マンティコアの食卓
三日後には最高の料理を用意せねばならず、領主は頭をなやませていた。
まずしい村であり、急いでもジャガイモ料理やそば粉のクレープ、やせ兎のあぶり肉がせいぜいなのだ。
王は大変な食通ときいている。以前同じ状況になったある村はひと月前に報せをうけ、そのさいは町からの買い入れも十分になされ、ふるまった料理に満足した王からは多くのほうびをうけとったという。
不作つづきで冬ごえもきびしいような今、領主はどうにかこの歓待を成功させ、土地の者に安心して春をむかえさせてやりたいと考えていた。
「ああ、だが今はこれぽっちの麦と豆をささげることすら困難なのだ」
一切れの大麦パンと十粒の豆を袋にいれ、なげきながらも朝はやく家の裏手へいく。
そこには大きな森の入口があって、奥にすすんだところにあるカシの大木までくると、
「森の人よ、過ぎたるほどの恵みをどうか分け与えさせてください」
そういって袋の中身を根本へおいた。父よりいいつけられ、自らが領主となってからは毎朝欠かさずこれを行っているのだ。
しかし実際は空腹をかかえ、心配事で夜もろくに眠れていない領主は、根に腰をおろすと深く息をついた。
とそこへ、立派な身なりをした若い婦人が、お供の騎士をつれてやってきた。
領主は森の奥でこのような人たちをみかけるとは思わず、ポカンとしていると、婦人からなぜ困った顔をしているのかをたずねられたので、
「王がいつものご猟場に飽きられたらしく、後日この近くへ鹿追いにやってくるのです。そこで合間の休息にはこの村をお使いになられるのですが、急なことでお出しできるようなごちそうもなく困っている次第なのです」
婦人のやさしい笑みのせいか、名も知らぬ人に一部始終を話してしまったことを領主は自分でもおどろいた。
「なるほど、しかし動かぬ石の下に流れる水もないでしょう。あなたがいま心に望むものがあるのなら、その腰をあげてついてきなさい」
と、先へ行きはじめた婦人と騎士のあとを、領主はあわてて追った。
森の奥のさらに奥へすすむと、木々のひらけた場所に大きな屋敷があった。
なかへ入ってひとつの部屋にまねかれると、そこに一台のテーブルがおかれている。天板は鏡のようにピカピカと輝き、その側面にはコウモリの翼と膨らんだ尾をもった、不思議な獅子の意匠がほどこされている。
「これは遠い国にすまう世界で一番大食らいのいきものです。この彫り物の力により、ここへ出されたものはみな素晴らしいごちそうとなるのです」
婦人がいうと、いつのまに拾い持っていたのか、騎士があのパンと豆を天板の上へおいた。
すると粗末なパンは世にもかぐわしい香りをはなち、十粒の豆は黄金のように光ってみえはじめる。
領主はのどをゴクリと鳴らし、思わず手をのばすとあっというまにそれらをたいらげた。パンも豆も、たとえ宮殿でいかなる上等の料理をだされても、これほどの幸福はえられぬであろうと思える味と満足とがあった。
領主はひといきつくと、はしたないまねをしたことに気づき、うつむいて赤面する。そして顔をあげると、そこはもといたカシの木の根元だった。
「……夢、つまらぬ夢をみたものだ」と、領主は帰ろうとしたが、木の下においたパンと豆がきえている。そこで夢のとおり奥へいってみると、同じ木々のひらけたところにあのテーブルだけがポツンとおかれていた。
それから三日の後、王と従者たちが村へやってきた。
領主の家へまねかれた王はまずしい村に期待するところはなかったが、森より運ばれたあのテーブルに料理が出されるや目を輝かし、のどをゴクリと鳴らす。
「なんと、これほどまでによろこびに満ちた食事ははじめてだ!」
と平凡な料理を次々口にいれ、いきおい皿までかじらんとする王をあわててお付の者がとめた。
後日、王よりたくさんのほうびが与えられ、領主はこれを村の十分な冬支度のために使い、人々は笑顔で次の春をむかえることができた。
また王は狩りのたびにこの村をおとずれるようにもなった。そしてもてなしの見返りによって村は次第に豊かになり、領主は、あの日夢のなかで会ったのは木々の精霊たちだったのだろうと、森への感謝をいっそう深めたのだった。
それから長い年月が経ち、国に大きな戦争がおきた。
各地ではげしい戦いがくり返されるなか、その村も戦火に追われて村人たちは姿をけし、やがてほとんどの家々と森林が灰となる。
そのさなかに激戦からひいた将校がやってきたが、様子見よりもどってきた部下の報告をうけおどろいた。のこった家屋はいまは野戦病院となっている。その粗末な施設や人員不足はほかの戦地とかわらないため、治療はもちろん食糧についてもさぞ窮しているだろうと考えていたのだが、
「不思議なことに飢えによる死者はここにはみられません」とのこと。
しかしだれにその理由をたずねても『我々には神の助けがあるのです――』といったきりで、はっきりした返答がないのだという。
将校がはいると屋内は身を横たえた兵士たちで足の踏み場もないほどだった。彼はここへ自軍の負傷兵をさらに運び入れていったが、やがて空き場所のことで看護婦が難色をしめしはじめる。みればたしかに床はいっぱいで、いくつかもちこまれたテーブルの上と、その下とで二人分の寝床を設けたりもしていたが、
「そこにひとつ空きがあるではないかっ」といまは何もおかれていない、翼をもった獅子の意匠のテーブルをみつけ指さした。
看護婦は一瞬顔色をかえたが、うなずくとその上に最後のひとりを寝かせた。
将校はそれを眺めやりながら、ふと昨日から何も口にしていない空腹を思い出し、のどをゴクリと鳴らすのだった。