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11、獣人の心

 ——三の君は、お前よりも三つ年下、御年五つにおなりだ。生涯何があっても三の君に忠誠を尽くし、その命尽きるまでお護りすることを誓え。


 東と西の国境の森の中で、初めてその少女と出会った。命を救われ、受けたことのないような手厚い看護を越えて目覚めた時に、少年が教わったのはその一つであった。命尽きるまで、主を護れ、と。

 巫女に付く仗身とは、元来そういうものなのだという。仗身となる獣人は生まれて間もないうちに後宮へと引き取られ、物心も付かぬような幼い頃から「巫女を護るために生きろ」という意識を潜在的に植え付けられる。ゆえに、仗身たちは巫女を護ることを目的に生きるよう教育されるわけだが、その中でもユタヤは特殊であった。

 ユタヤは他の仗身たちとは異なり、八歳というすでに自我の芽生えた頃に後宮へと引き取られた。「巫女を護れ」という信念は、その後に植え付けられた。そのため他の仗身と比べて忠義の薄い仗身に育つことが懸念され、当初は方々から反対の声が上がったという。——だが、蓋を開けてみればどうだろう。ユタヤより忠義の厚い仗身など他にいない。

 ユタヤ以外の仗身は皆、シルディアの言うように、巫女に「獣」の性を封印してもらうという呪縛でのみ成り立つ主従関係を結んでいた。おそらく、彼らは今日からシルディアが主だと言われればそれに黙って従うのだろう。その程度の忠義だ。


 ——では何故、自分はそうでないのか。


 こめかみが締め付けられるように、痛む。ユタヤは片手でこめかみを押さえて、唸った。


 カグワは自分の命を救ってくれた。これはその恩義である。だが、それだけが理由なのか。

 カグワは他の聖女たちと違って仗身である自分と、獣人である自分と対等に接してくれた。その感謝もある。だが、それだけか。


 何故だ。何故だろう。わからない。


 悩むユタヤは歩き続ける。あてもなく歩き続ける。この異国の地で、彼の居場所など主の傍以外にない。主がいなければ彼の居場所はない。主を待つという名目で部屋に残っていたが、そこを追い出されてしまっては、行く宛もない。彼は、あてもなく歩き続ける。——と、ふと、声がした。

「……ゆたや?」

 シルディアに部屋を追い出され、皇宮の中を闇雲に歩き続けていたユタヤは、その声ではっと我に返った。

 ここはどこだろう。

 辺りを見渡すが、カグワの後に付いて歩く以外に部屋を出なかったユタヤには、この皇宮内の地理的感覚がない。気付けば、どこもかしこも豪華絢爛な皇宮内にしては珍しく、わりと質素な石造りの廊下を闊歩していた。そして、突然、彼を呼び止めたのは、聞き違えるわけのない、かの声である。それは彼にとっての、唯一の居場所だ。

「ゆたや」

「かぐわの君?」

 一瞬だけ、空耳だろうかと、彼女のことをずっと考えていたから幻聴でも聞いたのだろうかと思ったが、再び呼ばれてそれが幻聴でないことを知る。

 一体どこから彼女が自分を呼んでいるのだろうかと慌てて周囲を見回すと、くすくすと笑う声がした。

「こっちよ、こっち!」

 明るい声とともに、ぎいいと音をたてて石造りの重たそうな扉が開いた。扉が開くと、同時に食欲をそそるような暖かい食べ物の臭いが流れてくる。そうか、とようやくそこでユタヤは気がついた。彼が闇雲に歩き続けていたこの石造りの廊下は、厨房に続く道だ。この石の扉の向こう側は、厨房なのだろう。

 突如現れた主、カグワが開いた石造りの扉には、小さな窓があった。どうやら彼女はこの窓から覗いて、廊下を闊歩しているユタヤの姿に気付いたらしい。

「ゆたやがこんな所にいると思わなかったから、びっくりしたわ!」

 彼女は極めて明るい声で言ってのけるが、その言葉をそのままそっくり返してやりたいものである。

「そんなところ突っ立ってないで、こっちに来なさいよ」

 唖然としているユタヤの心情など露知らず、少女は笑顔で手招きをした。

 主にいつまでもその重そうな扉を持たせているわけにもいかず、ユタヤは唖然としながらも、厨房の中にと滑り込む。大勢の料理人たちが火を使う厨房は、北国のこの肌寒い気候など嘘のように、熱気に溢れていた。料理人たちは衛生状態を保つため、最低限の前掛けや帽子などは身につけているものの、皆半袖だ。そしてカグワもまた例に漏れず、涼しそうな格好をしている。よく見れば、服のあちらこちらが料理に使うのであろう酒やソースで汚れていた。

「……かぐわの君、一体何をしておいでか」

 先刻まで彼がこめかみを痛めてまで悩んでいた原因は彼女である。しかし、そんなことも忘れて、ユタヤは呆れ果てた。

「何って、料理よ」

 カグワは楽しそうに答えるが、その姿を見ればわかるというものだ。そうではなくて、ユタヤが問うたのは、「何故こんなところで料理などをしているのか」ということである。

 苦りきるユタヤの質問の真意にはもちろん気付いているのだろう、カグワはユタヤの呆れ顔を見て尚笑うと、自分の頬を手の甲で拭った。頬に付着していた煤が広がって、少女の白い肌を黒く染める。

「……実はね、皇宮の中を歩いていたら、たまたまオレークと出会ったの」

「はあ」

 皇太子シルディアの世話役であるオレークは、当然皇宮の人間だ。皇宮の中を歩いていれば、出会うこともあるだろう。それが何故彼女が此処で料理をしている理由になるのか、ユタヤには話が読めない。

 カグワは呆気にとられているユタヤを見上げて、それはもう楽しそうに、語った。

「それでね、オレークに、何をしてるの? って聞いたら、今日はシルディアの食べる料理を作る料理人たちの仕事場を視察に行くんだって言うから、着いてきてみたの。そしたらこんなにたくさんの料理人たちが働いているんだもの! もうわくわくしちゃって、私にも何か手伝わせてくれないかしら? って料理長に頼んで」

「……見たところ、手伝いをしているようには到底思えませんが」

 少女の服は、至るところが料理のソースやら煤で汚れている。ユタヤとて、偉そうなことを言える立場ではないが、それにしても一度も厨房になど立ったことのないカグワが、本職の料理人たちの手伝いをして役立つとは思えなかった。カグワ自身もそれは自覚しているようで「まあね」と言って首をすくめた。

「だから……今日この料理を出すときに、私も一緒にシルディアの所に行くつもり」

「殿下のところへ行って……どうするのです?」

「もしも味が変だったら全部私のせいだもの。料理長が怒られないように、私がきちんと謝ろうと思って」

 少女は言って、屈託なく笑う。ユタヤはますます呆然とした。昔から自由奔放な娘であるが、放っておくと、本当に何をしでかすかわかったものではない。

 すると、そんなユタヤの心を読み取ったかのように、「まったく」と苦笑混じりの声がした。声の主はカグワの後ろに立つと、料理で汚れた少女を見下ろして苦笑いを浮かべた。この暑苦しい厨房の中でも軽装などせず、重く暑苦しそうな宮廷服を纏っているその男は、シルディアの世話役のオレークという。

「おかげでただの視察に訪れたはずがてんやわんやですよ」

 彼の言葉にも、少女はめげない。

「あら、ただの視察をするよりも、より一層、普段料理人たちがどんな仕事をしているのかわかったでしょう?」

「普段の厨房ならば、てんやわんやになることもないとは思いますが」

 オレークはますます失笑した。全身にソースやら煤やらを付着させたカグワの格好を見れば、料理人たちをてんてこまいにさせながらも楽しそうに料理に興じるカグワの姿が容易に想像できるというものだ。

 カグワはあははと軽快に笑ってオレークの失笑を流すと、今度はユタヤの前に立って、まっすぐ彼を見上げた。彼女は澄み切った瞳で、問うてくる。

「——で、ゆたやはどうしてこんなところに?」

 貴方が部屋を出る事なんて滅多にないのに、と付け加えて、カグワは目を幾度も瞬きさせた。

 ユタヤははっと息を呑み、そこでようやく自分の置かれている現状を思い出した。

 ——それが妙だと言っている。あの女に惚れてる以外に、何の理由があってそうまで尽くす?

 自分の、カグワに対するこの執拗なまでの忠誠心は一体どこからくるのか。ユタヤ自身にもその答えはわからない。それでも自分なりに考えて答えを捻り出したのに、その答えが気に食わなかったらしく、皇太子シルディアをえらく怒らせてしまった。が、「皇太子に部屋を追い出された」とは言えない。言葉を迷った挙げ句、こう説明した。

「……部屋に、皇太子殿下がお見えです。かぐわ様をお待ちになっております」

「シルディアが?」

「殿下が?」

 声をあげたのはカグワとオレークとでほぼ同時だ。が、その反応は異なる。

「まあ、どうしよう。まだ私が窯に入れたオードブルが出来上がっていないのに……」

 カグワは料理の出来映えを案じて当惑したが、隣に並んでいるオレークは、カグワとは比べ物にならないほどに、驚愕していた。皇太子が誰かの部屋を訪れることは、それほどまでに珍しいことなのだろうか。——だが、料理の出来を気にして困ったように首を竦めるカグワを見るなり気を取り直し、オレークは冷静に対処した。

「……殿下には、私の方から巫女君の状況をお伝えしておきますので。巫女君は、思う存分に料理をなさってください」

「本当? じゃあお願いしようかな」

 オレークを見上げて悪戯っぽく微笑んだカグワの顔は、輝いている。きらきらとその笑顔は、目映いばかりだ。ユタヤは、思わず目を逸らした。

 いつも見慣れたはずの彼女のその笑顔に、何故かどうしようもなく胸騒ぎがした。何と言えばいいのだろう。見てはいけないものを見てしまったような、そんな緊張感が走った。——シルディアが妙なことを言うからだ。ユタヤは決して声には出せない言葉を、心の中で毒づく。お前は彼女に惚れ込んでいるから彼女に従うのだろうと、本当に妙なことを言う。

「ゆたやは、どうする?」

 ユタヤの気の患いなど知らない少女は、楽しそうに笑った。

 どうする、とは、このままこの場所に残ってカグワとともにいるか、あるいはオレークとともに部屋に戻るか、という二択を問うているのだろう。だがしかし、皇太子に出て行けと追い出された以上、彼がいる限りユタヤはあの部屋へは戻れない。だからと言って、まだ心の整理の付かないこの状態でカグワと共に行動するのも気が引ける。——一人になりたい。しかし、一体何と説明すれば一人になりたいという思惑を上手く伝えられるのだろうか。

 答えに躊躇するユタヤを見上げ、カグワが不思議そうな顔をしている。何か言わなくてはと、ユタヤが必死に言葉を選んでいると、なんとも丁度良く「巫女君、オードブルをそろそろ引き上げなくては」と料理人の一人が声をあげた。呼ばれたカグワは「行かなきゃ」と嬉しそうに言って跳ねあがり、急いで窯の方へと走っていく。その後ろ姿を見送りながら、ユタヤは心底胸をほっと撫で下ろした。

「巫女君、オーブンは大変熱くなっておりますので、素手で触ってはなりません!」

「そうなの? 本当だ、近付くだけで熱気がすごい……!」

 初めて経験する北国の厨房に一喜一憂するその姿は、本当にただの十五歳の少女でしかなかった。巫女だ聖女だと持ち上げたところで、カグワは、ただの少女なのである。ただの、人間だ。


 ——彼女とてただの人間だと、どうしてお前は言わない?


 そう責めるような口調で問いかけてきたシルディアの言葉が、ユタヤの耳の中で何度も繰り返された。

 ユタヤとて、当然、彼女がただの十五歳の少女であることを承知しているつもりであった。しかしその一方で、彼女のことを聖女だから巫女だからと割れ物を扱うように大切にしてきたという自覚もある。けれども、仕方がないではないか。それが仗身の仕事だ。それが、巫女仕えの護衛の仕事だ。それともその考え方そのものが、根本的に間違っていたのだろうか? 仗身だからと言って、護衛だからと言って、彼女を巫女だ聖女だと崇拝することこそが、間違っていたのだろうか——?

 遠いカグワの後ろ姿を見つめ、ユタヤは悩ましく溜め息を落とす。そんな獣人の横顔を見て、何を思ったのだろう。低く声をかけてきたのは、彼の向かい側に立っているオレークであった。

「——殿下に、何か言われたか?」

 何の前触れもなく突如言い当てられて、ユタヤは黙って瞠目する。表情の変化の乏しいユタヤであるが、その反応だけで図星だと気付いたらしいオレークは、暑苦しい宮廷服を纏っているにも関わらず汗一つかかない。涼しい顔で、皇太子の世話役は言った。

「何を言われたかは知らんが、気にするな。というのも、妙な話だが……最近とても殿下は気が立っておられるからな」

 とても情緒不安定な状態なのだ、と言って彼は腕組みをした。彼の結わえられた茶色い癖っ毛が、暑さにうだって項垂れる。ユタヤは黙って彼の言葉に聞き入った。

「——近頃、皇宮の横、政殿のある王宮の一部で、国賊と見なされた軍人の一斉処刑が行われている」

 処刑、と後宮にて育ったユタヤにはあまり実感の湧かない言葉を、心の中で繰り返した。聞く話によれば、北国は軍人の治める軍国だ。戦に躊躇しない軍国は、当然国内における処刑にも、躊躇などしないのだろう。

「殿下は人の死に敏感でな……近い場所で人が死ぬと、それに同調して『力』が揺らぐ。そしてそれを自分では制御できないそうだ」

 俺もたまに『力』の制御ができなくなることがある、と笑った皇太子の顔が脳裏に浮かんだ。皇太子自身がそう語り、そして彼の世話役もがそれを認めるのだから、それは事実なのだろう。皇太子は絶大な『力』を持つが、それ故に、『力』に振り回される。

「『力』の揺らぐ時、精神もまた不安定になり、感情が高ぶる。——だから、何を言われても気にするな。殿下自身にも止められんのだ」

「……」

「そしてそれがある一線を越えると、暴発する。三年付き人をやっているが、未だに俺にもその止め方がわからん。殿下自身に止められないのだから、当然かもしれんがな。だが、しかし——」

 腕組みをしたオレークは首をくるりと回して、窯の中から鉄板を取り出し料理人たちと談笑するカグワの姿を遠目に眺めた。彼女はこの短時間で料理人たちともすっかり打ち解け、あの輝かしい笑顔を振りまいている。それを見ると、ユタヤの胸の内がざわついた。そんな彼の胸の内は、彼自身にしかわからない。隣にいる男は切れ長の目を細めて、呟いた。

「巫女君なら、あるいは——止められるかもしれん」

「……なにを?」

「殿下の、『力』の暴発を、だ」

 はっきりと吐き出されたオレークの言葉に、ユタヤは目をみはった。

「かぐわの君が……?」

 それに対してオレークはしっかりと頷く。

「ああ。同じ『力』を持つ国の最高権威という立場上、『力』のおさめ方がわかるのかもしれないが……とにもかくにも、巫女君と話をした後の殿下は、大抵穏やかでおられる」

 常であればそろそろ『力』が暴発してもおかしくない頃なのに、と彼は言った。なるほどだから彼はわざわざカグワの部屋に足を運んでまで彼女を訪れたのか、とユタヤも納得した。

 わざわざ部屋を訪れなくともいつものようにオレークを通して彼女を呼び出せばよかったものを、それをせずに自らの足で彼女の元へ出向いたのは、それだけ切羽詰まっていたということなのかもしれない。そしてたまたまその場に居合わせたユタヤを相手に、感情を高ぶらせたということなのだろう。

 ユタヤはあの人をも殺しそうな恐ろしい目つきを思い出して、思わず震えおののいた。あの恐ろしい、息さえ詰まりそうな威圧感は、揺らぐ『力』の成せる技だ。

「まあ……今はとりあえず、殿下と会わん方がいいだろうな。殿下には自室へ戻って頂くよう俺から言っておくから、お前はしばらく此処にいろ、獣人」

 オレークは恐らくユタヤの名前を覚えていないのだろう。「獣人」と、肩書きでさえない呼称を使う。ユタヤとて、別段その呼称が嫌いなわけでもないので、黙って頷いた。此処にいれば必然的にカグワの傍に控えることとなるが、皇太子と鉢合わせするよりは幾分いい。

 オレークはユタヤが頷いたのを確認して、踵を返した。ひらりと彼の纏う宮廷服のマントが翻る。彼は重々しい石の扉を開くと、厨房から外へと出て行った。ばたん、と大きな音をたてて扉が閉まる。扉の開いた一瞬だけ流れ込んで来た北国の冷たい空気は、しかしすぐに石の扉で遮断された。

 残されたユタヤは扉の脇に立ってまっすぐと姿勢を正すと、ぼんやりと厨房の中を見つめた。下働き程度の地位でしかない多勢の料理人たちに混ざってころころ動き回るカグワは、一人浮いている。しかし、浮いているにも関わらず、その集団から排除されることもない。いつのまにやら、その集団を自分の色にと染めていくのだ。汚らしい下働きの料理人たちが彼女を中心に、みるみるうちに輝いていく。惰性的に行われていたはずの業務を、心から楽しそうにこなす。——彼女がいるだけで、薄暗い厨房にまるで光が差したみたいだ。


 彼女は紛れもなく、巫女であった。だが、同時に普通の人間の少女でもある。そして、ユタヤにとっては仕える主であり、巫女であり、普通の少女であり——特別な存在だ。

 この「特別」をどのように表現すればいいのか、ユタヤには判断が付かなかった。シルディアはこれを男が女に抱く恋慕の欲だという。下世話に言えば、性の欲求だとか——だが、ユタヤにはそんなつもりはない。というより、考えたこともなかった。


 鉄板の上から上品な陶器の皿の上に料理を移し替えて盛りつけて、満足そうに笑ったカグワが目線をこちらへちらりと寄越した。少女と目が合う。ほんの一瞬のことであるが、ユタヤはその一瞬を見逃さない。にこりと微笑んだ彼女が、その満足感を他の誰より先に自分に伝えてくれているのだと悟って、とても複雑な心境に陥った。

 常であれば、ユタヤもそれに小さく笑って彼女の満足感を讃えてやるのであるが、今の彼にはそれができなかった。困ったように目線を泳がせて、俯いてしまう。その小さな変化に、カグワが気付いたかどうかは定かではない。


 皇太子の世話役であるオレークは「殿下は気が立っておられるだけだから気にするな」と言った。しかし、ユタヤにとっては皇太子の言ったことは精神の不安定な状態で吐き出された戯れ言と流すには重すぎて——忘れることなどできない。


 彼女のことを命に変えても護るのだと己に誓って生きてきた青年の心に、生まれて初めて迷いが生じた。


 果たして自分が彼女に尽くす忠誠心は、正しく清らかなものなのだろうか、と。

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