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キノは〜ふ!2  作者: 七月 夏喜
8/8

完全最終話 『それから……』


1 如月と千秋 


「マコさん、綺麗だったね」

 千秋は、教会を出てきたところで、如月に寄り添って言った。小高い丘の上にある教会からは、駅周辺の町並みを一望できる。新学期を迎える三日前だった。夕焼け空がやけに美しかったが、何故か二人には、少し寂しい気分にさせていた。

「鈴美麗も良かったぞ」

 彼も答える。

「もともと、キノちゃんは素質がいいからね」

「そうだな。王子だもんな」

 如月は苦笑した。

「そう、レイズだもん。いいに決まってる」

 千秋は腕組みする。二人は長い下り坂をゆっくり歩いていく。

「この後、どうするんだ?」

「転校するみたい。今の学校では、二人の存在は、大騒ぎになるし」

「そうか……。そう、なるよな」

「寂しい?」

 千秋は顔を覗き込んだが、如月は答えなかった。

「二人が幸せならば、俺はそれでいい」

「もう、格好つけすぎ」

 千秋は笑って、彼の肩を叩く。

「おまえは、どうなんだ……」

 彼は、隣の彼女がハンカチを握りしめている事に気づいた。鼻を啜る音が聞こえる。如月は黙って、前を向いていた。それから、二人は何も言葉は交わさずにいた。夕焼け空が、千秋と如月の顔を照らしている。

「俺たち、あいつらの仲間だ」

 千秋はようやく、彼の方を向いた。ふと、彼は彼女の手を取り、握り締めた。千秋も反応するように握り返す。

「学校変わっても、キノちゃんとマコさんに会えるかな。会ってくれるかな」

「おい、決まってるだろ。会えるさ、必ず」

「う、うん。そうだよね」

 千秋は真剣な彼の顔を見て、安心した。そして少し考え込む。

「また、今年も夏に、コミケあるし……」

「千秋、またコスプレで出るのか?」

 坂道はまだ、駅まで続いていた。

「俺は男を抱き上げる王子は、勘弁だからな」

「去年、キノちゃん抱き上げてじゃない」

「あっ、あれは……だな」

 困っている如月の姿を見るのは、実に愉快に思う千秋だ。

「ところで、その、もうメガネは掛けないのか?」

 彼女は、彼の顔を見た。

「必要ないもの。いえ、必要にしていない。コスプレの時だけにする」

「それじゃあ、別のものを贈るよ」

「いいよ、別に」

 彼は繋いでいた手を、挙げる。そして、指を出した。

「千秋、どうしても贈らせてくれ。おまえらの喧嘩の原因になったもので」

「邦彦、何を?」

「鈴美麗があの時、言っていた。『もので証が繋がる訳じゃない。でも今はこれしか僕には、僕である事を伝えられない』ってね。あいつはあいつなりに、悩んでいた。そしてメガネの話をしたら、あいつ怒って言ったんだ。『おまえ何してるんだ』ってね」

「……」

 千秋は如月よりも、先に歩き出す。

「おい、千秋」

 握っている手を引っ張りながら、彼は止めた。彼女の肩が震えていた。

「すまん……、悪かったかな」

「……もう、何回泣かすのよ」

「千秋……」

「じゃあ、罰として、キノちゃんと行った場所に、連れて行きなさい」


2 海原と睦


「本当に、あんな風なんだね」

「そっ、そうスね」

 睦の隣で、海原は顔を赤くした。

「でも、すごいね。もう結婚しちゃうなんて」

「きっ、キノさんは、マコさんのご両親にちゃんと『真琴を下さい』って言ったんです。そして、認められ、キノさんの家で、一緒に暮らし始めた」

 彼の顔は更に赤くなる。睦はそんな彼の言葉を聞きながら、ふと想い馳せた。つい、二週間前の合宿時の、マコとキノの姿が頭をよぎる。

「最初から、無理だったんだよね……」

 彼女は絡めていた指を解いて、海原を見た。

「けど、海原もいたの。キノちゃんのプロポーズの時?」

 海原は、前を向いたまま、目を細める。彼は、あの佐伯とキノの花宗院家での激しい攻防戦を、忘れられなかった。

「守るべきものを、身を犠牲にして守る」

 海原は再び、思いにふける。

「内藤との勝負の時も、マコさんを守るために、あんなに打たれた。だが決して臆してなんか、なかった」

 彼は拳を握り締めた。改めて、キノの信念を認識する。心から沸き上がる気持ちを、彼は押さえられなかった。ぶるぶると拳が震える。

「海原?」

「決して、逃げない。必ず前を向いて、立ち向かう」

「なに? ちょっと、海原」

 両肩をつり上げ、彼は睦の方を向いた。彼女は驚いて、じっと見つめる。海原は、その大きな手で、睦の肩を掴んだ。

「むっ、睦さん! ぼっ、僕! 何が何でも、守りますから!」

「はあ?」

 彼女は身動きが出来ない。がっちりと肩を捕まえられていた。海原の手は、次第に力がこもってくる。

「海原、痛いからやめてよ」

 その小さな体は、地面から浮いた。ゆっくりと海原と同じ目線まで持ち上げられる。足をバタつかせたが、無駄なことだった。

「僕のこと、信じて下さい」

 無愛想な中に、小さな目だけは光っている。

「う、うん」

 睦が半場、強制的に頷かされたようだった。彼の顔が一気に紅潮する。顔から湯気が出そうなくらい顔が火照っていた。

「わかったから、降ろして、海原」

「おっ、おう!」

 彼は慌てて、手を緩める。途端に睦は海原の視界から消えた。

「ちょっと、海原!」

 尻餅をついている彼女がいる。

「すっ、すみません!」

「もう、加減知らないんだから。キノちゃんだったら、こんな時どう言うかな」

 海原は手を差し出した。大きな手だ。睦は最初躊躇ったが、ゆっくりと手を差し出す。それは彼の手から見ると、まるで小学生のように小さかった。彼女よりも先に、海原が掴む。

「睦さんは、キノさんじゃない。睦さんは、睦さんです」

「海原……」

 先ほどと違って、海原は優しく引き寄せた。睦は少し、はにかむ。

「コーヒーでも、飲んでいかない?」

「うス!」


3 フェイルと亜紀那(と後藤?)


「亜紀那、荷物持とうか」

 教会の駐車場で、フェイルは声を掛けた。後藤が車の掃除をしている。

「もう、キノ様たちはいいの?」

「花宗院のご両親と話しておいでだ。私がいても仕方がない」

 亜紀那の持っていた荷物を、フェイルは持ち上げる。彼女はそれを目で追いながら言った。

「この間のこと」

「ゆっくりでいい。亜紀那の気が済むところで、すればいい」

「でも、フェイルは早く……」

 フェイルは亜紀那の顔を見る。

「キノ様とマコ様が、落ち着かれてからでいい。私は今でも十分に思っている」

 車のトランクを彼は閉めた。

「昨晩、キノ様に相談した」

 亜紀那は、手を止めてフェイルを見つめる。

「わかっておいでだ。私たちのことを大事にしてくださっている。ひとつだけ、条件を出された」

「どんな?」

 フェイルは、一息吐いて遠くを見た。夕焼け空が辺りを照らしている。

「高校を卒業するまで、保護者としていて欲しいと」

「キノ様が……」

「我々は……、亜紀那。キノ様に近い存在なのだ。慕われている。あの友人たち同様にだ」

 フェイルはオレンジ色の光を受けている亜紀那の顔を、じっと見つめた。幾分か安堵しているようにも、感じられた。

「亜紀那、私はおまえが欲しい」

「……」

「けれども、それ以上にキノ様の愛情が、おまえを縛っている」

 フェイルは亜紀那の肩を抱く。

「フェイル、私……、その……」

「亜紀那、いいんだ。そんなおまえが、いいのだ」

 彼女の体の力が抜けていった。彼の胸に、亜紀那は顔を埋める。その行動が、フェイルを我に返させた。一度亜紀那の体を抱きしめた後、ゆっくり放す。

「すまない。こんな歳にもなって、不甲斐無い事を言うとは。情けない。私もまだまだ修行が足りないな」

 彼は顔を硬直させる。

「キノ様の苦悩に比べたら、私の悩みなど、大した事ではないわ」

「おい、お二人」

 後藤が運転席から、顔を出した。

「もうエンジン掛けて、いいか」


4 大介と綾子と花嫁


「真琴は、幸せになったか」

 大介は、ロビーで煙草を吹かしていた。白煙が立ち昇っている。彼は、ほろ酔い気分だ。朝からずっと落ち着かず、ちびちびとウイスキーを煽っていた。綾子は彼の頭を小突く。

「なってますよ、随分と」

 綾子は、彼をたしなめるように答えた。大介の隣のソファーに彼女は座る。

「そうか……、本当にそうか」

 大介は何度も呟いた。メガネの奥は、とても寂しげだ。彼は遠くを見ている。綾子はため息をついた。

「全く……、ちゃんとバージンロードを一緒に歩いて、紀乃ちゃんに渡したでしょ、あの子を」

「それは、そうだが……」

 大介はお酒が入っているせいか、大人げない。

「まだまだ、花宗院家でやらないかんこともあったろうに……。早すぎだよ」

 綾子は、氷水をテーブルに置いた。

「はい、もうお酒はやめて、これ飲んでちょうだい」

「ああ……」

「大介さん、あなた、私が何歳の時に、口説きましたっけ?」

「は」

 大介は突然の質問に、戸惑う。頭が回って、思い出しようもない。

「真琴と同じ歳の時よ」

「そっ、そうだったか?」

 彼は思い出せそうもなかった。綾子は再びため息をつく。

「それは、それはしつこい方でしたね、あなた」

「そんな昔の話を、今頃どうして……」

 大介はテーブルの氷水を、一気に飲んだ。

「あの時、あなた、私に言いましたよ」

 綾子は大介に詰め寄る。

「私はあの言葉で、あなたのもとに行くことに決めたのですよ。一つ上のあなたに」

 彼の喉が鳴った。

「おっ、思い出した」

 綾子の顔が、微笑む。同時に大介の目頭に熱いものがこみ上げてきた。

「今でも、そう思うか」

「当たり前じゃないの。でなきゃ、ここまで付いて来ませんよ。それに真琴もこの世には、いなかった……」

 大介はすっかり我に返ったように、ふらつく足取りで、窓まで歩く。

「真琴がいない世界なんて、考えたこともなかった」

 綾子は大介の隣に、寄り添った。

「あの子は、しっかりしているわ。私たちの子だから。きっと紀乃ちゃんを支えてくれる」

「そうだな、俺たちの子だもんな」

 大介は綾子の肩に手を回した。

「まだ、言ってないでしょ」

 大介は困った顔をする。

「まだいるんじゃない、駐車場に」

「いっ、いや、それは、だ……」

 彼は頭を掻いた。

「ちゃんと、言わなくちゃ。それが私との結婚の約束のはずよ。あの時に、言ってくれた言葉よ」

 綾子は、大介を入り口まで連れていく。

「さあ、言ってきて」

 ふと、駐車場から車のエンジン音が聞こえてきた。思わず大介は走りだす。足がもつれて、途中転んだ。エンジン音は、次第に変わっていく。

 二人を乗せた車は門に差し掛かった。大介は必死に追う。何度も転んだ。しかし、彼は追い続ける。やがて車は教会の門を出てしまった。ついに彼は追うのをやめ、立ち尽くした。

「真琴、私は、綾子に君を産んで欲しいと頼んだ。絶対幸せにするからと。私は彼女に約束したんだ。私たちの子が結婚する時に、こう言うと。『……私たちの娘に生まれてきてくれて、ありがとう。私たちに幸せな日々をありがとう』と……」

 大介は、嗚咽を発しながら、膝から崩れ落ちた。手に触った砂利を握りしめる。

「……幸せになって欲しいんだ、真琴。父さんは、心から、そう願うんだ……」

 門の陰から一人の花嫁がゆっくり、歩んで来た。俯いていたが、やがて真っ直ぐ大介を見る。

「……ああ、ああ」

 その綺麗な顔の頬に、幾筋もの滴が流れ落ちていた。一旦、花嫁はお辞儀をする。

 それから最高の笑顔を彼に見せ、頷いた。

                                                         キノは〜ふ2 最終おしまい

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