5(放っておいて欲しい)
「家同士が決めた結婚相手のこと」
「知ってますよ」あからさまに藤巻はむっとしてみせた。「なんですか、旧石器時代でもあるまいに」
「そんな昔まで遡るほどでもないんじゃないかなぁ」
「私が云いたいのはそんなことじゃないです!」藤巻は声を荒らげた。
「まぁ、別に僕らも真剣に考えてるワケじゃなくて、」
「そうじゃないです!」藤巻は身を乗り出し、強く語を継いだ。「そもそも、そうでなかったら? 許嫁じゃなかったら? 部活止めたりしませんでした? 助けてました?」
「遠目に見る以外に何が出来たかな」
「だったら、」藤巻は膝の上で両手でギュッと握った。「やっぱりあの子の所為じゃないですか」
「そう云う考え方もできるね」
顔を真っ直ぐ見つめる藤巻の視線は、強く硬く、冷たかった。
この子も、この子なりに思う所はあるのだろう。正二は思う。だからって、それでお終いってことにならない。
正二は目の高さで両手の指先を合わせて三角を作り、その隙間から藤巻を見据えた。「お願いは簡単だ。秋子のことは放っておいて欲しい」
「何のことですか」
「色々と」
具体的な事は云わない。明言は避ける。それで藤巻は自分なりに勝手に解釈する。我ながら意地が悪いのは重々承知。
ひどくのろのろとした所作で藤巻は俯いた。
ゆるゆると時間が流れていく。傾いた陽射しが部屋を茜色に焼き始めた。
「私には関係ないことです」顔を上げた藤巻は、吐き捨てるように云った。「竜の成り損ないなんて」
「初詣くらいは行くでしょ」
「ええ」ことさら違いを強調するように、「蛇神社ではないですね」
「北の大通りの向こうだよね、家」
「そうですけど?」
「あっちのシマはお稲荷さんだったかな。でもまぁ、線引きってのは誰がやったんだろう? 自分は旧地区の外だから安心とか思っていたら大間違い」
藤巻は憤然を口を開く。「そんなの、そっちの都合でしょう!?」
「違わないけど違うんだよ」
「何が云いたいんです? 楽しいですか? 面白いですか? 何なんですか、先輩は!」
「僕はね、秋子のことが好きなんだ」