2(くしゃくしゃ)
「なら、しゃーねぇなぁ」
(……もうやだ)
そうは云っても陽はまた昇るし、明日も来る。先ずはここを出て家に帰ろう。宿題あるなら片づけて、晩ご飯もしっかり食べて、お風呂に入れば気分も少しは変わるだろうさ。靴なら一緒に探してやるよ。
そう提案したくとも、今は従妹の気持ちが落ち着くのを待つしかない。
秋子は竜の家の娘である。
難儀だな、と分家の正二は思う。小学校の頃はこんなことはなかった。いや、全くなかったワケではないが、身体は小さく長くもなく、両手で抱え上げられた。肩に乗っけて一緒に帰った。頻度も年に数回と、取り立てて問題になることもなかった。と、云うか小さな村の中での話であって、相応に収まった。だから中学に上がって違う学区と混じったことが問題の根底にあると正二は思う。秋子の母も祖母も明言は避けたが婉曲的に同意した。彼女の父は地方からの入り婿なので、娘が細長いうねうね姿になることは認識しているが、それ以上の関わりは避けている。「娘が蛇になりまして」などと口に出すのは、どうやら彼の中では「負け」を認めたことになるらしい。ましてや「竜」となると、「想像上の生き物ですよね。干支で一匹だけ仲間ハズレで。はははは」とかなんとか。役場勤めのワリに郷土愛は薄い。
まぁひとそれぞれだ。口の中の飴ちゃんはいつしかすっかり小さくなった。竜が太い溜息を吐く。正二は噛まずに自然に溶けるのを待った。
程なくして辺りが明るくなった。正二は背を向け、秋子が制服を身に着ける衣擦れの音を聞く。
「……お待たせ」
弱々しい声音に振り返ると、くしゃくしゃのボブカットを手櫛でどうにかしようとする女子がいた。すんと鼻をすすって、俯き加減でも目が赤いのが分かる。
「ごめんね、ショウちゃん」
「その呼び方やめないか」お互い、もう中学生だ。小学校、高学年の時分でもだいぶ恥ずかしく思っていた。
「ごめんなさい」
しゅんとするのが分かって、正二の胸がチクリと痛む。「別にアキが悪いわけじゃねーよ」つとめてぶっきらぼうに、でも、ほら行くぞ、と幾ばくか贖罪の気持ちもあって、従妹の手を取り引っ張ると、「わわわっ」転びかけた。
「わりぃ」
振り返ると、裸足の秋子はなにやらもじもじとして。
「どうした?」
「……スカート、」
「んぁ?」変な声が出た。「ああ」納得した。
ガクランを脱いで腰に巻くよう手渡した。「少しはマシだろ。体操着、持ってきてる?」
俯き、足下のおぼつかない従妹の手を引きながら、正二はギャラリーを掻き分け、一緒に一年の教室へ向かった。