです」
「え!? システム? 何を……言っているのだ?」
「はい、統括システムのカルディナです。貴方がこのジーオンのパイロットで私のマスターですね。では認証を行います。そのままで」
モニターの電源が落ち、周囲が赤くなる中、一筋の光が上下に動きナオの体を通っていった。
それが終わったと同時にモニターは回復した。
「全身スキャン終了。脳波から網膜パターンから声紋、指紋、骨格からバイオリズムまで全て登録」
「な、何だよ、それ……?」
「操縦時におけるGなどに対する体の変調、脳波の乱れまで全て検知する為です」
ナオにすれば判らない事だらけであるのは当然。
「三次元マトリックススキャンを行い周囲の状況を確認。危険認知、状況を前面HUDに出します。マスター、半径100m以内に、こちらに向かってくるアーマード・ロイドが4機。それに向かっているアーマード・ロイドが6機……今、反応が消えて5機になりました」
HUDに表示されていた一機撃破されたのはナオにでも判った。
「最短ルートで来ています。恐らくはナビゲートされているか、この基地の地図を持っていると考えられます。接触までの時間は最低でも三百秒後、です」
それだけではなく相手の機動力も高い事を示している。
スクリーンの一部に表示されたMAPには、刻一刻と変化する状況が映し出されている。
「……敵、なんだよな……?」
「武装を装備しています。友軍機のマーカーもないので少なくとも味方とは判断出来ません。こっちも準備します。全システム掌握開始」
『メイン生体ジェネレーター起動確認。サブジェネレターも起動。各部電力供給問題なし。108ある項目をチェック中。各部プロフェッサーとセンサーのリンク問題なし。背部バーニアの4次元ノズル動作確認問題なし。アクチュエーターに人工筋肉、超電磁モーターの動作問題なし。姿勢制御用バーニア動作確認。イメージトレースシステム確認中……各部武装確認中……現在70%までシステムを掌握』
何故かそこで言い淀んでしまった。
「どうした?」
「……これ以上、システムが掌握出来ません。ロックが掛かっています。統括システムである私からのアクセスを機体の一部が拒否しています。現状、これでも戦闘には問題ありません。最終セーフティー解除します。以降、この動作を省略します」
「70%……大丈夫なのか?」
「不確定要素もありますが通称『イメージレースシステム』が使用できます。脳波と肉体の電気信号を感知し人間と機械を直接繋いで操縦するシステムです。簡単に言えばマスターが考えた通りに機体が動きます。」
「……考えるだけで、その通り動く、て奴か……」
システムとしてはパイロットが搭乗する限り誤差はつき物で、脳が認知し、電気信号を筋肉に伝達し、それに基づき筋肉が収縮し動作が操縦桿やフットペダルを動かすが、例えそれがコンマ以下のものであっても、その誤差が命取りになるのは周知の事。
「本格的に作動させようとしたらリミッターを解除しなくてはいけません」
「……今、解除出来るのか?」
「出来ますが、現段階では奨励出来ません」
コックピット内に警報表示が出た。
それは敵機の接近を警告していた。
「正面、敵が来ます!」
それと同時に格納庫の扉が轟音と共に破壊され、シャナーダが搭乗するゼルトナーを先頭に4機が侵入してきた。
「起動している。遅かったか……。なら破壊する! 全機攻撃開始!!」
4機全てが一斉に携行していた銃火器をジーオンに向けて放った。
着弾と同時に機体が揺れたのを対G構造のシート上にいるナオでも理解できた。
モニターでもゼルトナーの銃火器が未だに火を噴いているのが見て取れる。
「……大丈夫なのか?」
「大丈夫です」
カルディナは抑揚のない声でいうが戦況は悪化の一途を辿っていく。
それを象徴するようにゼルトナーが携行する320mmバズーカが火を噴き、弾丸が直撃した。
「やったか?!」
しかしシャナーダの言葉は現実により、ガラスを踏み砕くように粉砕されてしまった。
「そんな馬鹿な! あれでも破壊出来ないなんて。何て装甲だよ?!」
シャナーダ達にしてみれば誤算も良い所である。
先制攻撃と合わせて320mmバズーカを打ち込めば大半のアーマード・ロイドは破壊できたのだが、新型機においては傷一つついていないのだ。
(残弾数が1/3を切り始めている。どうする……。このまま弾薬を使い切るまでやるか? それとも一旦離脱して体制を立て直すか?)
どちらにしてもこのままでは被害は拡大する一方であろう。
「隊長、おかしいですよ?」
通信を入れてきたのはエーメルである。
「何が?!」
「ひょっとしてあの機体……まだ動けないんじゃ……?」
「?!」
シャナーダは、その可能性を考えてもいたが最初から「甘い妄想」は捨てていたのだ。
ここまで攻撃されても、何の動きもなければむしろ警戒していた位だ。
「なら! 捕獲しますよ!!」
カナミーのゼルトナーがシールドからダマスカス鋼の剣を引き抜いた。
「ま、待て! 迂闊だぞ?!」
一機のゼルトナーがゼーオンに向かって加速したと同時に状況が動いた。
「ハンガーの固定ボルト強制解除。起動させます」
外部からの指示で固定していたボルトが小規模な爆発と共に解除される。
ナオは右の操縦桿を、少しだけ前に倒したと同時に、270度コックピットスクリーンに映し出される景色が動いているのが判った。
「ちゃんと動いた……」
それは『理解している通り』に、という意味である。
「気を付けてください。私がサポートしていますが基本的にマスターの操縦によって動くのですから。敵機接近!」
みれば20mも満たない先にゼルトナーが迫り着ていた。
「貰った!」
ダマスカス鋼の剣がジーオンに振り下ろされた。
「そんな馬鹿な!」
カナミーが、陳腐なセリフを口にするのも当然であった。
全くもって陳腐かもしれないが、ダマスカス鋼の剣はジーオンの装甲を切り裂く事は出来ず、逆に装甲に弾かれて折れてしまったのだ。
ナオは左の操縦桿を動かすと共にコマンドを瞬時に入力していく。
「な、何!?」
カナミーは何が起こったのか理解できていない。
ジーオンの伸びた右腕がゼルトナーの左腕を掴んだだけではなく、そのまま装甲とフレームを握り潰し、そのまま引き千切ってしまったのだ。
「武器は…?」
右側面にあるタッチパネルから使用可能な武器を呼び出すが、中長距離使用可能な武器は何も登録されていなかった。
「現段階では近接戦が主眼になっています。肩部にマシンキャノンがありますが、あくまでも牽制用です」
「他には?」
「格闘戦用極周波振動クロー、通称「アンサラー」を展開出来ます」
「それを早く言って欲しい!」
両腕に装備されている大型クローが前方に迫出しながら左右に開くように展開する。
「コックピットは胸部中央です」
「判った!」
アンサラーがゼルトナーの腰部に突き刺さったと同時に堅牢な装甲が、まるでバターを切るように上半身と下半身を完全に分断してしまった。
「……凄い」
「次が来ます」
仲間がやられれば他のゼルトナーのパイロット達も黙ってはいない。
120mmケースレスマシンガンのトリガーを引きながらゼーオンに肉薄する。
「ちょ、待ちな!」
シャナーダにしてみれば著しく不味い状況になったのだ。
相手の戦力も判らず猪突など出来ないし現状、逸る部下も制止出来ていない。
「あれには勝てない……?」
シャナーダは推測ではあったが、ジーオンの大凡の性能を理解した。
最も、それは推測であり実際の性能はそれを大きく凌駕するが。
「どうする……?」
それはナオとて同じで、この場で戦闘を繰り返していても消耗するだけと理解していた。
「半径100メートル以内に12機のアーマード・ロイドを確認。少し待ってください。今、スキャニングします。……機種は第三世代機「セプス」第四世代機「シキューリ」です。このままですと脱出も不可能になります」
カルディナの言う通りであり、その内容もスクリーンに映し出された。
「戦術プログラムによりこのまま包囲殲滅戦を行われた場合脱出は不可能になります。ここは強行突破しかないです」
「出来るのか?」
「この機体であれば問題ないです」
物理的攻撃などもろともしないのは既に実証済み。
「判った。なら強引にでも出る! サポートを頼む」
「了解です」
背中のブースターパックからバーニアが展開し、例えるならまるで狼の咆哮の様な給排気音と共に加速するゼーオン。
「最適な回避行動を表示します。マスターはそれに従って動かしてください。微調整はこちらで行います」
ナオにしてみればコックピットスクリーンに映し出される投影図を見ながら行うだけで、そのライン通りに動かせばいいだけで、それは指して苦になるものではなかった。
それはシャナーダのゼルトナーの動きを交わしながら格納庫を突き破る事が出来た位である。
「基地施設外へ出る最短ルートを表示します」
それは図らずしもシャナーダ達が襲撃に使ったルートを逆に進行する形になった。
「敵機接近、十二秒後に接触します」
「脱出ルートは?」
「そこからも敵機は接近しています。戦闘なしで外へ出る事は不可能かと思われます」
「どの道、戦闘なのかよ……」
「では投降しますか?」
「それは……無い」
「では戦闘に集中してください」
基地施設内での戦闘は、性能もあったが圧倒的にジーオンの攻撃力が勝っていた。
実弾兵器を跳ね返す装甲と、機動性を活かしての急制動を繰り返して敵機まで肉薄。
これはブースターパックに搭載されている四次元テールノーズと、肩部にある大型バーニアユニットと脹脛部分に装備されている独立型のバーニアユニットの成せる業である。
アンサラーにて、それも全てコックピットを避けて、破壊するのを基本的に繰り返した。
「……凄い」
そこかしこにある行動不能のアーマード・ロイドの残骸を見ながら、後方から追いかけてきたシャナーダの感想である。
「でも、甘い。確実に仕留めないと自分がやられるのに」
最もそのおかげでカナミーを無事に回収できたのだ。
「……素人でも乗っているのか? それともパイロットが凄いのか?」
そして気付いたというか二つの仮説に行き当たった。
「味方機を破壊しているのは暴走? それともパイロットがキングダライム国の者ではない?でも……前者はないな」
それならばシャナーダのゼルトナーもあの場で破壊されていただろうし、それに基地施設の外に出ようとしてのだ。
「ならパイロットはキングダライム国の者ではない。あれだけの性能を誇る機体を味方に出来れば……」
機体を加速させながら、シャナーダは回線の周波数を合わせていた。
「その機体のパイロット、聞こえるか? 聞こえるなら応答して欲しい」
『しろ』、と言わないのは交渉への窓口を広くする為で、誰だって切迫している最中、上から目線で物を言われた拒否もするというものだ。
シャナーダの通信はサウンドオンリーでジーオンのコックピットにも届いてた
。
「……何だよ、これ?」
「後方に居る機体からの通信です。許可しますか?」
『聞こえていたら応答して欲しい、我々は敵ではない』
「どこにそんな確証があるんだよ?」
回線を開いていないから聞こえてはないが、ナオの言う事は最もであろうよ。
最初に銃火器で攻撃してきたのはシャナーダの方でそれでいて『信用して欲しい、敵ではない』というのは度台、虫が良過ぎるというモノ。
「では通信はシャットアウトしておきます」
「いや……通信はそのまま。こちらかの応答はしない」
「判りました」
「……無理、か?!」
シャナーダにしてみれば虫のいい呼びかけと判っていたし、この反応も予想の範疇。
「しかし、これで確信は出来た。敵ではない……しかし、味方になる可能性はある。現状、あの新型機には攻撃はするな! とりあえず後を追う事、ここから脱出する事に専念しろ!! エーメル、外に出たら信号弾。グリュープスを来させろ!」
「撤退ですか?」
「残弾数も少ない。それに説得にしろ戦闘にしろどの道、補給が必要になる。カナミーには予備の機体で戦場に出ても貰う」
どのような状況にも対応できる戦力というのは必須であり、不足した場合は作戦行動にも大きく影響するのら補給が必要不可欠なのである。
「殿は隊長の私が行う」
「「「了解です」」」」
後方でのやり取りなど知らずにジーオンは基地施設外へ出ようととしていた。
「施設から出たら、最大加速をかけ一気に基地から出ます」
「飛べるのか?!」
「この機体の出力ならフライトシステムなしでの飛行は可能です。対G衝撃シート機能最大にします」
それだけの出力が出るという事にナオは思わず尻に力を入れた。
「出ます!」
カルディナの声と共にゼーオンは施設内を出たと同時にブースターパックのバーニア六機、全てが開いた。
「くっ……」
急激な加速Gによる、シートに向かって押さえ込まれるような衝撃が走る。
「出力バランスはこちらで行います。操縦に専念してください」
コックピットスクリーンに映し出されている光景を見ても機体が上空を飛行し、前面モニターには地表から高度500m前後の位置にいるのも判る。
「凄い……」
「感慨に浸っている場合は無いです。現状ですと最適なのが山岳地帯に降りて敵の目を誤魔化します。これからの行動はそこで考えればいいかと思います。実際、マスターにプランがある訳ではないのでしょう?」
「……なんで判るのさ?」
「マスターの脳波やバイタルサインを常に計測しています。嘘は簡単に判ります。それにコンディションは操縦にも影響します。それを読み取って、刺激したり緩和するのも私の役目です」
(下手な事は考えれない、て事か……?)
「そうではありません。最良の状態を維持する為のモノだと思ってください」
「……判った。とりあえずある程度の距離を置いてから降下しよう」
「了解です。ステルス機能とレーダー監視装置は常にONにしておきます」
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