第弐章「星の降る夜に、消えた夜に」-第5話-
最新話です。副題を付けるとすると「出撃前の喧騒」かもしれません
「怪我の功名ってやつ?」
以降の訓練においてフリスカも目を見張る出来事になった。
まずは彼女達の目の色が変り、その行動においても完全に変ったのだ。
誰も弱音も泣き言も吐く事無く、訓練に真摯に取り組んでいるのが見ていて判った。
更には自主的にミーティングまで開き反省会を行っているまでに発展している。
「何かあったの?」
マールモがそう聞いてきても何ら不思議はない。
フリスカは食堂であった経緯を話した。
「それは私のその場にいて是非、それを見たかったわ」
「あの味方殺し、とも言われるクルゥエルも意外と役に立つんだな。それとも隊長の心遣いを理解してくれたからかな」
それは判らないがフリスカとしては後者を選びたいのが心情であろうよ。
「それはいい事かもしれないけど、マズイ事になってきているわ」
「どういう事?」
「それは隊長に報告するから一緒に来てくれる?」
フリスカは生真面目なマールもの眼が更に険しくなったのを見て、只ならぬ不安に陥った。
「俺の人生は俺のモノだ。誰のモノでもない。それを決めていいのは俺自身だ」
オーガスタが自分の机を蹴り上げて、言葉では発散出来ない不快感を、更に不快にしていた。
ましてや基地の司令官という立場を蔑ろにされればこうもなろう。
「他人に合わせる、他人の頭を下げる生き方がそんなに嬉しいのかよ?!」
事の始まりはクルゥエルが予定も無しに面会に来た事から始まる。
最もオーガスタの階級が上であっても、公爵家の出身というのを無視出来る程、彼の精神力は決して強くはなかった。
古い権力が、それを上回るなど軍部においてはしばしばある、という実例でもある。
「出撃したいのですが」
「君はいきなり何をいうのだ?」
流石に面食らったのはいうまでも無い。
そもそも現在、出撃する意味も無い状況であり特別、緊急性を要する作戦も有る訳でもない。
あるとすれば先日壊滅したアーカイム基地の被害調査、まだ残っている可能性がある物資の搬出、生存者、非生存者の確認及び収容位である。
アーカイム基地と違い、国境から離れている基地なので頻繁に戦闘を行う訳でもない。
「なら、言い方を変えましょう。出撃します!」
有無も言わせぬとこの事であろうよ。
しかし彼とて理由も無く出撃させては、沽券に関わるというもの。
「好き勝手をされては困る。この基地の司令官は私だ。出撃するなら理由を聞こう」
「理由ですか?」
オーレリィーに言い負かされたなどと決して口に出来る訳がない。
「私がこの基地に来たのは開発され奪取された新型機の奪還。そしてシルコスキー家の工房で開発した新型アーマード・ロイドの実戦テストですわ。新型機の奪還はダライアスからの命令書にそう書いてありましたでしょう」
「……確かに。だからといっていきなりは困る」
「別に私は困りません。こちらは準備出来ていますので」
これは彼女としては最低限の譲歩であり、挨拶程度の事なのであろう。
しかしオーガスタにしてみれば事情が大きく違っており、下手をすれば彼の権威に大きな亀裂を入れる結果になり兼ねない事になる可能性があるのだ。
「君は指示系統を無視するのかね?」
それが虚勢と共にようやく搾り出した言葉であるが、それが彼女に癇に障ったのはいうまでもない。
「私は許可を求めているのではないのです。貴方はこちらの言う事に従っていればいいのです」
「司令官は私だ」
「シルコスキー公爵家に逆らうつもりですか?」
「貴方がどのような立場なのかは理解しませんが。我が公爵家に逆らって、その椅子が安泰だと御思いですか?」
最後通告であろう。
「す、好きにしたまえ。私は責任を負えん」
「別に貴方に責任を取って貰おうとは考えてませんから」
「では好きにさせて頂きます。ああ、そうです。以降、私のやる事に口出しも拒否もしないように。余生を年金と退職金で暮らしたいのならそうする事を進めます」
いうと部屋を出て行った。
オーレリィーは一連の顛末と、クルゥエルが部隊を引き連れて新型機ジーオンの奪還と、新たに開発されたウルペースの実戦テストを兼ねて出撃する事をマールモから聞かされた。
「司令官も気の毒に……」
同情の余地が無い訳でもないが、彼女を野放しにしておけば何れは戦闘時において多大な被害を及ぼすのは明白。
「まあ、司令官もそれなりの覚悟が必要という事ね」
「でも気になるのが新型機を奪還、新型機の実戦テストの為に悪戯に戦争を拡大しかねない、という事もあります」
そうなればいずれオーレリィー隊の新兵六名も戦場に狩り出される可能性が高くなる。
「3週間じゃ足りない」
オーレリィーが戦闘に参加出来るのは最低でも3週間後であり猶予もそこまでしかないのだ。
「まだまだ教えなきゃいけない事が沢山ある、ていうのに。最前列で戦う事になる」
フリスカが言う事は最もであり、且つ最悪の状況を示しているといってもいい。
「これまでは個々の戦闘だったけど部隊戦での運用になるわね。フォーメーションは考えて、それに添った訓練にする」
六人を守りながら戦闘は、恐らくこれまでに無い事にであろうよ。
「それにしても余程の自信があるんですかね? 私なら新型機の奪還と、開発したばかりの機体をいきなり実戦テストなんてしませんよ?」
フリスカの言う通りであり、オーレリィーもそれは避ける事柄。
「それに、そもそもあの機体を奪還か破壊なんて出来るんですかね?」
「少佐はどう思います?」
二人共、ジーオンの性能の一端を目の当たりにしているのだ。
ましてや直接戦闘をしたオーレリィーが、機体性能を一番理解している。
(サルワトールが嘘を付いているのは理解出来る。あれでカタログスペック以上の性能を発揮する事もある、と言われても虚言でしかない。何かを秘匿しているのは判る。でもそれが何なのか判らない)
「奪還は厳しいと思う。破壊なら尚更無理ね。実弾砲撃が全く通用しないあの装甲は異常だわ」
それにどれだけの数を用いて包囲殲滅戦をしても、あの機動力と加速性能であれば易々と突破する事であろう。
(あれは高速接近によっての近接戦闘、破壊後に高速離脱するのに特化した機体かもしれない)
初見でそこまで見抜く洞察力においては感服するが、機体性能の全てを看破した訳ではない。
「最悪、隊は壊滅するかもね……」
そうなれば戦火の拡大を招く可能性も十分にあるが、何よりもシルコスキー家が黙っている事など考えられない。
「確かに……マズイ事になったよな……」
「こちらが援護にも出れません」
「そうね」
理由はいくつかあり、一つはオプファーが整備中である事。
もう一つは、援護に向かったとして彼女がそれを良しとしない可能性があるのだ。
それに食堂であのような事件があれば尚更であろう。
むしろ戦闘中にこちらが撃破される事も容易に予測出来るというもの。
「プライドが災いしていますね、もっと協調性があればいいんですが」
マールモが口惜しく言うがこればかりは彼女の生来の気質でどうしようも出来ないであろう。
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