No.30 抗うという事
出されたお題を元に、一週間で書き上げてみよう企画第三十弾!
今回のお題は「広場」「船」「橋」
3/16 お題出される
3/20 現在の構想が思いつく
3/21 書きはじめるも思ったほど筆が進まず四苦八苦する
3/22 まさかの体調不良
3/23 締切ブッチしてでも完結まで持っていきたかったんです!
しかし安定のカットという……
「パパ、起きて! 今日はお休みでしょう?」
ベッドで寝る私の胸の上で娘が跳ねる。5歳にもなれば結構重く、痛みと共に私はうめきながら起こされることになった。
「待て、まだ寝かせてくれ……こうして家で寝るのは久々なんだ」
「何言ってるの? 今パパは地球に居ないじゃない」
はっとして、私は飛び起きた。
私の目の前には、見た事のない植物……らしき生き物が植木鉢に入って、天井から吊るされゆっくりほのかな光を放ちながら揺れていた。肉厚の葉を重ねて作ったベッドに横たわる私の胸の上には何もない。脳が誤認した痛みだけが気持ち悪く残っている。
今のは……夢だったようだ。今、私が居るのは地球から数光年離れているであろうと言われる惑星、地球ではM336、この星を闊歩する知恵ある者たちは『ガイア』と呼んでいる。(正しくは翻訳機が彼らの、我々で言う『地球』という言葉を意訳した結果だ。実際はもっと別の単語だろう)
私は宇宙開拓機関という、未知の惑星での資源の調達を目的とした組織でエンジニアをしていた。だが、宇宙空間で、ロボットスーツ『イオ』で行う作業に失敗。どうやら、何かが『イオ』に当たり、中で私は気絶。そのまま無重力空間に投げ出されたようだった。そして帰り道も分からない暗黒世界の中、私はワームホールとか、ワープホールと呼ばれる物を潜ったらしい。
そして、なんとか『イオ』に付けられていた大気圏突入装置のおかげで大事には至らず、この酸素と食物と知性体に恵まれた『ガイア』に不時着、遭難するということになった。
助かったのは、この星の住人『ポピア』と名乗る連中が敵対的でないことだ。いささか奇抜な青い肌と長い首をした、平均身長190cmの人型の宇宙人だが、SF慣れしている現代の地球人ならそれほど驚くものでもなかった。……多少は驚いたが。
ともあれ、私は今、帰り道も分からずに『ポピア』の世話になっている。
飛び起きた私の荒い息づかいを聞いてか、隣の部屋からこの星の住人が現れる。
「おや、起きましたか? 具合は?」
「……あ、ああ……まぁまぁだ」
「そうですか。いえまあ、まだ夜中ですし……寝ておかれては?」
2、3年会えてない娘の夢を見ていたが故の、切なさと幸せと罪悪感と、夢の中で感じた痛みの様なものが混ざり合い、今の私はもう一度寝ようとは思えなかった。
「いや、少し起きて居るよ。……それか、この星で夜更かしは危険かい?」
「いえ、むしろあなたが『サン』が上がってる最中に出歩くことの方が驚きですよ。眠くないんですか?」
『サン』とはそのまま太陽の事だ。もっとも、意味合い的には『第一太陽』と言える。一番大きな光星で、あれが地平線を超えて現れるだけで地球の昼間の様な明るさで地上が満たされる。どうやら『ポピア』は夜行性らしく、『サン』が出ている時は寝る時間らしい。
ちなみに太陽は三つあり、第二太陽『クートリ』、第三太陽『ハメア』は『サン』の半分ほども大きさが無い。そのため光源としては弱く『ポピア』もこれらが出ている時は特に気にしていないらしい。それぞれが独特の周期で公転しているらしく『ガイア』の自転と合わせて常に完全な夜が来ないのもこの星の特徴のようだ。
「ああ、地球人は……地球には夜があるんだ。太陽の様な光源が無い時間帯がね。その時に眠くなるように出来てるのさ……長年の宇宙生活で体内時計は狂ってるから、そこまではっきりと眠くはならないがね」
「ほう……そういうものなのですね」
『イーセリア』という名前の『ポピア』のこの青年が(青年らしい。年齢は地球の時間で換算して57歳……私より年上だ)今私が居候している屋敷の主だ。何かと良くしてくれている。どうやら、族長の様な立場の偉い人から私の身の回りの世話を言いつけられたのだとか。しかしそれだけというわけでもなさそうだ。というのも、私から色々宇宙や地球の話を聞きたいらしい。『ポピア』と地球人の違いに興味津々らしく、特に文化の違いには前のめりになって話を聞いてくる。
「ああ、では『ミシャミシャ』を照明に置いているのは邪魔ではありませんか?」
「『ミシャミシャ』? ……ああ、この天井から下げている植物の事か?」
「えぇ。それを僕たち『ポピア』は室内照明に使ってるんです。『サン』が地平に沈むと自然と発光する植物なんですよ。……んー、明るいと寝にくいでしょうし、どうにかしましょう」
「ああ……いや、構わない。それより質問していいか?」
イーセリアは頷いて質問を促す。
「『サン』が出てる時に君たちは寝るのだろう? あんなすさまじく明るい太陽が有る時に寝るなら、明るい方が君たちは寝れるんじゃないのか?」
「いえいえ、寝る時は部屋に灯りが入らないようにしておくんです。窓から何から何まで閉めて、真っ暗に。そして『サン』が沈んだら『ミシャミシャ』が教えてくれます。それに合わせて起きればいいんですよ。さもなくば『マギカ』を使うかですかね」
私はこの『マギカ』というのがなかなか理解できない。
曰く、目に見えない“神”のような存在に訴えかけて超常の現象(地球人から見れば常識を超えた現象だが、『ポピア』にとっては日常の光景である)を引き起こすのだとか。
しかし、我々が思っているような強力な魔法とかそういう物じゃない。ごく簡単な……それこそ薄い本を取ってきたり、写真のように映像を物体に念写したり、ライターで火をつける程度のことしかできない。……十分だとも思えるが。だが、彼らはむしろ私の持つ、地球のテクノロジーに目をむいた。
たとえば、私の乗ってきた作業ロボットスーツ『イオ』など、彼らの世界には無い物の代表格だろう。聞くところによると、この世界では機械が存在せず、また石油も存在していない。油圧ピストンもないどころかゼンマイや歯車すらないというから驚きだ。確かに『マギカ』があればほとんどこなせるだろうし、何より今頭上にある植物『ミシャミシャ』のように、地球の常識では推し量れない動植物も多い。私の来ている服も、どうやら昆虫の吐く糸で造ってあるらしい。
そして何より、この世界には“ドラゴン”が居るらしい。火を吹き、空を翼で掴み、深い知性に富んだ爬虫類の様な生き物。(厳密には爬虫類らしくない種類も居たりするらしい)子供の頃に聞いたおとぎ話の存在が、この世界には実在する。
私はイーセリアに申し出た。
「すまない。寝られそうにないんだ。外へ出ても良いだろうか?」
イーセリアは黒曜石の様な煌びやかな目を細めて答える。
「ええ、構いません。ですが……」
「解ってる。付いてくるんだろう?」
「すみません。申し付けられているものですから」
どうやら、イーセリアは私の監視も命じられているらしい。イーセリアは私の信頼が欲しいのだと、自身が監視役でもあることを早々に教えてくれた。もっとも、どちらかというと、彼は私の持つ地球の知識、そして『ガイア』との“ジェネレーションギャップ”を楽しんでいるように見える。まぁ、迷惑ではないし、いざという時“タブー”に触れない為にも助かるのだが……
ダークカラーの濃い石造りの借家から広間へと出る。外は『ミシャミシャ』のような発光植物に彩られた淡い灯りに包まれた白夜の様な世界だった。わずかに白んだ夜に蝋燭の様な灯りが風に揺れて温かな雰囲気を出している。そこに薄青い肌をして、首が異様に長い人型の宇宙人が闊歩している。これが、この『ガイア』の日常風景らしい。そこに異物である私が現れれば、無論のことながら私は注目を集めてしまうようだ。
「止まれ! 地球人!!」
唐突に背後から重低音の怒鳴り声が聞こえる。この声は……
「やあ、グラッドンさん。何か御用ですかな?」
イーセリアが私と、背後から『キウリーカー』(馬の様に乗り回すダチョウの様な鳥)に乗った『ポピア』の間に割って入る。
「イーセリア! お前には用は無い、そこの地球人の偵察兵に用が有る!」
グラッドンという『ポピア』はすこし赤みがかった皮膚をした人で、非常に……なんというか、体育会系の軍人気質、というか、どうやら軍人らしい。私の事を非常に警戒しているようで、私が近々地球人の軍団を手引きするに違いないと踏んでいるらしい。
グラッドンが言う。
「地球人! 族長の恩を仇で返すようなことをしたら、お前は首から下とお別れをしなければならんぞ、解っているだろうな!」
「グラッドンさん、彼は地球と交信できていません。地球人の軍が来ることなどありませんよ」
「どうだかな……見たろう? あの“ロボト”とかいう変な鉄の生き物を! 地球人の外の皮を! あんなもの普通じゃ考えられん、あんな物が大群で来れば、我々は『ライダー』でも対抗できるか分からんぞ!」
『ライダー』、竜の乗り手、つまり“ドラゴンを駆る者”の事らしい。
曰く、この世界の“ドラゴン”……この世界では『ドルガン』と呼ばれている存在も、我々の空想の世界のドラゴンと変わりなく、その存在そのものはかなり恐れと畏れを象徴する存在らしい。
しかし、それを戦の道具としてしまうのは……『ガイア』も地球もそう大差はないのかもしれない。
「もしかしたら、戦争ではなく救助に来たのかもしれないではありませんか? その場合、唐突に『ライダー』で襲う事は野蛮なことでしょう?」
「ふん! 腑抜けめ……いざ戦いになった時、貴様の武具などは自力で何とかするのだな、この地球贔屓めが! 『ライダー』の面汚しの一家! 愚かな裏切り者!」
私はムッとして、イーセリアに退いてくれるように腕で促して前に出た。
「すまないが、私を迫害するならすればいい。だが、友人を馬鹿にするのは止めてくれないか?」
「なんだ地球人、俺に指図をするきか?」
グラッドンは『キウリーカー』の上から私を見下ろしている。
私はグラッドンに言った。
「地球人という名前ではない。『アラン・ドレイク』という名前がある。もし、地球人が『ガイア』を襲うなら、私は君たちの味方になって戦うと誓う。友との絆に誓って!」
グラッドンはしばし私を唸りながら睨み言った。
「ふん、勝手に言っていろ、地球人」
グラッドンは私に一瞥をくれてから、鼻を鳴らしながら踵で『キウリーカー』を蹴って去って行った。
私は居心地が悪くなり、イーセリアに謝った。
「すまない。なんだか、その……」
「いえ……しかし大見得を切られましたね。たしか、ロボット……あー」
「ロボットスーツ『イオ』だな」
「そう、それです。……動かなかったのでは?」
イーセリアに歩こうと促して、私とイーセリアは白夜の中、石造りの街並みを歩いていく。路上で水タバコの様な物を口にする人がこちらを見て居たり、すれ違う子供たちがすこしだけこちらに注目したりする。そんな中、気にも留めずに私は『イオ』の現状について話した。
「『イオ』は修理さえできれば動かせるさ。……機材も装置も無いがね」
「そこは問題では? 何か案が有るなら協力しますが」
私は苦笑しながらイーセリアに言った。
「ま、大丈夫さ。地球人が攻めてくるはずも……そもそも『ガイア』に来ることもないさ。それより『ライダー』の直系と言われてたが……?」
咄嗟に話題の矛先を別に振る。イーセリアもまた困ったように苦笑しながら言う。
「いえ、祖父の代までです。ここ200年は他の部族との抗争もありませんから『ライダー』はお役御免しているのですよ。それに、僕は『ドルガン』を見た事すらありません……いえ、直接前にすることにも恐ろしさを感じています。僕は『ドルガン』に選ばれるだけの勇気はありません……僕はその血筋に居ることは確かですが……僕は『ライダー』ではありません」
少し街中の雑踏が会話の間に横たわり、無言で歩く私の気持ちを紛らわしていた。イーセリアは無言で私の方に手を置き、何かを言いかけて言葉を飲み込んだようだった。
「よし、帰ろうか……」
私の提案にイーセリアは静かに頷いて答えた。
「あ、でもその前に、そこのお店に入りませんか? なかなかおいしいんですよ」
「はは、じゃ、口に合うか試してみよう」
翌日のことだ。私は『サン』が出ている時間に、借家の書斎を借りてこの世界の書物を機械に取り込み、英語化していた時、妙に空が暗くなった。この世界に雲はあまり多くない。それに『ミシャミシャ』がまだ灯っていない。時間を間違っていなければまだ『ポピア』たちが起きる時間ではないはずだ。その唐突な暗闇の中、私は懐かしい言語を聞いた。……地球の言葉だ。
「惑星M336の諸君、こんにちは。我々は太陽系第三惑星、地球からの使者である。諸君らは速やかにこの惑星の資源を我々に譲渡するべし。さもなくば、我々には強硬手段に出る準備が有る。平和的会談を望む」
私は締め切られた窓を開けようとする。堅くて開かない間も、地球の船を名乗る声がそこら中から聞こえる。
「こちらは太陽系第三惑星、地球からの使者である。諸君らが居るこのM336惑星は希少な金属、重油に溢れている。それらを是非譲っていただきたい。また、我々は非常に渇き飢えている。何か口に入れられる物を所望する。君たちに断る権利は与えられていない。平和的判断を求める」
窓は開かない。というより開け方が分からない。仕方なく玄関へと駆け出す。背後でイーセリアが起きる音が聞こえる。それを脇に私はドアを半ば乱暴に開けた。
「こちらは太陽系第三惑星、地球よりの使者……」
私の目の前にはバスケットボール大の銀色の球形が、小さなプロペラで飛びながら、音を発している光景が目に入り、そして何よりも、世界に影を落としているその巨大な……宇宙船が、空を覆う光景が広がっていた。
「なんだ……あれが、まさか……」
「アランさん! まさか、本当に!」
「いや、明らかにおかしい、敵意をむき出しにしてきている……族長の元へ! これは……地球人なんかじゃ……」
「……解りました。急ぎましょう」
一度借家に戻り、私たちは族長の元へ急ぐ準備を始めた。
私の脳内には、帰れるかもしれないという希望と、グラッドンが言っていたように地球人が攻めてきたのではないかという恐怖が混濁し、後ろ暗い喜びに似た罪悪感が浮かんでは消え、消えては再燃することを繰り返していた。
空には巨大な壁が広がり漆黒の影を街に落としている。発光植物たちはまだ時間でない為光らない。完全な暗闇になっている。そして敵意剥き出しの降伏勧告を繰り返す銀色の球体。そのどれもが、私の知る地球などではなかった。本当に地球から来たのだろうか? 地球人はどこだ? なぜ機械だけ下ろしている? そもそもなぜこんな攻撃的なのだ……疑問は尽きない。
ともかく、私たちは族長『パラレル』という女性の家の敷地へ攻め入るように無作法に上がり込み、既に集まっている『ポピア』たちに睨まれる形で歓迎をされた。
パラレルが言う。
「ああ、お待ちしてましたよ、アラン、あなたの意見が是非聞きたいのです」
私はパラレルに対して思ったことを言った。
「あれは私の知る地球の産物じゃありません」
「嘘を言え! 地球人の尖兵が!」
グラッドンが部屋の隅からでも良く通る声で私を罵る。近くに居る他の者がそれをなだめる中、私は自分の思った通りの事を口にしていく。
「おそらくですが……まともに戦いになった場合『ガイア』に勝ち目はありません……」
「何を言う、あの程度などどうということもない」
グラッドンが口を挟むのに対し、私は分かりやすくあの船に積まれているであろう兵器を説明した。
「残念だが、雷を10本以上まとめたほどの威力の物を音より早い速度で、雨のように放つ兵器をあの船は積んでいるかもしれない。……それに真正面からぶつかるとどうなるか分からないではないだろう?」
グラッドンはイライラしながらも反論の言葉を飲み込んだようだった。族長の家に集まった『ポピア』たちの顔に落胆の色があちこちに見え始める。
パラレルが重い口を開いた。
「では……成す術はないと?」
「いえ、ですから“まとも”じゃない戦闘方法で行けば良いのです。地球人にとっての“まとも”は私が解ります。何か、奇を狙うのです。たとえば……あー、あの船に乗り込むとか」
ざわざわと声が上がる。
パラレルが皆を静め、落ち着きを払いながらゆっくりと指示を出していく。
「では……他の部族へ救援を。いえ、おそらく、地球からの使者を語る侵略者は他の部族の居場所にも現れているやもしれません。ですが、そこをなんとか、一致団結してこれに当たらねばなりません。……アラン、あなたは例のロボットの修理と対策の立案を。策はできうる限り、思いつく限りお願いします」
「そんな奴が信用できるか!」
グラッドンが吼える。それに対して、イーセリアが前に進み出る。
「彼は信用できる人物だ。信用しなければならない、我々が勝つためにも!」
「黙れ若造が! 信用ならんと言っているのだ!」
「では僕が正規の『ライダー』になれば、正規のライダーとして命令すればいいですか?」
グラッドンは吹きだし、イーセリアを指さしながら笑った。笑っているのはグラッドンだけだったが、彼にはそんなことはどうでも良かったのだろう。
「くだらん! お前の様な腑抜けを主とする『ドルガン』がどこに居る?」
「呼び出す秘術が『ライダー』の血筋にはあるのです。御覧に入れて見せましょう。僕が『ライダー』に相応しい資格を持つことを!」
グラッドンはしばし悩んだ末に口を開いた。
「良いだろう。おまえが『ライダー』になったなら、いう事を聞いてやる。『ライダー』は『ポピア』の希望だからな」
しばしの間流れた険悪な雰囲気を破るように、パラレルが言う。
「では、当面は地球からの訪問者を名乗る者へ食料と水を与え、刺激せぬように。しかし心まで服従してはいけません。着々と、退けるための準備を……グラッドン初め戦士たちは各地へ救援の要請を『キウリーカー』で走ってください。……そして、イーセリア、あなたは……『ドルガン』と契約を! 頼みましたよ!」
そう言って、パラレルはイーセリアの肩を強く叩き揺すった。
その後幾つかの決め事の後、皆少しずつ族長の家を後にしていく。外では一つ覚えのように、侵略者の降伏勧告が流され続けている。
私はイーセリアに、他の者にバレないように言った。
「ずいぶん思い切った事を言ったようだが……?」
「え、ええ、自分でも驚いてます。しかし……ここで瓦解しては、戦えない気がしたのです」
私はなんとか口を開いて言った。
「……すまない。きっと、私があの侵略者を呼んでしまったんだろう……その……」
「いえ、良いのです。きっとそういう定めだったのです。僕もまた『ライダー』になる時が来た、それだけですよ。きっかけはあなたかもしれませんが、その後の選択は僕のしたことです。……それに、あなたが居ないと地球からの使者に対抗できません」
そう言って、イーセリアは私の顔をまじまじと眺めた。黒い黒曜の憂いの瞳が私を見つめながら、優しい声色で言う。
「どうか、ご助力を……お願いいたします」
「もちろんだ、友よ」
私は迷わず答えた。
ともあれ、私たちはすぐに行動を開始した。
聞けば、私の不時着した地点の付近は、イーセリアの言う『ドルガン』を呼ぶ儀式の祭儀場付近だったようだ。イーセリアの持ち物を一緒に荷車に乗せて祭儀場へとたどり着き、イーセリアを置いて私は『イオ』の整備へ赴いた。
案の定、ロボットスーツとしての機能は大部分が要整備状態と化していた。機材も素材も無い。だが仕上げて使えるようにならねばならない。友の為、地球の名誉の為……私を迎え入れてくれた『ガイア』を私の故郷からの使者を語る者が侵略するなど、許しておけなかった。
なんとか借りた機器と幾人かの『ポピア』による『マギカ』の支援を受けながら修理に取り掛かる。だが残念ながら、宇宙空間での行動は出来そうにない。あの船の大きさにもよるが、元の『イオ』と比べるとパワーも強度も、少し数を水増しして二分の一といったところだ。……使い物にならない。まして、武器らしい武器を持てないのも困ったものだ。この世界には火薬も光学機器も無い。『ガイア』で武器として使えるのは槍や剣、あるいは動物の体や……『ドルガン』の持つ烈火の火炎のみ。もちろん『ライダー』しか『ドルガン』の火炎は使えない。
私は途中まで作業を終えて、手伝いをしてくれていた『ポピア』を先に帰し、イーセリアの元へ行ってみた。
イーセリアは肩を落とし、うなだれていた。聞けば儀式を行ったからと言って必ず『ドルガン』が来るわけではないらしい。
「臆病者の元には『ドルガン』は来ないと言います」
「臆病者? 君がか?」
私は今一度、イーセリアに儀式を行うように促した。第一太陽『サン』も顔を出してきた朝焼けの中、第二太陽『クートリ』の照らす中、イーセリアは渋々と儀式を再開する。
何か奇妙な音の出る楽器を吹き鳴らしながら、枯れた葉を揉み下し、たき火に投下する。たき火からは紫の火があがり、白い煙が濛々と黒い空へと吸い込まれていく。こんなので本当に伝説上に近い存在が来るのだろうか?
途中でイーセリアが儀式を取りやめようとするのを、私は座らせて続きを促した。
「待て待て、君は『ドルガン』が怖かったのだろう? だが『ガイア』の危機に『ポピア』が団結するために、君は自身の恐怖に向かいあおうとした。そんなことのできる者のどこが臆病なんだ? もう一度だ、自分に自信を持て、やってみるんだ」
イーセリアは幾分かごねたが、私の説得に折れて、今一度儀式を続ける。
その時だった。
暗がりから現れる白い閃光、その優美ながらも凶兆を孕むその破壊を思わせる姿。雷を思わせるその姿こそ……!
「『ドルガン』だ!!」
イーセリアが叫んだ。
白色のごつい肉食竜を思わせる頭部に『ポピア』より長い首、大きな胴体から太い手足が生え、首の長いトカゲを思わせる。だがその背には蝙蝠のごとき翼がその巨大な体を覆い隠すほどの大きさで生えている。首をもたげ、我々を見下ろす様にその巨体を見せる。そしてその琥珀色をした瞳は人のそれに近いと私は感じた。この生き物は、知性がある。私は直感で理解した。更に同時に……その瞳が敵意も含む物だと、私には見えた。
これが『ドルガン』……まさに“ドラゴン”そのもの!
そういえば、契約はどうやってなされるのだろうか? それを聞いていなかったが……まさか……?
『愚かな者どもよ! 我を呼び出し使役するならば、その力を示せ!』
『ドルガン』は体に響くような重低音で言う。そして、その口に煌々と紅蓮が渦を巻くのを、私は見た。
「逃げろ! イーセリア!」
私は咄嗟にその場から離れた。背後ではすさまじい熱が背中を押し、私の影を私の行く先に伸ばしていく。私は『イオ』の元へ走った。背後がどうなっているか、イーセリアが無事かなど考える暇もなかった。
その時、私の体が宙に浮いた。次の瞬間、私は羽毛に包まれた上下に揺れる場所へ、『キウリーカー』の背後に乗せられ、災悪の火炎から逃がされていた。
みれば、グラッドンが私を『キウリーカー』の上に引き上げてくれていたようだ。
グラッドンが悲鳴を上げ続ける『キウリーカー』の手綱を引き、巧みに炎をかわして走る。
私はグラッドンに言った。
「『イオ』のところまで……この先の私の不時着地点まで頼む!」
「イーセリアは、若造はどうした?」
「解らない、だが、助けるためにも力が要る。手を貸してくれ、頼む!」
グラッドンは無言でそのまま『キウリーカー』を走らせる。解ってくれたのだろうか? なおも荒れ狂う白き竜はあたりを炎の海に変えていく。イーセリアの無事を信じて、私は『キウリーカー』にしがみついていた。
そして、グラッドンに唐突に『キウリーカー』から蹴り降ろされる。目の前に『イオ』がある。なんて乱暴な方法を……。ともかく、私は『イオ』の登場ハッチへと急いだ。
『イオ』の背中にある開閉スイッチを押し、私は全長10mの巨人に乗り込む。『イオ』のコンピュータが幾つかエラーと動作不良を訴えるが、私は躊躇せずに『イオ』を駆る。鋼の巨人は壊れかけの足をひょこひょことさせながら立ち上がる。
「よし、良い子だ」
左手や一部のパーツが『ガイア』で手に入れた部品で作られているため、きっと『ドルガン』のブレスには耐えられないだろう。だが、降下用パラシュートの耐熱素材を流用して作った盾なら、幾分かは耐えられるはずだ。試したことは無いが、迷っている暇など私には無かった。ぎこちない歩きで炎の中に駆け込む。
目の前にあったのは、イーセリアが必死に細身の剣を振るい『ドルガン』に弄ばれている状態であった。そしてその傍には血を流し腕を抑えて悶えるグラッドンの姿。
唐突に現れた私の姿に『ドルガン』の動きが止まる。その瞬間、イーセリアの剣が『ドルガン』の胸元に刺さり、『ドルガン』が悲鳴を上げる。そしてところ構わず炎をまき散らし、烈火で薙ぎ払おうとする。私は友の前に立ち、盾を構えた。視界に映る盾の端が熱で溶け、燃えていくのが見える。炎を浴び続ける轟音の中、私はイーセリアに聞いた。
「で? どうすればいい!?」
「何がですか?」
「どうすれば契約が完了するんだ?」
「契約……あと少し、剣を深く刺すんです!」
ふたりで大声を張り上げながら、火炎の中話し合う。
ならば、と私は盾を構えたまま『ドルガン』へ迫る。イーセリアはその後に続いていく。炎は近づけば近づくほど苛烈さを増し、盾が燃えて今にも崩れて溶けそうなのが解る。そして、ついに盾の中ほどから溶けて、そこから紅蓮の炎が、蛇のごとき舌先で盾の内側を抉り始める。
私は迷わなかった。いや、迷う余裕もなかった。必死だった。炎に『イオ』が晒された瞬間、私は盾で『ドルガン』の顎を下から殴りつけた。炎は大きく逸れたが、その直後『ドルガン』の腕が『イオ』を押し倒した。すさまじい力で抑え詰められたせいで『イオ』の脚部がゴリゴリと音をたてて壊れる。それどころか、胴体部分、コクピットにもひびが入る。地面に倒された衝撃で私は大きく揺さぶられ、体に力が入らなくなる。そして目の前には怒りをあらわにした竜の紅い烈火の口蓋……
『異邦人、貴様から焦土へ変えてくれる!』
その口が炎を吐き出そうとしたその瞬間、竜は悲鳴を上げながら胸を押さえ、地面にうずくまった。
私の意識は、一旦ここで途切れた。
次に私が目覚めた時、私は驚きの光景を見た。イーセリアが竜を従えていたのだ。
「イーセリア、やったのか?」
イーセリアは疲れた様ではあったが、どこか誇らしげな顔をしながら『ドルガン』のその巨大な頭に手を置いていた。
グラッドンは治療を受けたようで、隅で静かにこちらを静観していた。だが、私と目が合うなり、その場から鼻を鳴らして居なくなってしまった。だがイーセリア曰く「アランが起きるまで戻らない」と言っていたらしい。
「それはともかくとして、おめでとう」
「いえ……助けられてしまいましたから」
私がイーセリアに祝辞を述べると、また体の芯に響くような重低音で話しかける声を聞いた。
『助けられることもまた“竜の乗り手”に不可欠な才能である。誇るがいいイーセリア、我が主よ』
『ドルガン』はその巨体を起こし『イオ』を指さして言う。
『その機械人形が無ければ、無理だったのは確か。しかし、我が居れば“外宇宙生物”もまた訳もなし』
「いや、それでは困るのです。彼にも、アランにも侵略者と戦ってもらわねばなりません」
『ドルガン』は少し考えるそぶりを見せた後、私に言った。
『異邦者よ、お前はそれで良いのか? 同郷に近きものと敵対するというのか?』
私は『ドルガン』のその琥珀の目に何が映っているのか、この重低音の妙な説得力を前に、私は少し迷った。本当に、アレは地球から来た者なのだろうか? だが……
「構わない。私は……地球の名誉のためにも戦いたい」
『そうか……』
『ドルガン』は、黒焦げになって動かなくなった『イオ』の目の前の空間に、指で何かを描いた。それは『ポピア』が使う『マギカ』に近いものだと私は思った。だが、その事象は『ポピア』のそれとは大きく違った。
『イオ』は新品も同じ状態へと復元され、微かに赤みを帯びたように変化した。
『我が主の友よ、いざという時は主を頼む。そのためにも、我らが“竜の金属”とそこに沁み込んだ記憶を元に、その機械人形を復元してやったぞ。……感謝しろ、我が主に、そして……お前を主人として記憶を沁みこませてきたその機械人形に』
私はその言葉の意味を何となく理解した。
思わず照れ笑いをする私に、イーセリアはすこし苦しそうに言う。
「すみません。あなたにも戦う事を強いているようで……」
「いや、構わない。それよりも、こういう時は『ポピア』ではどういうのかな? こうかな? 共に戦えることを光栄に思います。『ライダー』殿」
今度はイーセリアが照れ笑いをした。
かくて、私たちの戦いの準備は着々と進んでいった。
その後も、ひたすらに姿を見せず、銀色の球体を差し向ける空を覆う者に対抗する準備は進んだ。過去に抗争状態にあった種族も、『ドルガン』と『イオ』が居れば容易に協力を受け入れた。いささか虎の衣を借る気持ちだが……仕方がない。
そして、その時は来た。
集まった『ポピア』の数はすさまじく、各々が自慢の獲物、道具、兵器を持ち込んでいる。今にも破裂しそうな士気を束ね、イーセリアが、『ライダー』の号令で空を覆う者へと攻勢に転じた。
が……どうしたことか『イオ』が動かない。
「どうですか? やはり、動きませんか?」
パラレルが心配そうに語りかける。
イーセリアは「自分たちが居れば大丈夫だ」と言ってはくれたが……そういう訳にもいかない。半ば、これは私自身の戦いでもあるのだから。
「どうしたんだ……『イオ』……頼むよ」
私は『イオ』を撫で乍ら言った。どこにもエラーはない。どこにも不具合も無いのに動かないのはなぜなのか。
外で、遥か頭上で爆発が起き、戦いが始まったことがわかる。こうしてはいられない。だが『イオ』が無ければ、私は戦えないだろう。
そんな中、またあの機械音声が響く。
「我々は太陽系第三惑星、地球の使者である。M336惑星の諸君の行動は自滅しか呼ばない。すべての非は君たちにある。……もはや交渉の余地はない」
次の瞬間、甲高い金属音と共に大勢の悲鳴、そして熱風があたりを薙いだ。頭上には赤黒い爆炎が広がり、その爆炎が空を覆い『サン』より明るく世界を照らし出した。そこにはイーセリアの白い『ドルガン』の姿もあり、姿勢を崩して落ちていくのが見える。
更に爆風は私のいる建物を直撃し、強い揺れを起こした。目の前で建物の床が抜け、天井が潰れてくるのが見える。咄嗟に私はパラレルを伏せさせた。
揺れが収まり、私は恐る恐る目を開けた。
だが、私とパラレルは無傷だった。私たちの上に覆いかぶさるように『イオ』が居たのだ。
「どういうことだ? 勝手に動いたのか? まさか……まさか……!?」
パラレルが何かに気付いたとばかりに言う。
「なるほど……機械もまた、意志を持つことが有るのですね」
「……でも、まさか……」
「おや、でもその『イオ』という機械はあなたの『使っていた頃の記憶』を“覚えていた”のでしょう?」
私は、覆いかぶさっている『イオ』を見た。そして、私は『イオ』へ語り掛けてみた。
「そうか……お前、私を戦いに出さないようにしてくれてたのか?」
鋼の巨人は応えない。
「でもな、私は戦いに行きたいのだ。私の友が、私の故郷の名誉が、今まさに死のうとしている……お前が私に死んで欲しくないと思うのと同じように……私は、彼らに、私の信念に死んで欲しくないんだ……解ってくれ、『イオ』」
すこしの静寂。やはり無駄かと思った矢先、目の前で信じられない光景が起きた。中に誰も居ないはずのロボットスーツがひとりでに瓦礫を跳ね除け、背中をこちらに向けたのだ。
「そうか……そうか……すまない。必ず、私と共に、生きて帰るぞ。いいな、『イオ』」
私は『イオ』の背中のハッチを開け、中に入り込んだ。
『イオ』の操作には慣れている。コイツと宇宙空間でずっと一緒に作業してきた。戦闘は初経験……ではないな。かの“ドラゴン”に一撃入れたロボットスーツなど『イオ』以外には居ないだろう。
『イオ』のブースターをフルスロットにし、空へと駆け上がる。とても軽く、目の前から降り注がれる光の雨など物ともしない。“竜の金属”とは良く言ったもので、攻撃をものともしない。更に思った通りに、自身の手足のように動いてくれる。そのまま、私は『イオ』と共に爆風の向う、宇宙船の底を貫いて侵入した。
機械で満たされた合板を作業用アームで切り分け、中に入り込む。人が居たらどうするかとひたすらに考えていたが……人は見当たらない。それどころか、人のいる気配すらない。確かに造りは人が住むことを想定している空間が幾つかある。電気のついていないジム、空っぽで整頓された寝室群、火の気のない食堂。『イオ』ではいささか通りにくく狭い空間が続き、ついには人に合うことなく“ブリッジ”とたどり着いた。
私は『イオ』から降りてブリッジへと入った。
そこには、やはり人はいなかった。
「どうして、この星へ来た?」
私は誰にともなく質問をした。そして、予想が確かなら、きっと返答が有る。
間髪入れずに機械音声が返答する。
「この星にて『仲間』の存在を探知。この星に酸素が有る事、食せる有機物が有る事を確認したためです」
やはり、この船は……。私は自分の予想を答え合わせするため、船の機械音声に問いかける。
「この船に今生態反応は?」
「ありません」
「この船に人は、人類は乗っていたのか?」
「過去、200年前まで生存を確認。現在に至るまで人類が本艦に居た記録はありません」
やはり、この船は無人だった。おそらく、最後に出された命令を遂行しようとしているのだろう。
私はブリッジで言った。
「攻撃を中止。本艦は地球へ帰還する。任務を解除」
「エラー。それは聞き入れられません。それは『スペースブリッジ』をかけてまで、300年の時を超えてまでM336惑星に至った最後の乗組員の命令で解除できません」
「そいつはもう死んでる」
「エラー。それは聞き入れられません。エラー。エラー。エラー……」
突如、ブリッジの入り口に何かがぶつかり、扉が拉げる。そして溢れかえるように、件の銀色の球体がブリッジになだれ込む。その無機質な瞳が私を見つめ、その身が壊れることも恐れずに体当たりを仕掛けてくる。咄嗟に私は右へ飛び込み回避する。が、数が多すぎる。起き上がる間もなく銀色の球体が私に覆いかぶさろうとする。
だが、次の瞬間には、烈火の炎がそれらを薙ぎ払っていた。寝転がったまま、私はその炎の出どころを見た。『ドルガン』、イーセリアが来てくれた。銀の球体はみなぐずぐずに溶けて動かなくなってしまった。
私は立ち上がり、今なお「エラー」連呼するAIに言う。
「もういいんだ。地球へ帰る必要も……地球へ資源を持ち帰る必要もない」
「エラー……内部に熱量膨大を確認。エンジン部分のオーバーヒートを確認。……本艦はあと360秒で墜落します」
当たりに赤いランプがともり、警告音が響き渡る。
私はイーセリアたちにすぐに船から離れるように言った。多少ごねていたが『イオ』があるから問題ない、それに船の下の連中を避難させてほしい、といったら渋々船から離れることを了承してくれた。
さて……
「本艦への最後の任務を通達する。これより本艦は来た道を引き返し、無重力圏内までの脱出を試みる」
「……」
「頼む。地球人の船として、動いてくれ」
しばしの沈黙の後、轟音と共に船は空へと向かって動き出した。
私はそれを確認して『イオ』へと乗り込んだ。
「さあ、立つ鳥跡を濁さず、とね」
激しい揺れと共に、炎を巻き上げながら異邦者は空へと去って行った。
裏設定としては
アランは日本マニアとか(なんか日本語のことわざを多用する)
実はアランもサイボーグとか(船に今生態反応が無い、とは?)
そんなのがありました
あとバッサリカットしましたが
『ポピア』の魔法『マギカ』も増幅器的なものが有り、それこそファンタジーの攻撃魔法みたいなのが放てる設定でした
えぇ、その際に『ポピア』の若い女性も出す予定でしたが……泣く泣くカット!
しかし世界観の造り込みでは久々だった気がします
まぁまぁ満足(だが説明不足だ)
じ、次回は頑張るw
ここまでお読みいただきありがとうございました