第壱章「破れた世界の隅で」ー第八話ー
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およそ二ヶ月ぶりですが宜しくお願いします
「勝負はもうついた。これ以上はもう無意味だ」
「そう思うのはアンタの勝手だよ!」
これでもかと、マガジンの残弾を全て発射してきた。
しかし哀しいかな。
ティクスのゼルトナーは、ほぼ立ちんぼの状態に対して、狭隘な空間であっても縦横無尽に動き回るナオのゼルトナーに銃弾の一つも当てる事も出来なかった。
「弾切れにして無力化する」
超近接戦闘用の武器はダマスカス鋼の剣しかない。
しかし、ティクスの操縦技術であれば、超近接戦闘ではシャナーダには劣るもののそれなりの技量を持っている。
「そんな見え見えの手に! 接近戦上等、切り刻んでやる」
「無駄だって判っているのに!」
ティクスが冷静でないのがナオにも判っていたし、それが付け入る隙だというのも理解していた。
機動力を失い鈍重な動きしか出来なくなったティクスのゼルトナーでは、ナオのゼルトナーにダマスカス鋼の剣の切っ先を掠らせる事も出来なかった。
「男に負ける訳にはいかないんだよ!」
「っ! そんなコンプレックスみたいな事、くだらない事を!」
その言葉に何かが切れたナオは一気に機体を加速させた。
「五月蝿い! 男が、何っ?!」
ティクスが驚愕するのも無理はなかった。
自分の操縦技術を掻い潜り、ナオのゼルトナーがティクスのゼルトナーの両腕を掴んだのだ。 それだけではなく加速した為、ナオのゼルトナーがティクスのゼルトナーを完全に押し倒して組み伏せてしまったのだ。
「俺の……」
言いかけた時だった。
センサーが急速に接近する機体を捉えた。
「こんな状況でシャナーダが来るなんて! いや、こんな状況だから来るのか」
ここにカルディナが居なくても、銃器を傾向し明らかな戦闘速度で向かってきているのがナオにも判った。
「どうする? くそっ!」
ナオは押し倒したゼルトナーを引き起こした。
「早くここから離脱しろ。実弾を使っているんだ、巻き添えを食らうぞ!」
しかしどういう訳か開いている回線からは返信はなかった。
「気絶しているのか?! ええい、時間がない」
いうとコックピットハッチを開け、ティクスのゼルトナーのハッチを開けた。
見れば予想通り4点止めのベルトが衝撃の際に拘束具となり、体を押さえつけられて気絶しているティクスの姿があった。
もしかしたら軽い脳震盪を起こしている可能性もある。
「生きていればそれでいい」
いうと4点止めのベルトを外し、ティクスをコックピットから連れ出した。
「ここが安全だとは言えないけど……。それにしても二人乗りは狭すぎるな」
勿論、ティクスを非難させた場所は、ナオが搭乗しているゼルトナーのコックピットである。
複座式であれば空いているシートにティクスを乗せれたが単座式なので、膝に乗せるような形になったのは狭隘なコックピットならでは事情というもの。
シャナーダが、身動きがとれないゼルトナーに攻撃する事は無いが、戦場において万が一というものは常に付きまとう。
ましてやシャナーダではなく、ナオの操縦の結果によってはティクスを巻き込み取り返しのつかない事になる可能性もあるのだ。
むしろ後者の方が高い部分がある。
「ここじゃ、さっきみたいに上手くいくなんて無いから。駄目もとで先手必勝しかない」
いうとバーニアスラスターを展開し上空に躍り出た。
「何だって?! 速すぎる」
既に、地上にはシャナーダのゼルトナーが待ち構えていた。
「戦いは先手を取らないと負けるんだよ」
シャナーダのゼルトナーのマシンガンが火を吹いたが、ナオのゼルトナーは寸での処でバーニアを最大出力で吹かした回避行動を行った事により何とか被弾を免れた。
機体を立て直したと同時に、今度はナオのゼルトナーがシャナーダの機体にマシンガンの銃口を向けた。
「早い!」
同じ機体とは思えないと回避速度で、トリガーを引く前に照準から姿を消すシャナーダ。
「どうした? 一発も撃てていないじゃないかっ! 戦場では度胸がない奴、無鉄砲な馬鹿から死んでいくのさ。でも臆病なヤツは自分から戦い方を覚えて生き残っていく!」
「こんな状況で説教だなんて! 遊んでいるのか?!」
ナオは体勢を立て直す上でもゼルトナーを降下させた。
「無茶な操縦が出来無い?!」
ティクスを搭乗させているだけではなく、あまつさえ気を失っているだけではなく、一番厄介なのはその柔らかい体が四肢を塞ぐ形になっている事なのだ。
かといってあのまま放置する事など出来なかったのも事実。
「もっと早く動かさないと」
動作が制限されているのであれば、それを補うのにする行動は必然的に限られてくる。
これは先読みして操縦しなければいけない、という事もいっているのだ。
しかし、操作と挙動がピーキーなジーオンに比べればゼルトナーはマイルドもいい処である。
「ならできるだけ同じ条件に誘い込まないと……平地よりも森林なら何とか出来るかも」
相手を同じ土俵にする必要性もあれば、少しでも有利と思われる箇所に誘い込まないといけない。
これはティクスの時も同様であったが、
「今回も上手くいく保証なんて無い! でも、ゼロよりはマシだ。スラスターのモード変更」
「狭い空間なら何とか出来ると思ってるの? むしろ扱いづらいだけなのに。アタシにしてみれば森林など障害にもならない。でも、誘われたら乗って上げるのが礼儀」
シャナーダもゼルトナーを森林に突入させた。
しかし、遮蔽物が多い森林では射撃性能が落ちるのでナオにとって不利極まりない。
「……あ、あれ? ここは。何これ?!」
「気づいたのか? て、痛っ!」
ティクスが身じろぎした拍子に、ナオの顎に頭突きをかましたのだ。
舌を噛まなかっただけましというものであるが、どうにも口の中には鉄分の味がして仕方なかった。
「な、何で? あ、あたしをどうしたのさ?」
「どうもしてない。あのままだったら危険だったから」
「どさくさに紛れて、へへへへへへへへへへへへへへへへへへへ変な事してないわよね!?」
「する訳あるか! それより耳元で騒がないでくれるか? 操縦に集中出来無い。て、勝手にHDUをいじるな」
ティクスが操作しているのは、ナオの操縦を邪魔せずに状況を把握する為である。
ゼルトナーの操作に慣れている彼女であればデータを呼び出して状況を確認するのは造作もない事である。
「やっぱり戦闘が終わるのを見計らってシャナーダが来たか。けど、ここはマズいんじゃないの?」
「何処にいてもマズいモノはマズい」
「森林はアンタに不慣れ、て言いたいんだけど」
「そうでもない」
意識を切り替えつつ操縦桿を握り直すナオのゼルトナーは木々の間を軽々と縫うように進んでいく。
それはシャナーダのゼルトナーと一定の距離を保つようにしていた。
「アンタ、射撃の経験は?」
「打ち合いになったら負ける。ジーオンは近接戦闘用なんだ」
「そんなアーマード・ロイドに乗ってるの?! 近接戦闘用なんてナンセンスな機体」
基本的には銃火器の使用、制圧など汎用性が高い戦闘が主体であり、装備されているダマスカス鋼の剣による打ち合いは弾丸が尽きた時の最後の手段に用いられる場合が殆どで、戦闘訓練においても然程、重要視されていない。
「弾丸の残数は……。あとマガジンで2セットか」
「無駄弾は撃てないね」
「とにかく小回りを効かせるない。勝たなきゃ意味がない。でもこれじゃあ」
不満を漏らしているのはゼルトナーの反応速度である。
「……遅い」
確かにジーオンはピーキーであるが、反応速度においては雲泥の差である。
出力特性やパワーにおいて全てを凌駕し、既存機においても頂点の性能を持っているジーオンと比較しても仕方ない頃であるが、それでもある種の「物足りなさ」を感じていた。
「このままじゃあラチが明かない。モード維持のまま出力を変える!」
「変える、て?」
ナオはHUDとコンソールパネルを操作して出力変更の画面を呼び出した。
「戦闘中に何をするつもり?」
「出力バランスを変える!」
「……スラスター出力を最大に? これじゃあ扱いづらいなんてものじゃない。それに数分で焼き付くぞ?! 自滅行為もいい処だ」
「勝てないよりはいい!」
この言葉にティクスは目を見張った。
(最初は何か甘ちゃんな印象があったけど……今は)
「判った。で、私は何をすればいい?」
「出来れば大人しくしていて欲しい」
「なら降ろせばいいのに」
「知らないところで戦闘に巻き込まれてもしたら嫌だからな」
実弾を使用しての戦闘なのだから、最悪の場合は死傷する可能性もあるのだ。
呼び出した項目の数々を凝視した。
「……これは? なら今度はこっちからやってやる。来た!」
警告音と共にセンサーがシャナーダのゼルトナーがかなりの速度で接近しているのがモニターにも映し出された。
シャナーダもつかず離れずの間合いの取り方に痺れを切らしてきたようだ。
「マシンガンの有効範囲はそれ程、広くないはず。最大で100mも無いし、森林地帯なら最大でも50m位かもしれない。場所によっては20mにも満たない状況かもしれない」
これはあくまでも初速での有効範囲である。
(広い場所は射程的に有利かもしれないが、それはシャナーダも同じ。技術ではこちらが圧倒的に負ける。なら……技術以外で勝る状況に持ち込むしかない)
「何しているのさ?」
「さっき見て判った。まずは必要なコマンドを全て呼び出しておく」
これから行う、想定されるであろう行動一覧を予め呼び出しておいたのは直ぐに次の行動に移行出来るようにである。
これが通常の戦闘であればいささか無意味であるが、一対一ならばこれは有効であろうよ。
「セッティングパターンをもう一つ用意しておいて。あとは……タイミングの問題だ!」
操縦桿を動かしシャナーダのゼルトナーへ高速接近するナオ。
シャナーダのゼルトナーもその動きを捉えていた。
「さて、どうくる……? 考えなしに突っ込んで来るとは思えないけど」
これは一種の駆け引きである。
最も大きな数をBETしたのはナオであるのは言うまでもない。
「来た!」
この状態での有効射程距離にナオのゼルトナーはあと5m足りていなかった。
「この場合の有効射程距離は30m位だよ!」
しかしナオには40mが必要な距離なのだ。
「まずは!」
入力されたコマンドでナオのゼルトナーがマシンガンの予備パックを投げつけた。
それと同時にそれを射撃して破壊した結果、爆発により散乱した銃弾が煙幕と同じ状態になった。
間髪居れずに急上昇するナオのゼルトナー。
急激なGが体を押さえ付けたが、意に介さずに次のコマンドを入力する。
「賭けだ!」
又しても予備パックをシャナーダのゼルトナーに向けて投げたと同時にこれも射撃により爆破させた。
「な、何が起こってるのさ?!」
視界が遮られたと同時に複数の方向から高速で、それでいて無作為に来る銃弾の嵐にシャナーダは状況が掴めなくなっていた。
「嘘っ!」
視界の隙間から見えたゼルトナー。
次の瞬間、コックピットが激しく揺れたが4点のシートベルトにより頭を打つ事は無かったが、脳が激しく揺れたのは訓練しているシャナーダでも判った。
しかし、想定していなくても体が反応したのはこれまでの経験の蓄積によるものであろう。
ダマスカス鋼の剣を取り出すと共に、それを振り上げた。
「ちっ!」
ナオのゼルトナーが数センチの所で回避したが体勢を崩す結果ともなった。
「敵は初弾で確実に、な。遊んでいると足元を掬われるぞ!」
シャナーダであれば体当たりは選択せずに剣でコックピットに突き刺していたであろう。
「何?!」
ナオのゼルトナーは姿勢を崩したが、それは飛行ユニットのバーニアを噴射させる事で体勢を保っただけではなく全身のスラスターを使って、そのままの姿勢で弧を描く様に旋回までして見せたのだ。
「何時の間に、そんな操縦技術を?!」
シャナーダにしてみれば何が起こったのか理解出来ていないが、機体が大きく揺れたのは衝撃で感知したのだ。
ナオのゼルトナーは左足を軸として、シャナーダのゼルトナーに蹴りを入れた。
それだけではなく、むしろそこからが流れるような動作であった。
シャナーダにおいてはその名前は知らなかったが、踏み込みと同士に両手を突き出しての掌底の一撃が腹部に入ったのだ。
これには流石にそれなりの質量を持っているアーマード・ロイドであっても後方へはじき飛ばされてしまうのも無理は無い。
「な、何ぃ?!」
物理的な衝撃によりコックピットを激しく揺らされ、舌を噛みそうになるシャナーダであったが、操縦桿とフットペダルを動かして何とかゼルトナーを踏み止まらせた。
「しまった?!」
ナオのゼルトナーが再接近していた。
「セッティング変更によるモード切替! コマンドを連続実行!」.
ナオは瞬時にそれを行う。
結果、ナオのゼルトナーはシャナーダのゼルトナーの腕を掴むと同時に引き寄せた。
背を向けて機体を沈ませると同時に下半身のダンパーが大きく伸縮し、腰を基点として跳ね上げた。
シャナーダは機体が浮いたと感じた瞬間、背中から叩き付けれたのを衝撃で感じた。
それは外部モニターで見れば、まるで背負投げのようでもあった。
それだけではなく、止めと言わんばかりにダマスカス鋼の剣をコックピットに向けたのは、完全に「敗北」を知らしめる行為もであった。
「……やられた」
「俺の……勝ちだ」
恐らくは10秒にも満たない時間の中で、それも連続で幾つもの動作をこなしたのだから当然というものであろう。
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