第弐章「星の降る夜に、消えた夜に」-第3話-
最新話の投稿です。今回はオーレリィーサイドの話となります。
オーレリィーは気持ちを切り替えていた。
最もそれはマールモやフリスカも同じであり、泣いて悲しんだ所でこれまで戦死した仲間が生き返るのなら幾らでする。
「報告は以上となります。詳細は書類に記載されている事項に目を通して頂ければ大丈夫かと思います」
いうとオーレリィーは司令官室から退出した。
溜息を付く都度に幸運が逃げていくというが、それは相手の不幸に充てられた結果であろう。
「少佐。オーレリィー少佐!」
後ろから声をかけてきたのは副官のマールモ。
「大丈夫でしたか?」
「これまではおべんちゃらか嫌味が主流だったけど、今回は嫌味全開だったわね」
新型機は奪還できず、また自機の破損、部下の戦死、今回は成果を挙げるには至らなかった部分を、司令官のオーガスタはここぞとばかりに突いてきたのだ。
そして部下を死なせてしまった事への叱責が及ぼうとした瞬間、彼自身においても逆鱗に触れる可能性があると判り、そこだけは口を噤んだのであった。
「好かれていないのは判っているけど……」
「そんな事ありません。兵士からは絶大な支持を得ています!」
オーレリィーのキングダライム国でのカリスマ性は恐らくTOP5に入る。
ましてや新兵の部隊配属の希望においてもオーレリィー隊は飛び抜けているのも事実。
だがオーレリィー隊は少数精鋭である事から、それが中々に適わないのも現状というもの。
少数なのはオーレリィーたっての希望なのである。
「ありがとう。で、貴方がただ私を心配してここに来た訳じゃないでしょう?」
「判りますか。基地にとっても貴方にとっても悲報というか訃報があります。あのクルゥエル少佐がサルワトールと共に、この基地に来ます」
サルワトールの来訪も問題ではあるがクルゥエルの場合は話が違い過ぎるのだ。
「あのクルゥエルが……」
恐らくはキングダライム軍において、最も忌みされている名前の一つであるのは無理もない。
出身は公爵家であるが、その出自によりそうなっている訳ではない。
「味方殺しと言われている彼女が何故?」
「それは判りません。しかしよりにもよってサルワトールと一緒ですから……」
それが理由になっていないのはオーレリィーも理解していた。
クルゥエル・シルコスキー。
階級はオーレリィーと同じく少佐であるが、それは公爵家の出身という事だけではなくキングダライム軍におけるアーマード・ロイド撃墜数はTOP10に入るパイロット。
しかし、これは戦場における被害数はその撃墜数の三倍以上とも言われている。
周囲を省みず勝手な作戦変更や自分勝手な行動、ひいては味方の損害も厭わず戦闘を行う「戦争屋」、あだ名は「味方殺しの破滅騎士」とも言われている。
クルゥエルの部隊においては全員それなりの名家出身のパイロットで構成されており、更に厄介なのは皆、似たような気質であるとい事。
それは腐った一つのみかんが全体を腐らせた例でもある。
彼女の性格とその気質が反映したクルゥエル隊においては戦場でも、どの指揮官でも持て余した結果、独立の遊撃部隊として運用されている。
指揮官においては通常の二倍以上の被害想定をした上で作戦を組まなければならず、作戦立案においても頭を悩ませている状況。
彼女及び部隊が更迭されずにいるのは成果以上に「公爵家」という後ろ盾によるのが大きい。
「あてつけかしら……?」
初対面からやたらと彼女が突っ掛かってきた印象しかない。
意に介していないのではなくオーレリィー自身、軍内部での無用な争い事を極力避けてきたからでもあるが、戦場の結果という『実力』を持って周囲からの雑音を捻じ伏せてきたというものもある。
ましてや遠くから吼えるだけの駄犬より、確実に獲物を仕留める研ぎ澄まされた牙と爪を持つ狼、それがキングダライム軍のエース・オブ・エースなのだ。
「隊長は御自分の事を判っていません。訓練なしの初陣からそうですが撃破数もTOP、十七歳までしか搭乗する事が出来ないアーマード・ロイドを未だに操縦出来るんですから。相手にしてみれば羨望の眼差しかと思います」
「こんなおばさんに嫉妬されても困るんだけど……」
これはオーレリィーなりの冗談ではあるが、彼女にはどうにも伝わっていないようだ。
「そんな事ありません。少佐はお綺麗です」
ありきたり言葉であるが、オーレリィーの容貌は歳相応に綺麗になっているのだ。
「何か特別な事でもしているんですか? そういえば食事も士官用ではなく一般用にしていますけど……」
「高級なのはちょっと受け付けてくれないの。それにあれってカロリー高いから」
必要な栄養素とカロリー、適度な運動を日課と特別な事など何もしていない。
有能で綺麗で、かつ庶民的であれば兵士からの支持も高くて当たり前であろう。
急にマールモが顔を引き締め、副官の顔をした。
「パイロット補充の件なんですが、今回は上層部からたっての命令がありまして……」
語尾の歯切れの悪さでオーレリィーもある程度までは察し、尚且つ覚悟も出来た。
隊に割り当てられたブリーティングルームに入ってきた兵士6名を見てオーレリィーは愕然としたのは無理も無い事。
恐らく10歳は超えているが、それでも確実に年少といっていいレベル。
(新兵ばかり押し付けてきて……)
オーレリィーが憤るのも無理はないが、アーマード・ロイドの熟練パイロットを育てようとすれば、必然的に更に若い年齢の子供を戦場に借り出さなければいけないのだ。
(また、こんな年端もいかない子供が戦場に借り出されるなんて……)
人材資源が枯渇しているといってもいいであろう。
(守りきれるの……? また仲間を失う可能性があるというに)
「お前達、自己紹介をしろ!」
「ルーナエ・パトリエルです」
「マールティス・サンダーです」
「メルクリイー・トライクです」
「ヨウィス・ユニバーです」
「ウェネリス・アロンソです」
「サートゥルニー・サハです」
初々しさか、それともキングダライム軍におけるエース・オブ・エースの部隊に配属されて緊張しているのかは判らない。
宜しく、と声を掛けながら一人一人と握手をしていくオーレリィー。
中には感極まって泣き出す子もいただが、彼女の心配事はそれではなかった。
「今度は……判っている。私も頑張るから協力して」
オーレリィーの言葉が、何を意味しているのかなどフリスカにも理解出来ていた。
「鍛えますよ、殺されないように」
マールモとフリスカも意図を理解していた。
本来であれば選りすぐりの精鋭が補充されてくるはずであったが、年端もいかない恐らくは戦闘経験もない少女が補充要員として配属されたのだ。
同じ思いをしない、させてはいけないし繰り返してもいけないのだ。
「一人も脱落者を出さない為に、全員を生き延びらせる為に徹底的に鍛え上げる」
マールモとフリスカの宣言により、配属された六名はそれこそ寝る間も惜しんでの訓練が始まった。
「上が欲しいのは耳障りの良い言葉だけさ。こっちにはトラブルなんて持ち込んで欲しくない」
グーダライム基地の司令官であるオーガスタは司令室で憮然としていた。
「ただでさえ厄介者が舞い込んできたと思ったら失敗した挙句、更に厄介者を引き連れてきた」
最初の厄介者とは当然、オーレリィーを指している。
本国からの出迎えの際に、その言葉をキチンと言えていれば、恐らくは首が飛んだだけでは済まないであろうよ。
彼の相手が何もサルワトールだけではなかった。
事前の情報でも判っていたがクルゥエルとその部下八人の高圧的な態度と侮蔑的な視線、侮辱的に言葉に相当やられたようだ。
『我侭で自尊心が無い獣が軍服を着ている』
と陰口での評価が決して不当なものではないのは接してみて判った事。
正確には接する前から、であるが。
自尊心に満ち溢れ、常に他人を見下している言動をする。
そのクレームは全て司令官である自分に火の粉となって存分に降りかかってきていた。
しかし、彼にしてみればサルワトールも彼女には同意見であったという事が唯一の救いであった事であろう。
一応の礼儀としてオーガスタに形だけの挨拶をした。
最も、同行していたクルゥエルを一瞥する事もなく次の言葉を言い放った。
「躾が行き届いていない野良猫が横行するのは好ましくないな」
サルワトールは言うだけいうと、さっさと格納庫に向かおうと踵を返した。
彼はオプファーの調整と武器のテストだけが目的で来訪し、オーガスタの酒の肴にもならない愚痴を聞くためではないのだから。
「あら~。随分とご執心ですね。そんなに子飼いのパイロットが可愛いのかしら?」
サルワトールに声を掛けてきたのは勿論、件のクルゥエル。
豪奢な金髪は鬣にも見えるが、どう見ても虎の威を借りる狐という印象。
冷静を装っているが、全体的に顔が引きつっているのが誰の目に見ても判るというもの。
「エース・オブ・エースは、今回は最新鋭機を奪還出来なかったそうじゃありませんか。それも機体は中破までさせてしまったようで。パイロットが悪いのか機体が悪いのか」
「……誰に言っている?」
これはサルワトールでもなく誰でも思った事であろう。
当事者でもなんでも無い彼に、悪く言えば「いちゃもん」を付けてきているのだ。
傍で見ているオーガスタは神経性の胃炎に掛かるのでは? と思った位に険悪な状況となったのだ。
「それが私に関係しているのか?」
「さあ。でも、取り逃がすなんて、何て無様な機体を使っているんでしょうか」
「……何がいいたい?」
「我が家でも工房を立ち上げ、そこでアーマード・ロイドを開発しましたの」
彼女は得意満面で言うが、サルワトールの自尊心は1ミクロンも傷付かなかった。
「特殊ボロン装甲を採用し、更には独自の駆動系やエネルギー伝達効率を変更した、これまでに無いアーマード。ロイドです。恐らくは、いいえ完全に、何処よりも早く第五世代機の開発に成功したとも言えますわ」
(だから何だ?)
サルワトールは思わず内心で苦笑していた。
換装したオプファーは第五世代機相当であり、更に今回の改修で改良が加えられようとしている。
クルゥエルが、あらゆる性能やスペックにおいて既に別次元の機体とも言われるジーオンを見れば、地団駄を踏むだけでは済まないと思うが、それは敢えて伏せておいた。
(騒いでいる理由はこれか。それにしても持っている情報も随分と古いようだ。やはり古臭い黴だらけの頭でっかちという訳か。まあ、ボロン装甲により軽量化は成功しているようだが、耐弾率は大幅に低下していると見た)
「全くといって良い位の新機軸の機構を盛り込みました。外見はセプスやシキューリに似ている部分もありますが」
新機軸や新機構はどれだけのモノかは不明であるが但し、
(今ので大体、どんな仕様か理解出来るな……。第五世代機というのも大ホラなのが判りやすい。 恐らくはというか十中八九、セプスとシキューリの長所だけを集めた「欠陥品」であるのは間違いない。独自の駆動系やエネルギー伝達効率はどのようなのかは少し興味があったが……)
「その新型機の奪還作戦、我々で行います」
彼女が何言っているのか、何を言わんとしているのか瞬時に理解出来た。
オーレリィーが奪還し損ねた機体をクルゥエルが、新たにシルコスキー家が開発したアーマード・ロイドを用いて奪還ないし完全破壊する事で優位性を示そうという筋書きのドラマ。
自分の家が開発した機体の真価を証明する為にも是が非でも行うであろう。
「好きにしたまえ。私はオプファーの改修と調整に、この基地に来ただけで君の命令などに一切の興味はないよ」
クルゥエルにしてみれば言質を取ったのに等しい。
「最悪、撃破しても問題ない、という事ですわね」
「撃破されたらそれまでの機体だよ」
「了解です」
クルゥエルが下種な笑みをしたがサルワトールは一向に意に介さなかったのは、その表情を見ても判るというもの。
(デモンストレーションのつもりかも知れないが、あれを破壊出来るアーマード・ロイドなど存在しないよ。せいぜいジーオンの評価を高める礎になってくれたまへ)
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