第9話 評価と、少しだけ近づいた距離
森を抜け、城下町へ戻る。
門が見えたとき、思わず息を吐いた。
「……戻ってこれたな」
「はい。お疲れ様でした」
隣を歩くリリアが、静かに言う。
その声を聞いて、ようやく実感が湧いた。
(ちゃんと、生きて帰ってきた)
それだけで、少し安心する。
門番の兵士がこちらに気づいた。
「お、戻ったか。どうだった?」
気さくな調子で声をかけてくる。
「森の北側で、ゴブリンの群れを確認しました。六体、討伐済みです」
リリアが簡潔に報告する。
「六体……?」
兵士の表情が変わる。
「二人で、か?」
「はい」
短い返事。
余計なことは言わない。
それでも――
「……やるじゃないか」
感心したように頷いた。
その視線が、こちらにも向く。
「そっちの兄ちゃんも戦ったのか?」
「まあ、少しだけ」
曖昧に答える。
嘘ではないし、誇るほどでもない。
リリアの方が明らかに強いのは事実だ。
「へえ……」
少し意外そうな顔をされた。
でも、それ以上は何も言われなかった。
「ギルドで報告してくれ。報酬も出るはずだ」
「分かりました」
軽く頭を下げて、その場を後にする。
⸻
ギルドの中は、思ったより人が多かった。
すでに戻ってきている勇者たちもいるらしい。
視線が、ちらちらと向けられる。
「……少し見られてますね」
「だな」
小声で答える。
正直、あまり慣れない。
でも――
(まあ、仕方ないか)
受付へ向かう。
「討伐の報告をお願いします」
リリアが告げると、受付の女性が顔を上げた。
「はい、内容をお願いします」
「ゴブリン六体。森の北側、小規模の群れです」
「……確認します」
書類をめくる音。
数秒の静寂。
そして――
「確認できました。討伐として記録します」
あっさりと告げられる。
けど、その言葉で。
(ちゃんと認められた、か)
少しだけ、胸の奥が軽くなる。
「こちらが報酬になります」
差し出された袋を受け取る。
ずしりとした重み。
現実じゃないはずなのに、妙にリアルだ。
「分配はどうなさいますか?」
受付の女性が尋ねる。
俺が答える前に――
「半分で構いません」
リリアが言った。
「いや、それは」
「今回の戦闘は、共同での成果です」
きっぱりとした口調。
でも押し付ける感じじゃない。
「……じゃあ、そうさせてもらう」
素直に受け取ることにした。
こういうところも、信頼できる。
そのとき。
「なあ」
後ろから声がかかった。
振り向く。
同じく召喚された勇者の一人だ。
装備も派手で、いかにも“強そう”な雰囲気。
「お前ら、もう戻ってきたのか?」
「ああ、まあ」
「戦果は?」
値踏みするような視線。
少しだけ空気が張る。
「ゴブリンを少し」
曖昧に答える。
だが――
「六体です」
リリアが、はっきりと言った。
「……は?」
勇者の顔が歪む。
「二人で?」
「はい」
短い返答。
嘘はない。
「……マジかよ」
納得していない顔で、こちらを見る。
「お前、スキル何だっけ」
一瞬だけ迷ってから、答える。
「ログアウト」
「……ああ」
少し間があって。
「それ、ハズレじゃね?」
周囲で小さく笑いが漏れる。
分かりやすい反応だ。
「まあ、そうかもな」
肩をすくめる。
否定はしない。
実際、見た目はそうだ。
「じゃあ、なんでそんなにやれてんだよ」
疑問と苛立ちが混じった声。
少し考えてから、答える。
「……慎重にやっただけだよ」
嘘じゃない。
本当に、それだけだ。
「……ふーん」
納得していない様子のまま、視線を外す。
「まあいいや。無理すんなよ」
それだけ言って、去っていった。
残った空気が、少しだけざわつく。
「……目立ったな」
「少しだけ」
リリアが静かに答える。
その横顔は、どこか落ち着いていた。
「でも、大丈夫だと思います」
「そうか?」
「はい。結果が出ていますから」
まっすぐな言葉。
少しだけ、救われる。
「……ありがとな」
自然と、そう口にしていた。
リリアが一瞬だけ驚いた顔をする。
それから、ほんの少しだけ柔らかく笑った。
「いえ」
短い返事。
でも、その空気はさっきまでと違った。
少しだけ、距離が近い。
そんな感覚。
そのまま、ギルドの外へ出る。
外の空気が、少しだけ心地いい。
「ユウトさん」
「ん?」
「先ほどの戦闘のことですが」
リリアが、こちらを見る。
まっすぐな視線。
でも、どこか柔らかい。
「無理はしていませんか?」
「……してない、つもり」
少し考えて答える。
「怖いけど、なんとかやれてる」
正直な言葉。
隠す必要はない。
リリアは少しだけ考えて――
「……そうですか」
小さく頷いた。
「でしたら、安心しました」
その一言が、妙に心に残る。
ただの確認じゃない。
本気で気にしている感じがする。
「……ありがと」
また、自然に言葉が出る。
リリアは少しだけ目を伏せて――
「こちらこそ」
小さく答えた。
ほんの少しの沈黙。
でも、不思議と気まずくない。
(……悪くないな)
一人じゃない。
ちゃんと見てくれる相手がいる。
それだけで、少しだけ楽になる。
「今日はこの辺にするか?」
「はい。その方が良いと思います」
「だな」
素直に頷く。
無理はしない。
それが今のやり方だ。
「また明日、同じ感じでいくか」
「……はい」
リリアが頷く。
その表情は、少しだけ柔らかかった。
俺たちは並んで歩き出す。
さっきよりも、ほんの少しだけ近い距離で。
――最弱スキル“ログアウト”。
評価は、まだ低いまま。
でも。
少しずつ。
確実に。
この世界での立ち位置が、変わり始めていた。
そして――
隣を歩く彼女との距離も。




