似てない娘
「幼稚園にアカネを送ってくるからお留守番よろしくね」
「パパ、いってきまーす!」
幼い娘と妻に手を振って応える。
二人が車に乗って幼稚園へ向かうのを見送ったあと、俺は一人部屋に戻りパソコンに向かった。
可愛い娘と美しい妻。仕事も順調でよそから見れば順風満帆な人生を歩んでいると思われがちだが、実は最近悩んでいることがある。
娘が俺に似ていないのだ。
妻に似ているというのなら分かるが、そういう訳でもない。俺も妻もパッチリした大きな二重の目なのだが、娘はどちらかというと切れ長の一重まぶたをしている。
二重まぶたというのは優性遺伝であり、両親とも二重なら子供は二重になる確率が高いはずだ。もちろん一重の子供が生まれる可能性もあるが、目以外のパーツも俺や妻に似ていない。
こんなこと誰かに相談できるはずもない。が、黙っていられるほど小さな問題でもない。
病院で取り違えられたという可能性はない。
俺は出産に立ち会い、生まれてきたばかりの子供と妻の三人で写真も撮っている。
もし間違いがあったとしたらそれは病院ではなく妻にあるということになってしまう。つまり、妻が不貞をした……と。
いや、妻に限ってそんなことは。しかし現に娘は俺に似ていない。
こういう時はとりあえず経験者に話を聞くのが一番だ。パソコンに『子供 旦那 似てない』と打ち込み、検索をかける。
すると画面に様々な体験談の一部が映し出された。
『旦那に子供が自分の子ではないと疑われ、悲しいです』
『私は不貞などしていないのに、この数年間ずっと疑われていたなんてショック』
『DNA検査をして無実を証明したけど離婚してやった』
なるほど、こんな疑いを持つこと自体が妻を傷つけるのかもしれない。DNAで親子関係が証明されたにも関わらず離婚だなんてことになったら最悪だ。
やはり黙ってこの暮らしを続けるべきなのか……
しかしこんな体験談も次々に表示されていく。
『昨日種無しということが判明したが、俺には三人子供がいる』
『不倫相手の子を身籠ったけど旦那の子ってことにして産んだ』
『子供が同僚に似ているから問い詰めたらビンゴだった』
俺はパソコンから目を逸らし大きく息を吐く。
頭がクラクラして吐きそうだ。
妻はかなりの美人であるから、妻にその気があれば相手などはいくらでもいる。
そういえば娘ができる前、妻がまだ仕事をしていた時に帰りが遅くなったことがあった。残業で遅くなると夕方頃に連絡があったし、仕事が忙しい時期であると聞いていたから特に疑問は持たなかったが、もしかしてあの時……?
考えれば考えるほど不安になっていく。苦しくて胸が張り裂けそうだ。
そんな時、玄関の開く音と共に「ただいま」という妻の声が家に響いた。
居間に入ってきた妻はパソコンの前で頭を抱えた俺を見て目を丸くする。
「どうしたのよあなた」
もう疑問を心の中に秘めていることはできない。
俺はバッと顔を上げ、妻をじっと見つめる。
「アカネが……俺たちに似ていないと思わないか?」
「ちょっと、なにを言っているのよ」
そう言って妻は笑うが、一瞬表情が固まったのを俺は見逃さなかった。
「なぁ、本当のことを言ってくれよ。君を疑いたくはないんだけど、アカネを見ているとどうしても疑いが頭に浮かんでしまうんだ」
頼む、否定してくれ。
祈るような思いで妻を見つめるが、妻はバツの悪そうな顔をしてうつむいてしまった。
そしてしばらくの沈黙の後、腹を決めたのか妻は顔を上げて口を開いた。
「分かった。いつか言わなきゃって思っていたんだけど……ごめんなさい」
涙が溢れて止まらない。
魂が抜けていくような感覚がする。
「実はね……私、整形してるの」
「そっそんな……今まで俺を騙して……えっ?」
思っていたのと違うカミングアウトに、俺は思わず固まる。
そんな俺を尻目に、妻はどこからか見たことのないアルバムを持ってきた。
妻に促されてそれを開くと、小学生くらいの女の子とお義父さんお義母さんが三人で写っている写真が目に飛び込んできた。
一重の目や、ややポッチャリとした体は娘のアカネと瓜二つだ。
「これって……」
「ええ、私の子供の時の写真。アルバムをなくしたっていうのは嘘なの」
「あっ……ああ、そうなんだ……」
確かに妻は俺に嘘をついていた。しかしなぜか怒る気にはなれなかった。
結局アカネのDNA鑑定はしなかった。
目など目立つところは俺に似ていなかったものの、よく見れば指の形や耳の形などは俺そっくりである。
間違いない。この子は俺の娘だ。
そして事件から一年後、我が家に新しい家族が増えた。
「ほーらマサル〜、パパでちゅよ〜」
「ふふふ。アカネは私似だけど、マサルはパパ似ね」
そう言って妻は悪戯っぽく笑う。
そう。息子はまだ赤ん坊だが、それでも分かるくらい俺にそっくりなのだ。
自分に似ている息子というのは嬉しいものだが、心配もある。
「パパ、マサルをお風呂に入れてきてもらえる?」
「ああ、分かった」
息子を抱え、風呂場に向かう。一緒に湯船に浸かり、息子の細い髪をお湯で濡らしながらこっそり呟いた。
「ここは俺に似ないでくれよ……」
実は俺にも妻に隠している秘密がある。
これもきっと、いつかバレてしまうのだろうな。
鏡に写ったハゲ頭と片隅に置かれたカツラを見て大きくため息をついた。