8 山あり谷ありって、平坦な道はないんですか。そうですか。
ま、そんなこんなで勉強できる機会が一層増えるという、嬉しいのか悲しいのか複雑な状況に。
王家の系譜という名の歴史でしょ、世界史でしょ、世相も絡めた文化史、算術に、礼節も大幅増量って、中々の豪華ラインナップ。
えへへぇ~、ものすっごい贅沢なはずなのに、あれ?何か目から水が?
はっ!
気がつけば、愛しのリビアンとの時間が!?
え、ちょ、エリーさん?
自習が終わるまで触れ合い禁止とか、のぉ~~~~!!
少しでいいから、モフらせて下さいお願いします!!
リビアン、かわいそうな子を見る目をしないで・・・。
もう無理、立ち直れない・・・。
ってことで、気分転換にエリーの侍女ルックで城内を散歩なんてしてしまったり。
あぁ~、そういえばこの格好で確か謎の美女にあったんだったっけ?
もちろん、エリーには言ってないけどね。
懲りる?ナニソレオイシイノ?
はっ、あんな所にお美しい方が!
ちょっ、ちょっと、なんて眼福なの~~~~!
もう、辛抱たまらん!!
テンションMAXな内心を侍女スマイルで押し隠し、そそっと近づく。
窓辺でまどろんでらした、黒い髪のお方がすっとこちらをご覧に。
あぁ、なんて美しい瞳。
「申し訳ございません。お寛ぎの所、無粋な邪魔をしてしまい、何とお詫び申し上げてよいやら。」
その場で出来うる限りの謝罪の礼をとる。
そっと目線を上げれば、ふいっと、興味無さげに視線をそらし、私など目に入らぬとばかりに身繕いをなさる。
「美しいという言葉は貴方様の為にあるのですね。あぁ、その御髪に触れてみたいなどと、恐れ多いことを考えてしまいました。」
私の失礼な物言いを咎めるでもなく、身繕いを続ける高貴なるお方。
「あぁ、本当に美しい。もし叶うなら、我が姫のお目通りを許していただきとうございますわ。我が金の姫も貴方様とお比べするのもおこがましいのですが、中々のものですのよ。」
ふっと、顔を上げる黒髪の君。
「ご興味を持っていただけましたか?マニアンの姫の部屋をご存知でしょうか?まぁ、ご存じでいらっしゃる。流石ですわ。」
スッと音もなく立ち上がると、優雅に尾っぽを高く持ち上げ、こちらへ歩いてらっしゃるのは、まさにネコの中の王侯貴族ともいうべき気品に満ち溢れた、おネコ様!
黒く豊かな毛足は長く、艶々と煌き、その瞳はまさに琥珀のよう。
あら?どなたかに似てらっしゃる?
黒い御髪に黄色い宝石のような目。
ま、いいわ、とりあえず、おネコ様とうちのリビアンとの出会いの方が先決ですわ。
楚々として、後ろにつき従い、黒髪のおネコ様をお部屋へご案内した甲斐がありましたわ!
「お嬢様!また、何て格好を!どうして、そうメイドの格好と仕草が板について!
しかも、何で生き生きとなさってるんですか!!もうっ」
片手をエリー側の横にすっと突き出し、もう片方は口元に当てて、静かにするよう示すと、しぶしぶながら、黙ってくれた。
エリーだって、リビアンの旦那様探しに力入れてるの知ってるのよ、わたくし!
ま、あの子は誰でも魅了しちゃう小悪魔ちゃんだからしょうがないんだけどね?
緑色の宝石のような目に、赤みがかった金色の豊かな毛皮を纏っているのにスリムで優雅なスタイル、ピンとたった耳にふさふさのしっぽ。あぁ、いつ見ても何てきれいなの、リビアン!(親バカ)
「って、おぉ~、黒髪の君、かなり紳士的でいらっしゃる。お伺いを立ててから近づくなんて、かなり慣れてらっしゃるわねぇ~。」
「お嬢様、何実況中継しちゃってんですか・・・。って、まぁ!?リビアンがあんなに近くまで近づくのを許すなんて!?何者ですの!」
「って、エリーも興味津々じゃいのよ~。」
「そ、それは、お嬢様の大事なリビアンのことですから・・・。って、あんなに近づいて。まぁ!」
「あら、毛づくろいまではじめちゃったわね~。私って、愛のキューピットの才能があるのかしら?」
「お嬢様、それ、シャレになってませんよ。見る目があるのは認めますが、まず、ご自分のお相手を見つけてくださいまし!」
「ほ、ほほほほ。小声なのに、どーして、そこまで迫力をつけられるのか、本当に感心しますわ~。」
「お・じょう・さ・ま~!」
「あ、もうお帰りになるみたいよ!」
「え、あ、扉をお開け致しますわ!」
適度に矛先をそらしても、侍女モードになったエリーは気づかない。
ほんと侍女として、立派過ぎるわよねぇ。
でも、それが逆に考えものだわ、お父様。
「きゃっ。いえ、申し訳ございません!お怪我はございませんでしたか!?」
「いえ、御気になさらずに。こちらこそ、先触れもなく参上した非礼をお詫び申し上げます。
マニアン侯爵の御息女、アリシア様はいらっしゃいますでしょうか。」
うっわ、いきなり来客ですかい!
秘儀、光速変身、早着替え!
「エリー、どうかしましたか。」
「アリシア様、近衛隊隊長のセルベア様がお尋ねでらっしゃいます。」
「あら、セルベア様、ご機嫌麗しゅう。どうかなさいまして?」
「アリシア様、突然の参上を御許し下さい。」
「まぁ、御気になさらないで、急ぎの用件がおありなのでしょう?」
「は、有難う御座います。実は、こちらにシャルル様が御邪魔していると御聞きしたのですが、御存知ありませんか?」
「シャルル様?」
首をかしげて問い返せば、足元から「ニャーオ♪」と涼しげなお声が。
「まぁ、黒髪の君。あなた様がシャルル様でらっしゃいましたか。」
「あぁ、安心致しました。どこかへフラッとお出かけになるのいつものことですが、夕餉の時間まで御帰りにならないので殿下が心配しておいででしたよ。」
「「殿下!?」」
「は、申し訳御座いません。差し出たマネを。お許し下さい!」
思わず、わたしをユニゾンしてしまったエリーは平謝り。
あっちゃ~、やば。
マニアン家以外だと、普通使用人は許可がなければしゃべっちゃだめだもんねぇ・・・。
対して、近衛隊長は侍女の非礼より、知らなかった事にびっくり顔。
「もしや、御存知なかったのですか、シャルル様の事。よく、御一緒の肖像画が描かれていたのですが。」
「申し訳ございません。私の無知を露呈してしまいましたわ。確かに思い出してみれば、殿下のご肖像で拝見しておりますわ。ただ・・・。肖像画と実際にお会いした時とはやはり隔たりがございますのね。」
「こちらこそ、まだいらして間もない姫君に御説明が足りず、失礼致しました。」
そういって、お辞儀。
好意的に取れば誠実を絵に描いた感じ、深読みすれば田舎者なの忘れてましたってか?
「まぁまぁ、頭をお上げになってくださいまし。殿下もお待ちでしょうし、お互い謝ってばかりでは堅苦しくなっていけませんわ。」
顔を上げる近衛隊長。
めんどくさいからタヌキさんでいいかしら?
だって、お人柄が読めないんですもの。
「そうですね。さ、シャルル様、行きますよ。」
「ニャー。」
「それでは、失礼致します。」
「ニャーオ。」
「御機嫌よう。」
「ミャーォ。」
あら、リビアン、あなた乗り気ですわね。
鳴き声に応えるかのように、もう一度振り返ってから、シャルル様はお帰りになった。
「えぇっと、エリー。どうしよっか・・・。」
扉を閉めた状態のまま固まったエリーの背中に情けない声をかける。
「・・・私に言わないで下さい。」
「だって、殿下のおネコ様・・・。」
「お嬢様、知ってて連れてきてたら、本気で首絞めてる所ですよ。」
「そんなわけ、あるかぁ~~!」
「だから、始末が悪いんです。あなたの無意識ほど恐いことはないんですから。」
「うっ。・・・ご、ごめんなさい。」
思いっきり不可抗力なんだけど・・・。
でも、ほんとどうしよ~。
だって、両想いっぽいんですけど・・・。
「お父様に、リビアンの旦那様候補決まったよ☆って手紙書くべきかな? はは。」
「そっこーで連れ戻されますよ、両方とも。完全に抜け駆け以外の何物でもないでしょう。殿下のお気を惹く意味で。」
「だよね~・・・。あははははははは。」
かくなるうえは、もう嫁に出すしかないか!
「今、リビアンを嫁に出すってお考えになったでしょ。」
ギクッ!
「それ、賄賂作戦と一緒ですからね。」
「は、はははははは。」
「それに、リビアン命の旦那様と奥様が許すとお思いですか?」
私は協力なんてしませんから、って、そっぽ向かれても・・・。
わたし一人で叩き切られて来いと・・・?
「ひどいわ、エリー!」
「泣き真似してもなびきませんからね。」
「ちっ。」
「はぁ、とりあえず、何か考えましょう。」
「そだね。」
次のお茶会が、もう少し先だったのが救いだわ。