第6話 はじめての戦闘と、俺のやり方
城下町を出て、しばらく歩いた。
舗装された道はいつの間にか土に変わり、周囲には背の低い木々が増えていく。
「この先に、小規模な魔物の出現報告があります」
リリアが地図を見ながら言った。
「まずは様子見、って感じか」
「はい。無理に踏み込む必要はありません」
その言い方に、少しだけ安心する。
ちゃんと“無茶をしないタイプ”だ。
俺と相性は悪くない。
――そのとき。
ガサッ、と。
茂みの奥で何かが動いた。
反射的に足が止まる。
「……来ます」
リリアが一歩前に出る。
視線の先。
草をかき分けて現れたのは――
「ゴブリン……か」
人型の、小柄な魔物。
だが目つきは明らかに獣よりも悪い。
一体。
いや――
「もう一体、います」
横から、もう一匹。
合計二体。
数としては多くない。
でも――
(これが“初戦闘”か)
喉が少しだけ乾く。
「ユウトさん、下がっていてください」
リリアが短く言う。
「私が――」
「……いや」
思わず口を挟んでいた。
リリアがこちらを見る。
「一回、やってみたい」
正直、怖い。
でも――
何もできないまま後ろにいるだけだと、たぶんずっとこのままだ。
「……危険です」
「分かってる」
だからこそ。
「無理そうなら、すぐ下がる」
そう言うと、リリアは数秒だけ黙った。
そして、静かに頷く。
「……承知しました。援護します」
「助かる」
深く息を吸う。
ゴブリンが、こちらに気づいた。
低い唸り声。
そして――走ってくる。
(速っ……!)
思っていたより速い。
距離が一気に詰まる。
反射的に、持っていた棒を構える。
振る――が。
スカる。
「っ――!」
バランスを崩す。
その隙に、ゴブリンの腕が振り下ろされる。
(やばい)
避けきれない。
そう思った瞬間――
「――っ!」
身体が勝手に動いた。
いや、違う。
意識を、そこに向けた。
⸻
――ログアウト。
⸻
視界が、切り替わる。
「はっ……はぁ……!」
自分の部屋。
床に膝をついたまま、荒く息を吐く。
「……マジで、死ぬかと思った」
手が震えている。
心臓がうるさい。
でも――
無傷だ。
(……いける)
この使い方。
危険を感じた瞬間に離脱する。
それだけで、生存率は跳ね上がる。
でも――
「このままじゃ、勝てないな」
逃げるだけじゃ意味がない。
勝てる形にしないと。
俺は立ち上がり、部屋を見渡す。
「……リーチ、短すぎたな」
さっきの感覚を思い出す。
相手は速い。
間合いで負けてる。
なら――
「距離、取れるもの……」
視線が止まる。
部屋の隅。
長めの金属バット。
昔、買ったやつだ。
「……これでいいか」
軽く振る。
重さはあるが、扱えないほどじゃない。
それに――
さっきより、明らかに長い。
リュックにくくりつける。
ついでに、手袋もはめる。
「……よし」
やることはシンプルだ。
距離を取って、一発。
無理なら、また戻る。
(焦るな)
勝てる形でやる。
それだけだ。
意識を集中させる。
⸻
――ログイン。
⸻
視界が戻る。
同じ場所。
同じ状況。
ゴブリンの腕が、振り下ろされる直前。
「――っ!」
今度は、見えている。
一歩だけ後ろに下がる。
ギリギリで回避。
「ユウトさん!?」
リリアの声。
でも、今はそれどころじゃない。
距離を取る。
バットを構える。
(いける)
ゴブリンが、再び突っ込んでくる。
その動きは、さっき見た通り。
単調だ。
だから――
合わせる。
踏み込んで。
振り抜く。
――ゴッ。
鈍い音。
手に、確かな感触。
ゴブリンの体が横に吹き飛ぶ。
「……え」
自分でも、少し驚く。
もう一体が一瞬ひるむ。
その隙に、距離を取る。
深追いしない。
「リリア!」
「はい!」
すぐに理解したのか、リリアが前に出る。
流れるような動きで、残りの一体を仕留めた。
静寂が戻る。
少し遅れて、息を吐く。
「……なんとか、なったか」
「……ユウトさん」
リリアが、じっとこちらを見ていた。
「今の動き……」
「いや、たまたまだよ」
すぐに言葉を重ねる。
「距離取ったら、なんとかなった」
嘘ではない。
ただ、全部は言ってないだけだ。
リリアは少しだけ考えるように視線を落とし――
「……そうですか」
それ以上は踏み込んでこなかった。
「ですが」
顔を上げる。
「無理はなさらないでください」
「分かってる」
素直に頷く。
本当に、無理はしてない。
むしろ――
(めちゃくちゃ安全にやってる)
心の中で苦笑する。
でも、それでいい。
俺は強くない。
だから――
勝てる形で、戦う。
「少し、休みますか?」
「いや、大丈夫」
まだいける。
さっきの感覚も、残ってる。
「次も、同じ感じでいく」
「……承知しました」
リリアが小さく頷く。
その目は、さっきより少しだけ真剣だった。
俺たちは再び歩き出す。
さっきよりも、ほんの少しだけ。
“戦える距離”で。
――ログアウト。
それが俺の武器だ。
派手じゃない。
でも。
確実に、生き残るためのやり方だ。




