4(同じ名前なんて)
秋子のことは子供の頃から知っている。二人は親戚内で特に年が近しく家も近く、兄妹同然に育った。
思い浮かぶは、秋子の笑顔と笑い声。困った時の髪を触る仕草と指先。嬉しい時には変な躍りで照れ隠し。それから抱きつく腕の力と体温、息遣い。自分が竜であることを理解しているし、家のことも理解している。普通でないのを誰よりも十二分に承知している。
秋子はひとりで堪えて泣いて、それでも竜になってしまうときは、頑張って人様に迷惑かけないようにと願い、ちっちゃな飴に喜んだりするのだ。
かわいそうだとは思わない。けれども、従妹の泣き顔を見るのが好きなワケがない。
秋子がイジメの対象から外れたら、別の誰かが標的になる。自明だ。それを秋子は喜ぶだろうか。自明だ。
それでも秋子はなにより勝る。みかん味の飴の包みをポケットから出して枕元に置いた。「今日はもう早退しな」
正二は従妹の髪を優しくなでつけ、立ち上がる。
小さな頭が小さく動いた。
※
藤巻亜希子は直ぐに見つかった。休み時間、一人で廊下を歩いているところを捕まえた。正二は秋子同様、自分の目立ち具合を理解している。だから放課後、教職員用の応接室でふたりきり、向き合って座った。
藤巻の顔は心持ち強ばって見える。取って食うワケでもないのだが。同じ家系、等しく同じと思われている。だから、ざっくり切り出した。
「秋子の何が気にくわないのかな」
藤巻は、つばを飲み込み、口を開いた。「気持ち悪いこと。鈍くさいこと。迷惑ってこと」
云って、下唇をきゅっと噛んだ。
アホくさい。「そんなの相対評価だよ」
「なんの話ですか」
「いや、別に」
藤巻は片手を額に宛て、伏し目がちに続けた。「クラスにちっとも馴染もうとしないし、宿題も忘れ物も多い。体育は邪魔ばかりで、移動教室だっていっつも遅れて」
「ふうん?」
「……あんなのと同じ名前なんて、」
小さく云ったのを聞き逃さなかった。
本音だな、と正二は思う。
「なんか贔屓されてるし……とにかく、うんざりなんです」
藤巻は、わざとらしく太い溜息を吐いた。
「こっちも同じだよ」
だから正二も太いため息を吐いてみせる。
「先輩は二年になって部活を止めたって、」
変なところから振ってきた話に正二は面食らった。「君はなんだい、ストーカーかい」
「親戚だって聞きました」
「許嫁ってヤツだよ」
「はい?」