3(バカじゃなかろうか)
隠されたと云う通学用の運動靴は、靴箱の上にあった。背伸びをすれば直ぐに気付くし、腕を伸ばせば簡単に取れたが、背の低い秋子ひとりでは発見も回収も難しかったろう。
翌日、秋子は登校した直後に保健室に篭ったと、一時間目が始まる前にまた正二が呼び出される。入りきらんだろうに、と思いながら授業の始まった校舎の静かな廊下を歩いて保健室に向かうと、ベッドの中で従妹が臥せっていた。
保健の先生がカーテンのひかれたそこを目顔で示したので、そっと中に入ると、被った布団の蔭からくしゃくしゃの黒髪が覗いていた。
なんでも、登校直後にそれを見たという。黒板の落書き。巨大な蛇がガクラン姿の男子をぐるぐる巻きにし、花びらのようにハートマークが舞い散る中、頬を染めつつキスの代わりに絞め殺す。備品のカラーチョークを惜しげなく使った大作。
アナコンダでもあるまいに。
そんな秋子と正二を揶揄した落書きに、大きな矢印、「ノーパン」の文字。
子供か。
正二にも大体の事は分かっていた。
藤巻亜希子。秋子と同じクラスの、クラス委員でボス的存在だ。女子の群れは、男子のそれとはまた違ったピラミッド構造を持つ。
藤巻は明るく快活で、クラスメイトだけでなく、教師からの受けも良い生徒である。一方で、異質な者を徹底的に排除する陰湿さを合わせ持つ。いや、後者は「群れを守る」と云う名分に於ては妥当性がある。それで集団がまとまると云うのも理解できる。現実ではままあることである。しかし納得し難いのも確かだ。特に対象が従妹がとなれば尚のこと。身内贔屓は重々承知。そんなこと、認めてなるか。
秋子がひとたび竜になると、イジメ具合がランクアップする。
ゲームか。
正二は思う。そうだろうな。イジメる奴にはゲームでしかない。秋子はゲームの攻略対象で、オモチャで、消耗品。つまらなくなったら取り換えればいい。だから単純にして手っ取り早い解決策は、秋子への興味を失わせること。ところが、この手合いは次の標的を見つけるのに何故か鼻が利く。
同じ努力なら別のことに使えばいいものを。鼻だけに調香師とか。
そもそも、そんな建設的かつ合理的な思考が出来るのなら、イジメなんてことに労力を割くような真似はしない。よりによって竜の娘に手を出すとか愚の骨頂だ。
藤巻亜希子が東南秋子をイジメることが出来るのは、東南秋子の情けである。
バカじゃなかろうか。