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6、封印

 それから間もなくしてオレークがユタヤのために下級兵士の纏う物と同じ軍服を持って現れ、ユタヤは人の姿へと変化し、二人は狭い部屋を出ることを許された。

 それまで二人の閉じ込められていた部屋は宮殿の地下に位置していたらしく、オレークに連れられて長い石の階段を上り続けて、ようやく地上階に出ることができた。

 北国ラウグリアの宮殿は内側からでもわかるほど、恐ろしく頑丈な作りをしていた。何重にも重ねられた石造りの壁は分厚く、外の空気を頑なに遮断する。カグワは最初、それは敵襲に備えたものなのだろうと思ったが、ややあってそれだけが目的ではないことに気付いた。此処ラウグリアは、カグワの住む西国よりも遥かに北に位置している。冬はカグワの経験したことのないほどの極寒に見舞われるに違いない。この頑丈な壁は、冷たい外気を遮断するためのものなのだ。その証拠に、壁だけでなく窓も頑丈だ。二重に張られた硝子の窓は外気との温度差で結露していた。季節はまだ冬には遠いけれども、ここでは西の国のように気軽にひなたぼっこもできないのかもしれない。

 宮殿の地上階へと出てから、オレークは王宮の敷地内の他の塔へと移動した。他の塔には所々に警備を行う軍人がいたが、何故か移動した先の塔の中には軍人の姿がない。時折すれ違うのは、小間使い風の男女のみだ。

「此処は、王宮内でも特に守られた場所……皇家の住まう、皇宮です」

 前を歩くオレークがそう説明してくれた。おそらく皇宮内は、軍人は立ち入ってはならないことになっているのであろう。

 皇宮に入ってから上へ上へと冷たい石段を上らされ、辿り着いたフロアはとても静かだった。荘厳であった。その階全体に、重い空気が立ちこめていた。この階には皇家の中でも相当の権力者が住んでいるのだと、その空気からのみでもわかるほどである。赤い絨毯の布かれた道の途中に、金色の柱時計が置かれていた。一人の女中がその柱時計のゼンマイを巻いていたが、オレークとオレークに連れられたカグワたちの姿を見て、慌てて壁際に寄るなり頭を下げた。カグワには侯爵の位がどの程度のものなのかわかる術もないが、皇太子殿下の付き人である、オレークの地位もなかなか高いのであろう。

「こちらに——」

 言ってオレークの示したのは宮殿の最奥、今まで通り過ぎて来たどの部屋の入り口よりも絢爛な姿をした扉であった。扉だけで、大した迫力である。カグワは思わずその扉を上から下まで眺めた。

 縦に長いその扉の天辺は、遥か彼方二階分くらいの高さはある。落ち着いた黒に近い緑を基礎に、金の装飾が幾重にも施されていた。オレークの握ったドアノブは、錆びない真鍮の色をしている。

「殿下、オレークです。西の国の巫女君をお連れしました」

 オレークはその豪華絢爛な扉に頬を寄せて、部屋の中へと声をかけた。すると、間もなく、「入れ」と弱々しい少年の声が返ってくる。オレークは小さく「失礼致します」と礼をして、巨大な扉を押して開いた。

 きぃ、と扉の軋む音がして、開いたその先は、見たこともない輝かしい空間であった。

 カグワとて、聖女として後宮の中でそれはそれは大切に育てられて来たという自覚がある。聖女の住む宮も、豪華ではあった。だが、しかし、この部屋は遥かその上をいく。だだっ広く上品な空間に、白磁の風呂が置かれていたり、巨大な暖炉が控えていたり。そしてその部屋の中央に、紗幕のかけられた巨大なベッドが置かれていた。そのベッドの上に、一人の線の細い少年が、膝を立てて座っていた。

「オレーク」

 紗幕の向こう側、ベッドの方から少年の声はするが、姿は見えない。暖炉の炎に照らされて線の細い体の影は見えども、その顔までは見えない。

「湯が湧いたと思うんだ。生姜の粉を溶かしてカップに注いでくれ」

 少年の声に、「御意」と小さく頷いたオレークは、暖炉の方へと足早に駆けて行って火にかけられたポットを取り出す。そして小さなテーブルに乗せられたカップを乾拭きすると、言われた通りになにやら白い粉を取り出し調合しはじめた。

 オレークに続いて部屋に入ったものの、居場所のないカグワはきょろきょろ部屋の中を観察する。天井が高いなとどうでもいいことを思っていると、紗幕の向こう側から声をかけられた。

「君が西の巫女だね。こっち来て、座りなよ」

 当然、西の巫女とはカグワのことだ。「座りなよ」と指示を受けたカグワは、しかしながら彼の言う「こっち」がどこなのかわからずに、戸惑いながら後ろを向いた。後ろには、カグワから一歩離れたところにユタヤが立っている。彼は部屋の中をひとしきり眺めて特に危険のないことを確認すると、豪華絢爛な扉の脇にひっそりと控えた。仗身である自分があまりでしゃばってはいけないと思ったのだろう。

「ほら、何をきょろきょろしてるんだ。こっちだよ、こっち」

 紗幕の向こう側の声にせっつかれて、カグワは当惑しつつもベッドの傍へと近付いた。

 大の大人が五人くらいは横になって眠られそうなほどの巨大な寝台の横にぐるりと回ると、なるほど、そこには緑色のクッションの敷かれた長椅子が置かれていた。他に座れるような場所もないので、きっと彼の言う「こっち」とはこの椅子のことなのだろうと結論づけて、カグワはゆっくりとそれに腰を下ろす。と、同時に、カップに生姜湯を注ぎ終わったオレークが、カグワの座った長椅子の脇の机にカップを置いた。

「殿下、こちらに——」

「ああ、うん。ありがとう」

 簡単な礼を述べた後に、声の主が紗幕を内側から開く。初めて、その少年が姿を見せた。カグワは長椅子に座ったまま、まじまじとその素顔を見つめた。

 とても線が細く、色素の薄い少年であった。年の頃は若く、カグワと同い年かあるいは年下であろうか。流れるような白に近い金髪には癖がなく、肌も透き通るように白い。瞳は水晶のように青く、睫毛が弱々しく震えていた。

 少年はゆっくりと置かれたカップを手に取ると、上品な仕草で口へと運ぶ。一口飲んで彼はわずかに眉をひそめると、寝間着らしき白い服の袖で口を押さえた。

「……甘い」

 オレークは、彼の小さな呟きも聞き逃さない。

「砂糖を投じましたゆえ……」

「今日はそんな気分じゃない」

「では作り直します」

「……いいよ。めんどくさい」

 彼は、付き人だというオレークのことを放って、ベッドの端へと座り直した。開かれた紗幕の間から覗くその青い瞳が、まっすぐカグワのことを捕えて離さない。

「……名前は?」

 とてつもなく単純で、短い問いかけであった。カグワは彼の作り出すなんとも妖艶な空気に飲み込まれないようにと気を張りながら、答える。

「かぐわ、よ」

「カグワ……それだけ?」

「巫女には、姓も必要ないから……あったのかもしれないけど、忘れてしまったわ」

「へえ、羨ましいな……俺も姓なんて必要ないと思うんだけど、恐ろしいくらい長い名前があって」

 にこ、と微笑んだその笑みに、息を呑んだ。綺麗な花には刺がある。彼の笑みには毒がある。

「長い名前……?」

「覚えられないだろうから教えない。人は皆、シルディア皇太子殿下と呼ぶから、それだけ覚えておいて」

「シルディア……」

 言われた通りにその名を繰り返すと、ぴくと青年の表情が反応した。彼の顔から毒気が消える。

「……俺、よくわからないんだけど……西の国では皇室と、巫女と。どちらの方が上位なの?」

 その詰め寄るような強い口調に、カグワは困惑した。どちら、と問われても、まだ本当に自分が巫女になったのかどうかも怪しい、儀式の途中で抜け出して来たような身で、定かなことは答えられない。なので、通説により今まで教えられて来た通りに答えた。

「西国エウリアでは、皇室と巫女が連立しているの。国政の頂点が皇室なら、信仰の頂点が巫女よ。どちらもが国の象徴で、上下関係はないとされてるわ」

「ふうん……じゃあ、俺とも同等なのかな」

「さあ……それはわからないけど」

「そう……いいね、悪くない」

 皇太子シルディアは楽しそうに笑った。再び彼の顔に毒気が戻る。

「シルディア、なんて、久しぶりに呼ばれたよ……いつぶりだろう。もう覚えてないや。……うん、でも、悪くない」

 北国ラウグリアは、今やほぼ軍に食われてしまっている。と、教えてくれたのはやはり、最西端の変わり者、ケニー老翁であった。彼いわく、今や政治の権限はほぼ軍が持っているというが、それでもまだかつての帝政を崩してはいないのだという。ゆえに、長年に渡って国を治めてきた皇室よりも地位の高い人間は、このラウグリアにはいないのだろう。皇太子である彼のことを、シルディアなどと呼ぶ無作法者などいないに違いない。

「シルディア、じゃあ、今度は私から質問させてもらうけど」

 カグワは青年の持つ毒にあてられないよう毅然として、彼の名を呼んだ。カグワにとっては、相手が上位であるとか下位であるとか、そんなことはどうでもいいのだ。そんなことより、現状の説明が欲しい。

「私を、西の国から此処まで呼び寄せたのは、貴方?」

 長椅子から身を乗り出すようにして問うと、シルディアは顔を傾けて、微笑んだ。金色の髪がさらりと揺れる。

「そうだよ。俺の『力』で呼んだ。――巫女は、西の国で最も『力』の強い存在だと聞いていたけど……大したことはなかったね」

 カグワは大きくその目を見開いた。

 カグワが思うに、もしもカグワが巫女であるなら、巫女は西の国で最も力の強い存在ではない。例えば一の君ネイディーンの方が巫力は強いはずだし、ひょっとしたら国中捜索すればもっと強い力を持つ人間がいるのかもしれない。しかしながら、今目の前にいるこの青年よりも強い力を持つ人間がいるとは思えなかった。時と空間を同時に操り、遠い他国にいる人間を呼び寄せるほどの『力』など、想像も付かない。——人間業とは思えない。

「……一体、何が目的なの?」

 カグワのことを巫女であると知りながら、巫女が西の国では最も強い力を持っていると判断して、その巫女をわざわざ呼び寄せる。宮殿の地下にて、オレークは、「西国がなかなか話し合いに応じてくれないから、強引に呼び寄せた」と言った。しかし本当に話し合いをしたいのなら、政治のことなどこれっぽっちもわからない巫女なんぞより、国務参謀や内大臣を呼び寄せればいい。なのに、わざわざ巫女を選んで呼び寄せた意図は——何だ?

「さあね……俺にはわからないよ」

 シルディアはあっけらかんと答えた。彼は「甘い」と切り捨てた生姜湯を、すでに飲み干してしまっている。

「そういう難しいことは軍に聞いてくれ」

「私を呼んだのは、貴方なんでしょう?」

「軍に呼べと言われたからね。——今や皇室はね、木偶なんだよ。自分の意思でなんか動かない。全部軍の言いなりさ」

 言って彼が空になったコップを差し出すと、無言でオレークがそれを取りにきた。オレークはなんとも複雑な表情を浮かべながら、コップを片付けた。どうやら、北国ラウグリアが軍に飲み込まれてしまっているというのは、事実らしい。

「だから、その軍の意思に沿って、俺、あんたの力を封じ込めなきゃいけないんだ」

「私の、『力』を……?」

 そう、と頷く彼の微笑みは不気味だ。毒気がある。——この毒気は、恐らく彼の持つ『力』だ。相手を自分のペースに巻き込まんとする。

「俺にとっては君の『力』なんてどうってことない。でも、ほとんどの人間は『力』を持たないから、君に勝てない。『力』を利用して君に逃げられては困るらしいんだ」

 だから、と言って彼はベッドの上を這うように移動した。そして床の上に降り立って、カグワの前に立つ。線は細いが、すらりと背の高い少年であった。彼はカグワの顔を撫でて、その顎を掴むとくいと上を向けさせた。カグワは自然と彼を見上げる格好となる。

「君の力を封印する。今までできたことができなくなるかもしれないけど、恐れる必要はない。封印を解けば元通りになるし、何より、『力』なんてなくたって人は生きて行けるんだから」

 力、すなわち巫力が使えなくなるということだ。カグワは思わず装束の襟元をきゅっと握り締めた。今までできたこと——先見の技であったり、読心の技であったり、そういった巫力の修行により身につけた技が使えなくなる。とは言え、彼の言うようにそんな力などなくとも、カグワは満足に生きて行けるだろう。だが、しかし。

 ふとカグワは目線を逸らして、扉の脇に立つ己の仗身を見つめた。もしも、巫力を封印されたら、彼はどうなるのだろう。彼の獣の心は、カグワの『力』によって封じられている。

「待って!」

 今にもカグワの『力』を封印せんと片手を持ち上げたシルディアを、カグワは慌てて制止した。首を横に振って、カグワは「ゆたやが!」と叫ぶ。

「ゆたやが……私の仗身は、私の『力』で獣の性を封じているわ」

「獣……?」

「彼は、獣人なの。だから、私の『力』を封印してしまったら、ゆたやが……」

「ふうん……?」

 完全ではないカグワの言葉を聞いただけで、その意味を理解したらしいシルディアは、カグワから手を離すとゆっくりと今度は扉脇のユタヤの方へと向かって行った。ユタヤは己に近付いてくるシルディアを見て僅かな驚きを見せたが、それだけだった。微動だにせず、置物のようにその場に立ち尽くす。

 何の感情も反映しないその形相を見上げて面白そうに笑ったシルディアは、彼の首に下げられている数珠玉を強く握った。これが彼の獣を封じていると気付いたらしい。ぐいぐいと数珠玉を引くと、ユタヤは怪訝そうな顔をしたが、何も言わなかった。シルディアは「なるほどね」と呟く。

「こうやって封じているわけか……なら、大丈夫。彼の獣も俺の力で封じる」

「え?」

 どういうこと、とカグワがその言葉の真意を問うより先に、シルディアの体が動いた。彼は両手のひらでユタヤの数珠玉を握り締めると、くっと何やら力を込める。端から見ていれば、ただシルディアがユタヤの数珠を軽く引っ張ったとしか思えなかったろう。——しかし、かつてその数珠玉に巫力を込めたカグワにはわかった。数珠玉が揺れる。そこに込められた己の巫力が解放されていく。そして代わりに、シルディアの『力』で満たされて行くのが、鮮明にわかった。

「うん……これで、問題はない」

 ユタヤの数珠玉から手を離したシルディアはそう呟いて、こちらを振り返った。背筋が粟立つ。彼の絶大な『力』を前に、戦慄が走った。

 にっこり微笑んだ彼はゆらゆらとカグワの元へ戻って来て、今度こそとばかりに、彼女の顎を持ち上げ額に手のひらを当てる。もう、抗う術はなかった。抗おうにも抗えない。彼の『力』は、強すぎる。

 ぐ、と一瞬額からの圧力を感じた後、それはすぐに終わった。シルディアがふぅと息を吐いて、すぐに自分のベッドへと戻る。彼はクッションの上に片手を付くと大きく深呼吸した。たったこれだけの動作で、カグワの『力』は封印されてしまったらしい。

 恐る恐る、彼の手のひらの当てられた額を撫でてみたが、体の外側からではよくわからなかった。ただ、なんとなく全身が重い。倦怠感のようなものに覆われていた。

「……これで、もう、君は『力』を使えない」

 ベッドの上から、掠れた声がする。彼の方を見やると、それまでも線の細い少年だとは思っていたものの、さらに弱々しく、まるで病人のような顔色をしていた。強大な力の持ち主ではあるが、さすがに二人分の『力』を封じるのは楽ではないらしい。

「そこの獣人……ユタヤと言ったか。お前もだ。……自由に獣にはなれない」

 言われて初めて気付いたように、ユタヤは目を丸くした。彼は己を縛る数珠を握り締めて、それから悲哀に満ちた目でカグワの方を見る。これではカグワのことを護れない、と、彼の考えていることはその目を見ただけで読み取れた。カグワはすでに巫力の技は使えないが、そんなものなくとも、彼の心の内は読み取れた。大丈夫よ、と彼を安心させるために首を横に振って伝えると、ユタヤは目を伏せる。彼も技など使えないが、カグワの心を面白いくらいに読み取ってくれる。

 二人のその無言のやり取りを眺めていたシルディアは小首を傾げ、覇気のない目でちらりとユタヤの方を睥睨した。

「あの男は……仗身だと言っていたね。つまり、何、護衛なのか?」

 ユタヤを睨んだ瞳で今度はまっすぐとカグワを見つめる。全く覇気のない瞳なのに、不思議な威圧感を感じた。

「そうよ……巫女には必ず護衛として仗身が付くの。そしてそれは獣人と決まっている」

「それで、巫女は獣の性を封じるのか……」

 なるほど、と呟いた彼は首の裏をかいて、ころりとベッドの上に横になった。どうやら体は疲弊しきっているようだ。

「俺にとってのオレークみたいなものかと思ったけど、違うみたいだね。オレークは付き人だからなんでもやってくれるけど……ただの付き人だから縛られることもない」

 縛られる、というその言葉の響きが気になった。カグワは彼の獣を封じているだけで縛っているつもりなど毛頭なかったが、結果的には束縛しているようなものなのかもしれない。

「……殿下、今日は、もう」

 今までユタヤ同様貝のように押し黙っていたオレークが、此処で初めて口を開いた。彼は疲弊しきったシルディアを案ずるように「これ以上は」という。するとシルディアもそれに反発することなく、ベッドの上に転がったまま頷いた。

「そうだな……さすがに疲れた。——二人を部屋へ案内して」

「はい」

 オレークはシルディアのいる寝台に向かって軽く頭を下げて、それから出口の扉へと向かった。巨大な扉を引いて、今度はカグワの方へと頭を下げる。もう部屋を出なくてはならないのだと悟って、カグワは立ち上がった。ベッドを囲む紗幕が閉じられ、もうシルディアの姿は見えない。

「ああ、そうだ、それと、一つ」

 部屋から出ようと出口に向かうカグワの背に、紗幕の向こう側から声がする。弱々しいが、はっきりと響く声だった。

「本当は巫女一人を呼ぶ予定だったから、部屋は一つしか用意していない。欲しいようならもう一部屋用意させるけど、皇室と連立するほど高位な巫女と、その護衛を並べて部屋を用意させることはできない。必然的に距離が離れてしまうけど、どうだろう?」

 カグワは眉間に皺を寄せる。何故か、試されているような気がした。

「——部屋は一つでいいわ。西の国では同じ屋根の下にいたから」

 西の国、エウリアの後宮では、確かに二人は同じ三の宮の屋根の下にいた。しかし、当然ながらカグワには聖女の部屋があり、ユタヤには仗身の部屋があったわけで、同じ部屋に共存していたわけではない。だが、この見知らぬ北の地で離ればなれになるには不安が多すぎた。故に、部屋は一つでいいと言い切った。

 そんなカグワの決断を知ってか知らずか、「そう」とシルディアは端的に答えた。それきり、何も言わなかった。

 こちらへ、とオレークがカグワを外へと誘導する。カグワは去り際にちらりと皇太子殿下の寝ているであろう寝台を一瞥した。が、紗幕に遮られ、何も見えない。カグワはそれきり彼のことを振り返らなかった。生まれて初めて巫力を封じられ、気怠さだけが残った。

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