第4話 距離の近い人
――戦いの余韻が、まだ広間に残っている。
倒れた魔物は運び出され、血の匂いだけが薄く漂っていた。
「負傷者を優先しろ!」
「周囲警戒を続けろ!」
兵士たちの声が飛び交う中、俺は壁際で一人、息を吐いた。
「……はぁ」
(ギリギリすぎるだろ)
さっきの戦い。
ほんの少しでもタイミングがズレていたら終わっていた。
(でも……)
同時に、嫌な予感もしていた。
(見られてたよな、あれ)
あの動きは、どう考えても“普通じゃない”。
そう思った瞬間――
「――ユウトさん」
すぐ後ろから、声。
「え?」
反射的に振り向く。
――近い。
「……っ」
思わず一歩引きそうになる。
そこにいたのは、一人の少女だった。
整った顔立ち。透き通るような肌。
光を受けてわずかに揺れる髪。
派手ではないのに、目を引く。
――綺麗だ、と思った。
「少し、お時間よろしいですか?」
落ち着いた声。
柔らかいのに、どこか逃げ道を塞ぐような響き。
「……あ、はい」
少しだけ間が空く。
自分でも分かるくらい、不自然だった。
少女はそれを気にした様子もなく、わずかに首を傾ける。
「ありがとうございます」
そして。
――距離が、近い。
(近くないか?)
自然に話すには、少しだけ近すぎる。
でも、わざとらしさはない。
だから余計に困る。
「さっきの戦い、拝見しました」
「……ああ」
なんとか答える。
「とても興味深かったです」
「え?」
“すごい”じゃない。
“興味深い”。
その言葉に、少し引っかかる。
「普通ではありませんよね」
さらっと言う。
「……何がですか?」
とぼける。
だが――
「全部です」
即答だった。
「動き、間合い、判断の速さ」
そして、ほんの少しだけ声を落とす。
「準備していたような動き」
「……」
言葉に詰まる。
図星すぎる。
「安心してください」
少女は、ふっと微笑む。
その笑顔は綺麗で――
同時に、少しだけ怖かった。
「誰かに言うつもりはありません」
「……」
(完全に気づいてるな、これ)
しかも、“断定していない”のが逆に厄介だ。
「ただ」
少女は続ける。
「確認したいだけです」
「あなたが――」
まっすぐこちらを見る。
距離は相変わらず近い。
「使える側の人間かどうか」
「……は?」
思わず声が出る。
「侮辱ではありません」
すぐに補足が入る。
「この状況では、能力値より判断力の方が重要です」
「あなたは、それを持っている可能性がある」
淡々とした分析。
感情がほとんど乗っていない。
「だから、声をかけました」
「……断ったら?」
少しだけ試す。
すると少女は、ほんの一瞬だけ考えて――
「構いません」
あっさり言った。
「その場合、あなたの情報は“私の中で”活用します」
「……」
(やっぱりそう来るか)
敵に回したくないタイプだ。
「でも」
ふっと表情が柔らぐ。
ほんの少しだけ、距離が――さらに近づいた。
「組んだ方が効率的だと思いますよ」
「お互いに」
「……」
(近いって)
さっきより近い。
視線を逸らそうとして、うまくいかない。
「少し、近くないですか」
思わず言ってしまう。
少女は一瞬だけきょとんとして――
「そうですか?」
逆に一歩、こちらに寄る。
「この方が話しやすいと思ったのですが」
「……いや、その……」
(距離感どうなってんだこの人)
完全にペースを乱される。
でも。
(わざと……か?)
その可能性が、頭をよぎる。
「……条件は?」
なんとか話を戻す。
少女の口元が、わずかに上がった。
「話が早いですね」
「基本は情報共有」
「戦闘時は役割分担」
「裏切りについては――」
一拍置く。
「その時に判断しましょう」
「軽く言うなぁ」
「現実的なだけです」
即答だった。
「あなたも、完全に信用するつもりはないでしょう?」
「……まあ」
否定はできない。
「それでいいと思います」
迷いなく言う。
「信用は、後から付いてくるものですから」
合理的すぎる。
でも、筋は通っている。
「で、どうしますか?」
急かさない。
でも、待たせない。
絶妙なタイミング。
(……)
一瞬だけ考える。
リスクは高い。
でも。
(リターンもでかい)
そして何より――
(この人、ただ者じゃない)
「……組みましょう」
短く答える。
その瞬間。
少女の目が、わずかに細くなった。
「正解だと思います」
小さく微笑む。
「では、改めて」
「リリアです」
「ユウトです」
「はい、存じています」
やっぱりそこは崩さないらしい。
⸻
リリアと別れたあと。
「……やばいのと組んだな」
思わず呟く。
綺麗で、落ち着いてて。
でも中身は――
(完全に合理主義だ)
信用しすぎたら終わるタイプ。
だけど。
(その分、頼れるのも確かだ)
一人でやるより、確実に生存率は上がる。
「……気をつけないとな」
小さく息を吐く。
⸻
一方、その頃。
リリアは静かに廊下を歩いていた。
足音はほとんど響かない。
(……やはり、不自然ですね)
先ほどの光景を、頭の中で反芻する。
あの瞬間。
確かに、そこにいたはずなのに――
「“いなくなった”ように感じた」
視界から消えたわけではない。
だが、存在が一瞬だけ“抜け落ちた”ような違和感。
「見失った、とは違う……」
小さく呟く。
認識そのものが、ずれた感覚。
「そして、その直後の動き」
無駄がなく、完成されていた。
まるで――
「事前に準備していたかのような精度」
普通ではありえない。
だからこそ、仮説を立てる。
「時間か……位置か」
ほんのわずかに考える。
「どちらかを、意図的にずらしている?」
確証はない。
だが。
「……可能性は高いですね」
静かに結論づける。
そして、わずかに口元を緩める。
「面白い能力です」
興味が、はっきりと滲む。
「しばらくは――利用させてもらいましょう」
迷いのない判断。
完全に合理的。
だが。
「……それにしても」
ふと、先ほどのやり取りを思い出す。
「距離を詰めた時の反応」
わずかな間。
逸らされた視線。
ぎこちない返答。
「女性慣れはしていない、と」
分析する。
そして。
「扱いやすい、ですね」
くすりと笑う。
だがその目には、ほんのわずかに別の色も混じっていた。
「さて――」
静かに前を見る。
「どこまで通用しますかね、ユウトさん」
⸻




